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「船の旅もいいね。海風が気持ちいいよ。」
 甲板にて、荷物が入った木箱に腰掛けながらのんびりとニタが言う。
「うん。気持ちいいね。」
 クグレックもニタに追随する。過ごしやすい気温に爽やかな青空、頬を撫でる海風は普段は内向的なクグレックの心を開放的にさせる。
 ハワイ島まではなんと丸一日もかかる距離にあるらしいが、船上の旅は非常に穏やかで楽なものだった。
 
 ところが、クグレック達の旅はそんなに楽なものではない。

「2時の方角から黒雲が近付いて来るぞ。客は船室へ!」
 船員が大声をあげて避難を指示する。
 船が進む方向が局地的に禍々しい黒い雲に覆われているのだ。先ほどまでは爽やかな青い空が全体的に広がっていたというのに。局地的に黒い雲に覆われた海は荒々しく波打っている。
「迂回すればいいのに。」
 と、ニタが呟くが、不思議なことに船は黒い雲のもとへ突っ込んで行く。いや、船が近付いているのではなく、黒い雲が猛スピードで近づいて来ているのだ。
「嬢ちゃんとこぐまちゃん、早く船室へ!」
 船員があまりにもせっぱつまった様子で叫ぶので、ニタとクグレックは慌てて船室に戻った。
 突然の事態にニタとクグレックは事態を呑みこめないでいる。
「一体何が起きようとしているんだ?」
「わかんない。でも、黒い雲が近づいて来てた。」
「ニタも海のことは良く分からないから、ムー達に聞いてみよう。」
 ハッシュとムーは客室でディレィッシュの傍にいた。ディレィッシュは熱は下がったものの、体力が著しく落ちてしまい、まだ本人が思うように身体を動かすことが出来なかった。久し振りに体を動かした今日は、微熱が出てしまったのだ。
 3人がいる客室に向かおうとしたその時、どん、と大きな音と共に船体が大きく揺れた。その揺れは立っていられない程大きな揺れで、クグレックとニタはコロンと倒れて尻餅を着いてしまった。
「まさか、船、沈まないよね?」
「そんな、まさか。」
 船は酷く揺れ、ニタとクグレックは不安げに顔を見合わせる。。
「クク、ニタ!」
 ハッシュが現れた。
「あ、ハッシュ。なんか黒い雲がやって来て、大変なことになったみたいだよ。ディッシュは大丈夫?」
「あぁ。なんとかベッドにしがみついている。」
「そう。」
 ニタは自力で立ち上がることが出来たが、クグレックには無理だった。ハッシュがクグレックの手を取り、壁まで移動させた。
「ククは一旦客室に戻ってろ。ニタ、外に出るぞ。」
「え?船乗りのおっちゃんが危ないから中に居ろって。」
「いや、黒雲が来た。船乗りたちの援護をするぞ。」
「え?もう、一体どういうこと?」
「黒雲は魔物を引き連れる。」
 ハッシュはそう言って甲板に出ると、ニタも状況を解しないままだったがその後に続いた。
 残されたクグレックは、激しく揺れる船に再び転げてしまうが、どうやら甲板には魔物が現れてしまっているらしいことを聞きつけ、よたよたしながらハッシュたちの後を追った。
 甲板に出ると、空は夜が来たように暗くなっており、強い雨と風が吹き付けていた。波も轟音を立てて、激しい白波を上げている。時折雷鳴も轟く光景はこの世の地獄のようだった。
 更に目の前には、幼児ほどの大きさで、つるりとした表面にひれとえらがある二足歩行の生き物が数体ほどおり、船乗り達と交戦していた。勿論ハッシュとニタも戦っている。
 クグレックも揺れる船体にふらふらしながら、背中のケースから杖を取り出す。
 目の前の見たこともない生き物は2足歩行ではあるが、魚のように見えた。半魚人というのだろうか。クグレックはふらふらしながら、標的に向かって杖を剥ける。
「イエニス・レニート・ランタン!」
 炎の魔法を唱えれば杖先から火の玉が放たれ、半魚人にぶつかる。じゅうと音がして、半魚人からは焦げた匂いと焼き魚の様な香ばしい匂いが発せられた。
(もっと、火力を強くしないといけないのかな)
 そう思いクグレックはさらに魔力を込めて炎の魔法を放とうと呪文を詠唱するが、杖からは何も放たれなかった。魔法が使えないことに戸惑うクグレックだったが、少し焦げてしまった半魚人がクグレックのことを察知し、襲い掛かって来た。クグレックはもう一度魔法を放とうとするが、どうしても魔法が放たれない。
 半魚人がクグレックにその刃物のように鋭利なひれを叩きつけて来る。クグレックは防御するように杖を前に構えて、きゅっと目を瞑った。
 ばきっと音がし、痛みも何もないことにクグレックはおそるおそる目を開くと、目の前にはハッシュの姿があった。もう何度この背中を見たことか。
「危ないと言っただろ。海に投げ出される危険がある。船室に戻れ!」
 と、ハッシュに怒鳴られたのと、揺れる船の衝撃でクグレックはびっくりして尻餅を着く。尻餅を着きながら、クグレックは杖を握り魔法を放とうとしたが、やはり出来なかった。自身が役に立たないことを察したクグレックは這いつくばりながら船室へ逃げ込んだ。クグレックはディレィッシュ達がいる部屋に戻らず、その場にしゃがみ込んだ。心臓がバクバクと鳴る。魔女の力を忌み嫌うことは多々あれど、魔法が使えないことは魔力切れの時を除いては一度もなかった。魔法の力がなければ、クグレックはみんなの役に立つことが出来ないではないか。

 やがて、船の動きが落ち着いた。
 クグレックはずっと甲板へ出る扉の前でしゃがみ込み項垂れていた。
 がちゃりと扉が開き、外からの光が差し込むと白いふかふかの足が見えた。ニタだ。
「あれ、クク、部屋に戻ってなかったの?」
 クグレックは顔を上げた。その表情にニタはぎょっとした。
「クク、どうしたの?なんかやつれてるよ。船酔い?」
 クグレックは頭を横に振る。
「ううん、違うの。船酔いは大丈夫。」
「そう。ならどうしたの?」
「…魔法が、使えなくなった。」
「ふーん。」
 ニタの反応は意外と薄いものだった。クグレックは少しだけ拍子抜けした気持ちになった。
「…私、これじゃぁ、何の役にも立たない…。」
「うーん、別にいいんじゃない?確かに火とか魔法で出ると便利だけど、戦いとかはニタとハッシュで何とかするし、大したことじゃないよ。」
 ニタはぽんぽんとクグレックの肩を叩く。ニタの様子を見ていると、事態はクグレックが思っているよりも深刻ではないのだろうと思えて来た。
「むしろ、普通の女の子は魔法が使えないのが当たり前なんだから、いいんだよ。」
「普通の女の子…」
 クグレックは復唱した。〝普通の女の子”はクグレックが憧れていた存在だ。
(そうか、私は〝普通の女の子”になれるんだ…)
 クグレックはようやく気持ちが落ち着き、ずっと握りしめていた杖を背中のケースにしまった。
「そうそう、黒雲は『滅亡と再生の大陸』に帰って行ったから、海はもう安心だよ。」
「黒雲?帰る?」
 ニタは船乗りから聞いた話を自慢げに披露した。
 先ほどの嵐と魔物を伴った黒い雲は『黒雲』と呼ばれる魔物スポットの一種らしい。黒雲は遥か西にある『滅亡と再生の大陸』で発生する雲らしく、『支配と文明の大陸』から離れた海上にごくまれに出現する。船を嵐と魔物で襲撃してくるが、黒雲が嫌いな音があるらしく、黒雲がやってきた時は装置を使って黒雲の苦手とする音を発する。かつては黒雲により難破してしまう船が多かったのだが、この装置を使えば黒雲を追い払うことが出来る。とはいえ、魔物は容赦なく船を破壊しようとして来るので、魔物を相手しながら装置を起動させなければならないので、大変なのである。
「でも、黒雲は年に1回くらいしか発生しないはずなのに、先月からちょいちょい出て来るんだって。一昨日も出たらしくて、何かやな感じらしいよ。」
 そうなんだ、とクグレックは呟く。
 トリコ王国といい御山といいどこかしらで『魔』が異常を来している。クグレックは魔を活性化させる体質らしい。クグレックが行く先々で発生している異常はもしかすると彼女自身がもたらしているものなのではないだろうか、ということがクグレックの頭を過ぎった。クグレックは血の気が引いて行くのを感じた。
「クク、どうしたの?」
 ニタがクグレックの顔を覗き込む。そして、クグレックの表情を見てぞっとした。
「クク、顔真っ青だよ?やっぱり船酔いじゃないの?大丈夫?」
「…ねぇ、ニタ、私、本当はいてはいけない存在なんじゃないの?」
 ニタから表情が消え、至極冷静にククに問い返す。
「どうしてそんなことを思うの?」
「だって私がいると魔の力を増幅させてしまう。ディレィッシュやムーの魔が暴走したのも私のせいだし、白魔女がおばあちゃんが死んだのも私のせいだって言ってたのも思いだした。ニタ、私…」
「クク!」
 ニタはクグレックの言葉を遮るように大きな声を出した。
「ククは何も悪くないんだよ。…でも、…ククの存在が魔を増幅させてしまうのは事実かもしれない。だけどね、アルトフールに行けば、ククがそんなことで悩まなくても良くなるんだ。何があるのかはニタも分からないけど、エレンにお願いされたんだ。そうすれば、ククはきっと普通の女の子が経験する色んな事を味わうことが出来るからって。」
「普通の女の子になるために、私は沢山の人達に迷惑をかけるの?なら私は、マルトで何も知らずに生きていた方が良かった。」
「違うんだ。クク。ククがマルトに残ったとて、魔の力が村人をおかしくさせて、もっとククはいじめられてた。ククはもっと嫌な思いをして、そして悪魔たちの恰好の餌になる。ククは世界を滅ぼすための兵器となってしまうんだ。ニタがいれば、ククを守れる。だから、安心して。」
 クグレックはニタを見た。ニタのサファイア色の瞳は不安げなクグレックを映し出しているが、ニタ自身はそんなクグレックを優しく見つめている。
(…この世界のためにも、私はアルトフールにいかないといけないんだ。これ以上迷惑なんてかけてられないもの…)
 クグレックは次第に落ち着きを取り戻すと、不安も消えていった。不安は全て消えたわけではないが、ニタの言うことは尤もである。アルトフールに行くことで被害が最小限に収まるのならば、今の苦しみは我慢すれば良いだけだ。
「クク、外に出よう!やっぱり晴れた日の海は最高だよ!」
「うん。そうだね。」
 クグレックはニタと共に再び甲板に出た。先ほどの荒天模様は嘘のように、空は気持ちよく晴れ渡っていた。
 波風は再び優しく二人の頬を撫でる。
 

