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 全員が海底神殿に突入するとどこからともなく声が聞こえた。子どもの様な舌足らずの可愛らしい声だ。
「最近は海生生物以外の来客が多いもんだ。しかも大人数ときた。ようこそ、海底神殿へ。」
 子供の声は水中ながらはっきりと聞こえた。
 しかしながら、その声の主の姿はどこを探しても見当たらない。皆辺りをきょろきょろ見回して戸惑うばかりだった。その様子に声はけらけらと笑う。
「ははは。残念ながら僕の身体はうんと昔に海の藻屑と成り果てたよ。今の僕は言うなれば地縛霊。魂だけがこの海底神殿と一体となったようなものだよ。それにしても、随分と若いドラゴンだね。何の用だい?」
「宙船に乗りたいんです。」
 ブクブクと泡を吐き、籠った声でムーが答えた。
「ほう、宙船ね。メンテナンス不足かもしれないけど、それでも良いならご自由にどうぞ。」
「ありがとうございます。」
「宙船は最深部に格納してあるから、最深部までおいで。ただし、適正試験を行うよ。まぁ、人数も結構いるようだから誰かしらは合格するんじゃないかな。あ、はじかれたとしても、別に害はないから安心して。その先に進めなくなるだけで、戻ることは出来るから。そんなわけで、次の部屋に進んでみて。」
 至極楽しそうに声は一行を誘う。一行の目の前にある岩戸がゴゴゴゴと音を立てて横にずれると、通路が現れた。人一人分しか通れない狭さだ。全員が通路を抜けると、9人では少し狭いと感じられるほどの広さの小部屋に出た。海藻やら海生生物が岩にへばりついている以外には特に何もない部屋だ。
 すると通って来た通路の岩戸が突然動き出し、通路を塞いだ。一行は小部屋に閉じ込められてしまった。
「え、閉じ込められた?」
 突然の事態に動揺する一行。
 ニタやハッシュらが協力して岩戸を動かそうとするも、びくともしなかった。
「えぇ、どういうこと?」
 途方に暮れてしまいそうな一行だったが、再び子供っぽい声が聞こえた。
「大丈夫、安心して、一生出られないことはないから。これから僕が出す問題に答えることが出来れば帰りの扉も開くし、先の扉も開く。分からなければ帰りの扉は開くけど、先の扉は開かない。僕的にはこんなところで帰って欲しくないけどね。」
 と、声がすると、中央が青白い光を発光させた。まるで蛍の光のように鈍く光り出すと、青い文字が浮かび上がって来た。

―――産声は日の光が遠き地にて上げられた。信仰と秩序の均衡は崩れ、信仰は封印された。謹厳に満たせり。白き風景は冷淡なほどこし。幸福は憧憬。悲哀の民に古代より光を受け命を繋ぎしものを見せ、彩華やかにして。

