翌日、予定変更を行い、再びメイトーの祠へ戻ることに決めた二人は、もと来た道を戻っていく。
「メイトー様に何かあったら心配だ。」
森の中を進んで行く二人だったが、そこへ一人の女性が現れた。
くたくたになった白いローブを着た、唸るような紅い髪をした大柄の女性。蛇の飾りがついた杖を持ち、二人にそれを向ける。
「み、見つけたわよ、黒魔女!」
ニタは、すかさずクグレックの前に立つ。
「なんだよ、だれだ、お前!」
「なに、この喋るぬいぐるみ。」
ぬいぐるみ扱いされたニタは地団太を踏んで憤慨した。
「ぬいぐるみ、邪魔よ。」
紅髪の大女が蛇の飾りがついた杖を一振りすると、ニタはふわりと浮かんで、傍の木に飛ばされていった。激しく木にぶつかり、打ち所があまり良くなかったらしく、ニタは目を回してがくりとうつ伏せに倒れた。
「ニタ!」
クグレックはニタの元へ駆け寄ろうとしたが、目の前の紅髪の大女に行く手を阻まれた。
「黒魔女、会いたかったわよ。」
紅髪の大女は、クグレックの顎を取り、顔を近づける。
「アンタがとうとうエレンを殺したというから、来てやったというのに、どういうわけか森から出られなくなって焦ったけど、ようやく見つかって良かったわ。」
妖艶な笑みを浮かべて、赤髪の大女は舌なめずりをした。クグレックは、彼女の緑色の瞳が気になり、じっと見つめていた。緑色の瞳をした人を今まで見たことがなかったからだ。このメイトーの森の木々と同じ深緑の瞳の美しさにほれぼれしそうになったが、クグレックは経った今彼女が言った『アンタがエレンを殺した』という言葉が気になった。エレンとはクグレックの祖母の名前だが、クグレックは決して祖母に手をかけてはいない。クグレックの目の前で祖母はベッドで静かに息を引き取ったのだ。
「とりあえず、アンタの力が私には必要なの。だから、アタシのために、死んで頂戴。」
紅髪の大女はクグレックの首に手をかけた。ぐっと力を籠め、クグレックを締め上げる。クグレックは突然のことに驚いて抵抗すらも出来なかった。いや、しなかったというべきか。
「糞女、ククを離せ…。」
弱弱しいニタの声が耳に入る。その時、クグレックははっとして我に返り、大女の手を剥がそうと試みた。だが、非力なクグレックではどうすることも出来なかった。視界と音が薄く白み始めたかと思うと、バチッという音と共に雷が落ちたかのように周囲が白く光った。大女は小さな悲鳴をあげてその手を離した。
解放されたクグレックはクグレックは噎せて、苦しそうに咳き込んだ。
落ち着いてからクグレックは目を開けた。涙で潤む視界の中には、尻餅をついて倒れ込んでいる大女の姿があった。大女は呆然とした様子で、クグレックを見ている。
ニタはどうなったのかと思い、ニタを探すが、ニタは相変わらずうつ伏せで倒れていた。
クグレックはニタに駆け寄り、「大丈夫?」と声をかける。ニタは力なく片手を上げて「うーん、大丈夫…。」と言って、だらりと手を降ろした。どうやらニタは生きていることを確認できてクグレックは安心した。
だが、状況は何も変わらない。突然クグレックの命を狙う謎の紅髪の大女が残っているのだ。彼女から離れなければクグレックだけでなくニタも危ない。
「…一体…、何なの?」
首を絞められた影響で、喉が潰れてしまったガラガラのだみ声でクグレックが尋ねた。
「いや、こっちこそ、なんなのよ。急に体に強いびりびりが走ったのよ。今、アタシは全身痺れて立ち上がれないわ。」
その時、クグレックの懐から小さな陶器製の瓶がころりと出て来た。この小瓶には祖母が亡くなった後に残した灰が入っていた。クグレックは愛しそうにその小瓶を拾って再び懐に戻した。
紅髪の女は機嫌悪そうに目を細めた。
「アンタは本当にエレンに愛されていたのね」
エリアとはクグレックの祖母の名前だ。なぜこの見ず知らずの女性が祖母のことを知っているのか、そして、その死についても知っているのか。クグレックは声を絞り出す。
「どうして、おばあちゃんのこと…知ってるの?」
「あの人は魔女の中でも高名な薬師だからねぇ。その界隈じゃ有名なのよ?魔女としても有能だし、勘が良い人はエレン程の魔力が消滅したことくらい、気付けちゃうわ。」
淡々と語る女性だったが、ふと口元に笑みを浮かべた。まるでクグレックを嘲笑するかのように。
「でも、そんな有能な魔女でも、更に上を行く魔女の力は抑えきれなかったみたいね。」
クグレックは、大女の笑みに不安な気持ちを覚えた。
