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 魔女クグレックの暮らすマルトの村の東の方角には大きな森が広がっている。
 村側から歩いて10分程入っていったところには開けた空間がある。苔と鬱蒼とした緑に囲まれているが、日光が差し込む神々しい場所であった。そしてそこには石の祠が奉られている。村の守り神であるメイトー神と呼ばれる土着の神が宿っていた。
 メイトー神は白猫の姿をしており、人語を喋ると言う。このメイトー神はマルトの村の平穏に尽力する。例えばマルトの村に悪意を持った人物が入って来ないように、外からやってきたものを永久に森の中を彷徨い歩かせるという伝説が残っている。ただ、マルトの村のような北の辺境の地までやって来る悪人などいないのだが。
 そんな神が宿る祠の前に、顔を煤で真っ黒にしたショートヘアの一人の乙女がぐったりと横たわっていた。黒い貫頭衣を身に纏い、右手には樫の木の杖が握られている。うつ伏せになってぴくりとも動かない。しかし、呼吸音は規則正しい。
 と、そこへ白猫が祠の陰からそろりと姿を見せた。
 すらっと姿勢よく祠の傍らに居座り、うつぶせの煤まみれを静かに見つめる。
「おや。誰だい、この子は。」
 白猫が現れた祠の脇からひょっこりと顔を出す白いふかふかの毛の生き物。猫とも言い難く、熊にも似ているようで、しかし大きさで言えば狐や狸のような頭をしている。サファイアのような青いつぶらな瞳が可愛らしい。
 謎の白い生き物は、白猫と同様に祠から姿を現した。
 熊のように二本足で立って煤まみれを見ている。「熊のように」と言えども、大きさは成長した熊ほどもない。大体子熊程度の大きさだ。青い目の真っ白な子熊に見えるがそうも言い切れない。何せこの白熊の子供は人語を話す。
「うーん、メイトー様が呼んだの?」
 白熊の子供は白猫に話しかける。白猫はそのすらりと長い尻尾を一度だけ大きく振って見せた以外は白熊を見向きもしなかった。
「…てか、死んでるの?」
 白熊は二本足で歩いて、煤まみれに近付いた。警戒することなく、煤まみれが呼吸をしているかどうかの確認を行う。
「あ、生きてる。メイトー様、どうするの?これ。」
 白猫も煤まみれに近付き、匂いを嗅ぐ。
 そして、再びその傍らに姿勢よく座った。
「…死んだも同然な子?え、どういうこと?メイトー様、どういうこと?もう一回言って?」
 白熊の子供は耳に手を当てて、白猫に向かって聞き返す。
 白猫は「にゃーん」と可愛らしく鳴いた。


**********


 ――助けて。

 クグレックは真っ白い空間にいた。寒くもなければ暑くもない。壁もなければ空もない。ただひたすらに真っ白な空間だった。
 そんな空間に、女の子が一人しゃがんでしくしく泣いている。黒いおかっぱの髪型で、白い袴を着ていた。
 クグレックは近寄って、女の子と一緒になってしゃがんで声をかけた。
「どうしたの?」
「みんな、いなくなっちゃったの。お母さんやお父さんや友達や恋人が、みんないなくなっちゃった。」
 迷子だろうか、とクグレックは考えたが、こんな場所で迷子になったら到底見つからなさそうだ。
「お姉ちゃん、私、待ってるから。お姉ちゃんが来てくれるの、待ってるから。」
 と、女の子が言うと、女の子の体は次第に透明になって消えてしまった。
 クグレックは、女の子が存在していた場所に手をかざして動かしてみるが、そこには確実に何もなかった。
 クグレックは首を傾げながら立ち上がり、どこへ向かうともなく歩み始める。
 すると、今度は何もないところから声が聞こえ始めた。
「クグレック。」
 クグレックはびっくりして、辺りをきょろきょろ見回した。しかし、周りにはなにもない。
 それでも、いて欲しいと思った。
「おばあちゃん?どこにいるの?私もおばあちゃんのところに連れて行ってよ…」
 クグレックはがむしゃらに走り出した。が、ただむなしくクグレックの足音が真っ白な空間に響くだけで、クグレックが願う祖母の姿は一向に見つからなかった。
「クグレック、あなたはこちらへ来てはいけません。あなたは幸せになる権利がある。もっと世界を見て、世界の色を見て回りなさい。あなたにはその権利がある。仲間とともに楽しい時を過ごして、恋人を作り、子供を産むというただの幸せを願ってもいいの。だから、もうちょっと頑張りなさい。さっきの子も、あなたを待っている。だから、行ってあげて…」
「おばあちゃん、おばあちゃん、どこにいるの?」
 クグレックは真っ白な空間を当てもなく駆け回る。だが、どこへ行っても誰かに会うことが出来なかった。



