**********
ニタとクグレックはニルヴァを山賊から守ってくれた恩人と言うことで、村から丁重に扱われた。
殺されにやって来たニルヴァを殺したら、しっかりと捌いて食べることがポルカの慣習のため、伝統的なニルヴァ料理を出された。クグレックはなんとも言えない気持ちになり、なかなか食欲が沸かなかったが、ニタは美味い美味いと言ってむしゃむしゃ食べた。ニルヴァの肉は滋養強壮に良いらしい。
上級ハンターのマシアスもおもてなしをされるべき人物だったのだが、マシアスはおもてなしには参加せず、静養の後、翌々日には村を出発した。
それから1週間後。
ニタの怪我が完治したので、クグレックとニタはポルカの村を出発した。
向かう場所はリタルダント共和国の首都アッチェレ。
アルトフールの情報を得るために首都アッチェレに向かう。少しでも人が集まるところに行けば、何かしらの情報を得ることが出来る、と考えたのだ。
ポルカの村人達からの盛大な見送りを受け、二人の旅は再開した。
青空が澄み渡る高原の道を、ニタはローブに身を包むことなくありのままの状態で大きな荷物を背負い、元気な様子で下って行った。クグレックはそんなニタの後ろを嬉しそうに着いて行った。一人ぼっちと一人ぼっちは、ようやく本当にお互いを信じ合うことが出来たらしい。
ニタとクグレックはニルヴァを山賊から守ってくれた恩人と言うことで、村から丁重に扱われた。
殺されにやって来たニルヴァを殺したら、しっかりと捌いて食べることがポルカの慣習のため、伝統的なニルヴァ料理を出された。クグレックはなんとも言えない気持ちになり、なかなか食欲が沸かなかったが、ニタは美味い美味いと言ってむしゃむしゃ食べた。ニルヴァの肉は滋養強壮に良いらしい。
上級ハンターのマシアスもおもてなしをされるべき人物だったのだが、マシアスはおもてなしには参加せず、静養の後、翌々日には村を出発した。
それから1週間後。
ニタの怪我が完治したので、クグレックとニタはポルカの村を出発した。
向かう場所はリタルダント共和国の首都アッチェレ。
アルトフールの情報を得るために首都アッチェレに向かう。少しでも人が集まるところに行けば、何かしらの情報を得ることが出来る、と考えたのだ。
ポルカの村人達からの盛大な見送りを受け、二人の旅は再開した。
青空が澄み渡る高原の道を、ニタはローブに身を包むことなくありのままの状態で大きな荷物を背負い、元気な様子で下って行った。クグレックはそんなニタの後ろを嬉しそうに着いて行った。一人ぼっちと一人ぼっちは、ようやく本当にお互いを信じ合うことが出来たらしい。
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「クク…」
ニタは目の前の少女の成長に、唖然とするしかなかった。絶望の淵で死にたがって女の子はどこに行ったのだろう。
涙を流しながらもなお笑顔でいられる術をどこで身に付けたのだろうか。
ニタは、憎しみに包まれ正気を失った結果、多くの人間を殺した。その中にはペポを狙った者ではない人も含まれていた。つまりただの善良なる一般人。そのためニタは多くの人間に追われたのだ。辿り着いたメイトーの森で、ニタはその事実をメイトーから聞かされた。
自身もニタが思う残酷なニンゲンと同じ存在であるということを。ニタと同じ思いをしたニンゲンが間違いなく存在するということを。
メイトーの森に到着した当初は、燃え盛るペポの森や殺される仲間、殺したニンゲンがフラッシュバックしてしまい、何度も精神不安定になっていた。その度にメイトーがニタを落ち着かせた。さらに、当時のニタにとって心強い存在がクグレックの祖母であるエレンだった。魔女エレンがニタの傷付いた心を魔法と、その優しさで癒したのだ。精神力がずば抜けて強いニタではあるが、その両名の存在があったからこそ、ニタが今のニタに戻った所以である。
ただし、ニタに残る罪の記憶だけは消せないままだった。
故郷と仲間を守り切れなかったこと。その手で多くの命を殺めてしまったこと。
魔女エレンは、度々クグレックのことを話していた。彼女は自分以外の存在から愛されることなく生きて来たこと。世界に対する興味を持つことなく生きて来たこと。強大過ぎる魔女の力を持つことで、災厄が降りかかりやすいこと。優しく育った彼女に、生きることの喜びを感じてもらうことが、魔女エレンの望みだった。
無論ニタはその当時クグレックと面識はなかったが、世話になった魔女エレンの望みを叶えることが出来たら、恩を返すことが出来るのだろうか、と密かに思っていた。
魔女エレンが死んで、ニタも悲しかった。だが、それはニタにとっての転機だった。
エレンは、クグレックをニタに託したのだ。
――アルトフールという土地に行けば、災厄からクグレックを守ることが出来る。だから、一緒に着いて行ってあげて。
ニタは決意したのだ。
生きることを。
安易かもしれないが、クグレックという一人の可哀相な少女を守り、世界の色を見せて、幸せや喜びを知ってもらうことが、ニタの持つ罪を浄化してくれると信じたかった。だから、ニタはクグレックを見守り続ける理由がある。
だから、目の前の可哀相な少女の成長が、ニタは嬉しくて仕方なかった。
彼女には、もっと、もっともっとさまざまな感情を知って欲しかったのだから。
どう頑張っても希少種を狙うような残酷なニンゲンは許すことは出来ないが、ニタも変わらなければ。自分の弱さに落ち込んでいられない。
「何、泣いてんの?」
ニタは涙を流しながらもにやにやしながら、クグレックに言った。
「ニタこそ。」
クグレックも同様に涙を流しながら、負けじと言い返した。クグレックは涙だけにとどまらず鼻水も垂れて来ていた。
「違うし、コレ涙じゃないし。ただの汗だし。」
「じゃぁ、私も汗。」
「鼻水垂らして汚いの。」
「ニタだって!」
気が付けば、ニタも鼻水が出て来ていた。
「うるさい!」
そう言って、ニタはクグレックに抱き着き、クグレックが着ていた寝巻で自身の顔を流れる液体を拭った。
「やだ、ニタ、汚い!」
クグレックは信じられない、というような表情を浮かべて叫んだ。