「どういう意味?」
 ニタがディレィッシュに尋ねる。ディレィッシュは顎に手を乗せながら、「ううむ」と言って考え込むが「分からん」と声を上げた。9人もいるのだから、誰か一人でもなにかを思いついても良さそうなのだが、誰も何も思いつかない。
「ムーは分からない?」
 と、ニタが聞くがニタは眉間に皺を寄せて、首を傾げるばかりだった。
「“悲哀の民”はおそらくその前に書かれてる文章がヒントなのだろうけど、この部屋にそのようなものがあるか…?」
 とディレィッシュが呟く。
 この部屋には先ほども述べた通り、何もない。石造りの直方体の小部屋で、石壁は苔生していたり、部屋の隅には岩礁があり、小さなワカメやコンブと言った海藻が揺らめいており、小さな魚が海藻の陰に隠れたりしている。
 実は先ほどの部屋と同じ光景だ。
「ニタはさっぱり分かんないよ、ククは分かる?」
 と、ニタに聞かれ、クグレックは頭を横に振る。クグレックも考えてはみたのだが、日の光が届きづらい地にて産声をあげた悲哀の民など聞いたことがないし、謹厳という言葉も良く分からない。
 だが、皆がうんうんと悩む中、ようやくディレィッシュが声を上げた。
「あぁ、そうか。簡単なことじゃないか。」
「何?分かったの?」
 ニタが尋ねる。
「あぁ。悲哀の民はクライドとククだ。」
 『悲哀の民』と称されて、クグレックは少しだけ悲しい気持ちになった。クライドはどう思ったのだろうと、ちらりと見遣れば、表情は変わることなく平然としていた。
「ムーとルルの可能性も無きにしも非ずなんだが、日の光が遠き地とはドルセード王国のことだろう。クライドとククの出身だな。」
「なんでなんで?」
 ニタが尋ねる。
「ドルセード王国は『支配と文明の大陸』の最北端にある寒冷地方の国だ。この世界は球体で出来ているから、ドルセード王国は実は他の国と比べると昼が短い。だから日の光は遠いんだし、多分、白き風景は雪のことだろう。さらに謹厳だなんて、まさに真面目でお堅いドルセードの気質じゃないか。それに、秩序と信仰のうち信仰が消えたということは、剣と魔法の国だったドルセード王国が魔法という“信仰”を廃止したという歴史のことだろう。」
 なるほど、と腑に落ちたのは教養のあるハッシュとクライドだけだったが、他の者たちもディレィッシュの考えに追随する。
「まぁ、悲哀の民がククとクライドだとして、『古代より光を受け命を繋ぎしものを見せ、彩華やかにして』はどういう意味なの?」
 ニタが尋ねる。
「多分、…そこの海藻を見せればいいんだろうけど、」
「なんで?」
 食い気味に質問するニタ。ディレィッシュは苦笑いをしながら
「海藻は光合成をして酸素を生み出すんだ。その酸素で多くの命が生まれて来た。この部屋にある『命を繋ぎしもの』の可能性があるのは、まぁ、海藻くらいかな、と。」
と、答えた。
「ほほう、そうなんだ。やっぱディッシュは頭が良いんだね。普段はすぐへたれるけど。」
 と、ニタはディレィッシュを褒めた。傍にいるクライドがひっそりと嬉しそうにしている。
「まぁ、頭が良くて見目も良いので、身体を動かすという点に関しては神様がおまけをしてくれなかったのだよ。ははは。」
 ニタに褒められて気を良くしたディレィッシュは少しだけ調子に乗ったが、ニタに「で、『彩り華やかにして』は?」と質問されると、困ったような表情を浮かべた。
「…貝殻とか、サンゴとかでおめかししてみることだろうか。」
 と、ディレィッシュは言う。ニタはじっとディレィッシュを見つめる。クグレックはディレィッシュが適当なことを言っていると感じたが、ニタは全面的にディレィッシュの言うことを信じ「分かった、じゃぁ、ニタがおめかししてあげるから。」と言って、部屋の中にある貝とサンゴとヒトデを拾ってクグレックとクライドに身に着けさせる。無理矢理くっつけようとするニタを見かねて、クワド島のおませな女の子であるリクーが海藻を使ってペンダントやブレスレットに加工することで、それなりの装飾品にして見せた。クグレックとクライドは見事に『彩華やか』にされた。
 そうして、海藻の生えた岩礁の前に立たせれば、海底神殿の嬉しそうな声が聞こえて来た。
「正解だ。さすがだね。次の部屋に進めるよ。」
と言うと、通路を塞いでいた岩戸が動き、さらに次の部屋へと続く入り口も現れた。
 クグレックは髪飾りとしてつけてもらったヒトデはいち早く外したが、サンゴで出来たネックレスは可愛いと思ったので、そのまま身に付けることにした。それに気付いたリクーはニコニコしながら「戻ったら、もっと可愛いアクセサリーがあるから、見せてあげるね。」と言った。
 クグレックは「うん。」と返すことしか出来なかったが、なんだか嬉しかった。
 ちなみにクライドは装飾品は全て外して捨てていた。