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 2019_06_27


********

 翌日。無事に船はハワイ島に到着した。港はかもめがくるくると舞い、数人の現地の人達が船を出迎えにやって来ていた。
 船から降りると、首にハイビスカスの花輪を身に付けた現地の人達が数人やって来て「ようこそハワイへ」と歓迎の意を示された。そして、降りて来る観光客たちに自身が身に付けていたハイビスカスの花輪を被せた。
「これは魔除けの花輪なんです。ハワイ島は支配と文明の大陸からは離れていて、滅亡と再生の大陸に近いですからね。ホテルの部屋についたらこの花輪をばらしてお花を1房頭に付けたり胸ポケットに入れたりしてくださいね。」
 現地の人が説明してくれた。
 クグレックには赤や黄色のハイビスカスはまるで妖精が着ているドレスのようで可愛らしく見え、思わず笑みが零れた。
「えっと、ムー様ご一行は私フィン・ベストがご案内しますね。」
 クグレックたちの目の前に現れたのは、フィン・ベストと名乗る女性であった。肩までのゆるくふわふわとした巻き髪が可愛らしい、細身だが胸が大きくてスタイルが良いグラマラスな女性だった。クグレックと目が合うと、フィンはクグレックの緊張をほぐすかのように優しく微笑んだ。
「こんな美人さんに案内してもらえるなんて、私達はラッキーだなぁ。」
 ディレィッシュが上機嫌で言った。フィンは「ふふふ、精一杯ご案内させていただきますね。」と上目遣いでディレィッシュを見つめて返事をした。
 気を良くしたディレィッシュはフィンの肩を抱いて案内を頼もうとしたが、見かねたニタに「バカじゃないの?」と阻止された。
 ホテルへの道中、あからさまにフィンにメロメロになっているディレィッシュを見て、クグレックは妙に納得した。何故なら普通にフィンは美人であり、ディレィッシュは美人とみると声をかけるのを躊躇わない主義であるからだ。
 さて、クグレックが気になるのはディレィッシュの弟のハッシュである。
 クグレックから見てもフィンはとてもきれいで美人に見えるが、ハッシュはどう思っているのだろうか。やはり、ディレィッシュと同じようにめろめろになっているのだろうか。
 クグレックは歩きながらハッシュの様子をそっと伺う。ハッシュもまた、フィンのことを見つめている。ほんのりと頬が赤くなっており、その表情はどこか切なげだ。はてこれはどういう表情なのだろうとクグレックは首を傾げた。
 すると、ハッシュはクグレックの熱視線に気付き、
「クク、どうした?」
と尋ねた。
「フィン、美人さんだね。」
 とクグレックが言うと、ハッシュは瞬時に顔を赤くさせて「あぁ、そうだな。」と答えた。
(やっぱり、ハッシュも可愛いと思っちゃうくらい、フィンは美人さんなんだなぁ。)
 と、クグレックは単純にそう思った。恋初心者のクグレックはその先の感情が分からないためにハッシュの言葉の意味を読み取ることは出来ない。

「さて、着きましたよ。ここが皆さんの宿泊するホテルです。」
 さざなみの音が心地良い海岸線の遊歩道を進んだ先には天まで届きそうなくらいに背の高い建物がそびえ立っていた。20階ほどもあろう高層の建物だ。砂浜を想起させるアイボリーホワイトの外観はまるでタワー型のトロフィーの様な形であり、建物にしては珍しい形だった。1階のエントランスは全面ガラス張りになっていて、解放感が溢れている。温暖で大らかな気候のハワイ島とマッチした作りである。
 ガラスの扉を開き、一行はエントランスロビーで待たされた。フィンが受付を済ませている間、クグレックたちはふかふかの豪華なソファでしばしの談笑をしていた。
「ハワイ島はリリィという希少種の加護によって栄える土地だが、なかなか興味深いテクノロジーを持った島なのかもしれないな。」
 とディレィッシュが言った。
「どういうこと?」とニタが尋ねる。
「例えばこの建物の中だが、外に比べて、涼しいだろう?」
「うん。確かに。」
「こんなにガラス張りの外面では外から入り込む陽射しのせいで温度が上がるはずなのに、どうにも涼しいんだ。トリコ王国にも空気を冷やしたり温めたりする機械があったのだが、ここもそうなのだろうか。」
「ハワイ島も超テク文明なの?」
「さぁな、それは私には分からん。トリコの技術は門外不出だ。それに、世の中には《魔法》という力も存在するから、もしかするとリリィの加護によるものなのかもしれないな。このホテルの作りも、並大抵の建築技術では作れないだろう。」
「へぇ、そんなもんなの。」
「そうなのさ。」
 とディレィッシュは言った。
 と、そこへフィンが戻って来た。
「受付が済んだから、部屋に案内しますね。」
 フィンはにこりと笑って奥へと案内した。そこには3つの扉があり、フィンは真ん中の扉の横についているボタンを押した。
「…エレベーターか?」
 ディレィッシュが言った。
 フィンはにこりと微笑んで「えぇ、そうです。この島も電気の力に頼っています。まぁ正しく話せばリリィの力ですけど」と言った。
 ちんと音が鳴ると同時にエレベーターの扉が開いた。
 一行はエレベーターに乗り込み、目的の階へ向かう。部屋は最上階の24階だった。
 部屋はニタとクグレック、ハッシュとディレィッシュとムーで別れることになった。最上階の部屋はホテルの中でも一番いい部屋である。大きな窓からの眺望は、ハワイ島とその先に続く宝物の様な青い海を俯瞰することが出来て、まるで神様になったかのような心地である。
 部屋はリゾート感あふれる家具で統一され、心がふわりと開放的になる様な特別な空間が作りだされていた。
「では皆さんにお部屋の説明をしますね。」
 フィンは部屋の隅にある白いチェストの扉を開いて中を見せた。扉を開いた瞬間、ひやりとした冷気が漂った。
「飲み物はこちらの冷蔵庫に入っていますので自由にお飲みください。」
 中には水やオレンジジュース、ワインなどが入っていた。
「あ、これトリコ王国にもあったやつだね。」
 と、ニタが言うと、フィンは何も言わずににこりと微笑んだ。
「あれ、でも、トリコ王国の技術は門外不出だったような…。」
と、ニタが言う。クグレックは不安になり、ディレィッシュとハッシュの二人を見たが、二人の表情は特に変わらない。
 すると、不安がるクグレックにフィンは気付いたのか
「大丈夫ですよ。トリコ王国のものとは別の物ですし、深く話せば難しいものですが、とどのつまりはリリィの加護です。」
と、言った。
「リリィは凄いな。」
 ハッシュが言った。
「えぇ。このハワイ島は所属が『支配と文明の大陸』と『滅亡と再生の大陸』の間なのです。なので、この島は「おもてなしと休暇の土地」という目的をもっています。そのためにリリィの力が発揮されるのです。」
「…なにそれ?なんで二つの大陸の間だから、『おもてなしと休暇の地』という目的になるの?」
 ニタが尋ねる。
「うーん、私も詳しいことは分かりませんが、『滅亡と再生の大陸』では土地が生きているらしいです。その土地がその通り名の地になるために土地が住民を呼び、その名の通りの地になるように発展していくようになっているらしいです。」
「ってことは、リリィという希少種がハワイ島に呼ばれて、ハワイ島をおもてなしと休暇の地にするために色々やってるということ?」
「そうですね。」
 フィンはにこりと微笑む。少しの間があり、フィンは部屋の説明を続ける。
「…では、続きいきますね。お食事もこちらのメニュー表にあるものをこの電話からお伝え頂ければ、すぐにお持ちします。また、他に何かご用命がありましたら、おなじくこちらの電話からお伝え頂ければお力添えいたしますね。」
 フィンは壁に取り付けられた受話器を指差す。この電話は寝室のサイドテーブルにもあるらしい。
「あとは、皆さんは4泊5日の滞在ということで、お食事の方は朝と昼と夜も当ホテルでも用意しておりますが、ご用命によっては浜辺でバーベキューの準備も致しますので、どうぞお声がけください。では、困ったことがありましたらいつでもこちらの電話でお呼びください。」
 そう言ってフィンは部屋を出て行った。

 2019_07_02


 まもなくディレィッシュは籐で出来たゆるりとした傾斜の背もたれのリラックスソファに深く座り込んだ。そして、
「さて、ムーよ、これからどうするんだ?」
と。ムーに尋ねた。
「そうですね。今日は船旅の疲れもありますので、皆さんは銘々くつろいでいただければなと。ハワイ島を散策するもよし、浜辺で泳ぐのもよし。その間僕はちょっと気になることがあるので、フィンに確認してみます。友人に会うのは早ければ明日。遅くても明後日には友人に会いに行けるように準備したいなと思います。」
「なんだかずっとムーにまかせっきりになってしまって申し訳ないな。」
「いえ。全然大丈夫なので、気にしないでください。でも友人に会うのも実を言うと、皆さんの力が必要なんです。」
「どういうこと?」
 ニタが尋ねた。
「実を言うと、僕の友人はルルというんですが、ルルがこのハワイ島に来る前に何かがあったみたいなんです。のっぴきならない事情があってこのハワイ島にやって来たみたいなんですが、ハワイ島にルルが来てからというもの、連絡が途絶えちゃって。僕たちは思念で会話が出来るんですけど、どういうわけかそれも出来ない。ルルは何かに追われていたらしいんです。」
 と、ムーが言った。
「なるほど。なにやら危険な香りだな。」
 と、ディレィッシュが言った。
「まさか密猟者とか…?」
 ハッシュが呟くとニタとムーは小さく竦み上がった。希少種は何かと生きづらいのだ。
「…それは考えたくはありませんが…。いえ、あの時のルルの思念はそう言う感じじゃなかったので、多分違う筈です。」
 と、断言するムーだが、目は泳ぎ、その口調も必死に自分に言い聞かせるものだった。
「と、とりあえず、今日はゆっくりしてください。僕はルルの情報収集に行って来ますから。」
 そう言ってムーは部屋を出ていこうとしたが、ニタがムーの尻尾をきゅっとつかんだ。
「な、何するんですか。」
 ムーは離してくれと訴えるかのようにぷりぷりと尻尾を動かすが、ニタは離そうとしないのでぶんぶんと腕が振り回された。
「いやいや、ムー君。別に君一人で頑張らないでいいんじゃないかな。そんなに長い付き合いじゃないけど、少なくともニタはムーのこと友達位には思ってるから、頼ってくれてもいいんだよ。」
 ムーの動きが止まり、ムーは恐る恐るニタ達を見上げる。
「いいんですか?」
「いいもなにも。それよりも、ムーは気を遣いすぎだよ。言葉遣いだってもっとフランクな感じでいいんだよ。」
「確かに。ムーもアルトフールまで一緒に旅をする仲間なんだから、他人行儀でいる必要はないだろう。」
 にこりとディレィッシュも微笑む。
 ムーは嬉しそうに頷くと、
「ありがとう!」
と、言った。