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 2015_04_09





**********

 森の清廉とした静かな香りが鼻に付き、クグレックは目覚めた。苔生した冷たい石畳の地べたに伏していたようだ。体は落ち葉に包まれている。落ち葉がまるで布団のように被さっていたので、少しだけ寒さが凌げていたような気がした。ただ、衣服に覆われていなかった地肌が、落ち葉にかぶれて少しかゆい。
「や、起きたんだね。」
 子供のような可愛らしい高い声がした。クグレックは体を起こして振り向くと、子熊のような白い毛に覆われた動物がいた。
 ふかふかの白い毛を持った子熊は、サファイアのような青いつぶらな瞳をクグレックに向けていた。純水無垢のあどけない瞳。
「な、なに…?クマが喋った…。」
「クマとは失礼な!ニタは勇敢なるペポ族の勇者なり。」
 むっとした表情で怒りの表現を表す白い動物。なるほど、普通のクマであれば、感情を表情で表すことは出来ない。だから、この生き物はクマではない。
「ペポ族…?」
「そう。ペポ族。覚えといて。名前はニタって言うんだ。」
「ニタ…。」
 ニタというペポ族の生き物は、表情をころころ変える。さっきまで怒っていたと思いきや、今度は自己紹介をして得意顔に変わった。
「しかし、君はこんな場所で良く寝てたね。一日中寝てたよ。」
「一日中?」
「うん。だから、ニタが落ち葉の布団をかぶせて上げたの。」
「そ、そう、ありがとう。」
 あの謎の女性と会ってから、クグレックはずっと寝ていたのだろうか。もしくはあの女性に会ったことは夢だったのかもしれない。
「まぁ、十分休めたよね。じゃ、行こうか。」
「え、どこへ?」
「え、森の外だけど。」
「どうして?」
「え?だって、ニタはク、ククレクのこと守りながら、約束の地、アルトフールに連れて行ってもらえって。」
「ククレク…?約束の地?いったい何なの?」
「ニタも『ククレク』ももうこの文明と秩序の大陸では幸せになることが出来ないから、幸せになるためには約束の地、アルトフールを目指すしかないんだって。ううん、ニタも『ククレク』もアルトフールに呼ばれてるから、行かなきゃいけないんだって。約束の地の場所はククレクが知っているって、メイトー様が言ってたよ。」
 クグレックははっとして自分の体を見渡す。彼女はここに来る前、自身で放った火事に巻き込まれて、そのまま息絶えたはずだった。死後の世界にクグレックはいるのだろうかと混乱した。
「ニタ、約束の地って、死後の世界のこと?人が死んだら、みんなそうやってあなたが案内してくれるの?」
「は?何言ってるの?あの火事の中、『ククレク』は生き残ったんだよ。メイトー様とエレンが生かしてくれたんだよ。」
 生き残った。クグレックは死ねなかったことにひどく落胆した。祖母のいないこの世界など、興味がなかったというのに。
「『ククレク』、行こう。」
 ニタは自身の手、いやピンクの肉球を差し出す。ふかふかの白い毛に包まれたぷにぷにの肉球に、クグレックは思わず手を差し伸べたくなったが、頭を振ってそれを拒否した。
「…『ククレク』。」
「…悪いけど、私は別に生きたいとも思ってないし、この先の幸せにも興味はない。だから、別に約束の地に行く義理は私にはない。もう一度死なせて。」
 ニタは手を差し出したまま、静かにクグレックを見つめる。サファイアのような青い瞳は、静かにクグレックを映し出していた。生きていることすら忘れてしまう位に無機質な蒼に輝いていた。
「なら、『ククレク』は約束の地で死ねばいい。」
 ニタは静かに言い放った。
「ニタは約束の地に行きたいんだ。『ククレク』は今死にたい?ニタは『ククレク』が死ぬのは止めないよ。でも、今死ぬのはやめておくれ。目覚めも悪いし。最後の仕事だと思って、ニタを約束の地まで連れて行ってよ。」
 ニタは、ぷにぷにとした肉球でクグレックの手を掴んだ。
「約束の地に着いたら、死んで良いから。それまでちょっと頑張ってくれない?」
 クグレックは、なるほど、と思った。ニタのために約束の地へ向かう。最期くらい誰かの役に立つのも悪くないな、とクグレックは思ってしまった。彼女は本当は誰かのために動きたかった。
 あの火事でクグレックは死んでしまったのだ。だから、クグレックはニタと一緒に約束の地という死後の世界へ向かう、と考えれば苦痛ではない。これから向かうのは幸せの旅路ではなく、死への旅路なのだ。
 クグレックは立ち上がった。体のあちこちがギシギシと痛かったが、最終的には消えゆく身。気にするほどでもない。
「分かった、ニタ。一緒に約束の地に行ってあげる。」
 ニタは両手を上げて「やったぁ!」と良い、ぴょんぴょん飛び跳ねながら歓喜する。「やったやった!」と言いながら、飛び跳ねるだけでなく、次第に右へ左へ移動しだし、まるで踊りを踊っているようだった。
「あ、あと、私の名前は『ククレク』、じゃなくて『クグレック』だから。」
 ニタはぴたりと動きを止めると、不思議そうに首を傾げる。
「く、くくれーく?」
「クグレック。」
「そんなの良く分からん!ククで良いでしょ。」
 そう言ってニタは大層ご機嫌な様子で再び不思議な踊りを舞い始める。
 クグレックは自分の名前を『そんなの』扱いされて、何とも言えない気持ちになったが、楽しそうに踊っているニタを見たらどうでもよくなってきた。彼女は初めて愛称を貰った。能天気で自由なこのクマのぬいぐるみ風情がクグレックのことを『クク』と呼んでくれたことが、クグレックには少しだけ嬉しく感じてしまったのだが、その理由は彼女には良く分からなかった。
「さぁ、クク、森の外に出るよ!」
 ニタはくるくる回りながら、クグレックに声をかけた。
 クグレックは、その後を追おうとしたが、ふと気になったことを思い出し、立ち止まる。
「ニタ、その前に私、マルトの村に行きたい。」
 クグレックは、確認したかったのだ。彼女が死んだのは夢だったのか現実だったのかどうか。
 ニタは、ぴたりと踊りをやめると一言「いいよ」とだけ言った。