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 2023_09_11


*********


 翌日、一行はガラクタ広場へ向かい、例の穴の前までやって来た。
 とりあえず、行ってみるしかないということで、穴から少し離れたところに杭を打ち、その杭にロープをしっかりと結びつけ、穴へ垂らした。
 ロープを伝って穴の中に入っていくと、不思議な空間が広がっていた。
 足元は湿っており、磯臭い。灯りをつけると分かったのだが、この穴の中は良く磨かれた白い大理石で出来ている。目の前には白地に金色の細工が施された陶器製の扉があった。この扉は鍵が付いていないのだが、開けることが出来ない。扉のレプリカと言うわけではないのだが、どういうわけか開かない。
「この扉は魔法がかかってるみたい。」
 と、アリスは扉に触れながら言った。
「お、それじゃあ、クク、鍵開けの魔法だ!」
と、ニタがクグレックを促す。クグレックは杖を扉に向けて、「アディマ・デプクト・バッキアム」と言って鍵開けの魔法を放った。すると、扉はゆっくりとひとりでに開いた。
 そして、一同は驚愕するのであった。扉が開いたことだけではない。
 なんと、扉の先は水中となっているのである。不思議なことに扉をあけても目の前の水がこちら側に溢れ出て来ることはない。透明なガラスで遮られているかのように扉の中は水で満ちている。
「うええ、なんだこれ、入れるの?」
と、ニタが言うと、ムーは「うん、入れるよ」と言って、怖気づくことなくぽちゃんと水音を立てて水の中へと入っていた。
「えぇー!」
 一同は扉の先の水中にいるムーに驚いた。水中なのに息は持つのだろうかと不安になるが、ムーは苦しそうには見えない。ずんずんと歩き進むムーは、ふと振り返って誰も後を着いて来ないことに気付くと「どうして来ないの?」と言わんばかりに泡をぶくぶくと吐き出す。残念なことに声は聞こえなかった。
「もともと怖がりのムーが進めるのだから、きっと大丈夫だよ!」
 と、のたまうのはムーの恋人であるルルだった。ルルも自身のフカフカの緑の毛が濡れてしまうことも気にせず、ばしゃんと水飛沫を上げて扉の中へと勢いよく突入した。
「…ええい、行くしかないよ。ね、クク!」
 とニタも言うと、クグレックの手を引っ張って、扉へと突撃した。クグレックは心の準備が整わないまま扉の中へ連れていかれ、慌てて息を止めた。
 ばしゃんと水の中へ入る。目の前は気泡で一杯となり良く見えなかったっが、やがて落ち着いて来るとそこは間違うことなく水の中だった。少しばかりひんやりしており、身体がふんわりと浮きそうになる感覚がする。
 ニタもルルも口元を抑え、息が漏れないようにしている。二人は深呼吸してから突入したから、まだ息が持つであろうが、心の準備も何もないままニタに連れて来られたクグレックはそろそろ苦しくなっていた。
 クグレックは振り返って外に出ようとしたが、「待って」とムーに止められた。
 再び振り返ると、ムーは口からぶくぶく気泡を出しながら「ここでは息も吸えますよ。大丈夫です。」と言った。ぶくぶく空気を吐く音が邪魔であり、籠った感じ聞こえるが、不思議なことにムーの声が聞こえた。
 クグレックはおそるおそる口開き、息を吐き出す。ぶくぶくと泡となって上の方に上がっていく。
 そして、勇気を出して息を吸ってみた。
 大量の水を呑みこむことになるのだろうか、と心配になったが、いや、口の中にしょっぱい水、すなわち海水が入り込んできてはいるが、感覚として空気を取り込むことが出来ている。
「どういうこと?」
 ぶくぶく泡を吐きながらクグレックが問う。
 そんなクグレックの様子を見ながら、ルルとニタもおそるおそる呼吸を行い、クグレックと同様に狐につままれたような表情をするのであった。
「古代の人がかけた魔法の力です。ここ海底神殿では海の中でも呼吸が出来るようになってるんです。」
 ぶくぶくと音を立てながらムーが言った。
「さらに、ちょっと動きづらいですが、歩くことも出来ます。残念ながら、飛ぶことは出来ませんけど」
「えー、でも、すごいよ。水の中で息が出来るなんて。」
 海中が危険をはらむ場所ではないことを知ると、ニタは嬉しそうに動き回った。ふわっと飛び上がれば、ゆっくり沈んでいく。腕をかけばわずかに浮き上がった。徐々に沈んでしまうが、歩くよりも泳いだ方が早く動けるということが分かると、ニタは魚のように自由に泳ぎまわった。
 そして、クグレックたちが水の中でも安全だということが分かると、残りの者達も後に続いた。