 そして、ムーの友人ルルの行方はあっという間に手に入るのである。

「じゃ、電話してみようか。」
 と、ニタが言った。
「え?」
 ムーとハッシュとクグレックははぽかんとした。ディレィッシュは「なるほど、その手があったか」というようにニタを見つめた。
「だって、困ったことがあったらフィンが電話して聞けって言ってたじゃん。」
 そう言ってニタは壁掛けの受話器を取り会話を始めた。
「わ、フィン?あのね、えっと、ニタ達ルルって子を探してるんだけど、知ってる?――えっと、人間じゃなくて、確か、うーんと、カーバンクル?って種族で、どっかから逃げ込んで来たらしいんだけど、――え?いない?あぁ、そうなんだ。うーん、多分リゾートを楽しみに来たわけじゃないと思うよ。――そっか。でも、このハワイ島にいるらしいんだよ。どっかいそうなところとかわかんない?――ふむふむ、えーそうなの?じゃぁ、うん、聞いてみてよ。うん、うん。ありがとう。待ってるよ。じゃぁね。」
 がちゃりと受話器を置くニタ。電話での会話はほんの数分のことだったが、ニタの電話での応答を聞くに収穫はゼロではなさそうである。
 ニタはぽてぽてと歩いて籐のスツールに腰掛け、電話で得た情報を共有する。
「フィンがルルがいるところに心当たりがあるっぽくて、場所とか教えてくれるらしいよ。」
 ムーの目が歓喜にきらりと輝く。
「ニタ、すごいです、いや、すごいね!この前の宿屋のお姉さんからもけろりと情報を聞き出すし、流石だよ!」
 と、ムーに褒められればニタは鼻高々になって、もっと褒めてくれと言わんばかりににんまりと目を細める。
 それから30分程でフィンがやって来た。
 フィンはテーブルにハワイ島の地図を開いて、ルルがいそうな場所について話を始めた。
「残念ながら、ニタさんがおっしゃる「ルル」さんがどこにいるのかは把握できていなんですけど、もしかすると、このあたりにいるかもしれません。」
 そういって、フィンは地図上の卵型をしたハワイ島の北西端を指差した。地図には観光名所がイラスト付きで書かれており、今いるホテルや港、ビーチは島の南東に密集している。島の南側に多くの建物やら景色のイラストが多くあり、どうやら島の南側には観光名所が多くあるようだ。北側は標高1000メートルににも満たない山、高原が広がっており、イラストも所々にしかない。だが、それは北東部に限っての話だ。島の北西部はただ山が広がっているだけで、イラストは何もない。何もない鬱蒼とした緑を隠す様にハワイ島という文字と縮尺、方位が描かれている。
 フィンが話を続ける。
「このあたりはリリィが過ごす神域なので、観光客は立ち入ることが出来ないようになっています。」
「え、てことは行けないの?」
「リリィが許せば大丈夫です。一応山門があるんですけど、リリィが許さなければその門は開きません。」
「あ、そんなもんなの。」
「リリィは神ではありませんから。神域はリリィの家とでも思っていただければ。さすがのリリィも知らない人を家にあげることはしませんよ。それに、ハワイ島は神域に行かずとも観光客を満足させる要因が揃っていますから、ただの山である神域に行くよりも、この地図に書いてある箇所に行った方が有意義ですよ。ハワイ島の北西部は天候も悪くなりやすいですし。時々魔物も出るそうです。」
「リリィは過酷な場所で暮らしているんだな。自分を犠牲にしてまで観光客をもてなすとは大した心構えだ。」
「そういうことになりますね。」
「もし、リリィが許してくれなかったら、僕達は神域に立ち入ることが出来ないの?」
 ムーが心配そうに尋ねる。
「そういうことになりますが、どうしても神域に入る必要がある人なら入れてくれると思いますよ。リリィはそこまで厳格ではないので。それでも、神域に入るには事務手続きが必要なのでお日にちを頂きますけどね。」
 と言うフィンの話を聞いてムーはほっと安心するように息を吐いた。
「では私は神域への手続きを済ませて来ますが、こちらは皆さんで行かれるのですか?」
 と、フィンは一向に尋ねる。
「…うーんと、ディッシュは休まないといけないから、ニタとハッシュとククとムーの4人で行くよ。」
「分かりました。では、明日の夜までには手続きが完了すると思いますので、皆さんはそれまでどうぞハワイ島でごくつろぎ下さい。また何かありましたら、お電話で呼んでくださいね。」
 そう言って、フィンは部屋を出て行った。


 2019_07_06


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 先の憂いが晴れた一行は、思いっきりハワイ島を楽しむことに決めた。
 まずは浜辺で遊ぶのだ。
 というのも、ニタもクグレックも海を知らない。ニタの提案で、ニタだけでなくクグレックも海を知り、楽しむのだ。
 部屋に戻ったニタとクグレックは荷物と花飾りを置き、用意されていた水着に着替えた。とは言え、ニタは服を着ていないので選ぶも何もなかったが、丁度ニタのサイズにあう赤色のアロハシャツがあったので、ニタは喜んでそれを着て、更に麦わら帽子を被って海への装いとした。
 一方クグレックは悩みに悩んでいた。
 トリコ王国の時にも下着の様な服を着て恥ずかしい思いをしたが、水着もなかなか恥ずかしいものだった。パレオ型だと肌を露出させないで済みそうだと思って選んでみたが、様々なデザインにクグレックは悩んでしまう。いつも着ているのは黒のローブなので、なんとなく黒い水着を選んでしまうが、ニタがその選択を目敏く発見し「黒は大人っぽすぎるんじゃないのかな。せっかくならこっちのピンクとかにしたら?」と言うので、クグレックはピンクを基調とした黄色やオレンジ色が入った水着を選んだ。
「ニタ、変じゃないかな、ハッシュたちに笑われないかな。」
 着替え終わってからもクグレックはニタに執拗に確認を取る。あまりにも何度も確認を取るので、次第にニタは面倒になって来て適当にあしらうようになった。
 クグレックの確認も気が済み、部屋を出ようとすると、クグレックは「あ」と声を上げて部屋に戻って行った。ニタはなんだろうと思い、部屋を覗いてみると、クグレックは杖を準備していた。
「クク、杖はきっと必要ないよ。」
 呆れた様子でニタが言うとクグレックは
「え、でも、何かあったら大変。」
と狼狽える。ニタはやれやれとため息をつくと、壁に飾っておいたハイビスカスの花輪からぷちっと花房を一つもぎ取った。そして、それをクグレックの耳の上あたりに付けてあげた。
「ほら、魔除けのお守りがあるから安心安心。さ、行こう。」
と言って、クグレックの手を引っ張って部屋の外に出た。
「お、遅かったな。早く行こうぜ。」
 部屋の外にはすでに水着に着替えたトリコ兄弟とセーラーを着たムーがいた。ハッシュはオレンジと黄色の派手なボクサー型の水着を着て、ディレィッシュは青や水色のボクサー型の水着を着ていた。ふたりとも白いシャツを羽織っている。
 それにしてもムーのセーラーは可愛らしかった。少し大きめのセーラーだが、ムー用の服があることに驚きであった。クグレックは思わず顔を綻ばせた。
「あ、ディレィッシュ、大丈夫なの?」
「あぁ、少しくらいなら良いだろう。私だって楽しみたい。調子が悪くなったら休むさ。」
 と、ディレィッシュはウィンクをしてみせた。