「黒魔女、アンタは世界を混沌に陥れるくらいの力を持っている。でも、その力をコントロール出来なければ、アンタはただの悪魔であり、疫病神であり、呪われた存在でしかない。コントロール出来ないアンタの力は、瘴気の源となって魔を呼ぶだけ。風を止め、大地を腐らせ、人の心の闇を刺激する。人々に疑心暗鬼、憎悪の心を生み出し争いを発生させる。アンタはそんな存在。本来なら魔女は長生きするはずが、エレンが普通の人間と同じ年齢で死んでしまったのは、アンタの力を抑えていたせい。全部アンタが原因なのよ。」
クグレックは表情を暗くした。自身が忌み嫌われる存在だということが分かっただけでなく、その影響が大好きな祖母にまで及んでいたことも指摘されて、陰鬱とした。
「そんなこと、ないよ。」
うつぶせになったニタが、弱弱しい声で反論した。顔だけ上げて紅い髪の大女を鋭い視線で睨み付ける。
「エレンはしょうがなかったんだ。色んな業があってエレンは天命を全うした。ニタはそのエレンの意志を引き継いだ。だから、ククは悪魔でもないし、厄病神でも呪われた存在でもない。ニタの友達を悪く言わないで…。」
「な、なによぬいぐるみ風情が!」
「ニタがこんなんじゃなかったら、お前のこと、ぶん殴ってやってるところだった。」
威嚇でもするかのように怒った表情をするニタだったが、動くことが出来なければどうにもならなかった。
だが、幸いにも目の前の紅髪の大女も尻餅を着いたまま立ち上がる様子もないので、紅髪の大女とニタの罵詈雑言の応酬が繰り広げられるばかりだった。
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砂糖菓子で出来た悪夢②
Category: アルトフールの物語
お題をお借りしております→chocolate sea
鬱蒼とした木々に包まれた夜の森は真っ暗だった。かろうじて木々の間から差し込まれる月光でぼんやりとニタとハクアの存在が判別できる程度だった。
ニタのお出かけ用ポシェットからカンテラを取り出し、辺りを照らし先へ進む。
「フォシャってどんな人なの?」
「うーん、一言でいえば変態かな。」
「…そう。」
ニタは身近にいる金髪碧眼の男を思い出した。変態は身近にいるので間に合っているのだが。
「アルトフールにはいないタイプね。」
金髪碧眼の彼とはまた別のタイプであることを耳にし、ニタは不安に心を曇らせた。
「確かフォシャは真っ白な家に住んでいたはずなのよね…。月明かりが眩しい今日ならば、おそらく目立つとは思うんだけど…。」
そう言いながら、二人は夜の森の中を進んで行くと、暗闇にほんのり浮かび上がる真っ白な建物が見えて来た。ニタは「あれがフォシャの家だね!」と言って駆け出したので、ハクアも駆け足でそれに着いて行った。
フォシャの家はアパートのような四角い形をしていた。三角の屋根もなく、立方体の態をした家である。まるで豆腐のような外見であるが、窓の付き方から2階建ての建物であると予想された。
「ところでドアはどこにあるの?」
フォシャの家の外周を回りながら、ニタがハクアに尋ねる。ハクアはやれやれと言った様子でため息を吐くと、「この家にはドアがないから、破壊しなさい。そこがこの家の玄関よ。」と言った。
「なんだそれ。まぁ、いいけど。じゃぁ、壊すよ。」
「ええ。構わないわ。ニタならできるでしょう。」
ニタは真っ白な壁に向かって拳を突き出した。どんと音がしたが、壁には凹んだ様子も傷がついた様子もなかった。ニタは、首を傾げながら、もう一度壁を殴るが、結果は同じだった。ニタはどういうことかとハクアを見つめた。
「本気で壊しなさい。この建物はエナメルと象牙が素材となっているから。」
それって硬いもの?と呟きながらニタは己の拳に力をためる。
ハクアは懐から小瓶を取り出し、中の液体を壁にかけた。ふわりとアルフェン糖の砂糖菓子のような甘い匂いが漂った。
そして、ニタは周りの自然が持つエネルギーを拳にまとわせ、ニタの体が光に包まれた時、渾身の力を込めて白壁に攻撃を加える。拳だけでなく脚も使い、白壁の破壊を狙う。
大きな衝撃音と共に、白壁は、ハクアが液体をかけた部分のみボロボロになって破壊された。
「ハクア、一体何をかけたの?」
「残ったアルフェン糖の砂糖菓子を溶かしたもの。アルフェン糖には、ミュータンス連鎖球菌が既に潜んでいるのよね。」
「牛タン酢レンジ求肥?」
「なんかのレシピみたいね。さ、行きましょう。しばらくすると、ここ、閉じちゃうからね。」
「え、なにそれ。」
二人は無理矢理こじ開けた玄関口からフォシャの家に入っていった。