 2015_04_15


**********

 ニタとクグレックはメイトーの森を出て、マルトの村に戻って来た。
 クグレックの家は村の外れのメイトーの森寄りの場所にあるので村人の誰かに出会うことはなかった。ススキが茫々と生えた休耕状態の畑の傍を通りながら、クグレックの家に戻った。木枯らしが吹き荒び、コートも着ていないクグレックには風が骨まで沁みるほどに冷たかった。寒さに震えながらクグレックの家に辿り着いた。
 クグレックの家は、いや、彼女とその祖母が住んでいた家は、真っ黒に燃え尽きていた。家屋のみ焼き尽くされ、柱すら現状を残していなかったが、まわりに延焼することはなかったらしい。もともと家があった場所には煤と炭と瓦礫しか残っていない。ただ焦げ付いた嫌なにおいが漂っていた。
 クグレックの記憶が正しければ、家を燃やしたのは彼女であり、その現実が今ここにあった。全焼してしまったならば、クグレックはやはり死んでいるはずだが…。
「…ニタ、このにおい嫌い。」
 ニタは苦そうな表情をして、自身の鼻を抑えた。一体全焼してからどのくらいの時間が経ったのか分からないが、まだ焦げた匂いが漂っている。
「…うん。みんな嫌いだよ。」
 クグレックはこの煤に塗れたガラクタの中に自分の骨があるのだろうか、と考えていると、ニタが手を握って来た。ニタの手は温かかった。
「メイトー様がね、ククのことを助けてくれたの。エレンも助けてくれたんだよ。ククを助けた後、火はお家を食べ尽して、すぐに消えた。乾燥していて、すぐに火が回りそうな場所だったけど、大火事にならずに済んだのは、きっとエレンのおかげ。ククをこれ以上悪に見られるのが嫌だったんだろうね。」
 家の前には、薄汚れた大きなカバンが放置されていた。
 ニルゲンさんは喘息を拗らせて死んでしまっただろうか。
「クク…。」
 ニタが不安そうな表情で私を見ている。
 クグレックの手を握るニタのふかふかの毛とぷにぷにの肉球は温かさを持っていた。冷たい風の中でも、ニタの肉球は温かい。
 ふと、ニタの耳がピクリと動いたかと思うと、その瞬間、ニタは片手を上げて飛び上がった。ニタはその手に何かを掴んでいた。
「魔女め!やはり炎なんかで死なないんだな!この化物め!」
 背後から変声期を迎えた少年の怒号がした。すると、男は2人に向かって石を投げて来た。とっさのことだったため、クグレックは動くことが出来ずに、ただ突っ立ったままだったが、ニタが再びぴょんと飛び上がって、投石を見事掴んだ。
 ニタは苛立ったように、掴んだ石を地面に投げつけた。ボコッという音と共に2つの石が地面に埋まっていた。
「化物はどっちだ!か弱い女の子だよ!石を投げて、当たり所が悪かったら死んじゃうかもしれないのに!」
 少年は地面に埋まった石を見て、たじろぐ様子を見せたが、すぐにこちらに侮蔑の表情を向けた。
「なんだよ、お前!さては魔女の使い魔か!」
 ニタは、クグレックの手を離し、少年の元へ走って行った。そして、ぽこっと一発、少年の頭を殴った。
「うるさい!ニタはニタだ!くそッたれ!」
 そして、今度は少年の脛を蹴った。少年はうめき声を上げ、脛を抑えてしゃがみ込む。
 ニタはクグレックの元へ戻って来ると、再びクグレックの手を引っ張ってメイトーの森へ続く道を駆けて行った。
 森の中に入るとニタは速度を落とし、歩いた。怒気を含むその歩き方から、ニタは頭から湯気でも吹き出してしまいそうに見えた。
「クク、人間はあんなやつばかりじゃない。だから、絶望しちゃだめ。」
 ニタはまるで自分のことのように憤慨する。でも、冷静だ。ニタは可愛い外見だが、クグレックよりもずっと大人びて見えた。
 そうしながら、2人はメイトー様の祠まで戻って来た。
 ニタは相変わらずご機嫌斜めで、まだ不機嫌そうな顔をしている。クグレックにはニタが一体何でここまで憤慨しているのかは分からなかったが、少しだけすっきりしていた。マルトの村で彼女が見たものは事実だった。あの少年にあったのも、彼女が自分自身の存在を現実に捉えるためには、ちょうど良かった。
 そしてクグレックはニタに守ってもらった。祖母が亡くなってすぐの時、クグレックは石を投げられて頭を怪我したが、今回はニタが守ってくれた。しかも、クグレックの代わりにニタが怒ってくれた。それが天涯孤独の身となってしまったクグレックにとってはとても嬉しく心強いことだった。
 だから、クグレックは本当にニタのために生きても良いと思った。そして、アルトフールに着いたらちゃんと死のうと心に決めた。
「ニタ、行こう。私は、今ここにいる。」
 ニタは振り返ってきょとんとした表情で私を見つめる。そして、深く頷いた。私も一緒に深く頷き、ニタと見つめ合った。
 海のように優しく輝くニタの瞳は、綺麗だった。