ニタを剥がそうとするが、非力なクグレックではニタを動かすことが出来なかった。ニタはぎゅっとクグレックに抱き着いている。
困り果てたクグレックだったが、ふるふると震え、グズグズと鼻を啜っているニタの様子を見て表情を和らげた。
そして、ニタの頭を優しく撫でた。
「ニタ、今度、またこういうことがあったら、私、全力でニタのサポートをするから。今度はしっかり頑張るから。もし、ニタが暴走するようなことがあったら、ちゃんと止める。ニタの苦しみ、私も背負う。だから、全部一人で何とかしようなんて思わなくたって、いい。私を信じて。トモダチって、そうやって助け合うものなんでしょう。」
鼻水を着けられて少々ばっちいが、ニタの体温がクグレックにはとても暖かく感じられた。
こうやってクグレックが誰かの体温を感じたのはいつぶりだろう。
懐かしい暖かさだ。
クグレックの体に顔を埋めながら、ニタが何かを叫んでいる。
「…ククのくせに。ククのくせにっ。」
しゃくりあげながら、ニタは何かを叫び続ける。クグレックは耳を立ててその声に集中した。
「君は今まで友達もいない世間知らずの娘だったのに。死にたがってたどうしようもない子だったのに。どうしてそんなことを言えるようになったのさ?わーん。」
ニタはもはや開き直ったのか、大声をあげてワンワン泣き出した。
クグレックはにっこりと微笑んで、ニタを抱きしめた。
マルトの村にいた頃、クグレックが外に出て、村の子供達にいじめられて泣きながら家に帰ってきた時、祖母はこうやって優しくクグレックのことを抱きしめてくれた。そして、「おばあちゃんはクグレックのこと、大好きだよ。だから泣くのはおやめ。」と言ってくれた。
だからクグレックはニタのことをぎゅっと抱きしめながら
「だって、ニタのこと好きだもの。」
と、優しく言った。
ニタはクグレックの腕の中でますます激しく泣き喚いた。
**********
翌日。
クグレックが目覚めた時には、既にニタは目覚めていた。
「あ、起きたね。おはよう。」
クグレックは寝ぼけ眼をこすりながら、かすれた声で「おはよう」と答えた。
ニタはクグレックの枕元に座っていた。何をするわけではなく大人しく座っている。
「ニタ…、あの、大丈夫?マシアスさんがニタのこと気を失わせちゃって…」
クグレックは恐る恐るニタに声をかけた。
「うん。だいじょぶ。それより…」
ニタは無表情のまま押し黙った。可愛い瑠璃色の瞳に影が差す。
「クク、ごめん。なんか、ニタ、頭に血が昇っちゃって、色々我慢できなくなっちゃってた。」
クグレックは、そっとニタの頬に手を触れる。ふかふかの頬毛が心地良い。
「別に、ニタは何も悪いことしてないよ。」
と、クグレックに言われてニタはしゅんとした表情になった。
「むしろ、私が山賊のボスに捕まっちゃったから、皆を危険な目に遭わせちゃって…。」
ニタの頬毛を撫でながら、力なく微笑してクグレックが言った。ニタは俯いてクグレックと目を合わそうとしなかった。
「ニタが、弱いから、ククを守ることが出来なかった。全部、ニタの弱さのせいだよ。」
「そんなことないよ。ニタはいつでも強いよ。弱いのは私。体力もないし、魔女なのに、魔法も大して使えないし。」
ニタは恐る恐る顔をあげ、申し訳なさそうな表情でクグレックを見た。
「…そうだけど…。」
ニタはしゅんとした表情で俯く。ネガティブ発言を否定されなかったクグレックは少しだけ傷付いた。
「それでも、ニタはククを守ってあげなきゃいけなかった…。ニタは強くないといけないんだ。」
「ニタ…。」
クグレックはニタがここまで強さに固執する理由は良く分からなかった。ここまで病的なこだわりを見せるのは一体何故なのだろうかと思ったクグレックは、思い切ってニタに聞いてみることにした。
「ニタはどうしてそんなに強さにこだわるの?」
ニタからは返答はなかった。が、しばらくすると、ニタはぽつりと呟いた。
「クク、ニタの故郷や仲間たちは、全部ニンゲンに燃やし尽くされた、って話したよね。」
「うん。」
「その時、ニタは力が足りなかったから、仲間も、故郷も守ることが出来なかった。もう二度と、あんな思いはしたくないから、ニタは強くなろうと決心したんだ。大切な存在を守ろうと。だから強さにこだわるの。」
ニタは大きくため息を吐いてがくりと肩を落とす。
「メイトー様が、言ってたんだ。何かを守りたいなら、怒りに身を任せてはいけないって。それなのに全然だめだった。ニタってば怒りで我を忘れちゃったよ…。」
クグレックは野生の肉食動物の如く敵意を剥きだすニタの姿を思い出した。白い毛を逆立てて、目は猛禽類のように鋭く、激しい気性となっていた。
「…もうちょっとだけ話しても良い?」
ニタが、恐る恐る顔を上げて、クグレックに尋ねた。瑠璃色の瞳には、不安が翳る。
クグレックは、静かに頷いた。ニタはしょげた様子であるものの、わずかに安堵した様子を見せた。
「ニタは、ペポを守るためにニンゲンと戦ったんだ。でも、あいつらは沢山やって来た。沢山の人間に囲まれて、ニタは負けた。情けないことにその場で伸びちゃったんだ。そんな様子がニンゲンの目には死んだって映ったんだろう。ニタは放置された。そして、次に目覚めた時、ペポの森は炎に包まれて、仲間達は一人残らず殺されて、捕まえられた。皆、死んだ。皆捕まえられて、檻とか網の中でぐったりしていて動かなかった。ニタは、燃え上がるペポ森を駆けまわって、仲間が生き残っていないか、夢中で探した。でも、誰一人として見つからなかった。ニタが弱かったから、ニタは全てを失った。ペポ森も仲間も何一つ守れないまま、ニタだけが生き残った。」
昨晩と同様にニタの毛が逆立ち、呼吸も荒くなった。
クグレックも、胸が締め付けられる様な思いだった。
意識もしていないのに、涙が頬を伝う。
「その後、ニタは無我夢中でペポを駆ったニンゲンたちを殺して回った。数えきれないくらいに、殺したと思う。でも、ニンゲンは次から次へと現れた。今度はニタが狩られる番となった。ニタは急に怖くなって、ひたすら逃げた。どのくらい逃げたのか分からない。でも、気付いたら、メイトーの森にいた。仲間を見捨てて、メイトーの森にいたんだ。」