中に入ると、そこは上品な深緋色の床、壁、カーテン、家具に包まれた妙な空間が広がっていた。そして、みょうちきりんな恰好をした生物、いや、人が、二人を待ち構えるように、ふわふわと浮かんでいた。
髪の毛はプラチナブロンドをベースに所々ピンクや赤、緑などのメッシュが入っており、シルバーの貫頭衣に身を包んでいるが、意匠的に切れ目が入っており、地肌がちらちら見えている。また、貫頭衣からふわふわと水色や黄色の球体が浮かんでおり、人物の奇人性を増長させている。
化粧の仕方も奇抜であった。人よりも長く量も多い睫は金色でキラキラ輝いており、アイラインも赤く縁取られている。そのくせ唇は水色に塗られており、グロスでつやつや潤っている。
彼女の様子にニタは開いた口が塞がらなかった。顔見知りであるハクアですら、困惑した表情を浮かべている。
「やぁ、ばい菌ども。」
更にニタは驚いた。髪も長く、化粧もしているから、ニタは目の前の人物を女性だとばかり思っていたが、その声が女性とは異なる低さを伴っていたので驚いたのだった。男性にしては高めだが、女性にしては低い声だ。
”アルトフールにはいないタイプの変態”であるフォシャは、きっとこの男を刺すのだろうということをニタは瞬時に察した。
「君たちは、崇高な存在だ。生物と共に存在し、多くの生物を芯から苦しませることが出来る唯一の存在だ。人々が欲に塗れれば塗れるほど、君たちは見えないところから彼らを戒めて来た。身分の高貴に関わらず、君たちは欲に塗れた人間どもを攻撃した。」
フォシャは、まるで舞台に立っているかのように過剰な動きで、芝居がかった様子で語り続けた。そして、ニタはフォシャの言う〝君たち″とはニタ達ではないだろうことを感じ取った。
「かの国の女王エリザベータは、その強大な力でかの国を強くまとめあげ、太陽の国の無敵艦隊を撃破し、向かうところ敵なしであった。ただしかし、唯一彼女を苦しめていた存在があった。それは何か。齲蝕―ウショク―だ。彼女は生きている間ずっと齲蝕に苦しめられていた。見えないところから、無敵の女王を君たちは苦しめることが出来た。素晴らしいじゃないか。君たちの功績はそれだけじゃない。これまた某国の暴君ルートヴィヒは君たちに苦しめられたがために、異教徒迫害に勢を尽くしたというじゃないか。どんなに力を持つ者でも、小さな君たちには適わない。素晴らしい存在だ。」
大きな身振りで、大げさに語り続けるフォシャは自身の体を抱きしめると、静まり返った。やっと大人しくなったと安心し、本題を話そうとしたニタとハクアだったが、彼の劇場はまだ続いていた。彼はくっくっと静かに笑い始め、そして、そのまま高らかに声を上げて笑い始めた。
「はははは。そう、そんな優秀な君たちだが、私の手にかかれば、君たちは所詮微生物に過ぎない。君たちを抹殺し、君たちが破壊した歯牙をも再生する。力を持つ物を苦しめることが出来る唯一の存在である君たちは私には適わない。衝撃の事実だろう。私は全ての生き物の頂点に統べるのだ。なんという悦。これほどまでに気持ち良い悦はない。はははは。はーはっはっは!」
ニタとハクアは話す気力を失いかけてたが、二人の口腔を救えるのは目の前の変態しかいないのだ。本題に入ろうとハクアは声をかけようとするが、フォシャの視線がハクアに向かう。
「おや、よく見たら、君は悪名高い白魔女じゃぁないか。随分と無様な格好だから分からなかったよ。」
「…あんたに覚えて貰えてなによりだわ。」
「もちろん、僕は『白』が好きだからね。君のことを忘れるはずがない。」
フォシャのその言葉をきいてニタは背筋がぞくぞくと冷えて行くのを感じた。フォシャのねっとりとした視線はふかふかの白い毛を纏ったニタに向かっている。
「希少なペポ族もいる。しかしながら二人は齲蝕に蝕まれているようだね。悪名高き白魔女も珍獣ペポも分け隔てなく苦しませるとは。あぁ、本当に良くやるよ。ふふふ。美しい。」
「そういうわけだから、フォシャ、私達の齲蝕を治してちょうだい。」
「おや、白魔女の癖に、君は齲蝕の進行も止められないのかい?」
「そこは私の専門じゃないからね。いえ、唯一出来ない分野よ。」
フォシャの瞳がランと輝く。
「おお!白魔女ですらミュータンス連鎖球菌にかなわないとは!天才ですら適わない齲蝕。やはり僕は唯一無二の存在。至高の存在!」
再びフォシャの長い口上がはじまり、ニタとハクアはため息を吐いた。そして、ニタはこそこそとハクアに話しかける。
「フォシャって昔からあんな感じなの?」