 2023_09_07


********

 ムーがクグレックたちのお金で購入した船はハワイ島への定期便と同じ大きさの木製の船だった。
 いつの間にか9人という大所帯になってしまった旅団には丁度いい大きさの船であった。
 クワド島までは3日ほどかかった。フィンが航海士として一生懸命頑張り、黒雲が来てもルルのバリアが追い払ってくれたので、無事にクワド島へ辿り着くことが出来た。
 クワド島はハワイ島のように観光業で生計を立てているわけではないので、港は随分と寂れていた。岸壁からは方々に草が生え出しところどころかけてボロボロになっていた。
 フィン曰く、クワド島は海産物よりも農産物や島内の山の幸の方が豊富に備わっており、そこまで漁業に頼らずとも生きていけるらしい。なるほど島内に踏み込んで行くほど緑豊かな自然の風景が広がっていた。
 しばらく歩くと集落が現れた。家屋は棕櫚や椰子の木や葉や皮で作られた高床式の住居が立ち並んでおり、簡素な雰囲気の集落はコンタイ国のジャングルで見かけた集落の雰囲気に似ていた。
「ちょっと待ってて。挨拶してくる。」
 と言って、フィンは集落の中でもひときわ立派な住宅へ入って行った。
 ニタは
「フィンはどうしてこの島を出たんだろうね。良いところだと思うけど。」
と、呟いた。その問いに対してハッシュが答えた。
「…出たというか、ハワイ島にスカウトされたそうだ。あの島の原住民はリリィと数人だけらしくて、従業員は外から集めて来るらしい。自然しかないクワド島にいるよりも、フィンは外の世界を見たかったみたいだぞ。」
 ハッシュはハワイ島を出てから、出航準備の買い出しや航海中でもフィンのフォローをしていたので一緒に過ごす時間が長かった。そのためフィンの身の上話も聞いていた。
「へぇ、フィンって意外とアクティブなんだね。」
「あぁ見えてな。」
 しばらくすると、フィンが一番立派な家から戻って来た。
「お待たせしました。えっと、今長老に挨拶してきたんだけど、会ってくれるって。今出て来てくれるから、ちょっと待っててね。」
 と、フィンが言った。
 数分後、長老と思しき年老いた男性が少女2人を連れてやってきた。
 老人の頭髪は朝日のようにつるやかな頭だったが、まるで前髪のように長く伸びた白い眉毛とふさふさに蓄えた白いひげが特徴であった。足に不自由があるのか杖を突いてゆっくりと歩いて来た。
 にこにこと笑みを湛えながら長老は口を開いた。
「ようこそ、フィンのお友達。遠いところからよく来た。何もないところだけど、のんびり過ごして下され。」
「初めまして。私はディレィッシュと申します。私達はこちらに空を飛ぶ船が眠るという海底神殿があると聞いてやってきたのですが、立ち入っても大丈夫でしょうか。」
 ディレィッシュが丁寧にあいさつをした。
「神殿とな。ふうむ。神殿とな。」
 意味ありげに繰り返す長老に一同は息を呑む。
 と、フィンがおずおずと話の間に入って来る。
「皆が言っている海底神殿なんだけど、実を言うと、クワド島ではそんな大それたものではないかもしれないの。」
「というと?」
「私達はその場所のことを、ガラクタ広場と呼んでるかもしれない。」
「ガラクタ広場?」
「おお、なんだ、ガラクタ広場のことか。…しかし、あそこはご先祖様が遺したガラクタが眠る場所。部外者をいれるわけには…」
 と、長老は渋る。だが、後ろにいる少女が
「別にいいじゃん、私達も良く分からないガラクタなんだから。知っている人達に使ってもらった方が、ガラクタたちも嬉しいよ。」
「そうかのう。」
「うん、そうそう。」
「じゃぁ、特別にいいじゃろう。」
「わーい、おじいちゃん、ありがとう。」
 女性は長老に抱き着くと、長老は嬉しそうに鼻の下を伸ばした。
「じゃ、フィンのご友人さん達、荷物はうちに置いて、ゆっくり休んでいってよ。ね。」
 と、女性は言うと、突然クライドの腕を取り、抱き着いた。
「私ね、リクーって言うの。あなた、とてもイケメンね!私の彼氏になってよ!」
 クライドはリクーに抱き着かれて、ひたすら石のように固まり、表情をひきつらせた。
 その様子を見たディレィッシュはにやりと笑って
「リクーちゃん、君のおかげで私達は目的の場所へ行けたんだ。用事がすんだら帰らなければいけないが、その間クライドとは仲良くしてやってくれないか?きっとクライドも喜ぶと思うんだ。」
と、優しく言った。クライドは悲壮な表情を浮かべディレィッシュを見つめる。
「まじで!キャー嬉しー!クライド、よろしくね!」
 リクーはさらにクライドにぎゅっと抱き着いた。クライドは顔を引き攣らせてディレィッシュに助けを求めるが、爽やかな笑顔で「よろしくな」と言われてしまっては従うことしか出来ない。主従関係は解消されてはいるが、基本的にはディレィッシュの意向に沿うのがクライドだ。