ふー、ふー、とニタの呼吸は荒い。
「でも、メイトー様が、ニタを落ち着かせてくれた。色んな事を教えてくれた。だから、ニタは自我を取り戻せた。ニタは次に何かが起きた時に、大切なものを守れるように。メイトーの森で修行に励んだ。」
ニタは大きくため息を吐いた。そして、がくりと項垂れた。そして、自嘲するように
「それなのに、ニタは何にも守れなかった。ククを守れなかったうえに、ニルヴァは死んじゃったし。ニタはまだまだ弱いなぁ!こんなんじゃ、アルトフールに行くことなんて、出来ないよ!」
と、声に出して、悔しがるのだった。
「ニタ…。」
クグレックは、ニタを見つめる。自身の涙を袖で拭ってから、しっかりとした表情を作る。
「ニタは弱くない、顔、上げてよ。」
と、クグレックに優しく言われて、ニタは恐る恐る顔を上げた。瑠璃色の瞳は潤んでいた。
クグレックは、優しい表情を浮かべながら、母親が子供に物事を諭すような落ち着いた口調で話し始めた。
「私はニタの話を聞けて良かったよ。ニタは強いよ。私なんておばあちゃん一人いなくなっただけでも、全てが嫌になったっていうのに、大切な仲間や故郷がなくなっても、天真爛漫で、そして何かを守ろうと思えるニタは凄いと思う。私もニタみたいになりたいって思うよ。」
クグレックは、ニタの話を聞いて、ようやくニタのことを知った。
やたらと人外差別を気にしていたこと、突然山賊退治に参加しようとしたこと、昨晩ニタの感情が暴走してしまったこと。悩みなんてなさそうなお気楽な性格のニタの裏には、人間に対する憎しみと、恐れが隠れていた。圧倒的な孤独。
しかし、それでも、ニタは人間であるクグレックの傍にいてくれる。更にクグレックの友達でいてくれる。メイトーがどのように諭してくれたのかは分からないが、ニタは立ち直って、前へと進んでいる。もし出会う時を違えていたら、ニタのあの目はクグレックに向けられていた可能性もあった。
クグレックの目からは再び涙が零れ落ちていた。
それでも、ニタの心の強さに負けじと、まっすぐとニタを見つめる。
「ニタは、強いよ。今のままで十分。十分だから、そこまで追い詰めなくたっていいと思う。」
クグレックは涙を流しながらもにっこりと微笑んだ。
「私が強くなれば、さらにニタを支えられる。だから、今のままでいいんだよ。アルトフールに行くのはニタ一人じゃない。私も一緒なんだから。」
翌日。
クグレックが目覚めた時には、既にニタは目覚めていた。
「あ、起きたね。おはよう。」
クグレックは寝ぼけ眼をこすりながら、かすれた声で「おはよう」と答えた。
ニタはクグレックの枕元に座っていた。何をするわけではなく大人しく座っている。
「ニタ…、あの、大丈夫?マシアスさんがニタのこと気を失わせちゃって…」
クグレックは恐る恐るニタに声をかけた。
「うん。だいじょぶ。それより…」
ニタは無表情のまま押し黙った。可愛い瑠璃色の瞳に影が差す。
「クク、ごめん。なんか、ニタ、頭に血が昇っちゃって、色々我慢できなくなっちゃってた。」
クグレックは、そっとニタの頬に手を触れる。ふかふかの頬毛が心地良い。
「別に、ニタは何も悪いことしてないよ。」
と、クグレックに言われてニタはしゅんとした表情になった。
「むしろ、私が山賊のボスに捕まっちゃったから、皆を危険な目に遭わせちゃって…。」
ニタの頬毛を撫でながら、力なく微笑してクグレックが言った。ニタは俯いてクグレックと目を合わそうとしなかった。
「ニタが、弱いから、ククを守ることが出来なかった。全部、ニタの弱さのせいだよ。」
「そんなことないよ。ニタはいつでも強いよ。弱いのは私。体力もないし、魔女なのに、魔法も大して使えないし。」
ニタは恐る恐る顔をあげ、申し訳なさそうな表情でクグレックを見た。
「…そうだけど…。」
ニタはしゅんとした表情で俯く。ネガティブ発言を否定されなかったクグレックは少しだけ傷付いた。
「それでも、ニタはククを守ってあげなきゃいけなかった…。ニタは強くないといけないんだ。」
「ニタ…。」
クグレックはニタがここまで強さに固執する理由は良く分からなかった。ここまで病的なこだわりを見せるのは一体何故なのだろうかと思ったクグレックは、思い切ってニタに聞いてみることにした。
「ニタはどうしてそんなに強さにこだわるの?」
ニタからは返答はなかった。が、しばらくすると、ニタはぽつりと呟いた。
「クク、ニタの故郷や仲間たちは、全部ニンゲンに燃やし尽くされた、って話したよね。」
「うん。」
「その時、ニタは力が足りなかったから、仲間も、故郷も守ることが出来なかった。もう二度と、あんな思いはしたくないから、ニタは強くなろうと決心したんだ。大切な存在を守ろうと。だから強さにこだわるの。」
ニタは大きくため息を吐いてがくりと肩を落とす。
「メイトー様が、言ってたんだ。何かを守りたいなら、怒りに身を任せてはいけないって。それなのに全然だめだった。ニタってば怒りで我を忘れちゃったよ…。」
クグレックは野生の肉食動物の如く敵意を剥きだすニタの姿を思い出した。白い毛を逆立てて、目は猛禽類のように鋭く、激しい気性となっていた。
「…もうちょっとだけ話しても良い?」
ニタが、恐る恐る顔を上げて、クグレックに尋ねた。瑠璃色の瞳には、不安が翳る。
クグレックは、静かに頷いた。ニタはしょげた様子であるものの、わずかに安堵した様子を見せた。
「ニタは、ペポを守るためにニンゲンと戦ったんだ。でも、あいつらは沢山やって来た。沢山の人間に囲まれて、ニタは負けた。情けないことにその場で伸びちゃったんだ。そんな様子がニンゲンの目には死んだって映ったんだろう。ニタは放置された。そして、次に目覚めた時、ペポの森は炎に包まれて、仲間達は一人残らず殺されて、捕まえられた。皆、死んだ。皆捕まえられて、檻とか網の中でぐったりしていて動かなかった。ニタは、燃え上がるペポ森を駆けまわって、仲間が生き残っていないか、夢中で探した。でも、誰一人として見つからなかった。ニタが弱かったから、ニタは全てを失った。ペポ森も仲間も何一つ守れないまま、ニタだけが生き残った。」
昨晩と同様にニタの毛が逆立ち、呼吸も荒くなった。