 2015_05_06


 クグレックとニタは森の奥深くを進む。クグレック整備された道以外を通ったことがなかったので、足場の悪い獣道を通って行くのは正直怖かった。しかも、森の奥に進めば進む程光が遠くなって暗くなっていく。不安ばかりがクグレックを包むが、目の前を歩く白い珍獣を見ると、不安は和らいだ。ニタはこの森のことを知っている。だから、ニタに着いて行けば、大丈夫だとクグレックは思った。
 ただ、クグレックには体力がなかった。遊ぶ相手もおらず、もっぱら家の中で本を読んだりして過ごし、体を動かす機会もなかったのだ。既にくたくたで足も痛くなっていた。
「クク、随分疲れてるね。」
「う、うん。こんなに歩いたことなかったから、…。」
「ふーん。じゃぁ、もうちょっとでニタの別荘があるから、そこで今日は休もう。もう暗くなってきたしね。」
 そうして二人が半刻程歩くと、樹齢500年はありそうな大樹に辿り着いた。幹はクグレックが両手を広げてもまだ余裕があるほどの幅であり、大樹の天辺は遥彼方にあるらしく、太い枝や葉に遮られて見ることが適わない。
 ニタは大樹を見上げながら、クグレックに「ここがニタの別荘だよ。」と説明した。クグレックはきょろきょろあたりを見回すが、家屋らしきものは全く見つからない。ニタはけらけら笑いながら、上方を指差した。
「ははは。ニタの別荘はこの木の上にあるの。ここの木は大きいからね。」
「木の上に?」
「そ、木の上。」
 驚くクグレックを他所に、ニタはするすると大樹の幹を登って行き、木の上へと消えて行った。クグレックもその後を着いて行こうと木にしがみついてみるが、木登りなんて生まれてこの方したことなかったので、クグレックは木にしがみついてからその後をどうしたらいいのか分からないのだ。
 木を掴んで、足を少し高い位置に乗せようとして見るが、体が上がらない。少し登れたとしても、すぐにずり落ちてしまう。ニタが登って行った木の上方を見上げてみるが、ニタが消えて行った場所は遥彼方にあるように見えた。
「ククー、まだ~?」
 太い枝に生い茂る葉の間からニタはひょっこり顔を出して、クグレックに声をかけるが、クグレックは少し登っては落ち、少し登っては落ちという動作を繰り返していた。ニタは憐れむようにクグレックの様子を見つめて、別荘と呼ばれる場所から、ところどころに葉っぱが生えた蔓を持ち出し、一方をクグレックに向かって垂れ下げた。
「クク、この蔓持って登ってくれれば、ニタが引き上げるよー。」
「あ、ありがとう。」
 クグレックはニタの言う通りに蔓を握りながら、登っていく。ニタが引っ張ってくれるので、ククはするするとニタの元へたどり着くことが出来た。
 太くて折れなさそうな枝の上とは言え、地面から離れている。クグレックは怖くて枝の上で立ち上がることが出来なかった。
「ほんとどんくさいね。」
 ニタの後ろを這いつくばって着いて行くクグレックは反論することが出来なかった。
 枝の上にニタの『別荘』があった。床は竹で出来ており、壁は木の皮がぶらぶらと垂れ下がり、床に紐でくくられている。。屋根は大きな葉っぱが何枚も重なっているだけの簡素なものだった。広さはククが横になって眠れるくらいの狭さだった。蝋燭に火をつけて、それを明かりとする。
「夏場は外で眠れるんだけどね。もう冬も近いと寒いんだよ。その毛皮を被って寝ると良いよ。」
「ニタは、寒くない?」
「毛皮は沢山あるから、大丈夫。」
「そう。」
 『別荘』には、毛皮の他に、箱があるだけだった。ニタはその箱を開けると、中から、乾燥した肉を取り出した。
「うむむ、ここのご飯は干し肉しかないみたい。悪いけど、これで我慢してね。」
 クグレックはニタからカラカラに乾いた干し肉を渡された。ニタが食べるのを見てから、クグレックも干し肉を口にしたが、干し肉はカチカチに固まっていた。何とか一口分引きちぎって食べてみたが、噛むのも大変だった。じわじわと味が出て来るが、顎が疲れて来た。
「ニタ、ここの他に『別荘』はあるの?」
「うん。メイトーの森は広いからね。どこでも過ごせるように別荘を作ったんだ。」
「へぇ。凄いね。」
「ふふふ。」
 ニタは嬉しそうに後ろ頭をかいた。
「ねぇクク。」
「なぁに?」
「ふふふ。なんでもない。」
 ニタはバリバリと干し肉を食べる。その表情はやはりどこか嬉しそうであった。クグレックも、そんなニタの様子をみて、ほっとした安心感となんだかくすぐったくなるような気持ちを感じた。
 食事を終えると、蝋燭の火を消し、二人は就寝した。


