そして、食事を終えた頃、ニタは何かを決意したかのように立ち上がり、男達の方へ歩いて行った。クグレックは後を追おうと思ったが、知らない男性達の中に入っていくのは気が引けた。ニタが離れて行ってしまったことを不安に感じながら、男達の一群を見つめる。
ニタはぽてぽてと男達の環の中に入り、大きな声で「たのもー!」と言って男達の気を引いた。
男たちは「なんだなんだ」と言ってざわつき、男たちの視線はニタに集中した。
ニタはテーブルの上によじ登ると仁王立ちになり、拳を突き上げてのたまった。
「我は勇敢なるペポ族の戦士ニタなり!此度の希少種ニルヴァのための山賊退治、ニタも参加しよう!」
一瞬の沈黙の間。
そして爆発的に起こる嘲笑の声。
「なんだ?ぬいぐるみ風情の人外に何が出来るってんだ。」
「子供の遊びじゃねえんだぞ!」
「のんびりポルカの観光でもしていきやがれ!」
ニタはバンとテーブルを踏み鳴らし「うるさーい」と叫んだ。男たちは、びっくりして、再び静まり返った。
「ぬいぐるみ扱いするんじゃない!ニタはニタだっつの!ニタの手にかかれば、お前らなんて一捻りなんだからな!ほら、そこのでっかいの、ニタを殴ってみろ!」
ニタはぴょんとテーブルから飛び降りた。そして男達の中で一番体格の大きい男に対して、来い来いと言わんばかりに手を仰ぎ、男の攻撃を待つ。
男は、なめんなよ、と言いながら、手を鳴らし、腕を回した。ゆっくりとニタに近付き、その丸太のように鍛え上げられた上腕二頭筋を振り上げ、ニタに向かって拳を放った。
ニタは「楽勝楽勝」と言って、その猛虎の如き拳を、可愛らしい肉球のついたもふもふとした白い毛に包まれた手で、衝撃ごと受け止めた。余裕の表情を浮かべて、ニタは「もっと本気だしたら?」と煽る。
男はこめかみに青筋を浮かばせながら、拳に力を入れるが、ニタはびくとも動かなかった。
しばらく力比べが拮抗していたが、ニタは片手で口を押えながらあくびを一つ。
「ふわぁ。あんまり暴れると、おかみさんに迷惑がかかっちゃうからね。このデカいお兄さん、今から倒れちゃうから、周りのお兄さんは支えてあげてね。じゃ。」
ニタは拳を受け止める力を少し弱めると、それまで拮抗していた力のバランスが崩れ、男は前にぐらついた。その隙をつき、ニタは飛び上がって男の顔に向かい、可愛らしい肉球を握りしめ、殴りつけた。
「肉球パンチ!」
ニタに殴られた男は、今度はニタのパンチの衝撃を受け、仰向けになって吹き飛ばされた。取り囲む男達が飛んできた男を支えたため、倒れることはなかったが、男の頬っぺたにはニタの可愛らしい肉球跡が残っていた。
「どうだ!」
ニタは腰に両手をあて、胸を張ってふんぞり返った。
「村一番の力自慢のリックを手籠めにするとは。しかし…。」
ニタが殴り飛ばした男、リックとニタを交互に見回しながら、口籠る巻き毛の男。その表情は戸惑いに包まれていた。
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ただ無造作に酒を飲む青年団の中の20代後半程の男性がパンパンと手を叩く。黒くてちりちりとした短い巻き毛の体格のいい男性だ。
男たちは、騒ぐのをやめて、巻き毛の男に注目した。
「我々は明後日より、ポルカ高原のみ生息が確認される希少種ニルヴァを狙わんとする山賊を討伐に向かう。ニルヴァは我々ポルカの民にとっての友であり、象徴でもある。尊き存在を踏みにじる外からの輩に、我々は立ち向かわねばならぬ!リタルダンドの英雄フーコの如く悪には立ち向かわなければならぬ!」
巻き毛の男が、重々しく言い切ると、周りの男たちは「うおー」と酒の入ったジョッキを突き上げ声を上げる。