「うん。そうだけど、昔はまだ落ち着いたファッションだったわ。あそこまで趣味は悪くなかった…。むしろ本当は可愛い顔してたのに…。」
芝居がかった口上が終了すると、フォシャはにこっと微笑んだ。気味が悪いメイクがなければ、きっと可愛らしい微笑みだったに違いない。
「さぁ、お二人を処置室に案内しよう。しかしその前に。」
フォシャはニタの傍に近付く。
「白魔女のことは好きだから、お代は頂かないつもりでいたけど、どうだろう、ペポに触っても良いかな。お代はそれで構わない。」
派手な見た目と性格の割に、変に控えめなところを見てニタは拍子抜けしたが、別に触られるくらいならどうってことないとニタは思い、了承した。きちんと許可を得て触ろうとして来るのだ。拒む必要はない。
30分くらい、フォシャはニタをもふもふした後、二人の虫歯の処置に入った。
診察台に仰向けになった二人は、再びフォシャの一人芝居を目にすることとなったが、その間にもフォシャは治療を進めていた。フォシャはどちらかと言えば魔法使い寄りの治癒師らしく、そのフォシャ劇場自体が治療の一環でもあるらしい。時に口腔内に刃物を向け、歯を削ったり、詰めたりしているようだが、おそらく魔力によって菌を抹殺し、歯を再生させていた。
奇抜なメイクのフォシャの顔がごくわずかな距離まで近付いて来る度、肝が冷え、トラウマになりそうだった。しかし、彼の腕は一流だった。アルフェン糖によってボロボロになってしまった2人の歯は見事に彼の治療により完治し、元通りとなった。
「僕の手にかかれば、アルフェン糖ごときの齲蝕なんて余裕だよ。あぁ、かの時代に僕が誕生していればエリザベートもルートヴィヒも苦しまないで済んだだろうに。」
再びフォシャの芝居が始まったが、ニタもハクアも右から左に聞き流していた。
「フォシャ、助かったわ。ありがとう。」
「どうってことない。私の手にかかればどんな齲蝕もあっという間さ。本来ならば、お代は弾むところだけど、何せ白魔女とペポが相手ならば、『白』に免除して、お代はなしで良い。なにせ白魔女を蔑むことが出来るなんて、治癒師にとっては最高の快感だ。どんな宝石にも変えられない。あとは希少なペポのフカフカも最高だ。ペポの方は齲蝕に困らずともまた来ると良い。なんならこのまま住んで行っても構わないが。」
「あ、遠慮しておきます…。ニタはアルトフールに住んでるので。」
「ほう、ペポはニタというのだな。よく覚えておこう。」
ニタは再び背筋に寒気を感じたが、フォシャに愛想笑いを浮かべてフォシャの家を後にした。
外に出ると、既に明るくなっていた。
一晩中フォシャの口上を聴いていたのかと思うと、どっと疲れが湧いて来た。
悪い人ではなかったのだが、新種の変態ということには間違いはなかった。
「虫歯になるたびここに来るのは疲れるから、ニタはきちんと歯磨きをすることを心がけるよ。」
「そうね。私もそうするわ。」
そうして二人はアルトフールに帰って行った。
鬱蒼とした木々に包まれた夜の森は真っ暗だった。かろうじて木々の間から差し込まれる月光でぼんやりとニタとハクアの存在が判別できる程度だった。
ニタのお出かけ用ポシェットからカンテラを取り出し、辺りを照らし先へ進む。
「フォシャってどんな人なの?」
「うーん、一言でいえば変態かな。」
「…そう。」
ニタは身近にいる金髪碧眼の男を思い出した。変態は身近にいるので間に合っているのだが。
「アルトフールにはいないタイプね。」
金髪碧眼の彼とはまた別のタイプであることを耳にし、ニタは不安に心を曇らせた。
「確かフォシャは真っ白な家に住んでいたはずなのよね…。月明かりが眩しい今日ならば、おそらく目立つとは思うんだけど…。」
そう言いながら、二人は夜の森の中を進んで行くと、暗闇にほんのり浮かび上がる真っ白な建物が見えて来た。ニタは「あれがフォシャの家だね!」と言って駆け出したので、ハクアも駆け足でそれに着いて行った。
フォシャの家はアパートのような四角い形をしていた。三角の屋根もなく、立方体の態をした家である。まるで豆腐のような外見であるが、窓の付き方から2階建ての建物であると予想された。
「ところでドアはどこにあるの?」
フォシャの家の外周を回りながら、ニタがハクアに尋ねる。ハクアはやれやれと言った様子でため息を吐くと、「この家にはドアがないから、破壊しなさい。そこがこの家の玄関よ。」と言った。
「なんだそれ。まぁ、いいけど。じゃぁ、壊すよ。」
「ええ。構わないわ。ニタならできるでしょう。」