 2015_05_15


********

 朝になり、二人は森を抜けるため、再び歩き出した。クグレックは昨晩寝るときにくるまった毛皮を防寒具として持ちだした。外は寒いのだ。
 ニタが言うには今日中には森を抜けることが出来るとのことであった。
 だが、クグレックはニタのような野生児染みた体力など持ち合わせておらず、疲れて途中に何度も休憩を取ったため、本日中に出ることが出来なかった。そのため、その夜もニタの別荘で一晩を明かした。別荘は昨晩過ごしたものと同じ作りだったが、ここには乾燥した果物と木の実が多くあったので、二人はそれらを口にした。
 一晩ゆっくり休んで、二人は森の出口を目指して歩き始めた。
「昨日は半分以上は進んだはずだから、今日中には確実に抜け出せるはずなんだけど…。」
 森の中を歩きながら、ニタが言った。
 ククはその後を黙って着いて行く。ニタをアルトフールに連れて行くと決意したのは良かったが、自分の足で歩くということがこんなにも大変であることを、クグレックは知らなかった。
「でも、なんか、変なんだよね。」
 ニタは立ち止り、脚の屈伸をしながらクグレックの到着を待つ。
 杖をつきながら重たい足取りのクグレックが到着すると、ニタは傍の木陰に腰かけて、クグレックを見つめる。クグレックはヘタリとその場に座り込んだ。
「気のせいかもしれないけど、進んでない気がする。」
 ククは喋る気力が起きなかったので、それは一体どういうことかと首をかしげて見せた。
「なんか同じところをぐるぐるまわってるかんじがするんだよね。どういうことだろう。」
 森のことに詳しいニタが分からないことをクグレックは知るはずもない。そんなの分からないよ、と思いながら、クグレックはふくらはぎを揉んで、足の痛みを和らげる。
「まぁ、気のせいかもしれない。もうちょっとで出口のはずだから、頑張って行こう!」
 そうして二人は出口目指して歩き続けたが、結局その日は森を出ることが出来なかった。
 幸いなことに、都合よくニタの別荘があったので、夜の寒さを凌ぐことが出来そうだった。だが、別荘を目にして、ニタは険しい表情を浮かべた。そして、ぽつりとつぶやく。
「ここは昨日の別荘なんだ。」
 クグレックには別荘の見かけや、大樹の様子などは初日に見たものとほぼ同じように見えた。だが、実際に別荘の中に入ってみると、昨晩ニタが食べ散らかした乾燥果物の種が散らばっていた。
「これは昨日の…。」
「うむ。」
 ニタは腕組をして思案する。この森を治めているメイトーは、ニタとクグレックが森の外に出ることを認めているのだ。穏やかなメイトーならば、快く送り出してくれると思っていたが、これは敢えての試練なのだろうか。
「私達、悪い存在なのかな。」
 沈黙の中、クグレックが呟いた。ニタは「どういうこと?」と質問した。
「だって、メイトーの森では、悪の心を持った人は死ぬまで森の中を彷徨うんでしょう。メイトー様がマルトの村を守るために悪い人を永遠に彷徨わせるって言い伝えがあるの。きっと、今はそういうことなんだよ。」
「まさか!だって、むしろニタ達はマルトの村から遠ざかってるし、メイトー様はニタ達の味方だよ。」
 ククは毛皮を頭から被り、ごろんと横になった。クグレックはとにかく疲労困憊していた。
「今、自分たちがどういう状況にあるのかは分からないけど、やっぱり私は、メイトー様にも嫌われてるのかな。」
 そう呟くと、クグレックのの意識はふっと消えて、深い眠りに落ちて行った。ニタは、しょんぼりとしながらその毛皮の塊を見た。
「ニタは、こうやって話が出来る友達がいるの、嬉しいんだけどな。」
 ニタは蝋燭の火を吹き消して、毛皮にくるまって目を閉じ、眠りについた。
 2015_05_27