********

 美しい白浜にエメラルドの海を見た瞬間、ティグリミップの時でもそうであったように、興奮したニタは海へ向かって思いきり駆け出していた。
「海だー!!!!」
 猛ダッシュで砂浜を駆け抜け、海へ突入する。足が着くところまではひたすら走っていたが、腰のあたりまで浸って来ると、ニタはばしゃばしゃと華麗に泳ぎ出した。ニタの勢いは止まらない。一体どこまで泳いでいくのか。
 そんなニタを見つめながら、クグレックたち4人は浜辺の拠点作りから始める。
 パラソルを開き、シートを敷く。小さな一人用のテントも設置して、準備は万全だ。
「じゃぁ、私が荷物番をしているから、皆は泳いでくると良いよ。」
 とディレィッシュ。
「具合が悪くなったらすぐに伝えてくれよ。」
 とハッシュは言って、ビーチショップへ向かった。クグレック用の浮き輪を借りに行ったのだ。その間、クグレックはムーと二人で波打ち際で水遊びを始めた。
 ディレィッシュが海に行くならば、サンダルは脱いで裸足になった方が良いとお勧めしてきたので、クグレックは裸足で砂浜を歩いた。砂浜はどうして歩き辛い。坂道を上るのとまた違った重たさが存在する。が、柔らかな砂浜を裸足で歩くのは解放感があって気持ちが良かった。
 さらに波打ち際では波が寄せては返す様子を足で感じることが出来た。波はちょうど良い冷たさで、クグレックの足を覆っていく。が、すぐに波が引いて行くと同時に足の周りの砂も一緒に流れていって、なんだかくすぐったさを覚える。お風呂のように海に浸かってみたが、しばらく進んで行くと海の深さは腰ほどまでになったので、クグレックは怖くなってムーと波打ち際で濡れた砂を山のように集めて、トンネルを掘り、浸食されていく様子を楽しんだ。
 やがて、ハッシュが浮き輪を抱えてやって来た。クグレック用とムー用の浮き輪だ。
「ほら、これがあればククでも海を泳げるぞ。」
 そう言ってハッシュはクグレックに浮き輪を渡す。が、クグレックは不思議そうに浮き輪を眺めた後、これは一体何なのか、と尋ねるようにハッシュを見つめる。
「浮き輪はな、こうやって腰のところにやってしがみついていれば、浮き輪の力で体がぷかぷか浮くんだ。」
「…本当に?」
「あぁ。俺が引っ張ってやるから、着いて来いよ。」
 ハッシュはクグレックの浮き輪の紐を引っ張り、海に入って行った。
「ハッシュ、本当に、大丈夫なの?」
 深さが腹のあたりまで来たところでクグレックはだんだん不安になって行った。
「浮き輪にしがみついていれば、大丈夫だよ。足がつかなくなっても、しがみついていれば大丈夫。試しに足を離してごらん。」
「足を離す?どういうこと?」
 泳ぐこと自体がはじめてのクグレックにとって、海に浮かぶという行為すら分からなかった。
 ハッシュは少々の間の後、浮き輪の紐を引っ張って、さらに沖へと進む。ハッシュの身長ではまだ足がつくが、クグレックの身長ではギリギリ足が届かない深さに至った時、クグレックはパニックを起こした。海水が顔に掛かって苦しい。
「や、ハッシュ、怖い。足が、つかない。」
「浮き輪にしがみついてればいいんだ。それが浮かぶってことだから。」
 クグレックはばたばたもがきながら必死で浮き輪にしがみついた。すると、ハッシュはクグレックを連れて浜辺の方へ少しだけ戻った。
「多分、ここなら足がつくだろう。」
 とハッシュが言うのでクグレックは水底に足を降ろした。地に足がつくことに安心する。
「と、まぁ、これが浮くってことなんだ。分かった?ちょっと足を離して浮き輪にしがみついてごらん。」
 ハッシュに言われるがまま、クグレックは足を離し浮き輪にしがみつく。しがみついてさえいれば、沈むことはないということをクグレックは学習し、海に浮かぶことに対しての恐怖心が少しだけ消えた。
 それどころか、ぷかぷか海に浮かぶことは案外気持ちよい。足が着く浅瀬でクグレックはぷかぷかと海を漂った。
「よし、これでニタに連れ去られても安心だな。」
「え?」
 沖から猛烈な勢いで水飛沫が上がって来る。クグレックたちのもとまで近付いて来ると、水飛沫は止み、ぷはぁと息を吐き出しニタが現れた。
「海楽しいね!」
 海に濡れて自慢のふかふかの白い毛はぺったりとくっついているが、ニタは非常に満足そうな表情をしている。
「ククも沖の方に行こうよ。楽しいよ!」
 そう言ってニタはククの浮き輪の紐を引っ張り、超絶的なバタ足で沖へ向かう。無論クグレックにバタ足で飛び散った海水が全てかかってしまっていたのは言うまでもない。
 足がつかない程の深さにいるが、浮き輪のおかげで浮いていられるし、ニタが傍にいるのだからクグレックは安心していられる。
 と、その時であった。一際大きな波がやって来たかと思うと、波はぺろりとニタを呑みこんだ。そしてクグレックも浮き輪ごとひっくり返った。すぐさま浮き輪にしがみついたおかげで海中へ沈んでゆくことはなかったが、浮き輪の外側からしがみついているためうまくバランスが取れない。 クグレックは必死にばしゃばしゃと水をかきながらもがき続けた。勢いで海水も飲んでしまい、くるしい。
 クグレックは大パニックに陥っていたが、ふと何者かに抱きすくめられた。
「クク、大丈夫か、ニタはどうした。」
 困った時にいつも助けてくれるハッシュの声にクグレックはわずかに落ち着きを取り戻し、御山の時のようにハッシュに抱き着いた。
「ニタ、…沈んじゃった…」
「そんな!」
 ハッシュは浮き輪を掴みながら、きょろきょろと辺りを見回すが、ニタの姿はない。
「…一回浜辺に戻ろう。ニタを探すのはそれからだ。」
 と言って、クグレックを抱えて浜辺へ戻ろうとしたハッシュだったが、突然海面が盛り上がったかと思うとざぱんと元気よく飛び出してきたのはニタだった。ふかふかの毛は海に濡れてしなしなになっているが、黄色のヒトデを手にして満面の笑みを浮かべていた。「見てみて、星落ちてた!」と、呑気な台詞をぶちかまして。
「は?ニタ?」
「いやぁ、ちょっと大きめの波に呑まれた時はびっくりしたけど、海の底に星がいたから、つい持って来ちゃったんだよね。って、あれ、ちょっとなんでクク?」
 ニタはしっかりとハッシュに抱き着くクグレックを見て戸惑った。
「ククは溺れかけたんだ。とりあえず浜辺へ戻るぞ。」
「…はーい…。」
 さすがのニタも怖がってハッシュに抱き着くクグレックを見てしまっては、大人しくハッシュに従うしかなかった。



 2019_07_07


********

 それからクグレックは大人しく浜辺でムーと遊んだ。ニタと海で遊ぶのは海初心者のクグレックには危険とハッシュに判断されたためだ。ニタはクグレックと遊びたがっていたが、ハッシュが代わりにニタと遠泳勝負を行っている。
 そして、夕暮れが近付いて来る頃、フィンが夕食をバーベキューにしてはどうかと提案をしにやって来た。一行は海を十分に満喫したので海の家にてシャワーを浴びて身を清めてから、バーベキューの準備を始めた。
 道具などは海の家に準備されたものを運び出すだけだったが、火起こしなどは自分たちで行う。何故ならば、そちらの方が楽しいからだ。それに野宿慣れしている彼らなので、バーベキューなど余裕であった。
 ハッシュが炭に火を起こしている間にニタとククとムーで海の家からバーベキュー用の食材を選ぶ。串に刺さった豚肉や牛肉、鶏肉、野菜や魚などがありニタとクグレックは嬉々として好きな具材を持って行く。二人が戻って来る頃にはハッシュも火起こしを終えていたので、すぐに具材を焼くことが出来た。野宿生活でニタが狩って来た野生の肉よりも断然美味しいバーベキュー。海に沈んでいく夕日を眺めながら一行はバカンスを満喫するのであった。

 そうして一行は目一杯ハワイでの行楽を楽しみ、ついにその日を迎えた。
 ハワイ滞在3日目は、霧雨が立ち込めて、これまでの青空は全くと言い程見えなくなっていた。

「最高のおもてなしのためには常に晴れていて欲しいと思うのですが、そう上手く行かないのが現実です。」
 フィンは残念そうに雲に覆われ靄がかった空を見つめながら言った。
「…もしかすると、リリィは神域に来て欲しくないのかな。」
 ムーが言った。
「それは、そうです。常時閉鎖している位なので極力来てほしくないと思ってますよ。」
 クグレックは(神域に私みたいな魔女なんか入れたくないんだろうな…)と思って、この天候の悪さに責められるような心地がした。
「リリィはただ普通にハワイでの行楽を楽しんでほしいと願っています。だから、皆さんのことが嫌なわけではないんですよ。海で泳いだり、浜辺でバーベキューしたり、ダイビングをしたり、トレッキングをしたりしてただ純粋に楽しんでもらいたいだけなのです。『楽しむ』という観点から見ると神域で過ごすことはリリィの意志に反してしまうんですよ。私達みたいな従業員が業務のために入る場合は何にも起こりませんから。」
 と、フィンはクグレックの頭を撫でながら言った。まるで、心の中を読まれていたかのような心地がしたが、クグレックはそのフィンの言葉に安堵の気持ちを覚えた。
「…1つだけアドバイスしますと、神域は少しだけ険しい道のりかもしれませんが、楽しんでください。リリィは皆さんが楽しんで充実している様子が見られれば、満足してくれます。」
「なんだ、そうなの。じゃぁ、ニタは大体いつも楽しいから、いつもの調子でいるよ。」
 と、言って、ニタはクグレックの手を握った。そして、ぐいっと引っ張り駆け出した。クグレックはよろめきながらもニタと共に走った。ニタは自分本位で騒がしい奴だけど、ニタがいてくれれば、不安になりがちなクグレックの気持ちは穏やかになるのだ。
「…ま、そういうことなんだな。ムー。」
 二人の後姿を見ながら、ハッシュが言った。
 ムーはパタパタと翼を羽ばたかせながら、押し黙る。常に不安になりがちなクグレックだけはなく、今はムーも友人の安否が心配であり、正直なところ楽しんでいる余裕はなかった。
「…前を見てようぜ。俺達が進む先にお前の友達が待ってるんだ、絶対に。」
 この時、ハッシュはあえてムーを一瞥することなく歩を進めたが、ムーは不安を吹っ切ったのか、猛スピードでハッシュを追い越し、先を行くニタ達を追いかけた。すぐに山門に辿り着いたのだろう。くるりと振り返ったムーは
「ハッシュ、遅いよ!早く、早く!」
と、どこかからかうように叫ぶのであった。
 ハッシュは一緒に歩いていたフィンと顔を見合わせながら、ふっと鼻で笑った。

 山門は木の根の様なものが複雑に絡み合い門の態を成していた何となく門の様に見えるが、どのように開くのか。そして、山門と良いながらも、眼前に広がるのは山と言うよりも鬱蒼とした森である。大きな樹が立ち並び、あまり光が差し込んでるようにも見えない。陰のオーラが立ち込め、楽しいハワイの雰囲気はそこには全く存在していないであろう。

「いやぁ、なんか不気味だねぇ。」
 さすがのニタも神域の不穏さに気圧されるも、臆することなく山門に手を触れる。すると、木の根はするすると左右へと退いて行き、森への鬱蒼とした道が開かれた。
「リリィは許してくれたみたいですね。」
 フィンが言った。
「道は整備されていませんが、そんなに大変な道のりではありません。山の中の道は案内しますね。」
 薄暗い山の中の道を一行は進む。
 コンタイのジャングルの道やポルカの山道も鬱蒼としていたが雰囲気が違う。コンタイのジャングルは、木々の隙間から日の光が差し込まれて明るかった上に、色とりどりの植物は目にも美しく、鳥や獣たちの鳴き声が聞こえることから生命活動が活発だったし、ポルカの山道は晩秋の山道で少し物悲しくはあったが赤や橙の落葉が敷き詰められる様はまるで絨毯のようで風情があった。ところがこの山中の道はうっすらと暗く『陰気』と言う言葉が似合う。生気がないと言うよりも、生気を吸い取ってしまいそうな禍々しさがある。華やかで楽しいハワイの雰囲気は全くない。
 時折、魔物も現れた。御山程魔物が現れることはなかったが、人間ほどの大きさの白い靄が宙に浮いていた。一見、幽霊のように見えたが、魔物は一行に気が付くとまるで何かに吊るされているようにぶらんぶらんと動いたかと思うと、突然黒い靄を発してきた。その黒い靄は一過性の毒の様なもので、触れた瞬間息苦しさとキーンという耳鳴りと視界が真っ白になり、一種の臨死体験なようなものが味わえた。
「…斬新なアクティビティだね…。」
 息切れさせながらニタが言う。靄に触れて症状が発生するのはせいぜい1,2秒で大したことではないのだが、身体は吃驚する。
 しかも、この魔物はニタの背では届かない場所に浮いていた。ハッシュが手を伸ばしてようやく届く位の高さにいたものだから、ニタは歯を食いしばり低い唸り声をあげて威嚇することしかできなかった。
 ではクグレックが魔法で応戦しようと杖を構え詠唱を試みたが、魔法は発せられなかった。
 ハワイへと向かう船依頼に魔法を使ってみたが、やはり魔法が使えなくなってしまっている。
「…どうしよう、やっぱり魔法が使えないよ…!」
 と、クグレックは焦るが、傍にいた小さな竜が
「大丈夫です。僕に任せて。」
 と言って、単身白い靄の魔物に立ち向かって行った。そして大きく息を吸い込むと、ムーの口からは拳位の火の玉が吐き出された。大きいとは言えないかわいいサイズの火の玉だが、勢いよく白い魔物へとぶつかると、白い魔物は霞となって掻き消えた。
 その後、白い魔物は数体発生した。ムーとその辺の太い木の枝を武器にしたハッシュが対応して撃退に成功した。クグレックも諦めずに魔法で応戦したところ、一度だけ魔法が使えたが、安定したものではなかった。
 魔物が発生する場所は決まって大木の傍であったため、応戦するごとに学んで行ったニタは木登りをして戦いに参加しようとしたが、途中で魔物の攻撃に遭い、木登り途中で落ちてしまったために、無理に手を出そうとはしなかった。


