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 朝になり、二人は森を抜けるため、再び歩き出した。クグレックは昨晩寝るときにくるまった毛皮を防寒具として持ちだした。外は寒いのだ。
 ニタが言うには今日中には森を抜けることが出来るとのことであった。
 だが、クグレックはニタのような野生児染みた体力など持ち合わせておらず、疲れて途中に何度も休憩を取ったため、本日中に出ることが出来なかった。そのため、その夜もニタの別荘で一晩を明かした。別荘は昨晩過ごしたものと同じ作りだったが、ここには乾燥した果物と木の実が多くあったので、二人はそれらを口にした。
 一晩ゆっくり休んで、二人は森の出口を目指して歩き始めた。
「昨日は半分以上は進んだはずだから、今日中には確実に抜け出せるはずなんだけど…。」
 森の中を歩きながら、ニタが言った。
 ククはその後を黙って着いて行く。ニタをアルトフールに連れて行くと決意したのは良かったが、自分の足で歩くということがこんなにも大変であることを、クグレックは知らなかった。
「でも、なんか、変なんだよね。」
 ニタは立ち止り、脚の屈伸をしながらクグレックの到着を待つ。
 杖をつきながら重たい足取りのクグレックが到着すると、ニタは傍の木陰に腰かけて、クグレックを見つめる。クグレックはヘタリとその場に座り込んだ。
「気のせいかもしれないけど、進んでない気がする。」
 ククは喋る気力が起きなかったので、それは一体どういうことかと首をかしげて見せた。
「なんか同じところをぐるぐるまわってるかんじがするんだよね。どういうことだろう。」
 森のことに詳しいニタが分からないことをクグレックは知るはずもない。そんなの分からないよ、と思いながら、クグレックはふくらはぎを揉んで、足の痛みを和らげる。
「まぁ、気のせいかもしれない。もうちょっとで出口のはずだから、頑張って行こう!」
 そうして二人は出口目指して歩き続けたが、結局その日は森を出ることが出来なかった。
 幸いなことに、都合よくニタの別荘があったので、夜の寒さを凌ぐことが出来そうだった。だが、別荘を目にして、ニタは険しい表情を浮かべた。そして、ぽつりとつぶやく。
「ここは昨日の別荘なんだ。」
 クグレックには別荘の見かけや、大樹の様子などは初日に見たものとほぼ同じように見えた。だが、実際に別荘の中に入ってみると、昨晩ニタが食べ散らかした乾燥果物の種が散らばっていた。
「これは昨日の…。」
「うむ。」
 ニタは腕組をして思案する。この森を治めているメイトーは、ニタとクグレックが森の外に出ることを認めているのだ。穏やかなメイトーならば、快く送り出してくれると思っていたが、これは敢えての試練なのだろうか。
「私達、悪い存在なのかな。」
 沈黙の中、クグレックが呟いた。ニタは「どういうこと?」と質問した。
「だって、メイトーの森では、悪の心を持った人は死ぬまで森の中を彷徨うんでしょう。メイトー様がマルトの村を守るために悪い人を永遠に彷徨わせるって言い伝えがあるの。きっと、今はそういうことなんだよ。」
「まさか!だって、むしろニタ達はマルトの村から遠ざかってるし、メイトー様はニタ達の味方だよ。」
 ククは毛皮を頭から被り、ごろんと横になった。クグレックはとにかく疲労困憊していた。
「今、自分たちがどういう状況にあるのかは分からないけど、やっぱり私は、メイトー様にも嫌われてるのかな。」
 そう呟くと、クグレックのの意識はふっと消えて、深い眠りに落ちて行った。ニタは、しょんぼりとしながらその毛皮の塊を見た。
「ニタは、こうやって話が出来る友達がいるの、嬉しいんだけどな。」
 ニタは蝋燭の火を吹き消して、毛皮にくるまって目を閉じ、眠りについた。
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 2015_05_27