「ただ、我々には山賊と争うには経験が少なすぎる。そこで、我々はハンターランキング上位のマシアス氏の手を借り、山賊に立ち向かう。マシアス氏、どうぞお言葉を。」
そう言って、巻き毛の男が手を差し伸べた先のマシアスと呼ばれた男は、嫌そうに手を振った。マシアスは頭にターバンのような布を巻き、スカーフ、マント、ローブといった長さのある布製品を重ねて着た男性が座っていた。伝統的な砂漠の民の衣装だ。
巻き毛の男は腰を低くして
「いやいや、マシアス氏、皆、貴方の言葉を欲しがっているんです。ここは是非。」
と、食い下がることなく笑顔で言った。
「いや、いい。俺はお前たちのことを助けるだけだ。山賊を倒し、お前たちが大切と思う希少種を守りきるだけなのだから、それ以上はいいだろう。」
そう言って、マシアスは杯を仰ぐ。だが、巻き毛の男を初めとした青年団は言葉を貰えたことが嬉しかったのだろう。再び「うおー」と大きな声を上げて、嬉しそうに傍の同志と自らの杯をぶつけ、飲み干し合う。男達から「おかみさん、酒おかわり」の声が立て続けに上がった。
それからはまた、豪快で騒々しい宴会が再開された。
しばらくして、おかみさんがニタとクグレックの席に食事を持って来た。美味しそうなデミグラスソースの煮込みハンバーグとコーンクリームスープと焼きたてのパンだった。
数日間は野宿で粗末な食事だったので、二人は暖かみのある食事が嬉しかった。
「おいしいね。」
と、ククが言った。
「うん。とっても美味しい。」
コーンクリームスープを啜りながらニタが言った。
「あの人たちは、ニルヴァっていう生き物を山賊から守るんだね。ニルヴァって、マルトで言えばメイトー様みたいなものなのかな。」
クグレックからの問いに対して、ニタはその味を堪能するかのように目を閉じてコーンスープを啜った。
「多分ね。そんな存在を狙うなんて、山賊、許せない。」
「本当に。ところでニタ、ハンターって何?」
「うーん、何でも屋、かな。依頼者の望むものを狩猟、採集して入手する人たちのことを言うんだけど、最近じゃ傭兵もやるし、なんでもやる。秘密裏で人殺しだってやっちゃうらしいよ。お金さえあれば。ドルセード王国では確かハンター制度を禁止している国だったけど、他では割と普通に居るかな。特にリタルダンドみたいな不安定な国だとハンターは多いかな。色んな人が特別な手を借りたがってるから。」
「へぇ。」
「ハンターランキングなんてのもあるけど、結構偽造する人も多いから、雇う側はしっかり見極めないといけないよ。あのマシアスってやつが本物かどうかは怪しいもんだ。」
「そうなんだ。」
ニタとクグレックは青年団を横目に和やかに食事を進めた。
**********
「ここの村の人は優しい人が多いのかな。」
「うん。なんだかそんな気がする。」
宿屋の部屋を宛がわれた二人は荷物を置いて部屋でのんびりごろごろしていた。外に散歩に行くのも良かったが、これまでずっと歩き通しだったのだ。二人はとにかくゆっくり休みたかった。特に貧弱なクグレックにとって休息は大事だった。
「マルトってさ、」
ニタがぽつりと呟いた。
「北の辺境の地にあって、他との交流がないから、どこか閉鎖的で冷たい印象がするよね。」
「そうなの?」
マルトの村しか知らないクグレックにはニタの言うことが理解できなかった。
「うん。なんというか。エレンは優しかったけど。土地柄っていうのがあるんだよ。」
「トチガラ。」
「そ。ほら、温かい土地の人は大らかだって聞いたことがある?」
「なんで?」
「うーん、たしか、温かい土地は食べ物も豊かでひもじい思いをすることがないし、温かくて服もそんなに着なくていいから開放的な気持ちになるみたいだよ。ククも夏になると、わくわくしない?春でも良いけど。」