 2019_07_14



 歩くこと3時間。あの陰鬱な山道を抜けると、ごつごつとした岩場が広がる海岸に出た。天気は相変わらず良くない。砂浜で見たエメラルドの海はそこにはなく、荒々しい黒色の海が一行を待ち構えていた。白い飛沫を上げてざざぁんと岩間に打ち砕かれる波は、一行を呑みこまんと手招きしているようだ。
「おそらくお友達はこの辺りかと…詳しい場所は分かりませんが…。」
 フィンが言った。ムーがピクリと反応してみせた。
「…すこしだけどルルの気を感じる…。」
 ムーは目を閉じてジッとした。数分程じっとしていたが、小さくため息を吐いて目を開き
「だめだ、コンタクトは取れない。」
 としょんぼりした。そんなムーを励ますかのようにハッシュが
「まぁ、この先にいるのなら、会いに行けば良いだけだ。」
というと、ムーは気を取り直した。
「…そうだね。ルル、待ってて。皆、この先は僕が先頭を行くよ。」
 かすかな友人の気を辿って、ムーは先頭を進む。
 海から吹き付ける風は強い。肌寒さを感じる海岸線を20分程歩いたところで、ムーがぴたりと立ち止った。目の前には真っ暗な洞窟が存在していた。
「ルル…!?。」
 ムーが小さく呟くと、「うわ」とよろけた。
「どうした?ムー」
 ムーの小さな体を受け止めるハッシュ。
 ムーは困った様子で
「今、ルルとコンタクトが取れたんだけど、様子がおかしいんだ。僕の声が届かないくらいに怖がって、混乱している…。」
「それは心配だね。早く行こう。」
 と、ニタが先導を切って洞窟に立ち入った所、「キャッ」とフィンが小さく悲鳴を上げて前に倒れてしまった。なんと岩場の隙間から現れた靄がかった白い手がフィンの足首を掴んでいたのである。気味が悪い魔物だ。
 すぐにハッシュがその白い手を蹴り飛ばすと、白い手は掻き消えた。そして、ハッシュは倒れたフィンに手を差し伸べ、優しく「大丈夫か?」と声をかける。
 フィンは「ありがとうございます。転んだだけなので大丈夫です。」と言って、ハッシュの手を取り立ち上がった。
「…私は、魔物と戦う力を備えておらず、何もお手伝い出来ずに申し訳ありません。」
「無理しなくていいよ。魔物からは俺達が守るから。見てただろ、結構強いんだぜ、俺達。」
「そーだそーだ!フィンがいないとここまで来れなかったんだし、とりあえず、ハッシュの後ろに隠れてな。いや、また白い手に引っ張られても怖いから、抱き着いてれば?」
「そうだな、また何かあると危ないから、俺の傍にいると良い。ニタだと、放って置かれる可能性もあるしな。」
「…ありがとうございます…。」
 と、フィンは言った。そして、彼女はハッシュの腕に掴まった。
 その瞬間クグレックの胸がちくりと疼いた。なんとなくざわざわと胸騒ぎも感じた。フィンから視線を外し、先頭のムーの方を見ると、ざわつきは収まった。更に、ニタにも視線を移し、丁度目が合うと不安な気持ちも和らいでくるようだった。
 クグレックはハッシュとフィンを追い越し、ニタの隣を歩いた。
 洞窟の奥へ進むめば光は届かなくなり真っ暗で何も見えなくなったため、灯りが必要になった。
 調子が悪いクグレックの魔法だったが、いつもの灯りの魔法は何も苦労することなく発現し、一行の足元を照らし出してくれた。

 やはりクグレックは普通の女の子ではないのだ。魔物に対して成す術もないか弱い女性ではないのだ。それならば、クグレックは魔女として皆のためにその力を存分に発揮したくなった。
 魔女。魔の力を増幅させ世界を闇に包んでしまう恐ろしい魔女。
 上等だ。
 魔女であることに抗えなければ、クグレックがすべきことは、力をコントロールして世界を闇に包み込まないようにすること。
 灯りとして光り輝く杖の頭。
 クグレックは杖を握りしめ、魔力を込める。身体の奥底から何かが溢れ出るような感覚があった。その感覚は無意識的に言の葉に紡ぎ出される。
「イエニス・レニート・ランテン・ランタン・フェアーレ!闇の中に光を照らし出せ!」
 とクグレックが唱えると、杖から離れていた光はまるで蛍のようにふわふわと宙に浮かぶ。光は5つに分裂しそれぞれムーやニタ、ハッシュ、フィンの傍へと漂った。
「うん?クク、なにこれ?蛍みたい。」
 ニタがクグレックに尋ねる。
「…みんなの分の灯り。多分、着いて来てくれると思う。」
 とクグレックは応えた。
 ニタはクグレックの言うことを試してみようと2,3歩ほど歩みを進めた。すると光の玉はふわふわとニタと共に着いて行く。歩みを止めると、光もぴたりと止まる。
「おおう、なんか可愛い。」
「おとぎ話でよく聞く妖精みたい。」
 と、フィンが言った。
「でも、突然どうしたの?いつもは杖が光っていたような気がするけど…」
「…わかんない。けど、なんか使えるような気がしたの。」
「へぇ、凄い。あ、これ、触れるよ。熱くないし。」
 ニタは自分の周りを漂う光の玉を掴んだ。こうすることで任意の場所を照らすことも出来るというわけだ。光の玉を離せば、再び光の玉はふよふよとニタの周りを漂う。
「なかなか便利な魔法だね。」
「うん。」
 こんな感じで家とか美味しい食べ物を出すことが出来れば良いのに、とクグレックは思ったが、そのような魔法はまだ使えそうになかった。

 幾分進みやすくなった暗闇の洞窟だが、道中は度々魔物が出現した。洞窟と言う場所に似つかわしい蝙蝠の様な魔物や蛇の様な魔物も出現した。
 森での戦いとは異なり、この洞窟での戦闘においてはニタもクグレックも参加することが出来た。
 特にクグレックが戦闘に対して積極的だった。ニタと倒した魔物を競い合うほどに珍しく活発だった。
「クク、やるね!」
「…私だって、出来るんだから!」
 と、その時であった。クグレックとニタが仕留め損ねた大きなカニの姿の魔物が、丁度ハッシュから離れてしまっていたフィンに狙いを定めて石を投げた。突然のことで驚いたフィンはその場から動くことが出来なかったが、石がフィンにぶつかろうとしたその時、ハッシュが身を挺して石を体に受け、間一髪のところでフィンを助けることが出来た。
「悪い、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。ハッシュさんこそ大丈夫ですか?」
 フィンは心配そうに石がぶつかったであろう箇所をさする。少しだけ赤くはれていた。
「あぁ、これくらい大したことはないよ。取り合えず、フィンが無事で良かった。
「うふふ、ありがとうございます。ハッシュさん、頼りになりますね。」
「…。」
 ハッシュは照れ臭そうに頭をかいた。
 カニの魔物は瞬時にクグレックの魔法で焼かれて消滅した。
 二人が無事であったことに安心すると同時に、クグレックは再び胸の内がざわつくのを感じたが、再び現れた蝙蝠の姿の魔物に魔法を当てて倒したらそのざわつきは収まった。魔物を倒すのは意外と気持ち良いのかもしれない。
 奥へ奥へと進むがムーの友人の姿は一向に現れない。途中、クグレックの背丈ほどある崖を登らなくてはならなかった。ムーは自分の翼を使って、ニタは持ち前の運動神経を使って余裕で登って行ったが、どんくさいクグレックが簡単に登れるはずがない。2、3回ほど滑り落ち膝に擦り傷を負いつつも、ニタの手を借りてなんとか登ることが出来た。
 登り切ったところでふと横を見遣れば、ハッシュがフィンが壁を登るのを手助けしていた。
「大丈夫か?そう、そこに捕まって、そうすれば俺の腕に捕まれるから。」
 というやり取りを見て、クグレックはこれまではフィンのポジションは自分だったのにと少し寂しい気持ちになったが、すかさず魔法を唱える。
「ラーニャ・レイリア」
 と唱え、フィンに向かって杖を向ければ、フィンはふわりと浮かび上がり、ゆっくりと崖の上に降り立った。
「わぁ、クグレックさん、ありがとう。」
 フィンはにこりと微笑んだ。
 クグレックはちらりとハッシュを見遣ると、ハッシュもニコニコして
「クク、やるなぁ。」
とクグレックを褒め称えるのだった。クグレックは顔を赤くして
「…私だって、助けられるんだから。」
とぶっきらぼうに答えるのだった。内心は嬉しかったのだが。