 クグレックとニタは森の奥深くを進む。クグレック整備された道以外を通ったことがなかったので、足場の悪い獣道を通って行くのは正直怖かった。しかも、森の奥に進めば進む程光が遠くなって暗くなっていく。不安ばかりがクグレックを包むが、目の前を歩く白い珍獣を見ると、不安は和らいだ。ニタはこの森のことを知っている。だから、ニタに着いて行けば、大丈夫だとクグレックは思った。
 ただ、クグレックには体力がなかった。遊ぶ相手もおらず、もっぱら家の中で本を読んだりして過ごし、体を動かす機会もなかったのだ。既にくたくたで足も痛くなっていた。
「クク、随分疲れてるね。」
「う、うん。こんなに歩いたことなかったから、…。」
「ふーん。じゃぁ、もうちょっとでニタの別荘があるから、そこで今日は休もう。もう暗くなってきたしね。」
 そうして二人が半刻程歩くと、樹齢500年はありそうな大樹に辿り着いた。幹はクグレックが両手を広げてもまだ余裕があるほどの幅であり、大樹の天辺は遥彼方にあるらしく、太い枝や葉に遮られて見ることが適わない。
 ニタは大樹を見上げながら、クグレックに「ここがニタの別荘だよ。」と説明した。クグレックはきょろきょろあたりを見回すが、家屋らしきものは全く見つからない。ニタはけらけら笑いながら、上方を指差した。
「ははは。ニタの別荘はこの木の上にあるの。ここの木は大きいからね。」
「木の上に?」
「そ、木の上。」
 驚くクグレックを他所に、ニタはするすると大樹の幹を登って行き、木の上へと消えて行った。クグレックもその後を着いて行こうと木にしがみついてみるが、木登りなんて生まれてこの方したことなかったので、クグレックは木にしがみついてからその後をどうしたらいいのか分からないのだ。
 木を掴んで、足を少し高い位置に乗せようとして見るが、体が上がらない。少し登れたとしても、すぐにずり落ちてしまう。ニタが登って行った木の上方を見上げてみるが、ニタが消えて行った場所は遥彼方にあるように見えた。
「ククー、まだ~?」
 太い枝に生い茂る葉の間からニタはひょっこり顔を出して、クグレックに声をかけるが、クグレックは少し登っては落ち、少し登っては落ちという動作を繰り返していた。ニタは憐れむようにクグレックの様子を見つめて、別荘と呼ばれる場所から、ところどころに葉っぱが生えた蔓を持ち出し、一方をクグレックに向かって垂れ下げた。
「クク、この蔓持って登ってくれれば、ニタが引き上げるよー。」
「あ、ありがとう。」
 クグレックはニタの言う通りに蔓を握りながら、登っていく。ニタが引っ張ってくれるので、ククはするするとニタの元へたどり着くことが出来た。
 太くて折れなさそうな枝の上とは言え、地面から離れている。クグレックは怖くて枝の上で立ち上がることが出来なかった。
「ほんとどんくさいね。」
 ニタの後ろを這いつくばって着いて行くクグレックは反論することが出来なかった。
 枝の上にニタの『別荘』があった。床は竹で出来ており、壁は木の皮がぶらぶらと垂れ下がり、床に紐でくくられている。。屋根は大きな葉っぱが何枚も重なっているだけの簡素なものだった。広さはククが横になって眠れるくらいの狭さだった。蝋燭に火をつけて、それを明かりとする。
「夏場は外で眠れるんだけどね。もう冬も近いと寒いんだよ。その毛皮を被って寝ると良いよ。」
「ニタは、寒くない?」
「毛皮は沢山あるから、大丈夫。」
「そう。」
 『別荘』には、毛皮の他に、箱があるだけだった。ニタはその箱を開けると、中から、乾燥した肉を取り出した。
「うむむ、ここのご飯は干し肉しかないみたい。悪いけど、これで我慢してね。」
 クグレックはニタからカラカラに乾いた干し肉を渡された。ニタが食べるのを見てから、クグレックも干し肉を口にしたが、干し肉はカチカチに固まっていた。何とか一口分引きちぎって食べてみたが、噛むのも大変だった。じわじわと味が出て来るが、顎が疲れて来た。
「ニタ、ここの他に『別荘』はあるの?」
「うん。メイトーの森は広いからね。どこでも過ごせるように別荘を作ったんだ。」
「へぇ。凄いね。」
「ふふふ。」
 ニタは嬉しそうに後ろ頭をかいた。
「ねぇクク。」
「なぁに?」
「ふふふ。なんでもない。」
 ニタはバリバリと干し肉を食べる。その表情はやはりどこか嬉しそうであった。クグレックも、そんなニタの様子をみて、ほっとした安心感となんだかくすぐったくなるような気持ちを感じた。
 食事を終えると、蝋燭の火を消し、二人は就寝した。