********

 翌日もまたニタとクグレックは森の中を彷徨った。
 昨日と同じ距離を歩いたはずだが、結局、二人は森の外に出ることが出来なかった。ニタは一向に森の出口に向かっている感覚が掴めなくなっていたので、とうとう午後過ぎくらいから、脱出を諦めることにした。もしかするとメイトーに何かが起こってしまって、出れなくなったのかもしれないと考え、一旦メイトーの祠に戻り、メイトーの様子を確認しに行くという方向に計画を変更することにしたのだ。
 しかし、その前に二人は粗末な物しか口にしていなかったので、まずは腹を満たすことを優先させることにした。ニタは森を駆け巡り、食料到達へ。クグレックは別荘付近で、木を集めたり水を汲みに行ったりしていた。
 夕方頃にはニタはウサギを三羽とイノシシを1頭持ち帰って来た。クグレックは屠殺の様子を見たことがなかったので、ニタが手慣れた様子でイノシシやウサギを解体していく様子を見て、吐き気を催しそうになったし、泣きたい気持ちになった。だが、生きるためならば仕方がないと思い、我慢した。
 クグレックが魔法で火をつけ、肉を焼いて食べたが、調味料がないため味がついていなかった。ニタは美味しそうにむしゃむしゃ食べていたが、クグレックの口にはどうしても合わなかった。味がないだけでなく、動物独特の臭みもあったので、あまり食べられなかった。
「クク、ちゃんと食べないと、歩けないよ。」
「う、うん。でも、なんかそんなにお腹空いてなくて…。」
「そう?じゃぁ、ニタが全部食べちゃうからね。」
「うん。いいよ。」
 ククは木の実をポリポリとつまんで食べた。これもまた味気ないものだったが、ワイルドな動物の肉よりはましだった。
 そして、再び別荘にて夜を過ごす。
 ニタは、お腹が満たされて、幸せそうな表情に包まれている。壁にもたれかかって座っているが、今にも眠ってしまいそうに、うとうとしていた。
「クク…、」
 ニタが譫言のように呟いた。ニタはもう8割ほど眠りの世界へ旅立っていた。
「ククはニタの、友達だからね…。」
 そう言い残すと、ニタは横に崩れて完全に眠りに落ちた。
 クグレックは、しばらくニタを見つめていた。冷静に見つめているようだったが、内心はニタの「友達」という言葉にびっくりしていた。なぜならクグレックには友達は一人もいなかったから。本の中でしか知らなかった『友達』が今クグレックの目の前にいるらしい。クグレックは凄く照れ臭い気持ちに襲われたが、それ以上に嬉しかった。ニタにそっと毛皮をかけてあげると、蝋燭の火を消して、クグレックも眠りについた。明日こそは森の外に出られることを祈って。