クグレックは、春を思い出す。確かに、春から夏にかけては寒い思いをしなくても良いので、嬉しい。温かい土地の人は常に嬉しい気持ちでいるのだろうか、と考えると、クグレックは温かい土地の人々が羨ましくなった。
「因みにニタも食べ物に困らない過ごしやすいところに住んでいたから、こんなにおおらかな性格なのさ。」
鼻高々に語るニタ。
「え、ニタはメイトーの森出身じゃないの?」
クグレックの問いにニタはパチパチと瞬きを行う。ニタは一言「うん」と頷くだけで、それ以上は語らなかった。表情豊かなニタの表情が消えた。だが、またいつもの調子で「だから、メイトーの森はニタには寒かった。」と言った。
妙な雰囲気が流れてしまい、クグレックは話しづらくなってしまった。
ニタがフード付きのローブを着てから、クグレックはニタとなんとなくギクシャクしている。
「さ、クク、そろそろ夕ご飯の時間だし、食堂の方に行ってみようよ。」
「う、うん。」
二人の部屋は2階にあり、1階には宿屋受付と食堂兼酒場があった。正面ロビーの階段すぐ横に受付があり、壁一つ隔てて食堂がある。食堂は大勢の男たちが集まり賑やかで、酒場としての面を色濃く映し出していた。
クグレック達を招いてくれた宿屋兼食堂のおかみさんは忙しそうにしていたが、二人を目にすると、笑顔で席に案内してくれた。窓際の二人掛けのテーブル席だ。
「ごめんね。村の自衛団の男たちが、決起集会で飲んだくれちゃって。ちょっとうるさいと思うけど、我慢してね。」
「自衛団?」
「そ、自衛団。最近山賊がこの辺を荒らし始めててね。狙いがこのあたりにしか存在しない希少種なのよ。それらを守るために、村の若い男たちが立ち上がってね。まぁ、山賊なんかに手なんて出さない方が良いと思うんだけどね。」
「希少種…。」
ニタが呟いた。おかみさんは、男達に酒の注文で呼ばれ、「ご飯はすぐに出すからね」と言って慌ただしく二人の元を去って行った。
希少種とは、不思議な力を持った生き物のことで、生息数が極端に少ない希少な存在なので、希少種と呼ばれている。白猫の姿をしたメイトーも希少種であるし、人語を操り力持ちなニタも希少種である。
「なんだかとってもにぎやかだね。」
決起集会を行う男達を見ながら、クグレックは言った。男達は自分たちに喝を入れたいのか、ただ皆で集まってに楽しく飲みたいだけなのか、良く分からない。ひたすら楽しそうである。
「ここの村の人は優しい人が多いのかな。」
「うん。なんだかそんな気がする。」
宿屋の部屋を宛がわれた二人は荷物を置いて部屋でのんびりごろごろしていた。外に散歩に行くのも良かったが、これまでずっと歩き通しだったのだ。二人はとにかくゆっくり休みたかった。特に貧弱なクグレックにとって休息は大事だった。
「マルトってさ、」
ニタがぽつりと呟いた。
「北の辺境の地にあって、他との交流がないから、どこか閉鎖的で冷たい印象がするよね。」
「そうなの?」
マルトの村しか知らないクグレックにはニタの言うことが理解できなかった。
「うん。なんというか。エレンは優しかったけど。土地柄っていうのがあるんだよ。」
「トチガラ。」
「そ。ほら、温かい土地の人は大らかだって聞いたことがある?」
「なんで?」
「うーん、たしか、温かい土地は食べ物も豊かでひもじい思いをすることがないし、温かくて服もそんなに着なくていいから開放的な気持ちになるみたいだよ。ククも夏になると、わくわくしない?春でも良いけど。」
クグレックは、春を思い出す。確かに、春から夏にかけては寒い思いをしなくても良いので、嬉しい。温かい土地の人は常に嬉しい気持ちでいるのだろうか、と考えると、クグレックは温かい土地の人々が羨ましくなった。
「因みにニタも食べ物に困らない過ごしやすいところに住んでいたから、こんなにおおらかな性格なのさ。」
鼻高々に語るニタ。