ニタは真っ白な壁に向かって拳を突き出した。どんと音がしたが、壁には凹んだ様子も傷がついた様子もなかった。ニタは、首を傾げながら、もう一度壁を殴るが、結果は同じだった。ニタはどういうことかとハクアを見つめた。
「本気で壊しなさい。この建物はエナメルと象牙が素材となっているから。」
それって硬いもの?と呟きながらニタは己の拳に力をためる。
ハクアは懐から小瓶を取り出し、中の液体を壁にかけた。ふわりとアルフェン糖の砂糖菓子のような甘い匂いが漂った。
そして、ニタは周りの自然が持つエネルギーを拳にまとわせ、ニタの体が光に包まれた時、渾身の力を込めて白壁に攻撃を加える。拳だけでなく脚も使い、白壁の破壊を狙う。
大きな衝撃音と共に、白壁は、ハクアが液体をかけた部分のみボロボロになって破壊された。
「ハクア、一体何をかけたの?」
「残ったアルフェン糖の砂糖菓子を溶かしたもの。アルフェン糖には、ミュータンス連鎖球菌が既に潜んでいるのよね。」
「牛タン酢レンジ求肥?」
「なんかのレシピみたいね。さ、行きましょう。しばらくすると、ここ、閉じちゃうからね。」
「え、なにそれ。」
二人は無理矢理こじ開けた玄関口からフォシャの家に入っていった。
中に入ると、そこは上品な深緋色の床、壁、カーテン、家具に包まれた妙な空間が広がっていた。そして、みょうちきりんな恰好をした生物、いや、人が、二人を待ち構えるように、ふわふわと浮かんでいた。
髪の毛はプラチナブロンドをベースに所々ピンクや赤、緑などのメッシュが入っており、シルバーの貫頭衣に身を包んでいるが、意匠的に切れ目が入っており、地肌がちらちら見えている。また、貫頭衣からふわふわと水色や黄色の球体が浮かんでおり、人物の奇人性を増長させている。
化粧の仕方も奇抜であった。人よりも長く量も多い睫は金色でキラキラ輝いており、アイラインも赤く縁取られている。そのくせ唇は水色に塗られており、グロスでつやつや潤っている。
彼女の様子にニタは開いた口が塞がらなかった。顔見知りであるハクアですら、困惑した表情を浮かべている。
「やぁ、ばい菌ども。」
更にニタは驚いた。髪も長く、化粧もしているから、ニタは目の前の人物を女性だとばかり思っていたが、その声が女性とは異なる低さを伴っていたので驚いたのだった。男性にしては高めだが、女性にしては低い声だ。
”アルトフールにはいないタイプの変態”であるフォシャは、きっとこの男を刺すのだろうということをニタは瞬時に察した。
「君たちは、崇高な存在だ。生物と共に存在し、多くの生物を芯から苦しませることが出来る唯一の存在だ。人々が欲に塗れれば塗れるほど、君たちは見えないところから彼らを戒めて来た。身分の高貴に関わらず、君たちは欲に塗れた人間どもを攻撃した。」
フォシャは、まるで舞台に立っているかのように過剰な動きで、芝居がかった様子で語り続けた。そして、ニタはフォシャの言う〝君たち″とはニタ達ではないだろうことを感じ取った。
「かの国の女王エリザベータは、その強大な力でかの国を強くまとめあげ、太陽の国の無敵艦隊を撃破し、向かうところ敵なしであった。ただしかし、唯一彼女を苦しめていた存在があった。それは何か。齲蝕―ウショク―だ。彼女は生きている間ずっと齲蝕に苦しめられていた。見えないところから、無敵の女王を君たちは苦しめることが出来た。素晴らしいじゃないか。君たちの功績はそれだけじゃない。これまた某国の暴君ルートヴィヒは君たちに苦しめられたがために、異教徒迫害に勢を尽くしたというじゃないか。どんなに力を持つ者でも、小さな君たちには適わない。素晴らしい存在だ。」
大きな身振りで、大げさに語り続けるフォシャは自身の体を抱きしめると、静まり返った。やっと大人しくなったと安心し、本題を話そうとしたニタとハクアだったが、彼の劇場はまだ続いていた。彼はくっくっと静かに笑い始め、そして、そのまま高らかに声を上げて笑い始めた。
「はははは。そう、そんな優秀な君たちだが、私の手にかかれば、君たちは所詮微生物に過ぎない。君たちを抹殺し、君たちが破壊した歯牙をも再生する。力を持つ物を苦しめることが出来る唯一の存在である君たちは私には適わない。衝撃の事実だろう。私は全ての生き物の頂点に統べるのだ。なんという悦。これほどまでに気持ち良い悦はない。はははは。はーはっはっは!」
ニタとハクアは話す気力を失いかけてたが、二人の口腔を救えるのは目の前の変態しかいないのだ。本題に入ろうとハクアは声をかけようとするが、フォシャの視線がハクアに向かう。
「おや、よく見たら、君は悪名高い白魔女じゃぁないか。随分と無様な格好だから分からなかったよ。」