 2019_07_18


********
 
 先頭を進んでいたムーがぴたりと進むのを止めた。
「…ルルはこの先に居るんだけど…。」
 そう呟いて、クグレックから宛がわれた灯を前方に掲げる。目の前は行き止まりなのだが、様子がおかしい。周りは岩壁で覆われているのだが、目の前だけ色が薄くなっている。
「僕、道を間違えたのかな…?」
「…うーん、でも、この壁なんか変だよ。触った感じもなんか微妙に違う。」
 ニタが周りの岩壁と目の前の岩壁を交互に触りながら言った。触感はゴツゴツざらざらとした岩なのだが、目の前の壁は何か違和感も付随する。岩だというのに僅かな静電気を感じるような、目に見えない触感だ。
「別の道を探してみるか?」
「でも、ルルが通って行った気配は感じられるんだ。…え?」
 ムーは押し黙った。きっとルルとコンタクトを取っているのだろう。
 しばらくしてからムーは口を開いた。
「ルル、一層怯えてるみたい。来ないで来ないでってしきりに言ってる。」
 しょんぼりと頭を下げるムー。
「とりあえず、別の道を探してみよう。」
 そうして一行はもと来た道を戻ろうとした。
 クグレックも戻る前に、目の前の壁を触ってみた。すると、バチッと強い静電気が発生した。思わず「わ」と声を上げると、皆振り向いて「どうしたの?」とクグレックを心配する。
「静電気がバチバチっとしてびっくりしちゃった。」
「こんなところで、静電気?」
「うん。なんでだろう。」
 と言いながら、クグレックは再び壁を触る。すると再び「わぁっ」と悲鳴をあげた。皆の耳にもバチバチという音が聞こえた。
 一行は不思議に思い、再び岩壁の前まで戻り、ペタペタと触ってみる。が、クグレックの様な静電気は発生しない。おかしいなとクグレックは思い壁を触ってみると、やはりバチバチと静電気が発生する。
「…うわ。ルルがうるさい。」
 そう言ってよろけるムー。どうやら彼は友人がより一層恐怖に怯えて泣き喚く声が聞こえているようだ。
「あれ、でも、もしかすると…。」
 ムーはふと思い出す。この先にいるであろう友人は防壁を張る名手であったことを。
 何かに怯える友人は一切を近寄らせないために防壁を張っているだろう。何者も立ち入ることが出来ない強力な障壁を。
 彼の友人ならば、その障壁に触れたものを弾き飛ばし消滅させるほどの強い障壁を生み出すことは難しいことではない。
 目の前の壁が魔の力が強いクグレックのみに反応し、友人がその魔の力を恐れるのであれば、目の前の壁は友人が作りだした防壁なのかもしれない。
「ククさん、この壁は偽物かもしれません。僕の友人が作りだしたいわゆるバリアです。」
「…偽物?」
「ククさんは魔女であり、魔の力が強い。この壁はそれに反応してるんだと、思う。」
「そう、なの。」
「…僕たちはこの防壁を破らないといけない。」
「えーでもこれ岩だよ?ニタで砕けるかな?」
「物理的な防壁であれば、衝撃を加えれば破壊は出来ます。具体化されたものはその時の作り手の力の結晶体ですから。」
「いやーでも、素手なんだよねーニタ達は。」
 と言いながらも、ニタは偽物の壁を蹴ってみる。ポロリと僅かに岩が剥がれた程度で、本物の岩壁と同じ強度であるようだ。
「…うーん、無理無理。」
「ハンマーを取りに戻ろうか。」
「私が壊す。」
 クグレックは杖を握りしめた。決して殴るわけではない。頑丈な樫の杖とはいえ木製の杖だ。折れてしまう可能性の方が高い。
 自然物でないのならば、クグレックの空間を破壊する拒絶の魔法で破壊できるかもしれないのだ。この魔法は魔法の力により閉ざされた空間をも破壊してきた。
「ヨケ・キリプルク!」
 杖先から雷のような雷撃がバチバチと音を立てて出現し、壁に向かって放たれた。壁にバチバチと雷撃が這うと一瞬にして壁は砕け散った。壁の先は空洞になっており、壁自体もそんなに厚いものではなかったようだ。この魔法を使うと、疲労感がどっとクグレックを襲うのだが、魔物スポットや特殊空間ほどのものを壊したのではなかったので、元気でいられることにクグレックは驚いていた。
「この先です。多分魔法障壁がかかってるかもしれません。ククさんは一番後ろに居て。もしかすると焼け焦げちゃうかもしれない。」
「焼け焦げる…!」
 クグレックはぞっとした。
「そして、僕達になにがあっても、魔法障壁を壊そうとしないでください。どうやらその魔法は僕も使われた覚えがあるから分かるけど、友人の魔法障壁はどんな最強の矛も通さない最強の盾なんです。きっとククさん一人の魔力でもってしても打ち勝つのは難しい。」
「分かった。」
 クグレックはフィンと共に殿を勤め洞窟の最深部へと向かった。
 2019_07_26


 暗い道をひたすら歩いていたが、暫くすると光が差し込んで来た。
「…ルルがいる。」
 ムーは飛ぶスピードを速めて、一目散に光の先へと向かったが、辿り着いた途端「うわあぁ」と悲鳴を上げて、ばちばちと雷撃に捕まった。雷撃に絡みつかれて動きが取れずにいるムーに気付いたニタは慌ててムーを引っ張り出した。ニタにも軽く雷撃が走りびりびりと痛みを感じたが、なんとかムーを救出することが出来た。
 ムーからは湯気が立ち、その藍色の鱗に包まれた小さな体躯は少しだけ焦げていた。
「ムー、大丈夫?」
「うう、大丈夫です。でも、ルルがいました。この空洞の奥に、ルルがいました。でも…」
「でも?」
「ひたすら魔法障壁を張り続けているから、近づけない。僕の声さえ届けられれば…。」
 一行は安全な場所からルルがいるであろう最深部を覗く。中は広い空洞になっており、空間一杯にパチパチとスパークのようなものが放たれ続けており明るかった。そのスパークの中心部に緑色のふかふかした生き物が身を縮こませて、ぶるぶる震えていた。顔も体に埋めているので、こちらに気付くことはないだろう。
「あれが、ムーの友達のルル…。なんか、ククのバチバチに似ているね。」
 ニタが言った。“ククのバチバチ”とはクグレックが自身の魔力を制御できずに溢れ出て、魔力が尽きるまで破壊し続ける暴走状態のことだ。拒絶の破壊魔法『ヨケ・キリプルク』の原型と言える状態のことである。
「バチバチを制御できないのは、恐ろしいな。」
 と、ハッシュが言った。彼もクグレックの暴走を何度も目にしている。
「ルルの場合はただ寄せ付けないだけなんです。…先ほどの偽の岩壁のように、攻撃性の少ない魔法障壁だって張れるはずなのに。どうしてこんな誰も来ないような場所でこんなに強い障壁を張っているんだろう。」
「よっぽど怖い目にあったんだろうな。」
「こんなに近いのに、僕の声は全く届かない。」
「石とかぶつけたら、気付くんじゃない?」
「怯えるだけの気がするけど…。」
 ニタは足元にある石を拾い、ルルに向かって力の限り勢いよく投げつけた。ぶんと強く風を切る音がしたが、スパークに絡みつかれるとその勢いを失くしぽとりと地面に落ちた。
 ニタはあっけらかんとして「いやぁ、怖いね」と感想を述べた。
「フィンはどうしたらいいか分かる?リリィの加護的な力でなんとかならない?」
 ニタが聞いたが、フィンは首を横に振り「分からないです。こういった現象を見るのは初めてで、本当にどうしたら良いのか。」と言った。
 一行は出来ることをやれるだけ試してみた。ムーが炎を吐き出してみたり、クグレックの拒絶の魔法を少しだけ試してみたり、大声を出してみたり、思いつく限りのことをしてみたが、どれも功を奏しなかった。
「あーもう、どうしたらいいか分からないよ!ルルに気付いてもらうことも出来ないし、バリアを壊して近付くことも出来ない。お手上げじゃないか。」
 クグレックも杖にもたれかかりながら、出来ることを考える。拒絶の魔法も先ほど試してみたが、圧倒的なルルの力に、ククの魔力は一気に持って行かれそうになった。寸でのところで詠唱を中断したから良かったものの、ククの魔力の全てを使ったところで破壊できるような障壁ではなかった。
 とはいえ、この状態であれば、頼れるものはクグレックの魔法であるのだが。いかんせんレパートリーが少ないのが悩みどころだ。
 ふよふよと漂う光の玉が一行を照らし出す。
 こんな光の玉を出したところで、障壁に吸収されるだけだ。なぜかこの洞窟でまとわりつかせる術を急に思いつけたのは良かったが、障壁の前でどう役に立たせればいいのか。
 と、クグレックの脳裏に一つのアイディアが浮かんだ。
「こっちもバリアを張るのは、どうだろう。」
 クグレックが小さく呟いた。
 ニタは耳をピクリとさせて、その話に食らいつく。
「え、クク、バリアの魔法出来るの?」
「…それが出来たらいいんだけど。でも、『ヨケ』をちょっとだけ変形させれば何とかなるかもしれないって。ただ、上手く行くかは分からないけど…。」
「『ヨケ』ってあのバチバチの魔法か?」
 ハッシュが尋ね、クグレックはこくりと頷いた。
「うん、そう。『ヨケ』をムーに纏わせてルルの元に行ってもらうの。ムーへの障壁からの干渉を拒絶するように出来ればいいんだけど…。障壁を破壊するよりかは、まだなんとかなるかな、って。」
「大丈夫なの?」
「とりあえず、全魔力を込めるから、私は動けなくなるかも。でもそれまでにムーがルルのところまで辿り着ければ、どうにかなるでしょ?」
 と言って、クグレックはムーに視線を移す。ムーは力強く頷いた。
「でも、途中で魔力が尽きたら…」
 ニタが心配する。
「魔力が尽きたら…、ムーはバチバチに取り込まれちゃうかもしれない。でも、そんなことはさせない。命が尽きたとしても成功、させて見せる。」
「うわー、ククが急に頼もしく見えるよ…。」
「…うん、私は、魔女だからね…!」
 普通の女の子ではない。クグレックが自分を魔女であると認識することは、これまでは自虐的な気持ちが強かったが、今は一つの個性のように思えて来たのだ。普通の女の子はあこがれなのかもしれない。だが、クグレックには生まれ持った宿命があるのだ。それを失くす方法は今は分からない。ならば、今は精一杯その宿命を利用すればいいだけの話なのだ。
 早速、クグレックはムーに拒絶の魔法をかける。
「ヨケ・キリプルク・フィオラメイル!」
 クグレックの杖の先から雷撃が放たれ、ムーの周りを這う。ムーは「ぐ」とうめき声を上げたが、普通に動けるようであった。
「割と痛いんだけど、ルルのバリアほど致命的ではないよ。僕にはこの竜王族の鱗もあるし、きっと大丈夫。」
 そう言ってムーは最深部中央に位置するルルを見つめる。

――今から行くから、安心して。僕はすぐそばにいるんだから!

――やだ、怖い、怖い、死人使いが、死人使いが、あぁぁぁ!!!