クグレックも、胸が締め付けられる様な思いだった。
意識もしていないのに、涙が頬を伝う。
「その後、ニタは無我夢中でペポを駆ったニンゲンたちを殺して回った。数えきれないくらいに、殺したと思う。でも、ニンゲンは次から次へと現れた。今度はニタが狩られる番となった。ニタは急に怖くなって、ひたすら逃げた。どのくらい逃げたのか分からない。でも、気付いたら、メイトーの森にいた。仲間を見捨てて、メイトーの森にいたんだ。」
ふー、ふー、とニタの呼吸は荒い。
「でも、メイトー様が、ニタを落ち着かせてくれた。色んな事を教えてくれた。だから、ニタは自我を取り戻せた。ニタは次に何かが起きた時に、大切なものを守れるように。メイトーの森で修行に励んだ。」
ニタは大きくため息を吐いた。そして、がくりと項垂れた。そして、自嘲するように
「それなのに、ニタは何にも守れなかった。ククを守れなかったうえに、ニルヴァは死んじゃったし。ニタはまだまだ弱いなぁ!こんなんじゃ、アルトフールに行くことなんて、出来ないよ!」
と、声に出して、悔しがるのだった。
「ニタ…。」
クグレックは、ニタを見つめる。自身の涙を袖で拭ってから、しっかりとした表情を作る。
「ニタは弱くない、顔、上げてよ。」
と、クグレックに優しく言われて、ニタは恐る恐る顔を上げた。瑠璃色の瞳は潤んでいた。
クグレックは、優しい表情を浮かべながら、母親が子供に物事を諭すような落ち着いた口調で話し始めた。
「私はニタの話を聞けて良かったよ。ニタは強いよ。私なんておばあちゃん一人いなくなっただけでも、全てが嫌になったっていうのに、大切な仲間や故郷がなくなっても、天真爛漫で、そして何かを守ろうと思えるニタは凄いと思う。私もニタみたいになりたいって思うよ。」
クグレックは、ニタの話を聞いて、ようやくニタのことを知った。
やたらと人外差別を気にしていたこと、突然山賊退治に参加しようとしたこと、昨晩ニタの感情が暴走してしまったこと。悩みなんてなさそうなお気楽な性格のニタの裏には、人間に対する憎しみと、恐れが隠れていた。圧倒的な孤独。
しかし、それでも、ニタは人間であるクグレックの傍にいてくれる。更にクグレックの友達でいてくれる。メイトーがどのように諭してくれたのかは分からないが、ニタは立ち直って、前へと進んでいる。もし出会う時を違えていたら、ニタのあの目はクグレックに向けられていた可能性もあった。
クグレックの目からは再び涙が零れ落ちていた。
それでも、ニタの心の強さに負けじと、まっすぐとニタを見つめる。
「ニタは、強いよ。今のままで十分。十分だから、そこまで追い詰めなくたっていいと思う。」
クグレックは涙を流しながらもにっこりと微笑んだ。
「私が強くなれば、さらにニタを支えられる。だから、今のままでいいんだよ。アルトフールに行くのはニタ一人じゃない。私も一緒なんだから。」
ボスが自分が優勢であることに気を抜いた瞬間をついて、マシアスは動き始めていた。男は空中のニタに意識がいっている。
クグレックが人質になってしまって、余計なダメージを受けてしまったが、マシアスはまだ十分に動けた。金属製の棒でたたかれたのだから骨は何本か折れてしまっているだろう。それはニタも同じだ。
クグレックが作った隙をついて、マシアスは音もなくボスに近付き、飛びかかってナイフを取り上げた。
「お前…!」
マシアスはボスを押し倒し、取り上げたナイフを掲げた。
「や、やめろ、離せ。」
顔面蒼白となって抵抗する男を、マシアスの空色の瞳が無慈悲に映し出している。
「お前たちは11人で全員だな。うち8人は本物の山賊であり、二人は低級ハンター。もう一人いるとは事前情報にはなかったな。どこに潜んでいた?ランダムサンプリの転覆屋。」
「お前に答える筋合いはない!」
「…まぁ、良い。あとで聞かせてくれ。」
マシアスは容赦なくボスにナイフを振り下ろす。ナイフはボスの右手の平を貫通し、地面に串刺しとなった。
さらに、マシアスは懐から液体の入った小さな小瓶を取り出し、中身を男の口の中に入れた。すると、男は急に痙攣し始め、口から泡を吹き出して白目になって気を失った。
マシアスは完全に男が動かなくなったのを確認すると立ち上がり、クグレックに声をかけた。
「大丈夫だ、魔女、降ろせ。」
そう言われてクグレックは興奮状態にあるニタをゆっくりと地上に下ろした。
ふう、とクグレックがため息を吐いた瞬間、ニタは動かなくなった男に飛びかかっていった。が、マシアスがニタの首(実際にニタには首がないので頭と胴体の間付近)を手刀で叩くと、ニタはうつぶせに倒れて動かなくなった。
マシアスは両手で手をはたきながら、クグレックの方を向く。
クグレックはマシアスがニタに危害を加えたと思い、杖を構えた。
「大丈夫だ。このままだとペポは暴走するから、ちょっと寝かせただけだ。ペポなら、夜明けごろには目を覚ますだろう。」
マシアスは、木に括り付けられたニルヴァの縄を切断し、ニルヴァを救出した。
ナイフが刺さっていた箇所からは血がどくどくと流れ出ており、ニルヴァは既に虫の生きだった。黄金の翼を広げようとするが、傷が痛むのであろう。広げることが出来なかった。
ニルヴァは頭を地に伏せて、倒れている巻き毛のビートを初めとするポルカの村の男達を悲しそうに見つめた。
一人目覚めていたビートは涙目になってニルヴァを見つめる。ビートの体はまだ自由に動かなかった。
「ニルヴァ、最後の力を使ってくれて、ありがとう…。」
と、ビートがいうと、ニルヴァは静かに瞳を閉じて、動かなくなった。
ニルヴァは、あっけなく死んだ。
不死鳥ではない少し不思議な力を持ったただの美しい鳥、ニルヴァ。
いや「不死鳥ではない」というのは真実ではない。ニルヴァという鳥は100年生きると不死鳥になるという伝説があるという。
だから、ニルヴァは100歳になる前に、ポルカの村人に自分を殺すよう依頼をしてくるらしい。
ちょうど今日がその日だった。
ただ、ニルヴァは自身が持つ癒しの力でポルカの男達の怪我を治したために力尽きた。ニルヴァの癒しの力は自身の生命力を削る。ポルカの民と共に暮らす希少種ニルヴァは、ポルカの民を命がけで守り、死を迎えたのだった。