「え、ニタはメイトーの森出身じゃないの?」
クグレックの問いにニタはパチパチと瞬きを行う。ニタは一言「うん」と頷くだけで、それ以上は語らなかった。表情豊かなニタの表情が消えた。だが、またいつもの調子で「だから、メイトーの森はニタには寒かった。」と言った。
妙な雰囲気が流れてしまい、クグレックは話しづらくなってしまった。
ニタがフード付きのローブを着てから、クグレックはニタとなんとなくギクシャクしている。
「さ、クク、そろそろ夕ご飯の時間だし、食堂の方に行ってみようよ。」
「う、うん。」
二人の部屋は2階にあり、1階には宿屋受付と食堂兼酒場があった。正面ロビーの階段すぐ横に受付があり、壁一つ隔てて食堂がある。食堂は大勢の男たちが集まり賑やかで、酒場としての面を色濃く映し出していた。
クグレック達を招いてくれた宿屋兼食堂のおかみさんは忙しそうにしていたが、二人を目にすると、笑顔で席に案内してくれた。窓際の二人掛けのテーブル席だ。
「ごめんね。村の自衛団の男たちが、決起集会で飲んだくれちゃって。ちょっとうるさいと思うけど、我慢してね。」
「自衛団?」
「そ、自衛団。最近山賊がこの辺を荒らし始めててね。狙いがこのあたりにしか存在しない希少種なのよ。それらを守るために、村の若い男たちが立ち上がってね。まぁ、山賊なんかに手なんて出さない方が良いと思うんだけどね。」
「希少種…。」
ニタが呟いた。おかみさんは、男達に酒の注文で呼ばれ、「ご飯はすぐに出すからね」と言って慌ただしく二人の元を去って行った。
希少種とは、不思議な力を持った生き物のことで、生息数が極端に少ない希少な存在なので、希少種と呼ばれている。白猫の姿をしたメイトーも希少種であるし、人語を操り力持ちなニタも希少種である。
「なんだかとってもにぎやかだね。」
決起集会を行う男達を見ながら、クグレックは言った。男達は自分たちに喝を入れたいのか、ただ皆で集まってに楽しく飲みたいだけなのか、良く分からない。ひたすら楽しそうである。
二人は道を歩き続け、煉瓦造りの家屋が立ち並ぶ村の中心部の広場にやって来た。
ふくよかな中年の女性が広場にある井戸で水汲みを行っていたり、老婆がのんびりベンチに腰を掛けて日向ぼっこをしている。
ベンチは反対側にももう一つあったので、二人はベンチに座って腰を落ち着かせた。
「なんだか、のびのびとしたところだね。」
空を仰ぎながらクグレックが言った。晩秋の高い青空にはお日様が上り、ぽかぽか暖かい。ニタは足をぶらぶらさせながら、「そうだね。ドルセードよりは南にあるからかなぁ。」と答えた。ニタは小さいので足が地面に届かない。
そうやってのんびりしていると、井戸で水汲みをやっていた中年女性が二人の元に近づいて来て、話しかけてきた。
「アンタたち、見慣れないわね。どこから来たの?」
「マルトからだよ。」
ニタが答えた。
「マルト?聞いたことがないわねぇ。」
「田舎だからね!」
というニタに女性は「あらやだ、あっはっは。」と豪快に笑う。
「まぁ、このポルカ村も同じくらい田舎で、なかなか人が来ない村だけどね。あ、もしかして、アンタたち、峠越えでもしてきたの?」
ニタは女性を見つめたまま押し黙った。もし無断で国境越えをしてしまったことがばれたら、どうなるか分からない。
だが、女性は明るくけらけらと笑う。
「大丈夫よ。この村割と寛容だから。それにこんな女の子とちっちゃい子熊ちゃんが悪いことするように見えないわ。ええ、いわゆる人間じゃない人にも寛容だわよ。子熊ちゃんもこの村にいる間はそのフード、外しちゃっても大丈夫よ。」
ニタはクグレックの方を見つめてから、ゆっくりとフードを脱ぎ始める。おばちゃんはにっこりと微笑んで、向かいに座っている老婆は「あんれまぁ、白熊の子供だ。可愛いこと。」と大きく独り言ちた。