 一行は早速ガラクタ広場へ向かった。
 ガラクタ広場は言うなれば不法投棄物が存在する手入れのされていない空き地だった。
 辺りは茫々に背の高い雑草が生い茂り、進入することすら困難であった。ガラクタと呼ばれるであろう廃棄物には動物がねぐらとして住み着いていたり、蔦や葛の支配を受け絡みとられていた。
「何と言うところだ。」
 苛烈な環境にディレィッシュは思わず愚痴をこぼす。背の高い雑草が生い茂るだけでなく、陽射しも強い。雑草を掻き分け、ガラクタを探すだけでも汗が吹き出てきた。
 さらにあまり人が入ることのない雑草生い茂るガラクタ広場は、虫に取って天国の様な場所であった。バッタや蝶やカマキリなどが、草を掻き分けるごとに元気よく飛び出して来る。
へいわの と悲鳴を上げたのはクグレックとアリスで、虫が苦手な二人はガラクタ広場からリタイアした。結局女性陣は村で夕食の準備を手伝うこととなった。


 そして夕暮れ。
 ガラクタ広場からくたくたになった男性陣とニタが戻って来た。
「どうだった?海底神殿はあった?」
 アリスが尋ねた。するとハッシュが
「ううん、あんな草原が海底神殿なわけないんだけど、その入り口らしきものは見つけた…、かもしれない。穴があってその下には空間が広がっていた。」
「そう…。じゃぁ、それが海底神殿の入り口かもしれないわね。明日、行ってみましょう。今日はご飯を食べてゆっくり休むのが良いわ。」
 そうして一行は全員で夕食を取り、明日に備えて早めの就寝を取った。
 2020_10_14


 
 ティグリミップに到着すると少年と少女は事情聴取のため、船乗りたちの詰め所へと運ばれた。
 その間クグレック達は依然お世話になった宿屋で過ごすこととなった。
 ムーが海底神殿へ向かうために全財産を使ってしまったが、それぞれ個人で持っていたお金をかき集めたら数日ほど宿屋に泊る分は集まり、なんとか宿泊費を払うことは出来た。持って2、3日程ではあるが。
 少年と少女は翌日には目を覚ましたという。
 船乗りたちの話によると二人はどうして海で遭難していたのかが分からなかったらしい。記憶障害は船が難破してしまった際のショックに依るものかもしれないということで、それ以上はどうにもならなかった。二人はディレィッシュの親戚であるということにして、引き取ることとなった。

 宿屋の部屋で、二人の話を伺う。
 ムーとルルとフィンはクワド島へ向かう船の準備に行った。女性と愛玩動物2体だけでは荷物持ちが心許ないということで、ハッシュも駆り出された。
 部屋にはディレィッシュとクグレックとニタ、そして少年クライドと少女の5人だ。
「お騒がせしてすみません…。」
 少女がベッドに腰掛けながら謝った。すると、同じく隣に座っていた少年クライドはすっと立ち上がって、ディレィッシュの方を向いてしゃがみ出し、額を床に付けた。

「大変申し訳ありません!陛下!私は、私は、貴方のことを忘れて日々を過ごしていました!貴方を守るための剣として、盾としてこの身を捧げたというのに、偽りの記憶に惑わされ、本物の記憶を塗り替えられてしまっていました!」

 ところどころかすれた声で懺悔する少年クライド。変声期特有の声だ。
 そんなクライドにディレィッシュは優しく微笑みかけ、彼の金色の髪を撫でる。

「ふふふ、クライド、顔を上げたまえ。謝ることじゃないさ。」
「いえ、挙句の果てにこんな姿に変えられてしまって…。本当は合わせる顔もないことは分かっています。」
 ディレィッシュはひたすら謝罪を続けるクライドを嬉しそうに見つめ、優しく声をかける。
「いや、いいんだよ。全部良いんだ。歴史は書き換えられたんだ。だから、本当に正しい歴史は私がいないという歴史なんだよ、クライド。私はもう王でもなければ何でもない。ただの住所不明の旅人なんだよ。顔を上げなさい。私はお前の顔が見たい。」
 クライドはおそるおそる顔を上げる。目の前には彼が敬愛して止まないディレィッシュの姿。その優しげな表情はクライドのかつての記憶の中でもしばらく目にしていなかった表情だった。
 ディレィッシュの信奉者であると言っても過言ではないクライドはその表情を見ただけで、全てを察した。
 どうやら長年ディレィッシュに巣食っていた憑き物が落ちたようだ、と。
 クライドが家名を捨ててまで仕えたいと思った出会った頃のディレィッシュに戻ることが出来たらしい。
「お前は私の初めての友人であり、お前にとっても初めての友人なんだ。そうだろ?」
 と、ディレィッシュが言うと、クライドは頬を緩め、ディレィッシュに抱き着いた。
「…覚えていてくれて、ありがとう。」
 とディレィッシュもクライドに負けじと強く抱き締め返した。