 2015_06_02



 翌日、予定変更を行い、再びメイトーの祠へ戻ることに決めた二人は、もと来た道を戻っていく。
「メイトー様に何かあったら心配だ。」
 森の中を進んで行く二人だったが、そこへ一人の女性が現れた。
 くたくたになった白いローブを着た、唸るような紅い髪をした大柄の女性。蛇の飾りがついた杖を持ち、二人にそれを向ける。
「み、見つけたわよ、黒魔女!」
 ニタは、すかさずクグレックの前に立つ。
「なんだよ、だれだ、お前!」
「なに、この喋るぬいぐるみ。」
 ぬいぐるみ扱いされたニタは地団太を踏んで憤慨した。
「ぬいぐるみ、邪魔よ。」
 紅髪の大女が蛇の飾りがついた杖を一振りすると、ニタはふわりと浮かんで、傍の木に飛ばされていった。激しく木にぶつかり、打ち所があまり良くなかったらしく、ニタは目を回してがくりとうつ伏せに倒れた。
「ニタ!」
 クグレックはニタの元へ駆け寄ろうとしたが、目の前の紅髪の大女に行く手を阻まれた。
「黒魔女、会いたかったわよ。」
 紅髪の大女は、クグレックの顎を取り、顔を近づける。
「アンタがとうとうエレンを殺したというから、来てやったというのに、どういうわけか森から出られなくなって焦ったけど、ようやく見つかって良かったわ。」
 妖艶な笑みを浮かべて、赤髪の大女は舌なめずりをした。クグレックは、彼女の緑色の瞳が気になり、じっと見つめていた。緑色の瞳をした人を今まで見たことがなかったからだ。このメイトーの森の木々と同じ深緑の瞳の美しさにほれぼれしそうになったが、クグレックは経った今彼女が言った『アンタがエレンを殺した』という言葉が気になった。エレンとはクグレックの祖母の名前だが、クグレックは決して祖母に手をかけてはいない。クグレックの目の前で祖母はベッドで静かに息を引き取ったのだ。
「とりあえず、アンタの力が私には必要なの。だから、アタシのために、死んで頂戴。」
 紅髪の大女はクグレックの首に手をかけた。ぐっと力を籠め、クグレックを締め上げる。クグレックは突然のことに驚いて抵抗すらも出来なかった。いや、しなかったというべきか。
「糞女、ククを離せ…。」
 弱弱しいニタの声が耳に入る。その時、クグレックははっとして我に返り、大女の手を剥がそうと試みた。だが、非力なクグレックではどうすることも出来なかった。視界と音が薄く白み始めたかと思うと、バチッという音と共に雷が落ちたかのように周囲が白く光った。大女は小さな悲鳴をあげてその手を離した。
 解放されたクグレックはクグレックは噎せて、苦しそうに咳き込んだ。
 落ち着いてからクグレックは目を開けた。涙で潤む視界の中には、尻餅をついて倒れ込んでいる大女の姿があった。大女は呆然とした様子で、クグレックを見ている。
 ニタはどうなったのかと思い、ニタを探すが、ニタは相変わらずうつ伏せで倒れていた。
 クグレックはニタに駆け寄り、「大丈夫?」と声をかける。ニタは力なく片手を上げて「うーん、大丈夫…。」と言って、だらりと手を降ろした。どうやらニタは生きていることを確認できてクグレックは安心した。
 だが、状況は何も変わらない。突然クグレックの命を狙う謎の紅髪の大女が残っているのだ。彼女から離れなければクグレックだけでなくニタも危ない。
「…一体…、何なの?」
 首を絞められた影響で、喉が潰れてしまったガラガラのだみ声でクグレックが尋ねた。
「いや、こっちこそ、なんなのよ。急に体に強いびりびりが走ったのよ。今、アタシは全身痺れて立ち上がれないわ。」
 その時、クグレックの懐から小さな陶器製の瓶がころりと出て来た。この小瓶には祖母が亡くなった後に残した灰が入っていた。クグレックは愛しそうにその小瓶を拾って再び懐に戻した。
 紅髪の女は機嫌悪そうに目を細めた。
「アンタは本当にエレンに愛されていたのね」
 エリアとはクグレックの祖母の名前だ。なぜこの見ず知らずの女性が祖母のことを知っているのか、そして、その死についても知っているのか。クグレックは声を絞り出す。
「どうして、おばあちゃんのこと…知ってるの?」
「あの人は魔女の中でも高名な薬師だからねぇ。その界隈じゃ有名なのよ?魔女としても有能だし、勘が良い人はエレン程の魔力が消滅したことくらい、気付けちゃうわ。」
 淡々と語る女性だったが、ふと口元に笑みを浮かべた。まるでクグレックを嘲笑するかのように。
「でも、そんな有能な魔女でも、更に上を行く魔女の力は抑えきれなかったみたいね。」
 クグレックは、大女の笑みに不安な気持ちを覚えた。
「黒魔女、アンタは世界を混沌に陥れるくらいの力を持っている。でも、その力をコントロール出来なければ、アンタはただの悪魔であり、疫病神であり、呪われた存在でしかない。コントロール出来ないアンタの力は、瘴気の源となって魔を呼ぶだけ。風を止め、大地を腐らせ、人の心の闇を刺激する。人々に疑心暗鬼、憎悪の心を生み出し争いを発生させる。アンタはそんな存在。本来なら魔女は長生きするはずが、エレンが普通の人間と同じ年齢で死んでしまったのは、アンタの力を抑えていたせい。全部アンタが原因なのよ。」
 クグレックは表情を暗くした。自身が忌み嫌われる存在だということが分かっただけでなく、その影響が大好きな祖母にまで及んでいたことも指摘されて、陰鬱とした。
「そんなこと、ないよ。」
 うつぶせになったニタが、弱弱しい声で反論した。顔だけ上げて紅い髪の大女を鋭い視線で睨み付ける。
「エレンはしょうがなかったんだ。色んな業があってエレンは天命を全うした。ニタはそのエレンの意志を引き継いだ。だから、ククは悪魔でもないし、厄病神でも呪われた存在でもない。ニタの友達を悪く言わないで…。」
「な、なによぬいぐるみ風情が!」
「ニタがこんなんじゃなかったら、お前のこと、ぶん殴ってやってるところだった。」
 威嚇でもするかのように怒った表情をするニタだったが、動くことが出来なければどうにもならなかった。
 だが、幸いにも目の前の紅髪の大女も尻餅を着いたまま立ち上がる様子もないので、紅髪の大女とニタの罵詈雑言の応酬が繰り広げられるばかりだった。
 2015_06_24


 と、その時、なにか白いものがクグレックとニタの頭上を飛び越えて行った。そして、紅髪の大女の前に降り立つ。
「メイトー様!」
 ニタが叫ぶ。
 すらりとした美しい毛並みの白い猫が前足をぴったりと前に揃えて、ぴしりと姿勢を正して紅い髪の大女の前にすまして居座る。神々しいまでに白く輝く毛並みを持つこの猫は、この森を治めるメイトーである。マルトの村人はメイトーを神格化しているが、メイトーはなんの変哲もない白猫だ。ただ、人間よりもずっと長生きをするし、不思議な力も使える少々特殊な白猫であった。
 紅い髪の大女はそんなことを知ってか知らずか、メイトーを前に余裕の表情を見せていた。
「へぇ、アンタがこの森の守護神メイトーね。随分綺麗な猫ちゃんじゃないの。」
「メイトー様を馬鹿にするな!」
 ニタは這いつくばりながら、怒鳴りつける。
 メイトーは威嚇するように、毛を逆立てて紅い髪の大女に向かって牙を見せると、光の速さで飛びかかって行った。
 大女はキャーと悲鳴をあげた。その顔には合計6本のひっかき傷が出来ていた。
「え…。」
 ニタは若干戸惑っていた。クグレックも展開に戸惑っていたが、メイトーは何事もなかったかのように、再び優雅に前足を揃えて紅髪の大女の前に座る。長い尻尾だけがまるで別の生き物のように優雅に動いていた。
「この糞ネコめ、アタシの美しい顔に傷をつけたわね!」
 紅髪の大女は蛇の飾りがついた杖を手に取ると、何かをブツブツ唱えて、天に掲げた。すると、杖からキラキラした光が発生して大女を包んだかと思うと、6本のひっかき傷は跡形もなく消えていた。そして、痺れたと言って尻餅を着いたままでいた大女がすっと立ち上がり「よくもやってくれたわね…。」と言って、メイトーに向かって杖を振り上げた。
 ところが、紅髪の大女は急に焦り出す。自身の体が徐々に透けて来ているのだ。
「や、なに?体が透ける!え、ど、どういうこと?」
 メイトーはぐるるると喉で唸りながら、大女から視線を外さない。尻尾ばかりが蛇のように妖艶に動いていた。
 紅髪の大女の体は徐々に向こう側が透けて見えるようになっていた。自身に発生した異常にパニック状態になり、何度も自身の体をさすっている。しかし、体の先から徐々に透けて消えていき、紅髪の大女は今にも泣き出しそうだった。
「や、やだ、アタシ、死にたくない。いや、いやよ、まだ生きていたい!」
 彼女は必死で拒むが、メイトーが可愛らしい声で「ニャー」と一鳴きすると、紅髪の大女の姿は忽然と消えてしまった。
 騒々しい大女の声が止み、森の中には静けさが戻った。