 2015_05_15


**********

 ニタとクグレックはメイトーの森を出て、マルトの村に戻って来た。
 クグレックの家は村の外れのメイトーの森寄りの場所にあるので村人の誰かに出会うことはなかった。ススキが茫々と生えた休耕状態の畑の傍を通りながら、クグレックの家に戻った。木枯らしが吹き荒び、コートも着ていないクグレックには風が骨まで沁みるほどに冷たかった。寒さに震えながらクグレックの家に辿り着いた。
 クグレックの家は、いや、彼女とその祖母が住んでいた家は、真っ黒に燃え尽きていた。家屋のみ焼き尽くされ、柱すら現状を残していなかったが、まわりに延焼することはなかったらしい。もともと家があった場所には煤と炭と瓦礫しか残っていない。ただ焦げ付いた嫌なにおいが漂っていた。
 クグレックの記憶が正しければ、家を燃やしたのは彼女であり、その現実が今ここにあった。全焼してしまったならば、クグレックはやはり死んでいるはずだが…。
「…ニタ、このにおい嫌い。」
 ニタは苦そうな表情をして、自身の鼻を抑えた。一体全焼してからどのくらいの時間が経ったのか分からないが、まだ焦げた匂いが漂っている。
「…うん。みんな嫌いだよ。」
 クグレックはこの煤に塗れたガラクタの中に自分の骨があるのだろうか、と考えていると、ニタが手を握って来た。ニタの手は温かかった。
「メイトー様がね、ククのことを助けてくれたの。エレンも助けてくれたんだよ。ククを助けた後、火はお家を食べ尽して、すぐに消えた。乾燥していて、すぐに火が回りそうな場所だったけど、大火事にならずに済んだのは、きっとエレンのおかげ。ククをこれ以上悪に見られるのが嫌だったんだろうね。」
 家の前には、薄汚れた大きなカバンが放置されていた。
 ニルゲンさんは喘息を拗らせて死んでしまっただろうか。
「クク…。」
 ニタが不安そうな表情で私を見ている。
 クグレックの手を握るニタのふかふかの毛とぷにぷにの肉球は温かさを持っていた。冷たい風の中でも、ニタの肉球は温かい。
 ふと、ニタの耳がピクリと動いたかと思うと、その瞬間、ニタは片手を上げて飛び上がった。ニタはその手に何かを掴んでいた。
「魔女め!やはり炎なんかで死なないんだな!この化物め!」
 背後から変声期を迎えた少年の怒号がした。すると、男は2人に向かって石を投げて来た。とっさのことだったため、クグレックは動くことが出来ずに、ただ突っ立ったままだったが、ニタが再びぴょんと飛び上がって、投石を見事掴んだ。
 ニタは苛立ったように、掴んだ石を地面に投げつけた。ボコッという音と共に2つの石が地面に埋まっていた。
「化物はどっちだ!か弱い女の子だよ!石を投げて、当たり所が悪かったら死んじゃうかもしれないのに!」
 少年は地面に埋まった石を見て、たじろぐ様子を見せたが、すぐにこちらに侮蔑の表情を向けた。
「なんだよ、お前!さては魔女の使い魔か!」
 ニタは、クグレックの手を離し、少年の元へ走って行った。そして、ぽこっと一発、少年の頭を殴った。
「うるさい!ニタはニタだ!くそッたれ!」
 そして、今度は少年の脛を蹴った。少年はうめき声を上げ、脛を抑えてしゃがみ込む。
 ニタはクグレックの元へ戻って来ると、再びクグレックの手を引っ張ってメイトーの森へ続く道を駆けて行った。
 森の中に入るとニタは速度を落とし、歩いた。怒気を含むその歩き方から、ニタは頭から湯気でも吹き出してしまいそうに見えた。
「クク、人間はあんなやつばかりじゃない。だから、絶望しちゃだめ。」
 ニタはまるで自分のことのように憤慨する。でも、冷静だ。ニタは可愛い外見だが、クグレックよりもずっと大人びて見えた。
 そうしながら、2人はメイトー様の祠まで戻って来た。
 ニタは相変わらずご機嫌斜めで、まだ不機嫌そうな顔をしている。クグレックにはニタが一体何でここまで憤慨しているのかは分からなかったが、少しだけすっきりしていた。マルトの村で彼女が見たものは事実だった。あの少年にあったのも、彼女が自分自身の存在を現実に捉えるためには、ちょうど良かった。
 そしてクグレックはニタに守ってもらった。祖母が亡くなってすぐの時、クグレックは石を投げられて頭を怪我したが、今回はニタが守ってくれた。しかも、クグレックの代わりにニタが怒ってくれた。それが天涯孤独の身となってしまったクグレックにとってはとても嬉しく心強いことだった。
 だから、クグレックは本当にニタのために生きても良いと思った。そして、アルトフールに着いたらちゃんと死のうと心に決めた。
「ニタ、行こう。私は、今ここにいる。」
 ニタは振り返ってきょとんとした表情で私を見つめる。そして、深く頷いた。私も一緒に深く頷き、ニタと見つめ合った。
 海のように優しく輝くニタの瞳は、綺麗だった。


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