「はいはい、感動の再会はその辺にして、お話を聞いて行きましょ。」
 割り込みに関しては定評のあるニタが言った。
「そうだな。クライド、お嬢さん、どちらからでも良い。一体何があったのか教えてくれ。」
 ディレィッシュがクライドから離れて尋ねる。
「…まずは、クライドから話すのが良いかもしれないわ。そうじゃないと、私の話も理解できないと思う。」
 と、少女に言われて、クライドは話を始めた。

「正直言えば、どうしてこんなことになったのか分からない。覚えているのは、ディレィッシュ達が国外に脱出する際に接触してから、身体がおかしくなった。何度もディレィッシュやハッシュがいた頃の夢を見た。それは寝てる時だけではない。起きている時もだった。白昼夢として見ていたらしい。夢を見るごとに、現実との息苦しさに頭がおかしくなりそうだったし、夢を見ることが恐ろしくて眠ることが怖かった。おそらく睡眠不足と情緒不安定が祟って、何度か倒れてしまって、国王からは休養を言い渡されていた。その時に白魔女が現れたんだ。もうその時の自分は、意識が混濁してしまっていたからはっきりとは覚えていない。けれど、その時にはっきりと思いだしたんだ。自分はトリコ王国に仕えていたのではなく、『ディレィッシュ』という個人に仕えていたのだということを。『ディレィッシュ』に仕えていたからこそ、トリコ王国に尽そうとした。それを思いだした時に激しい頭痛に襲われて、目の前の白魔女から差し出された薬を口にした瞬間から、記憶は既にない。気付けば地下牢のようなところに繋がれていたし、からも小さくなっていた。白魔女は「時間がない」とだけ言って。無理矢理自分にクスリを飲ませて、そして、今に至る。」

「…1週間くらい前に会ったこと、覚えているか?」
 と、ディレィッシュが尋ねたが、クライドは覚えがないので訝しげな表情で首を横に傾げた。
「いや、でも、ところどころ記憶はあるんだ。主に白魔女との記憶になってしまうが。白魔女から、俺は今がディレィッシュとハッシュが存在しない『歴史が変わった世界』であることも説明は受けていた。ただ、何度も何度も今と元のちぐはぐな記憶、身体の調律が施されていたことだけは分かった。体が小さくなってしまったことだけは分からずじまいだったが。」
 クグレックたちもトリコ王国を脱して、山を登ったり、ドラゴンを退治したり、壮絶な1か月を送っていたが、クライドはそれ以上の苛烈さをもっていたのかもしれない。
「白魔女がいなければ、クライドは死んでてもおかしくなかった。なくなった記憶と新しい記憶を一緒にすることは難しい。白魔女は、興味本位でクライドを元の形に戻しただけに過ぎないけどね。あの女は世界の理を手にすることには貪欲なの。なんだってする。」
 と、少女が言った。
「白魔女はいい人なのか良く分からないよ。」
 ニタが困惑したが、アリスは間髪入れず「良い人ではないわ」と答えた。
「私達の身体が小さくなったのは、あの女の気まぐれによるわ。クライドを昔の記憶を戻したまま今の世界に馴染ませるために、身体を小さくする理由は良く分からない。あの女にとってはただの実験体に過ぎない。仮にクライドが副作用で死んだとて、それは彼女の1つの実験結果に過ぎないのよ。実験用ネズミが死ぬのと同じね。」
 と、アリスが言う。
「ところで、お嬢さん。君は一体何者なんだ?」
 ディレィッシュが尋ねた。
「私は、…うーん、そうね、故郷の流行病を治すための薬を白魔女に作ってもらおうと思って、ずっと白魔女のことを探していたの。」
 にこりと微笑むアリス。
「薬は手に入ったのか?」
 ディレィッシュが尋ねると、アリスは首を横に振った。
「残念ながら。私が彼女に接した時は、…白魔女は…、もはや正常な状態ではなかった。」
 と言った後、アリスは「もともと正しい人間ではなかったのだけど」と付け加えた。
「…どうして、二人はあの船に乗っていたんだ?」
 アリスはちらりとクライドを見遣る。クライドはまともな意識を持たずにいたので状況を知らない。真剣な表情でじっとアリスを見つめていた。
「私達は奴隷として売られたの。『滅亡と再生の大陸』の沿岸部の町へと。」
 一同はハッと息を呑んだ。
 コンタイの国のどこかの町では『滅亡と再生の大陸』への密航船が出ているということをディレィッシュが皆に話したことがあるが、クライドとアリスは実際のその密航船に乗ったということになる。ムーと今は御山にいるティアもその密航船に乗って『秩序と文明の大陸』にやってきたと言う。ちなみにこの港町ティミグリップには密航船は存在しない。清廉潔白とした港町なのである。
「…クライドは絶世の美少年だからね。それなりに需要はあるわ。私もそういう華の年齢だったから、売られたわけ。」
「…白魔女はどうしてそんなことを?」
「もうあの人は気が触れているからね。少しでも誰かが絶望する顔を見たかったんじゃないのかな。幸いクライドも元の記憶を取り戻して、身体が馴染んだのを確認できたしもはや、言うことを聞かないであろうクライドを傍に置いておく理由もなくなった。実験は成功し、終了したのよ。」
「…私はてっきり白魔女はクグレックに会うために、クライドを駒にすると思っていたのだが…」
「その予定だったんでしょうね、彼女も。」
「え?」
「今の彼女は気が狂っているの。元から狂った人だけど。でも、今は自分でも抑えられないくらいおかしくなっている。私の力で、白魔女は今故郷のリタルダンド共和国まで転移させたけど、あの女もなかなかの空間転移魔法の名手だから、早いうちにあなたたちの元へ追いつくでしょうね。」
「…アリス、君は一体何者だ?白魔女には本当に薬のためだけに接近したのか?」
「…ふふふ。それはそのうち分かることよ。」
 アリスは微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ところで、貴方たちはアルトフールってところに行く予定なんでしょう?私もご一緒してもいいかしら?」
「なんでそれを知っているんだ?」
「あらやだ、ニタちゃんが教えてくれたのよ。ククちゃんと一緒にアルトフールへいくんだって。」
 アリスと酒をかわしたあの夜、ニタの記憶は途切れ途切れとなっている。アリスからの情報を得る代りに知らぬ間にニタは事情を全てアリスに話していたらしい。
「私は『滅亡と再生の大陸』東沿岸部出身なの。水龍を祀る部族の出身なんだけどね、向こうの魔物の情報をもっているから、少しは役に立つと思うんだけど。あ、あとは治癒魔法も得意よ。白魔女には劣るけど。」
 ニタとディレィッシュはクグレックを見遣る。この旅のリーダーはクグレックなのだ。クグレックが良いと言えば相手が怪しくとも受け入れるし、ダメだと言えば有能な人物であっても拒否をする。
 クグレックの答えは「別に、かまいません」だった。
 ニタとディレィッシュは内心不安だった。目の前のアリスはクライドを助けてくれたとは言え、どこか怪しいのだ。腹に何を据えているか分からない。しかし、リーダーの言うことは絶対だ。
「ありがとう。ククちゃん。」
 アリスは屈託のない笑顔をクグレックに向けた。クグレックもそれに応じるように微笑んだ。