クグレックが人質になってしまって、余計なダメージを受けてしまったが、マシアスはまだ十分に動けた。金属製の棒でたたかれたのだから骨は何本か折れてしまっているだろう。それはニタも同じだ。
クグレックが作った隙をついて、マシアスは音もなくボスに近付き、飛びかかってナイフを取り上げた。
「お前…!」
マシアスはボスを押し倒し、取り上げたナイフを掲げた。
「や、やめろ、離せ。」
顔面蒼白となって抵抗する男を、マシアスの空色の瞳が無慈悲に映し出している。
「お前たちは11人で全員だな。うち8人は本物の山賊であり、二人は低級ハンター。もう一人いるとは事前情報にはなかったな。どこに潜んでいた?ランダムサンプリの転覆屋。」
「お前に答える筋合いはない!」
「…まぁ、良い。あとで聞かせてくれ。」
マシアスは容赦なくボスにナイフを振り下ろす。ナイフはボスの右手の平を貫通し、地面に串刺しとなった。
さらに、マシアスは懐から液体の入った小さな小瓶を取り出し、中身を男の口の中に入れた。すると、男は急に痙攣し始め、口から泡を吹き出して白目になって気を失った。
マシアスは完全に男が動かなくなったのを確認すると立ち上がり、クグレックに声をかけた。
「大丈夫だ、魔女、降ろせ。」
そう言われてクグレックは興奮状態にあるニタをゆっくりと地上に下ろした。
ふう、とクグレックがため息を吐いた瞬間、ニタは動かなくなった男に飛びかかっていった。が、マシアスがニタの首(実際にニタには首がないので頭と胴体の間付近)を手刀で叩くと、ニタはうつぶせに倒れて動かなくなった。
マシアスは両手で手をはたきながら、クグレックの方を向く。
クグレックはマシアスがニタに危害を加えたと思い、杖を構えた。
「大丈夫だ。このままだとペポは暴走するから、ちょっと寝かせただけだ。ペポなら、夜明けごろには目を覚ますだろう。」
マシアスは、木に括り付けられたニルヴァの縄を切断し、ニルヴァを救出した。
ナイフが刺さっていた箇所からは血がどくどくと流れ出ており、ニルヴァは既に虫の生きだった。黄金の翼を広げようとするが、傷が痛むのであろう。広げることが出来なかった。
ニルヴァは頭を地に伏せて、倒れている巻き毛のビートを初めとするポルカの村の男達を悲しそうに見つめた。
一人目覚めていたビートは涙目になってニルヴァを見つめる。ビートの体はまだ自由に動かなかった。
「ニルヴァ、最後の力を使ってくれて、ありがとう…。」
と、ビートがいうと、ニルヴァは静かに瞳を閉じて、動かなくなった。
ニルヴァは、あっけなく死んだ。
不死鳥ではない少し不思議な力を持ったただの美しい鳥、ニルヴァ。
いや「不死鳥ではない」というのは真実ではない。ニルヴァという鳥は100年生きると不死鳥になるという伝説があるという。
だから、ニルヴァは100歳になる前に、ポルカの村人に自分を殺すよう依頼をしてくるらしい。
ちょうど今日がその日だった。
ただ、ニルヴァは自身が持つ癒しの力でポルカの男達の怪我を治したために力尽きた。ニルヴァの癒しの力は自身の生命力を削る。ポルカの民と共に暮らす希少種ニルヴァは、ポルカの民を命がけで守り、死を迎えたのだった。
ニタは、山賊に攻撃を加えられ、立てない程の傷を負っていたが、男がナイフの刃先を見せて近付いて来ると、途端にその白い毛を逆立てた。眼光も鋭く、いつもの愛くるしさが消えていた。瞳孔はさながら猛禽類の如く鋭利になり、容赦のない捕食者の目つきに変わっていた。そして、小さな声でぶつぶつ呟いている。
「…許さない。」
ニタはぶつぶつつぶやきながらゆらりと立ち上がる。足元はふらついているが、その視線はずっと男に張り付いたままだ。
「これだから人間は許せない。お前らは一体何様だ?生命の頂点にでも立ったつもりか?力なき生命を弄び、嬲り殺し、悦に浸って他を圧倒してどうする。お前らが思う力なきものは決して愚鈍ではない。お前らなど微塵でもない。同じことが我々にも出来る。だけどしない。ほとんどの者が、いたずらに声生命を奪うことの愚かさを知っているからだ。だが、ニタは許されている。気高き同朋の恨みを果たすべき存在として、復讐が許される存在。自らを守るために、自らの手を汚すこと誇りとするペポの戦士だ。ニルヴァはペポの二の舞にはさせない。ペポの戦士が愚かなるニンゲンに鉄槌を下す。」
山賊達は、動き出そうとするニタを止めようと持っている武器で殴りかかって来た。が、ニタは瞬時に交わした。ニタは全く重傷を負った様子を見せない上に、向かい来る山賊達をその白い拳で叩き潰した。元から手負いだった二人の山賊は、その場に倒れて動かなくなった。
ニタは病的にぶつぶつ言いながら、ゆっくりと男に近付いて行く。
クグレックはニタの呟きを聞いてしまった。距離は大して近くないはずなのに、傍にいるかのようにはっきりと聞こえた。
普段のニタからは想像できないような禍々しい言葉を吐いている。ニタは仲間の一族を全て人間に狩られたと言っていた。おそらく、この言葉は人外を生き物と思わない人間に対するニタの怒りを超えた怒りの言葉なのだ。
多分、ニタはあの男のことを殺すのだろう、とクグレックは直感的に感じた。
山賊達のボスは強い。だが、ニタはそれ以上に強い。だから、ニタはあの男を容易に殺すことが出来る。
メイトーの森を出てここまで来る間、野宿の度にニタが食事のために他の生命を奪うのは見て来た。そのたびにクグレックは居た堪れない気持ちになったが、「生きるためなんだから仕方がないの」というニタの言葉に納得し、嫌々ながらも容認してきた。だが、今目の前で起きようとしていることに関しては、納得してはいけないし、認めてもいけないとクグレックは思った。
ニタがこれ以上進んだら、もう後戻りが出来なくなるような気がした。クグレックは傍らに落ちていた杖を握りしめ、がむしゃらに杖を振った。
「ラーニャ・レイリア!」
その瞬間だった。ニタが空中へと吹き飛んだ。そして、3mほどの高さでぴたりと張り付いたように動かなくなった。
「クグレック!!!何をするんだ!」