 ルルの魔法障壁は一層強さを増したが、ムーは臆することなくルルに向かって今まで見せたことのない速度で飛んで行く。身体を守ってくれる『ヨケ』の魔法は、ルルの障壁のスパークに干渉され、激しくバチバチと光と音を立てて反応する。直に障壁のスパークを喰らうほどひどくはないが、熱さや痛みは感じた。が、負けていられない。クグレックの魔力が尽きる前にルルの元へ辿り着かなければならないのだ。
 ムーがルルに近付けば近付くほど、光と音は激しくなる。爆発が起きているかのようだ。
 そして、クグレックに掛かる魔力の負担は増していく。ムーが離れれば離れるほど、杖先から発せられる雷撃は伸びていく。だが、ムーの『ヨケ』のバリアを持続させるためにはクグレックからの魔力の供給が必要なのである。まだ途切れさせるわけにはいかない。
 汗はだらだらと出て、立つこともままならないクグレックはハッシュとニタに支えられている。
 意識はくらくらして来て、呼吸をするのもしんどくなってきた。鼻血が出て来たら限界は近い。だが、まだ出て来ない。まだ、大丈夫。
 ムーとルルの距離は4分の1ほどに迫って来ていた。
 が、ここで、クグレックは鼻血を垂らした。目の前が白くなっていく。だが、まだ倒れてはいけない。最後の力を振り絞り「オール・フェアーレ!」と叫ぶと、クグレックの意識は遠のき、気絶した。
 クグレックからムーへの魔力の供給は切れた。が、残りすべての魔力はムーが纏う『ヨケ』の鎧に全て託されている。どの位耐えられるかは分からないが、ムーはひたすら翼を動かす。
 ルルに近付けば近付くほどに『ヨケ』と障壁の抵抗が強くなり、スピードが落ちていく。また、身体へのダメージも大きくなり、翼を動かすのも辛くなって来ていた。が、ルルとの距離は目と鼻の先だ。これで、ルルに触れることが出来ればきっとルルもムーのことを気付いてくれるに違いない。そう思って手を伸ばしたところ、大きな光と音を発して『ヨケ』の鎧が破壊された。強力な魔法障壁のスパークに捕えられたムーは身動きもとれず、ただその強力な魔法障壁の雷撃になぶられるだけであった。「うわあああああ」と大きな悲鳴をムーが上げても、雷撃の音でかき消され、目の前のルルには届かない。本当にわずかな距離なのに、届かない。
 実はムーにとってルルは友人以上の存在であった。親友をも超えた、いうなれば恋人同士であったのだ。種族は異なるが、二人はお互いを助け合って生きて来た。辛い時も苦しい時も楽しい時もずっと。ところが数年前にムーは密猟者に捕えられてルルは離れ離れになってしまった。それからはずっと会えずにいたが、ルルは一生懸命追いかけた。そして数か月前、何とか思念で連絡を取ることが出来る距離まで近づいたというのに、今度はルルに異常が発生したのだ。ようやく念願かなって会うことが出来るというのに、喋ることも出来ずに終わってしまうのか。抱き締めることも出来ずに終わってしまうのか。
 
「ぐわあああぁぁぁぁ」
 ムーは咆哮を上げて、力を振り絞る。大きく翼を羽ばたかせると、目の前のルルを上から包み込むようにしてばたりと倒れた。動く力はムーには残っていなかった。
 そして、暫くの後、魔法障壁のスパークは止み、クグレックの光の玉も失くなってしまった洞窟内は真っ暗になった。


 2019_08_01



********


――なんで皆私のこと嫌いなの?

――ククはいい子なのにね。村の人達はなかなか気づいてくれないんだ。でも時間さえかければきっとみんなククのことを好きになってくれるから。大丈夫だよ、クグレック。

――みんな忌まわしい魔女って言うの。私おばあちゃんよりも全然魔法使えないのに、どうして魔女って言うの?

――そうだねぇ、それはおかしいねぇ。

――魔女って言うだけで虐められるなら、私魔女になりたくない。

――そうかい。それならそれでいいんだよ。無理にやりたくないことをやらなくたっていいんだよ。こうやってシチューを作ったり、お花を育てたり、縫物をしたりするだけでも良いんだよ。

――わたし、そっちの方が良い。クッキーとかパイとかも一人で作れるようになりたいな。そしたらおばあちゃんも食べてね。

――おやおや、ありがとうね。


 クグレックは目を覚ました。ハワイ島のホテルのスイートルームのふかふかのベッドの上だ。
 身体を起こして、ニタを探してみるがどこにもいない。
 ムーは無事にルルの元へ辿り着いたのだろうか。クグレックは不安になり、すぐに身支度を整えようとした。が、サイドボードにニタからの書置きが残っていた。

『ククへ
 無事にルルと接触することが出来たよ!
 ディッシュもムーも皆元気になって、みんなで海で遊んで来るから、起きたらフィンに電話してみて。お腹空いてたらご飯も用意してくれるって。
 ニタより』

 クグレックはほっと安堵のため息を吐いた。無事にムーはルルの元へ辿り着くことが出来たのだ。
 生死をかけた賭けを行ってしまったが、皆無事で本当に良かった、とクグレックは心の底から思うのだった。
 それにしても、随分懐かしい夢を見た。小さいクグレックと祖母が対話していた。
 これはクグレックにも覚えがある話だった。
 クグレック自身から祖母に魔女になりたくない、と言ったのだ。だから、その時以降祖母は積極的にクグレックに魔法を教えることはしなかった。それ以前に勝手に祖母の魔導書を読み、習得した魔法もあったが、祖母から教わった魔法は殆どないと言っていい。
 今考えればもったいなかった。高名な魔女であった祖母から魔法を教わっていたら、今の旅がもっと楽になったのかもしれない。薬の作り方は教わっていたが、薬を煎じる機会は今はない。
 そもそも祖母はクグレックが魔法を使うことに関してはあまり良く思っていなかったように思えた。祖母はクグレックを『普通の女の子』にしたがっていたように、今では思えた。
 と、その時、クグレックのお腹がぐうとなった。外を見れば明るい。最低でも1日は眠り続けていたのだろう。生きている限りお腹は空く。
 クグレックはコンシェルジュであるフィンに電話し、食事を依頼した。
「おはようございます。無事目を覚まして良かったです。」
 そう言ってフィンが持って来てくれたのはおかゆと果物だった。
 クグレックはのんびりと席についておかゆを口にした。
「2日間も眠ってたので、心配してましたよ。本当に無事で良かったです。」
「2日間も。」
 クグレックが思っていた以上に眠っていたようだったので、吃驚した。それはお腹が空く。
「昨日は皆さんクグレックさんのことを心配してて、全く外に出なかったんですよ。このままだと精神も摩耗してしまうと思って、気晴らしに皆さんには外に出てもらいました。一応皆さんにはクグレックさんが目覚めたことはお伝えしたので、時期に戻って来ると思いますよ。」
 クグレックは起き掛けの頭でぼんやりとしながらフィンを見つめる。ふわふわとしたセミロングのパーマはおしゃれで可愛い。普通の女の子として過ごしていたら、クグレックもこんなふうにお洒落を楽しんだりしたのだろうか。
 フィンはにっこりと微笑むと、寝起きでぼさぼさのクグレックの髪を一束取って手櫛で梳いた。故郷の村にいた時は、耳の下あたりの短さだったクグレックの髪の毛も今や肩に着くぐらい伸びて来ていた。
「ご飯食べたら、髪、整えましょうか。クグレックさんの髪の毛、真っ黒でつやつやしていて綺麗ですよね。」
「え、ぜんぜん。」
 目の前の美人から言われてもクグレックはあまり嬉しくなかった。
 そんなクグレックの気持ちを察してかフィンは少しだけ寂しそうに微笑んだが、クグレックが食事を摂り終えると、フィンは宣言通り寝ぐせでぼさぼさのクグレックの髪を整えた。