「…あんたに覚えて貰えてなによりだわ。」
「もちろん、僕は『白』が好きだからね。君のことを忘れるはずがない。」
フォシャのその言葉をきいてニタは背筋がぞくぞくと冷えて行くのを感じた。フォシャのねっとりとした視線はふかふかの白い毛を纏ったニタに向かっている。
「希少なペポ族もいる。しかしながら二人は齲蝕に蝕まれているようだね。悪名高き白魔女も珍獣ペポも分け隔てなく苦しませるとは。あぁ、本当に良くやるよ。ふふふ。美しい。」
「そういうわけだから、フォシャ、私達の齲蝕を治してちょうだい。」
「おや、白魔女の癖に、君は齲蝕の進行も止められないのかい?」
「そこは私の専門じゃないからね。いえ、唯一出来ない分野よ。」
フォシャの瞳がランと輝く。
「おお!白魔女ですらミュータンス連鎖球菌にかなわないとは!天才ですら適わない齲蝕。やはり僕は唯一無二の存在。至高の存在!」
再びフォシャの長い口上がはじまり、ニタとハクアはため息を吐いた。そして、ニタはこそこそとハクアに話しかける。
「フォシャって昔からあんな感じなの?」
「うん。そうだけど、昔はまだ落ち着いたファッションだったわ。あそこまで趣味は悪くなかった…。むしろ本当は可愛い顔してたのに…。」
芝居がかった口上が終了すると、フォシャはにこっと微笑んだ。気味が悪いメイクがなければ、きっと可愛らしい微笑みだったに違いない。
「さぁ、お二人を処置室に案内しよう。しかしその前に。」
フォシャはニタの傍に近付く。
「白魔女のことは好きだから、お代は頂かないつもりでいたけど、どうだろう、ペポに触っても良いかな。お代はそれで構わない。」
派手な見た目と性格の割に、変に控えめなところを見てニタは拍子抜けしたが、別に触られるくらいならどうってことないとニタは思い、了承した。きちんと許可を得て触ろうとして来るのだ。拒む必要はない。
30分くらい、フォシャはニタをもふもふした後、二人の虫歯の処置に入った。
診察台に仰向けになった二人は、再びフォシャの一人芝居を目にすることとなったが、その間にもフォシャは治療を進めていた。フォシャはどちらかと言えば魔法使い寄りの治癒師らしく、そのフォシャ劇場自体が治療の一環でもあるらしい。時に口腔内に刃物を向け、歯を削ったり、詰めたりしているようだが、おそらく魔力によって菌を抹殺し、歯を再生させていた。
奇抜なメイクのフォシャの顔がごくわずかな距離まで近付いて来る度、肝が冷え、トラウマになりそうだった。しかし、彼の腕は一流だった。アルフェン糖によってボロボロになってしまった2人の歯は見事に彼の治療により完治し、元通りとなった。
「僕の手にかかれば、アルフェン糖ごときの齲蝕なんて余裕だよ。あぁ、かの時代に僕が誕生していればエリザベートもルートヴィヒも苦しまないで済んだだろうに。」
再びフォシャの芝居が始まったが、ニタもハクアも右から左に聞き流していた。
「フォシャ、助かったわ。ありがとう。」
「どうってことない。私の手にかかればどんな齲蝕もあっという間さ。本来ならば、お代は弾むところだけど、何せ白魔女とペポが相手ならば、『白』に免除して、お代はなしで良い。なにせ白魔女を蔑むことが出来るなんて、治癒師にとっては最高の快感だ。どんな宝石にも変えられない。あとは希少なペポのフカフカも最高だ。ペポの方は齲蝕に困らずともまた来ると良い。なんならこのまま住んで行っても構わないが。」
「あ、遠慮しておきます…。ニタはアルトフールに住んでるので。」
「ほう、ペポはニタというのだな。よく覚えておこう。」
ニタは再び背筋に寒気を感じたが、フォシャに愛想笑いを浮かべてフォシャの家を後にした。
外に出ると、既に明るくなっていた。
一晩中フォシャの口上を聴いていたのかと思うと、どっと疲れが湧いて来た。
悪い人ではなかったのだが、新種の変態ということには間違いはなかった。
「虫歯になるたびここに来るのは疲れるから、ニタはきちんと歯磨きをすることを心がけるよ。」
「そうね。私もそうするわ。」
そうして二人はアルトフールに帰って行った。
砂糖菓子で出来た悪夢①
Category: アルトフールの物語
お題をお借りしております→chocolate sea
アルトフールには医者がおり、技術者がいる。食べ物を捌く者もいれば、住人を外敵から守る者がいる。様々な個性が集まって、アルトフールは絶妙なバランスで生活が成り立っている。今のところ致命的な欠如はアルトフールには存在していない、筈だった。