ニタが必死の表情で叫ぶ。空中で手足をばたつかせながら抵抗しようとするが、その場から移動することが出来なかった。
クグレックはニタの問いに答えず、歯を食いしばりながら、真剣な表情でニタに杖を向けている。物体移動の魔法だ。力ではなく魔力によって任意のものを動かすという魔法だが、生き物に使うのは初めてだった。気を緩めてしまえば、魔力が解除されてニタが3m下へ落ちてしまう。クグレックは暴れるニタに意識を集中して、空中に固定させた。
「どうしてこんなことをするんだ!?そいつは私利私欲のためにニルヴァを捕まえようとしている。生け捕りにするとか言ってるけど、最終的にはニルヴァは用済みになって殺されるだけだ。二度とポルカには戻って来れない。そんなのが許されていいと思ってるのか」
クグレックはニタの問いに答えなかった。口を開いてしまえば、ニタへの集中が途切れ、魔法が解けてしまうからだ。
「くくく。さすが魔女。ペポの希少さに気付いたな。」
男が下衆い笑みを浮かべて、ニタに向かってナイフを投げようと構えた。
「ペポは心臓を一突きすれば一撃だ。ナイフさえ抜かなければ毛が血に染まることもない。かつての狩りでも、あっという間だったな。楽勝だった。」
ニタの抵抗する力が一気に増した。だが、クグレックは魔法を解かない。
この場にはニタ以外にも強い人がいる。出会って間もないが、クグレックはその人物のことをなぜか信用出来たのだ。クグレックが何も言わずとも、有能な彼ならば、ニタの代わりにあの男に鉄槌を下せる――。
が、安堵の時間はそう長くは続かない。突然クグレックは何者かに後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなった。丸太のように太くて浅黒い腕がクグレックを抑える。
いつの間にか、ビートたちを手当てしていた村の男たちが倒れている。
耳元では男の荒い呼吸が聞こえた。
「よう、魔女のお嬢ちゃん。君の仲間が、俺の部下たちに随分ひどいことをやってくれたじゃないの。ちょっと人質になってもらうよ。」
下衆い声がクグレックの耳元でそう囁くと、クグレックの頬にひんやりとした金属を押し付ける。
村人の前情報では山賊は10人であったが、この男の出現で11人目となる。しかも、話の内容から察するに、この男は山賊の中のボスであることが考えられた。
「逃げようとしないことだ。このナイフはよく切れるんだ。」
ひんやりとしたナイフの刃先がつうとクグレックの頬をなぞる。
クグレックはびっくりして、声を出せなかった。呼吸が浅くなり、心臓の動機も早まる。
ボスがニタ達に向かって声を上げた。
「おい、そこの砂漠の民とペポの生き残り!この女がどうなっても良いのか!」
ニタとマシアスは人質に取られたクグレックの姿を見て、ぴたりと動きを止めて山賊達に対する攻撃姿勢を解いた。
山賊達はニタとマシアスの攻撃を受けまくって、立つのもやっとな状態だったが、クグレックの後ろにいる自分たちのボスの姿を見た瞬間、ほっとしたような表情を浮かべた。
「さぁ、お前たち、今宵はニルヴァだけでなく、数年前に絶滅されたとされる希少種のペポもいる。そこの男は殺してしまっても構わないが、このペポはニルヴァ同様生け捕りにして捉えろ。動きを封じるために、骨を折るくらいなら構わん。コレクターであるならば希少種をペットにしたいと金を出すだろうが、最終的にペポはその瞳と毛皮に価値があるのだ。邪魔な男達は全て殺してしまえ。」
「卑怯だぞ!」
「おっと、砂漠の民と希少種は動くな。動いたらこの魔女の命はなくなると思え。」
そうして、ニタとマシアスは重傷の山賊達からの攻撃を一方的に受ける。クグレックは目の前の惨劇に、ただひたすら自分の無力さを恨むばかりだった。羽交い絞めにされて身動きが取れなくなってしまっては、魔法も使うことが出来ない。クグレックの友達のニタが、自分の目の前で酷い目に遭っているというのに。
と、その時であった。
闇に包まれた夜空がほんのりと明るくなった。ねぐらに戻ったとされていたニルヴァが、再び夜の空を悠遊と舞い始めたのだ。
最初はぐるりと孤を描いて飛んでいたが、徐々に高度を下げて来た。そして、悠遊とクグレックたちのもとへ降り立った。
警戒心がないだけなのか、それとも絶対的な力を持つ余裕なのか。黄金の羽毛に包まれたニルヴァは神々しい。泰然自若としたその佇まいは希少種だから出せるものなのだろう。そう言えば、メイトーの森の主である白猫のメイトーもよくよく考えれば希少種であり、同様に悠々としていた。
ニルヴァがその光り輝く翼を広げて羽ばたけば、黄金の粒子がふわりと舞う。瀕死の状態にある村の男たちの傍を低空で羽ばたく。黄金の粒子が村の男達にくっつけば、怪我は見る見るうちに回復し、傷跡や痣は何事もなかったかのように消えてしまった。ビート達が言っていたニルヴァが持つ“少し不思議な力”とは、この治癒能力のことであった。
その中の一人のビートは目を覚まし、倒れた状態のまま顔を上げた。まだ体に力は入らないようだ。悠々と旋回するニルヴァを目を細めながら見つめている。
幻想的な光景に、クグレックはニルヴァこそ本で読んだ伝説の不死鳥なのだろうかと思ったが、ビート達の話によればニルヴァは決して不死鳥ではないらしい。生き血を飲んだとしても、その肉を食したとしても、摂取したものが不老長寿になったり、不老不死になったりはしないそうだ。
だが、無常なことに神殺しは存在する。ボスが握っていたナイフをニルヴァに向かって投げつけたのだ。
ナイフは見事にニルヴァの右翼に命中し、低空を羽ばたいていたニルヴァは悲鳴を上げてバランスを崩して地に降り立った。ナイフは痛々しく右翼に刺さっており、血がどくどくと流れている。ボスは更に懐に隠し持っていたもう1本のナイフを投げつけ、ニルヴァの腹部へと刺した。
ニルヴァは「ギャアァァァ」と苦しげな悲鳴を上げ、どさりと地に伏した。炎のような赤い瞳が虚ろに地面を見つめる。
「は、は、は。死なないくせに、何がつらいんだ。」
ボスはクグレックの尻を蹴飛ばし、瀕死のニルヴァへとにじり寄った。彼はニルヴァを不死鳥だと思い込んでいるようだ。
弱々しく呼吸をするニルヴァの黄金の体躯からは、輝きが消え失せていた。