クグレックもニタを見て、励ますようににっこりと微笑んだ。少し戸惑い気味だったニタも、密かに表情を緩ませて、フードを完全に脱いだ。
「ポルカは田舎だから寛容だし、そもそもこのリタルダント共和国は穏健派が政権を握ったから、色々と寛容なの。特に誉高き白魔術師の隠れ里があるくらいだからね。魔法使いにも寛容よ。」
「なかなか良い国だね。」
「ふふふ。でもねぇ、生まれ変わったばかりの国だから、悪い輩がまだ若干蔓延っているのよね。そういう輩に限って、人外を捕まえて売り飛ばそうとするんだから、最低よね。」
「うん。最低だ。」
ニタが拳を握りしめながら同調した。その時、女性の目がきらりと輝いた。
「ところで、お二人は泊まるところあるのかい?」
という女性の問いに
「ない。」
と、きっぱりとニタが答える。女性はやっぱりねと言うように満面の笑みを浮かべた。
「なら良かったわ。うちはポルカ唯一の宿屋と食堂をやってるから、今晩はうちに泊まりなさいな。ご飯はサービスしてあげるから。」
「え、良いの?」
青い目を輝かせながらニタが尋ねる。女性は満面の笑みで頷く。「部屋代は頂くけどね。」と付け加えながら。
「うちの店はそこの通りを進んで左手側にあるんだけど、案内するからついて来て頂戴。」
中年女性に案内をしてもらいながら、二人はポルカ村唯一の宿屋へと向かった。
ふくよかな中年の女性が広場にある井戸で水汲みを行っていたり、老婆がのんびりベンチに腰を掛けて日向ぼっこをしている。
ベンチは反対側にももう一つあったので、二人はベンチに座って腰を落ち着かせた。
「なんだか、のびのびとしたところだね。」
空を仰ぎながらクグレックが言った。晩秋の高い青空にはお日様が上り、ぽかぽか暖かい。ニタは足をぶらぶらさせながら、「そうだね。ドルセードよりは南にあるからかなぁ。」と答えた。ニタは小さいので足が地面に届かない。
そうやってのんびりしていると、井戸で水汲みをやっていた中年女性が二人の元に近づいて来て、話しかけてきた。
「アンタたち、見慣れないわね。どこから来たの?」
「マルトからだよ。」
ニタが答えた。
「マルト?聞いたことがないわねぇ。」
「田舎だからね!」
というニタに女性は「あらやだ、あっはっは。」と豪快に笑う。
「まぁ、このポルカ村も同じくらい田舎で、なかなか人が来ない村だけどね。あ、もしかして、アンタたち、峠越えでもしてきたの?」
ニタは女性を見つめたまま押し黙った。もし無断で国境越えをしてしまったことがばれたら、どうなるか分からない。
だが、女性は明るくけらけらと笑う。
「大丈夫よ。この村割と寛容だから。それにこんな女の子とちっちゃい子熊ちゃんが悪いことするように見えないわ。ええ、いわゆる人間じゃない人にも寛容だわよ。子熊ちゃんもこの村にいる間はそのフード、外しちゃっても大丈夫よ。」
ニタはクグレックの方を見つめてから、ゆっくりとフードを脱ぎ始める。おばちゃんはにっこりと微笑んで、向かいに座っている老婆は「あんれまぁ、白熊の子供だ。可愛いこと。」と大きく独り言ちた。
クグレックもニタを見て、励ますようににっこりと微笑んだ。少し戸惑い気味だったニタも、密かに表情を緩ませて、フードを完全に脱いだ。
「ポルカは田舎だから寛容だし、そもそもこのリタルダント共和国は穏健派が政権を握ったから、色々と寛容なの。特に誉高き白魔術師の隠れ里があるくらいだからね。魔法使いにも寛容よ。」
「なかなか良い国だね。」
「ふふふ。でもねぇ、生まれ変わったばかりの国だから、悪い輩がまだ若干蔓延っているのよね。そういう輩に限って、人外を捕まえて売り飛ばそうとするんだから、最低よね。」
「うん。最低だ。」
ニタが拳を握りしめながら同調した。その時、女性の目がきらりと輝いた。