ある午後の昼下がり、アルトフールでの医療に携わる第一人者であるハクアと守護者兼マスコットキャラクターであるニタはリビングにいた。リビングには二人しかおらず、二人は小さな箱を囲んでひっそりと静まり返っていた。
「良い?これは私達〝白色同盟”だけの秘密だからね。」
ニタはハクアをしかと見つめて、力強く頷いた。
ハクアも力強く頷くと、小さな箱に手をかけ、その蓋を開けた。
その中には動物の姿を模した可愛らしい人形と色とりどりの花や鳥を模したボタン大のガラスの小物が入っていた。
ハクアは紅い花をつまむと、それを口に運んだ。ニタも青い鳥をつまんで口に運んだ。
ふわっと広がる砂糖の上品な甘い味。舌触りも滑らかで、優しい。
二人は幸せそうに頬っぺたを抑える。
「上品なお味~!」
「おいしい~!」
「流石伝説とも呼ばれるアルフェン糖で作られた飴だね。砂糖だけでこんなに違うなんて、やっぱ素材にはこだわるべきだ。」
「そうね。ちょっと、ニタ、飴を噛んで御覧なさい。」
ハクアに促され、ニタは口の中で転がっている飴をガリと噛む。すると噛んで割れた飴の中から、じゅわりと砂糖水が溢れ出来た。ニタは口を閉じたまま「うおー」と興奮し、目を爛々と輝かせる。
「でしょう。中の汁も極上の甘さでしょう。」
ニタは何度も何度も頷く。
「ニタ、この人形も食べてごらんなさい。」
ニタは恐る恐る小箱に入った人形を口に入れる。一口では口に入りきらなかったので、頭の部分だけ口に含んだ。
人形の方は花鳥とは全く異なる食感であった。
ニタはケーキの上にある砂糖菓子の食感を想像していたのだが、食感は少々異なっていた。独特の柔らかさはあるが、どちらかというとメレンゲの焼き菓子のようにサクサクとしている。そしてふわりと舌の上で溶けた。甘い味がニタの口の中に広がる。
「うわわ、やばいね、これもめっちゃうまい。」
「でしょう?」
「他の人にあげられないのが残念だ。いや、これはニタ達だけで食べちゃおう。」
「えぇ、それでいいのよ。うふふ、ほんと美味しいわよね。」
ハクアも人形を頬張る。
「それにしても、どうしてアルトフールはアルフェン糖のお菓子を禁止しているのかしらね。」
「知らない。でも、アルフェン糖は希少な砂糖だから、その辺りに問題があるのかな。」
「例えば、アルフェン糖を精製するのに何百人もの犠牲が払われてるとか?」
「人間の血液を吸収して育っているとか?」
「あぁ、その辺り、怪しいわね。」
「背徳の砂糖菓子ってわけか…。」
秘密のお菓子を頬張る二人の背後に忍び寄る影1つ。
「動く生き字引ハクアはアルフェン糖のこと、知らなかったのね。」
ハクアとニタはびくりと体を強張らせて、動きを止める。そして恐る恐る振り向くと、そこには笑顔のアリスが立っていた。
「アルフェン糖、通称『拷問糖』。アルフェン糖って呼ぶのはここ再生と滅亡の大陸のみよ。」
アリスが穏やかに説明すると、ハクアははっとして口を抑えた。見る見るうちにハクアの顔は青ざめていく。
「拷問糖…!そういうことだったのね!」
ニタは説明を求めるようにハクアを見つめるが、気付いてもらえなかった。
アリスは微笑みのまま話を続ける。
「そういうこと。だから、アルトフールではこれを禁止してるの。だって、ハクアには治せないでしょう?」
「…そうね。痛みを抑えることが出来ても、これだけは私の専門外だわ。」
「ねぇ、一体どういうこと?ニタにも教えてよ!」
しびれを切らしたニタが、説明を求め発言したが、ハクアは青ざめた顔のままニタの頭を撫でた。
「今晩分かるわ。さ、ニタ、甘いものを食べたら歯を磨かなきゃ。行くわよ。」
「えー、まだ残ってるじゃん。」
と言って、ニタは小箱の砂糖菓子達を指差すが、アリスがその箱を取り上げ
「残念。このお菓子は決まりに則って処分します。」と笑顔で言ったので、ニタは堪忍してハクアと二人で歯を磨いた。
********
翌日もまたニタとクグレックは森の中を彷徨った。
昨日と同じ距離を歩いたはずだが、結局、二人は森の外に出ることが出来なかった。ニタは一向に森の出口に向かっている感覚が掴めなくなっていたので、とうとう午後過ぎくらいから、脱出を諦めることにした。もしかするとメイトーに何かが起こってしまって、出れなくなったのかもしれないと考え、一旦メイトーの祠に戻り、メイトーの様子を確認しに行くという方向に計画を変更することにしたのだ。
しかし、その前に二人は粗末な物しか口にしていなかったので、まずは腹を満たすことを優先させることにした。ニタは森を駆け巡り、食料到達へ。クグレックは別荘付近で、木を集めたり水を汲みに行ったりしていた。