ボスはニルヴァの足を掴み、逆さにして持ち上げた。血がどくどくと流れ出るのもお構いなしにニルヴァを乱暴に扱い、両足を縄で縛り、すぐそばの木の幹に括り付けた。重傷を負ったニルヴァはもう飛び立つことも逃げ出すことも出来ない。
ボスはニルヴァの右翼に付いたナイフを抜くと、次にニタの方を振り返った。
「次はお前だ。」
と、ボスが言った。
**********
クグレックはハッとして目を覚ました。
クグレックは一人、洞窟の中で眠ってしまっていたようだ。枕代わりに荷物がクグレックの頭の下に敷かれ、体にはいざという時のための毛布がかけらていた。
生きてきたうちでここまで長く魔法を使い続けることがなかったので、クグレックが持っていた魔力が底をついてしまったのだ。頭が重くて、立ち上がる気にもなれなかった。
ふと、クグレックは手の中に小さな石を握っていることに気付いた。
掌を広げてみると、それは瑠璃色に輝く金平糖だった。
今眠っていた間に、クグレックは何か夢を見た様な気がしたのだが思い出せなかった。だが、クグレックは何も疑うことなく瑠璃色の金平糖を口に含んだ。砂糖の甘さがクグレックの口の中に広がった。
すると、クグレックの体の中から何か温かい力が湧いてくるような感覚が発生した。
頭の重さやだるさが一気に吹き飛んで、立ち上がることも容易となるくらいに力が湧いて来た。クグレックは杖を手にして立ち上がった。もうふらつきも感じない。しっかりとした足取りでクグレックは洞窟の外に出た。
洞窟の外では悲しい光景が広がっていた。エイトやビートが倒れていた。彼らの顔は真っ赤に腫れあがって、元の顔が判別できない程だった。恰好だけで判断できる状態だった。そして一番体の大きな力自慢のリックが二人の山賊に暴力を振るわれていた。彼もまた、血を吐き出して、体中痣だらけになっている。フラフラになりながらも、かろうじて立ち上がるが、二人の山賊からの容赦のない打撃が集中する。まるで人間サンドバックだ。
クグレックは怖くなった。自分が呑気に寝ている間に、親切にしてくれた3人が死にそうにしている。その命が今尽きようとしているのを間近にして、クグレックは怖くて怖くて仕方がなかった。足に力が入らず、クグレックはへたりとその場に座り込んだ。
すると、そこへ松明を掲げた人達が駆けつけて来た。
「リック!エイト!ビート!」
襲撃班に加わっていたうちの一人の青年が傍らに倒れているビートに駆け寄った。
その後からニタやマシアス、村の男たちが到着した。
「クク、大丈夫だった?」
ニタはわき目も振らずクグレックの元へやって来た。クグレックはニタの姿を見た瞬間、安堵感と安心感で張りつめていたものが崩壊し、ボロボロと大粒の涙を流した。
「ニタ、私がくたびれたばっかりに、エイトさんやビートさんが・・・。リックさんも…。」
ニタはクグレックを見た。枯葉や砂が服や髪の毛に付いてボロボロの汚い状態だった。更に涙まで流すものだから、顔も泥や涙でぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。ニタは「頑張ったね。」とクグレックに声をかけて、ぽんぽんと頭を撫でた。
「大丈夫。ニタがあいつらを倒してやるから、ククはここで大人しく待っていて。」
そう言って、ニタは山賊達の前に立ちはだかった。
既にリックはマシアス達の手により救出され、後から来た村の男達により応急手当てをされていた。3人とも意識はないものの、まだ呼吸もあり、かろうじて生きていた。救出が少しでも遅かったら、危なかったかもしれないが。
「ペポ、あいつらはあの家にいた奴らとは違うからな。油断せずにかかれ。本物のハンターだ。」
マシアスが臨戦態勢に入ったニタに声をかけたが、ニタは
「どんな奴がこようとも、ニタの敵ではなーい。」
と言い払った。
そして、ニタは山賊達に向かっていく。音よりも早い可憐な拳で山賊達に殴りかかるが、山賊達は懐に隠し持っていた武器でその拳を防御した。山賊の武器は頑丈な金属製の棒だった。
「お、やるね。」
ニタは拳をハラハラと振りながら、山賊と間合いを取る。拳が金属の棒と全力でぶつかってしまったので、少し痛かった。
「だから言っただろ。アイツらとは違うって。」
マシアスが近づいて来て囁く。ニタはうるさいと言わんばかりにマシアスに手を払った。
「ペポ、お前の腕力もなかなかだが、俺には適わないぞ。」
マシアスはマントを翻し、山賊に攻撃を加えに駆け出す。山賊は反撃しようとマシアスの間合いを読み、棒で攻撃を繰り出すが、マシアスはその棒を素手で受け取り、力任せに引っ張って山賊を引き寄せ、山賊のこめかみめがけて右ハイキックを一発喰らわせた。山賊は軽い脳震盪を起こし、体をぐらつかせる。マシアスが体勢を整えようと右足を着地させようとしたところで、もう一人の山賊がマシアスに飛びかかって来たが、マシアスはそれを華麗に受け流し、相手の腕を掴んで地面に叩きつけた。マシアスの身に付けるマントやストールが動くたびに風に靡く姿は、芸術的なものだった。
だが、山賊達はハンターだけあって、打たれ強かった。すぐにダメージから立ち直り、マシアスとニタに向かって攻撃を繰り出してくる。
とはいえ力の差は歴然としていた。山賊達よりもニタとマシアスの方が断然優勢に立っている。
涙に暮れていたクグレックだったが、ニタとマシアスの強さに安心して、いつの間にか涙も止まっていた。
二人なら山賊どもを懲らしめてくれるという希望がクグレックの胸の内を包んだ。
クグレックはハッとして目を覚ました。
クグレックは一人、洞窟の中で眠ってしまっていたようだ。枕代わりに荷物がクグレックの頭の下に敷かれ、体にはいざという時のための毛布がかけらていた。
生きてきたうちでここまで長く魔法を使い続けることがなかったので、クグレックが持っていた魔力が底をついてしまったのだ。頭が重くて、立ち上がる気にもなれなかった。
ふと、クグレックは手の中に小さな石を握っていることに気付いた。
掌を広げてみると、それは瑠璃色に輝く金平糖だった。