 2020_07_11


 しかし、ムーの言う通りなのだ。ムーが言う通り彼らはクワド島へ行き、宙船に乗って、『滅亡と再生の大陸』にあるアルトフールへ行くだけなのだ。金の心配は当面必要はないだろう。
 ルルを仲間にして、ハワイ島での最後の夜を過ごす。
 最後の夜はホテルの屋外ラウンジで豪華ディナーを食べた。ハワイ島でとれる新鮮な海の幸や果物、豪華な肉料理などに舌鼓を打ち、終始リラックスした時間を過ごすことが出来た。途中ハワイ島伝統の踊り『フラ=ダンス』が行われ、飛び入りでニタやディレィッシュも参加して、実に楽しい時間となった。ディナータイムの最後には沢山の打ち上げ花火が夜空を彩鮮やかに覆った。
 ドーンと腹に響く音を上げて、派手に散り行く花火を見ながら、クグレックはこの平穏を幸せに感じた。
「クク、花火、綺麗だな。」
 ハッシュが話しかけて来た。
「うん。ずっと見てられる。」
「まさかクク達とこんな風に過ごすことになるとは、思わなかったな。」
「どういうこと?」
「俺達はポルカで出会ったけど、まさか、一緒に旅をするとは思わなかった。そもそも、国を追い出されるなんてことも思ってはいなかったけどな。」
 と、言うハッシュにクグレックは押し黙った。ハッシュたちトリコ兄弟の平穏をぶち壊したのはクグレックの黒魔女としての力なのだ。彼らが楽しんで過ごしているのならば良いのだが、本心はどう思っているのか分からない。
「でも、こういうのも意外と悪くないもんだな。楽しい。トリコに居た時もそれなりに外遊はしていたけど、自由に過ごせたわけではないからな。常に仕事の一環だった。山に登ったり、ドラゴンに遭ったり、魔物をやっつけたり、見知らぬ土地へ足を踏み入れたり。全部自分の足だ。面白いもんだな。」
 まるで少年のように目を輝かせてハッシュは話を続ける。
「最初にお前たちに会った時は、ただの子供が危ないな、と思ってたけど、今は出会えて良かったと思うよ。生きてるって感じがする。この先何が起こるか分からないけど、頑張っていこうな。」
「うん。」
 クグレックは静かに頷く。
 ドーンという重低音が連続する。クグレックも言葉を返したかったが、花火がその隙を与えない。
 やがて、二人で話していることに気がついたニタが二人の間に割って入って来た。
「むむむ、ハッシュ、ククに変なこと、吹き込んでないでしょうね!」
 と言ってクグレックの膝の上にうつぶせになり、ハッシュを睨み付けるニタ。
「ニタ、もう、大丈夫だってば。」
 度々こうやってニタは無理矢理ハッシュとクグレックの間に入ってくるものだから、クグレックもイラッとして、じゃれついて来るニタの頭を少し強めにぽんぽんと叩いた。
「たーまやー。花火が上がる時にたーまやーって言うんだって。」
 ニタが言った。
「なんで?」
「知らない。」
 その時、再び打ちあがる音が連続する。夜空に炸裂する光の花。これでもかと花火が連続で打ち上げられ、ニタは狂ったように「たーまやー」を連発した。クグレックもニタの真似をしようと花火が打ちあがるタイミングを計るが丁度花火が途切れてしまった。が、一際大きい重低音が放たれると、今度は今までの2倍くらいの大きさの大輪が夜空に広がった。
「た、たーまやー」
 クグレックはこの言葉の意味を知らないが、何となく気分が高揚してくるのを感じた。
 もう一度言ってみたいとクグレックは思ったが、花火は今ので最後だったらしい。再び夜空に大輪の花が浮かぶことはなかった。
 やがて観客たちは花火の時間が終了したことを理解したのだろう。再び元のディナー会場へと戻って行った。