 2015_07_03


 そして、メイトーは何事もなかったかのように優美にニタとクグレックの元へやって来ると、ニタの頭にぽふっと前足を乗せた。
 すると、朦朧としていたニタの様子が一転して、目に力が宿ったかと思うと、元気よく起き上がった。
「メイトー様、助けてくれてありがとうございます。」
 メイトーは満足したように「にゃーん」と鳴く。
「え、なんですか?」
 ニタはメイトーに耳を傾け、相槌を打つ。メイトーは一言も鳴き声を発さないが、ニタは「えーそうなんですかー」「へー」と反応している。クグレックは呆然とした様子でニタがメイトーの話を聴いている様子を見ていた。
「なんだ、そういうことだったんだ。」
 メイトーは「そういうことなんだよ」と言わんばかりににゃーんと鳴くと、クグレックの足にまとわりつき、体を擦り付けて来た。クグレックはしゃがんで、メイトーの体を優しく撫でた。短毛のつやつやした白い毛はベルベッドのようにすべすべしている。
「クク、メイトー様、ニタ達に忘れ物を届けようと思って、森を閉じてたんだって。でも、ちょうどそこにさっきの変な女が入って来たから、ちょっと様子を見てたら、大分時間が経ってしまったらしい。なんか森のあちこちに魔法陣を作ってたから、全部消して回ってたんだって。」
「魔法陣?」
「うん。どんなのかはよくわからないけど。でも、あの女が作ったものだから、きっと良くないものに決まってる!」
 クグレックは確かにニタの言う通りだと納得した。
「で、メイトー様、忘れ物って何ですか?」
「にゃーん。にゃおにゃお。」
 メイトーは可愛らしい甲高い声で鳴くと、どこからともなく大きなリュックサックが落ちて来た。
 クグレックはニタを見る。ニタはけらけら笑いながら答えた。
「どうやら、エレンからの餞別らしいよ。開けてみると良い。」
 クグレックは恐る恐るリュックサックに近付き、中を確認する。すると、中にはお金と寝袋、簡易式テント、携帯食料、1冊の本が入っていた。本はいわゆる魔導書と呼ばれるもので、数種類の魔法の使い方について記されたものだった。なかなかずっしりとした荷物ではあったが、これらがあれば森の外に出てもなんとかやっていけそうだ。
「メイトー様、ありがとうございます。」
 クグレックは笑顔でメイトーにお礼を言った。
「メイトー様は何もしてない、ただ届けただけだ、って言ってるけど、メイトー様がいなければあの女をどうにかすることも出来なかった。本当にありがとうございます。」
 メイトー様は満足げに「にゃー」と一鳴きすると、急に駆け出し、森の奥の方へと消えて行った。
「メイトー様、おやつを残して来ちゃったから帰るって。無事に頑張ってね、だってさ。」
「メイトー様って、自由なんだね…。」
「まぁ、そうだね。じゃ、先進もうか。その荷物、きっとクグレックには持てないだろうから、ニタが持つよ。」
 クグレックはここまでずっとニタに頼りっぱなしだったので、少しはニタの役に立ちたいと思い、リュックサックを背負おうとしたが、結構な重さで担いだところでふらふらしてまっすぐに歩けなかった。だけど自分よりも小さなニタにこんな重いものを持たせるわけにもいかなかったので、頑張って歩いた。が、ニタがニヤニヤしながら「そんなんじゃ、今日中に森を抜け出せないよ。」と言ったので、結局リュックはニタが背負うこととなった。
 ニタは平気な様子でリュックサックを背負い、今まで変わらない速さで歩くことが出来ている。小さくて可愛い外見をしているが、身体能力は特別優れているようだ。
 二人はなんやかんやワイワイ言いながら、森の入り口を目指して進んで行った。もう森の異常は何もない。森の守護神メイトーを味方につけている二人は何の困難もなく森を脱することが出来るだろう。
 二人のアルトフールへの旅は始まったばかりだ。



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