********

 ムーの友人、基い、恋人であるカーバンクルと呼ばれる種族のルルは緑色のふかふかした毛で覆われ、猫のようにすらりとしたしなやかな体躯を持ち、額には紅い宝石が埋まっていた。大きさは大型犬ほどあり、ニタよりも少し背が低いくらいだった。ニタと異なるのは二足歩行が得意ではなく、四足の方が得意だが、後ろ足で立ったり座ったりすることは出来るので動き方はウサギに似ている。耳はニタと同じようにぴんと立っていて大きい三角形型。また、尻尾は狐のように長くモフモフしていた。瞳は茶色がかった黒色で可愛らしい。ディレィッシュは「少しふっくらとした緑色のフェネックギツネ」と言っていた。
「どうもおせわになりました。」
 と後ろ足で立ったまま頭を下げるルル。勿論言葉は喋れる。傍にはぴったりとムーが寄り添う。
「ムー、お前、彼女がいたんだな。隅に置けない奴め。そりゃぁ、あんなに一生懸命になるわな。」」
 と、ディレィッシュがニヤニヤしながら言った。
「…もう。」
 ムーは少し照れた様子でディレィッシュから視線を逸らす。
「もう、ムーってば、ムーもちゃんとお礼を言うの。ほら。」
 ルルは無理矢理ムーの頭を掴んで下げさせる。ムーは突然のことに慌てた様子で「ありがとうございます」と言った。どうやらムーはルルの尻に敷かれているらしい。
「私、ムーから話は聞きました。皆さんは『滅亡と再生の大陸』に向かわれるって。あんな醜態をお見せしてしまいましたが、こうやってムーと再会できたのは、ムーの力だけではないことは知っています。皆さんには感謝しても仕切れないくらいです。ぜひ私の力を皆さんの旅に役立てていただければと思います。」
 と、ルルは一息で話した。
「…ルルがいれば心強いですよ、本当に。」
 ムーが付け加える。
「確かに、あのバリアや偽物の壁とか、凄かったもんね。あ、ところで、ルルは一体何であんなに怯えていたの?」
 ニタが尋ねた。
 ルルとムーは互いに目くばせをしてお互いに頷き合うと、ルルの口から返事が返って来た。
「…ムーとは『滅亡と再生の大陸』で離ればなれになってしまって、私、ずっとムーのこと探してたんです。でも、途中で変な人に出会って執拗に追いかけられてしまって、挙句の果てに幻覚まで見せられて…。で、パニックになったまま海を飛びぬけて、辿り着いたのがこのハワイ島だったのですが…。」
「変な人?」
「そう、変な人だったんです。おかっぱで袴を着た女の子だったんですけど、銀色の綺麗な竜と体中が腐ってボロボロになった沢山の生物の群れを引き連れていたんです。本当に不気味で不気味で。どんなに逃げても逃げても疲れることなく追い掛け回されて、でも、私は疲れちゃったから、危うくその腐った集団に食べられてしまうところだったんですよ。なんとか逃げ出せたんですけど、その変な人に呪いをかけられてしまったみたいで、何度も何度も殺される夢を看させられました。終わりのない悪夢って怖いですよね。」
「『滅亡と再生の大陸』ってそんな怖いところなの?突然執拗に襲われてしまうような…。」
「…まぁ、魔物はいますけど、あれは異常でしたね。だから怖かったんですよ。」
 ぶるぶると体を震わせるルル。
 と、ディレィッシュが呟いた。
「…おかっぱで袴を着た女の子、…ちょっと気になるな。」
「俺も、思った。」
 ハッシュが同意した。クグレックも『おかっぱで袴を着た女の子』を考えてみるが、御山で出会ったあの少女のことしか思い出せない。そう言えば、あの少女は銀色の水龍を呼び出してクグレックたちを襲った。が、一方でクグレックに助言を与え続けてくれたのも彼女だった。
「あの人、ずっと『お前が邪魔だお前が邪魔だ黒魔女に与するな黒魔女に与するな我らの仲間に我らの仲間に』って言ってきて、本当に怖かった。」
「『黒魔女』を知ってるってじゃぁ、やっぱり、あの時の…?」
 どうやらあの少女で間違いないらしい。
「得体のしれない存在だが、クグレックを狙っていること自体は間違ってなさそうだ。」
「一体何で…?」
 おかっぱの少女は黒魔女の力を狙う『魔』の内の一人なのか。
 だが、彼女はアルトフールを知っており、そして、クグレックがアルトフールに向かうことも知っている。実際、御山では彼女がクグレック一人をアルトフールに連れていこうとして、クグレックがそれを拒否してしまったために、狂暴化してしまった。
 考えても考えても謎は深まっていくばかりである。
「皆さん、でも、大丈夫です。皆さんもいるし、ムーもいるし、私はもう何も怖くはありません。皆さんのことは私が守りますから!」
 と、ルルが言った。可愛らしい見た目をしているというのに、随分と頼もしい。
「さ、皆さん、ムーから聞きましたが次の目標は海底神殿ですよね。あそこ、なかなか部外者には厳しい土地らしいですけど、フィンさんがいれば大丈夫ですよね。」
 と、ルルが言った。ムー以外は驚いてフィンの方を見た。
「えぇ、既にその手続きも済んでいます。」
 フィンはにこやかに答えた。
「どゆこと?」
 ニタの問いにムーが口を開いた。
「海底神殿があるのはクワド島ってところなんです。まぁ、僕達みたいな部外者が簡単に海底神殿に入れるかどうかも分からないし、そもそもクワド島までの船だって出てないから、フィンに連れていってもらおうと思って。フィンさんはクワド島生まれで、航海術も心得ているそうなので、お願いをしちゃいました。」
「私もそろそろ故郷に帰ろうかなと思っていたところでした。」
「そうか、素晴らしい偶然だったんだな。」
 ディレィッシュが歓喜する。
「…でも、ムーよ、クワド島までの船は出ていないんだろ?船はどこから出るんだ?ハワイ島からか?」
「ティグリミップです。皆さんのお金、沢山あったので、全部使わせてもらいました。船、買っちゃいました。」
「ん?」
「旅人だというのに、船をかえちゃうくらい皆さんお金持ちだったので、かっちゃいましたよ。小さい船ですけどね。だって、皆、僕に全部任せてくれたから、それは期待に応えないと、と思ったんです。」
 そう、ムーが言う通りお金は沢山あったのだ。トリコ王国を追い出された際、餞別で現トリコ王からはお金のみならず、宝石や金や銀を持たされていたのだ。トリコ王国を抜けてコンタイ国に着いてからはほぼ野宿が続いておりお金を使用する機会もほとんどなかった。そのため、彼らの財産にはほとんど手を付けられていなかった。
 そして、ハワイへ行くための手続きもそれに必要な費用の管理も全てムーに任せていた。殆ど全部ムーにまかせっきりだったので、ムーに対して文句を言える者はいない。

 だから、彼の大胆さに一同はぽかんとするしかなかった。
「ほほう、早速一文無しか。」
「えぇ、大丈夫ですよ。あとはアルトフールに行くだけですから!」
 満足げな表情を浮かべるムー。


 2019_10_29


 しかし、ムーの言う通りなのだ。ムーが言う通り彼らはクワド島へ行き、宙船に乗って、『滅亡と再生の大陸』にあるアルトフールへ行くだけなのだ。金の心配は当面必要はないだろう。
 ルルを仲間にして、ハワイ島での最後の夜を過ごす。
 最後の夜はホテルの屋外ラウンジで豪華ディナーを食べた。ハワイ島でとれる新鮮な海の幸や果物、豪華な肉料理などに舌鼓を打ち、終始リラックスした時間を過ごすことが出来た。途中ハワイ島伝統の踊り『フラ=ダンス』が行われ、飛び入りでニタやディレィッシュも参加して、実に楽しい時間となった。ディナータイムの最後には沢山の打ち上げ花火が夜空を彩鮮やかに覆った。
 ドーンと腹に響く音を上げて、派手に散り行く花火を見ながら、クグレックはこの平穏を幸せに感じた。
「クク、花火、綺麗だな。」
 ハッシュが話しかけて来た。
「うん。ずっと見てられる。」
「まさかクク達とこんな風に過ごすことになるとは、思わなかったな。」
「どういうこと?」
「俺達はポルカで出会ったけど、まさか、一緒に旅をするとは思わなかった。そもそも、国を追い出されるなんてことも思ってはいなかったけどな。」
 と、言うハッシュにクグレックは押し黙った。ハッシュたちトリコ兄弟の平穏をぶち壊したのはクグレックの黒魔女としての力なのだ。彼らが楽しんで過ごしているのならば良いのだが、本心はどう思っているのか分からない。
「でも、こういうのも意外と悪くないもんだな。楽しい。トリコに居た時もそれなりに外遊はしていたけど、自由に過ごせたわけではないからな。常に仕事の一環だった。山に登ったり、ドラゴンに遭ったり、魔物をやっつけたり、見知らぬ土地へ足を踏み入れたり。全部自分の足だ。面白いもんだな。」
 まるで少年のように目を輝かせてハッシュは話を続ける。
「最初にお前たちに会った時は、ただの子供が危ないな、と思ってたけど、今は出会えて良かったと思うよ。生きてるって感じがする。この先何が起こるか分からないけど、頑張っていこうな。」
「うん。」
 クグレックは静かに頷く。
 ドーンという重低音が連続する。クグレックも言葉を返したかったが、花火がその隙を与えない。
 やがて、二人で話していることに気がついたニタが二人の間に割って入って来た。
「むむむ、ハッシュ、ククに変なこと、吹き込んでないでしょうね!」
 と言ってクグレックの膝の上にうつぶせになり、ハッシュを睨み付けるニタ。
「ニタ、もう、大丈夫だってば。」
 度々こうやってニタは無理矢理ハッシュとクグレックの間に入ってくるものだから、クグレックもイラッとして、じゃれついて来るニタの頭を少し強めにぽんぽんと叩いた。
「たーまやー。花火が上がる時にたーまやーって言うんだって。」
 ニタが言った。
「なんで?」
「知らない。」
 その時、再び打ちあがる音が連続する。夜空に炸裂する光の花。これでもかと花火が連続で打ち上げられ、ニタは狂ったように「たーまやー」を連発した。クグレックもニタの真似をしようと花火が打ちあがるタイミングを計るが丁度花火が途切れてしまった。が、一際大きい重低音が放たれると、今度は今までの2倍くらいの大きさの大輪が夜空に広がった。
「た、たーまやー」
 クグレックはこの言葉の意味を知らないが、何となく気分が高揚してくるのを感じた。
 もう一度言ってみたいとクグレックは思ったが、花火は今ので最後だったらしい。再び夜空に大輪の花が浮かぶことはなかった。
 やがて観客たちは花火の時間が終了したことを理解したのだろう。再び元のディナー会場へと戻って行った。


********

 そして翌日。一行はハワイ島を後にした。
 再び船の旅である。
 やはり、船は黒雲に襲われた。もともとは年に1回あるかないかの黒雲だが、おそらくクグレックの魔の力が呼び寄せているのだろう。
 しかし、行きとは異なり、クグレックも安定して魔法が使えるようになったし、守りの名手のルルもいる。船はバリアによって守られ、黒雲とその魔物はあっという間に駆逐された。船乗り達からは大変賞賛され、就航中の用心棒をやらないかと誘われたが、本当にお金が必要になった時に考えておくということにして保留にした。
 行きよりも安全な船の旅だったが夕日が沈むころ、船内がざわめいた。
 どうやらどこかで船が難破したらしく、ボートの様な小型の木船に乗っていた海難者を救助したらしい。救助されたのは14歳くらいの少年と少女だった。少年の方は意識がなく、少女の方は衰弱しきっていたが意識はあった。
 クグレックとニタも救助された二人のことが気になり、甲板に上がってみたところ、その意外な人物に吃驚した。
「え、あれ、クライドじゃん。」
 と、ニタが言う通り少年の方はあのクライドだった。そのため、先に甲板に出ていたディレィッシュが焦った様子で少年の容体を確認していた。さらにニタは少女を見て眉根を寄せる。ニタは少女をどこかで見たことあるのだが、それはどこなのか思い出せないのだ。
 ニタとクグレックは少女に近付く。すると、それに気が付いた少女は、小さく微笑みを浮かべた。
「あぁ、ニタちゃん…。港町での夜ぶりね…。」
 と、少女に言われて、ニタはハッとした。
「あの時の女!?」
 ディレィッシュがアルドブ熱に侵された際に、白魔女の隠れ家に関する情報をニタに教えてくれた女性だった。その際にニタは彼女からしこたま酒を飲まされ、酷い酩酊状態になってしまったが、彼女のことを思い出すことが出来た。
「どうしてここに?」
「…ちょっとね…。でも、…あなたたちに会えて良かった…。」
 少女はそういうと、安心したのか突然意識を失い、眠りについた。
「…一体どういうこと?あの女、随分と若返っちゃったみたいだし、クライドもいるしなんだかよくわかんない…。」
 そう呟くニタに、クグレックも同じ気持ちだった。
 クライドは白魔女に実験体にされ、少女と同様に若返ってしまったうえ、記憶を失くしてしまっていた。あれからまだ1週間が経つか経たないかというのに、白魔女とクライドの間で一体何が起きたのか。
 突然の出来事にただただびっくりするばかりの一行はとりあえず少女と少年の目が覚めるのを待つこととなった。




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