********

 そして翌日。一行はハワイ島を後にした。
 再び船の旅である。
 やはり、船は黒雲に襲われた。もともとは年に1回あるかないかの黒雲だが、おそらくクグレックの魔の力が呼び寄せているのだろう。
 しかし、行きとは異なり、クグレックも安定して魔法が使えるようになったし、守りの名手のルルもいる。船はバリアによって守られ、黒雲とその魔物はあっという間に駆逐された。船乗り達からは大変賞賛され、就航中の用心棒をやらないかと誘われたが、本当にお金が必要になった時に考えておくということにして保留にした。
 行きよりも安全な船の旅だったが夕日が沈むころ、船内がざわめいた。
 どうやらどこかで船が難破したらしく、ボートの様な小型の木船に乗っていた海難者を救助したらしい。救助されたのは14歳くらいの少年と少女だった。少年の方は意識がなく、少女の方は衰弱しきっていたが意識はあった。
 クグレックとニタも救助された二人のことが気になり、甲板に上がってみたところ、その意外な人物に吃驚した。
「え、あれ、クライドじゃん。」
 と、ニタが言う通り少年の方はあのクライドだった。そのため、先に甲板に出ていたディレィッシュが焦った様子で少年の容体を確認していた。さらにニタは少女を見て眉根を寄せる。ニタは少女をどこかで見たことあるのだが、それはどこなのか思い出せないのだ。
 ニタとクグレックは少女に近付く。すると、それに気が付いた少女は、小さく微笑みを浮かべた。
「あぁ、ニタちゃん…。港町での夜ぶりね…。」
 と、少女に言われて、ニタはハッとした。
「あの時の女!?」
 ディレィッシュがアルドブ熱に侵された際に、白魔女の隠れ家に関する情報をニタに教えてくれた女性だった。その際にニタは彼女からしこたま酒を飲まされ、酷い酩酊状態になってしまったが、彼女のことを思い出すことが出来た。
「どうしてここに?」
「…ちょっとね…。でも、…あなたたちに会えて良かった…。」
 少女はそういうと、安心したのか突然意識を失い、眠りについた。
「…一体どういうこと?あの女、随分と若返っちゃったみたいだし、クライドもいるしなんだかよくわかんない…。」
 そう呟くニタに、クグレックも同じ気持ちだった。
 クライドは白魔女に実験体にされ、少女と同様に若返ってしまったうえ、記憶を失くしてしまっていた。あれからまだ1週間が経つか経たないかというのに、白魔女とクライドの間で一体何が起きたのか。
 突然の出来事にただただびっくりするばかりの一行はとりあえず少女と少年の目が覚めるのを待つこととなった。




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