夕方頃にはニタはウサギを三羽とイノシシを1頭持ち帰って来た。クグレックは屠殺の様子を見たことがなかったので、ニタが手慣れた様子でイノシシやウサギを解体していく様子を見て、吐き気を催しそうになったし、泣きたい気持ちになった。だが、生きるためならば仕方がないと思い、我慢した。
クグレックが魔法で火をつけ、肉を焼いて食べたが、調味料がないため味がついていなかった。ニタは美味しそうにむしゃむしゃ食べていたが、クグレックの口にはどうしても合わなかった。味がないだけでなく、動物独特の臭みもあったので、あまり食べられなかった。
「クク、ちゃんと食べないと、歩けないよ。」
「う、うん。でも、なんかそんなにお腹空いてなくて…。」
「そう?じゃぁ、ニタが全部食べちゃうからね。」
「うん。いいよ。」
ククは木の実をポリポリとつまんで食べた。これもまた味気ないものだったが、ワイルドな動物の肉よりはましだった。
そして、再び別荘にて夜を過ごす。
ニタは、お腹が満たされて、幸せそうな表情に包まれている。壁にもたれかかって座っているが、今にも眠ってしまいそうに、うとうとしていた。
「クク…、」
ニタが譫言のように呟いた。ニタはもう8割ほど眠りの世界へ旅立っていた。
「ククはニタの、友達だからね…。」
そう言い残すと、ニタは横に崩れて完全に眠りに落ちた。
クグレックは、しばらくニタを見つめていた。冷静に見つめているようだったが、内心はニタの「友達」という言葉にびっくりしていた。なぜならクグレックには友達は一人もいなかったから。本の中でしか知らなかった『友達』が今クグレックの目の前にいるらしい。クグレックは凄く照れ臭い気持ちに襲われたが、それ以上に嬉しかった。ニタにそっと毛皮をかけてあげると、蝋燭の火を消して、クグレックも眠りについた。明日こそは森の外に出られることを祈って。
翌日もまたニタとクグレックは森の中を彷徨った。
昨日と同じ距離を歩いたはずだが、結局、二人は森の外に出ることが出来なかった。ニタは一向に森の出口に向かっている感覚が掴めなくなっていたので、とうとう午後過ぎくらいから、脱出を諦めることにした。もしかするとメイトーに何かが起こってしまって、出れなくなったのかもしれないと考え、一旦メイトーの祠に戻り、メイトーの様子を確認しに行くという方向に計画を変更することにしたのだ。
しかし、その前に二人は粗末な物しか口にしていなかったので、まずは腹を満たすことを優先させることにした。ニタは森を駆け巡り、食料到達へ。クグレックは別荘付近で、木を集めたり水を汲みに行ったりしていた。
夕方頃にはニタはウサギを三羽とイノシシを1頭持ち帰って来た。クグレックは屠殺の様子を見たことがなかったので、ニタが手慣れた様子でイノシシやウサギを解体していく様子を見て、吐き気を催しそうになったし、泣きたい気持ちになった。だが、生きるためならば仕方がないと思い、我慢した。
クグレックが魔法で火をつけ、肉を焼いて食べたが、調味料がないため味がついていなかった。ニタは美味しそうにむしゃむしゃ食べていたが、クグレックの口にはどうしても合わなかった。味がないだけでなく、動物独特の臭みもあったので、あまり食べられなかった。
「クク、ちゃんと食べないと、歩けないよ。」
「う、うん。でも、なんかそんなにお腹空いてなくて…。」
「そう?じゃぁ、ニタが全部食べちゃうからね。」
「うん。いいよ。」
ククは木の実をポリポリとつまんで食べた。これもまた味気ないものだったが、ワイルドな動物の肉よりはましだった。
そして、再び別荘にて夜を過ごす。
ニタは、お腹が満たされて、幸せそうな表情に包まれている。壁にもたれかかって座っているが、今にも眠ってしまいそうに、うとうとしていた。
「クク…、」
ニタが譫言のように呟いた。ニタはもう8割ほど眠りの世界へ旅立っていた。
「ククはニタの、友達だからね…。」
そう言い残すと、ニタは横に崩れて完全に眠りに落ちた。
クグレックは、しばらくニタを見つめていた。冷静に見つめているようだったが、内心はニタの「友達」という言葉にびっくりしていた。なぜならクグレックには友達は一人もいなかったから。本の中でしか知らなかった『友達』が今クグレックの目の前にいるらしい。クグレックは凄く照れ臭い気持ちに襲われたが、それ以上に嬉しかった。ニタにそっと毛皮をかけてあげると、蝋燭の火を消して、クグレックも眠りについた。明日こそは森の外に出られることを祈って。