「ところで、お二人は泊まるところあるのかい?」
という女性の問いに
「ない。」
と、きっぱりとニタが答える。女性はやっぱりねと言うように満面の笑みを浮かべた。
「なら良かったわ。うちはポルカ唯一の宿屋と食堂をやってるから、今晩はうちに泊まりなさいな。ご飯はサービスしてあげるから。」
「え、良いの?」
青い目を輝かせながらニタが尋ねる。女性は満面の笑みで頷く。「部屋代は頂くけどね。」と付け加えながら。
「うちの店はそこの通りを進んで左手側にあるんだけど、案内するからついて来て頂戴。」
中年女性に案内をしてもらいながら、二人はポルカ村唯一の宿屋へと向かった。
傾斜の緩やかな長い山道を登った先には、広大な枯れ草色の平原が広がっていた。所々に羊や散歩中の白と黒の柄の乳牛がおり、のんびりと枯草を食んでいた。のどかな晩秋の陽気。
更に道を行けば煉瓦造りの民家の集落が見えた。
「やっと家が見えた。」
「いやぁ、疲れたねぇ。」
樫の木の杖と黒色のローブを着た黒髪のショートヘアの16歳の少女と、円らで可憐な瑠璃色の瞳に白い毛を蓄えた子熊のような生き物が、青空に映える枯れ草色の高原の景色を眺めながら、会話をしていた。子熊のような生き物は大きなリュックサックを背負い、フード付きの灰色のローブを着ている。
少女の名前はクグレック・シュタイン。ドルセード王国北東にあるマルトという田舎生まれの魔女。
白い子熊のような生き物はペポ族のニタ。天真爛漫のお調子者で飄々とした性格である。マルトのすぐそばにあるメイトーの森で暮らしていたが、今はクグレックと合流しアルトフールという土地を目指して旅をしている。
が、そんなニタは今は少し機嫌が悪そうであった。
その理由は、ニタが来ている灰色のフード付きのローブにあった。
二人がメイトーの森を出る際に、森の主であるメイトーから餞別で旅に必要なものが一式揃ったリュックサックを受け取った。その荷物の中の1つであった灰色のローブ。ニタ用に作りましたと言わんがばかりのその小さなローブを見て、ニタは察したのだろう。メイトーの森を抜けてから初めての集落に入る手前で、ニタは灰色のローブを着て、フードを目深に被りだしたのだ。
最初はクグレックも理由が分からなかったが、次第に状況が掴めて来た。
ニタは人間ではない『人外』であるから、差別を受けてしまうのだ。だから、ローブを着て、その存在を隠さなければいけなかった。
差別に関して、地方の村や町ではあまり気になることはなかった。が、人が多く集まる街や都市では、ニタが人外だからという理由で宿屋や店屋などの施設の利用を拒否されることが多くなった。時には知らない輩に絡まれたりした時もあったが、相手にしなかった。
鉄道を利用した時も駅員に
「人間でないお客様を不快に思われる方もいらっしゃいますので、フードは着用したままでお願いいたします」
と言われた。
その後、汽車の中でニタは「ニタは“人外”だから、こうやって身を隠さないと何をされるか分からない。きっと、ククにも迷惑かけちゃうから、ローブを着るのは当然さ。人間は、怖いんだよ。」と淡々と語っていた。
クグレックは初めて汽車に乗るという感動と差別による憤りと悲しみという相反する二つの感情に包まれながら、何とも言えない気持ちでいた。クグレックも魔女ということでマルトの村の人々に忌み嫌われてきたので、差別されることの辛さは良く分かっているつもりでいたのだが、なんだかとても悲しかった。
そして、ドルセード王国を抜けようとした時に、問題が発生した。二人は国境の関所を通るための手形を持ち合わせていなかったのだ。クグレックも自宅が全焼していたので身分を証明するものは何も持っていなかったし、ニタも人外であるということを理由に手形の発行が出来なかった。手形の発行は高額であったため、二人は正規ルートを断念し、山道からの峠越えを決行した。
野宿こそしたが、メイトーの森を出てから数日間は野宿だったので、勝手は慣れて来つつあった。
そして、ようやくたどり着いた集落が、リタルダンド共和国の北端に位置する高原の村ポルカだった。ポルカは酪農で生計を立てている村だ。高原にのんびり過ごす羊や乳牛たちは、この村の生命線だ。
更に道を行けば煉瓦造りの民家の集落が見えた。
「やっと家が見えた。」
「いやぁ、疲れたねぇ。」
樫の木の杖と黒色のローブを着た黒髪のショートヘアの16歳の少女と、円らで可憐な瑠璃色の瞳に白い毛を蓄えた子熊のような生き物が、青空に映える枯れ草色の高原の景色を眺めながら、会話をしていた。子熊のような生き物は大きなリュックサックを背負い、フード付きの灰色のローブを着ている。
少女の名前はクグレック・シュタイン。ドルセード王国北東にあるマルトという田舎生まれの魔女。
白い子熊のような生き物はペポ族のニタ。天真爛漫のお調子者で飄々とした性格である。マルトのすぐそばにあるメイトーの森で暮らしていたが、今はクグレックと合流しアルトフールという土地を目指して旅をしている。
が、そんなニタは今は少し機嫌が悪そうであった。
その理由は、ニタが来ている灰色のフード付きのローブにあった。
二人がメイトーの森を出る際に、森の主であるメイトーから餞別で旅に必要なものが一式揃ったリュックサックを受け取った。その荷物の中の1つであった灰色のローブ。ニタ用に作りましたと言わんがばかりのその小さなローブを見て、ニタは察したのだろう。メイトーの森を抜けてから初めての集落に入る手前で、ニタは灰色のローブを着て、フードを目深に被りだしたのだ。
最初はクグレックも理由が分からなかったが、次第に状況が掴めて来た。
ニタは人間ではない『人外』であるから、差別を受けてしまうのだ。だから、ローブを着て、その存在を隠さなければいけなかった。
差別に関して、地方の村や町ではあまり気になることはなかった。が、人が多く集まる街や都市では、ニタが人外だからという理由で宿屋や店屋などの施設の利用を拒否されることが多くなった。時には知らない輩に絡まれたりした時もあったが、相手にしなかった。
鉄道を利用した時も駅員に
「人間でないお客様を不快に思われる方もいらっしゃいますので、フードは着用したままでお願いいたします」
と言われた。
その後、汽車の中でニタは「ニタは“人外”だから、こうやって身を隠さないと何をされるか分からない。きっと、ククにも迷惑かけちゃうから、ローブを着るのは当然さ。人間は、怖いんだよ。」と淡々と語っていた。
クグレックは初めて汽車に乗るという感動と差別による憤りと悲しみという相反する二つの感情に包まれながら、何とも言えない気持ちでいた。クグレックも魔女ということでマルトの村の人々に忌み嫌われてきたので、差別されることの辛さは良く分かっているつもりでいたのだが、なんだかとても悲しかった。
そして、ドルセード王国を抜けようとした時に、問題が発生した。二人は国境の関所を通るための手形を持ち合わせていなかったのだ。クグレックも自宅が全焼していたので身分を証明するものは何も持っていなかったし、ニタも人外であるということを理由に手形の発行が出来なかった。手形の発行は高額であったため、二人は正規ルートを断念し、山道からの峠越えを決行した。
野宿こそしたが、メイトーの森を出てから数日間は野宿だったので、勝手は慣れて来つつあった。
そして、ようやくたどり着いた集落が、リタルダンド共和国の北端に位置する高原の村ポルカだった。ポルカは酪農で生計を立てている村だ。高原にのんびり過ごす羊や乳牛たちは、この村の生命線だ。