今眠っていた間に、クグレックは何か夢を見た様な気がしたのだが思い出せなかった。だが、クグレックは何も疑うことなく瑠璃色の金平糖を口に含んだ。砂糖の甘さがクグレックの口の中に広がった。
すると、クグレックの体の中から何か温かい力が湧いてくるような感覚が発生した。
頭の重さやだるさが一気に吹き飛んで、立ち上がることも容易となるくらいに力が湧いて来た。クグレックは杖を手にして立ち上がった。もうふらつきも感じない。しっかりとした足取りでクグレックは洞窟の外に出た。
洞窟の外では悲しい光景が広がっていた。エイトやビートが倒れていた。彼らの顔は真っ赤に腫れあがって、元の顔が判別できない程だった。恰好だけで判断できる状態だった。そして一番体の大きな力自慢のリックが二人の山賊に暴力を振るわれていた。彼もまた、血を吐き出して、体中痣だらけになっている。フラフラになりながらも、かろうじて立ち上がるが、二人の山賊からの容赦のない打撃が集中する。まるで人間サンドバックだ。
クグレックは怖くなった。自分が呑気に寝ている間に、親切にしてくれた3人が死にそうにしている。その命が今尽きようとしているのを間近にして、クグレックは怖くて怖くて仕方がなかった。足に力が入らず、クグレックはへたりとその場に座り込んだ。
すると、そこへ松明を掲げた人達が駆けつけて来た。
「リック!エイト!ビート!」
襲撃班に加わっていたうちの一人の青年が傍らに倒れているビートに駆け寄った。
その後からニタやマシアス、村の男たちが到着した。
「クク、大丈夫だった?」
ニタはわき目も振らずクグレックの元へやって来た。クグレックはニタの姿を見た瞬間、安堵感と安心感で張りつめていたものが崩壊し、ボロボロと大粒の涙を流した。
「ニタ、私がくたびれたばっかりに、エイトさんやビートさんが・・・。リックさんも…。」
ニタはクグレックを見た。枯葉や砂が服や髪の毛に付いてボロボロの汚い状態だった。更に涙まで流すものだから、顔も泥や涙でぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。ニタは「頑張ったね。」とクグレックに声をかけて、ぽんぽんと頭を撫でた。
「大丈夫。ニタがあいつらを倒してやるから、ククはここで大人しく待っていて。」
そう言って、ニタは山賊達の前に立ちはだかった。
既にリックはマシアス達の手により救出され、後から来た村の男達により応急手当てをされていた。3人とも意識はないものの、まだ呼吸もあり、かろうじて生きていた。救出が少しでも遅かったら、危なかったかもしれないが。
「ペポ、あいつらはあの家にいた奴らとは違うからな。油断せずにかかれ。本物のハンターだ。」
マシアスが臨戦態勢に入ったニタに声をかけたが、ニタは
「どんな奴がこようとも、ニタの敵ではなーい。」
と言い払った。
そして、ニタは山賊達に向かっていく。音よりも早い可憐な拳で山賊達に殴りかかるが、山賊達は懐に隠し持っていた武器でその拳を防御した。山賊の武器は頑丈な金属製の棒だった。
「お、やるね。」
ニタは拳をハラハラと振りながら、山賊と間合いを取る。拳が金属の棒と全力でぶつかってしまったので、少し痛かった。
「だから言っただろ。アイツらとは違うって。」
マシアスが近づいて来て囁く。ニタはうるさいと言わんばかりにマシアスに手を払った。
「ペポ、お前の腕力もなかなかだが、俺には適わないぞ。」
マシアスはマントを翻し、山賊に攻撃を加えに駆け出す。山賊は反撃しようとマシアスの間合いを読み、棒で攻撃を繰り出すが、マシアスはその棒を素手で受け取り、力任せに引っ張って山賊を引き寄せ、山賊のこめかみめがけて右ハイキックを一発喰らわせた。山賊は軽い脳震盪を起こし、体をぐらつかせる。マシアスが体勢を整えようと右足を着地させようとしたところで、もう一人の山賊がマシアスに飛びかかって来たが、マシアスはそれを華麗に受け流し、相手の腕を掴んで地面に叩きつけた。マシアスの身に付けるマントやストールが動くたびに風に靡く姿は、芸術的なものだった。
だが、山賊達はハンターだけあって、打たれ強かった。すぐにダメージから立ち直り、マシアスとニタに向かって攻撃を繰り出してくる。
とはいえ力の差は歴然としていた。山賊達よりもニタとマシアスの方が断然優勢に立っている。
涙に暮れていたクグレックだったが、ニタとマシアスの強さに安心して、いつの間にか涙も止まっていた。
二人なら山賊どもを懲らしめてくれるという希望がクグレックの胸の内を包んだ。
**********
――傷付くことを恐れるな。前に進みなさい。最終局面であなたは正義のために、仲間のために、その力を揮わなければならないのだから。あなたは何をすべきなのか。何をしたいのか。動きなさい。
薄暗い洞窟の中で目を覚ましたクグレックは、洞窟の入り口でぼんやりと佇む白い人影に気が付いた。
杖を突きながら、ふらふらとした足取りで洞窟の入り口へ向かうクグレック。
そこには、無表情でクグレックを見つめる黒髪おかっぱ頭の白い袴を着た少女がいた。
クグレックは彼女をどこかで見たことがあるような気がしたが、思い出せない。
「守れなければ、ニタがもう戻って来れなくなる。お姉ちゃん、どうする?」
女の子がクグレックに問うてきた。クグレックは咄嗟に「ニタは私が守る。」と言ったが、女の子の問いの意味も分からなかったうえ、クグレック自身にどうしてこのような答えが出て来たのかは分からなかった。
「じゃぁ、これをあげる。」
女の子は瑠璃色の小さな金平糖をクグレックに差し出してきた。クグレックは手のひらを出して、それを受け取った。
宝石のように輝く瑠璃色の金平糖。まるでニタの瞳のような色をしている。
クグレックは金平糖を口に含みガリと噛んだ。何の変哲もない甘い砂糖の味がクグレックの口の中に広がる。
女の子は光り輝き始めると、細かい粒子となって消えて行った。
「おい、洞窟はどこに行った。」
「ん、どこだ?確かこっちの方だと…。」
洞窟の入り口を求めてふらふらと彷徨いだす二つの影。
「この感覚、なんか妙だ。自然的ではないが、決して人工的ではない。魔法の類か?」
「さすがリタルダンド。こんな糞田舎にも魔法が使える者がいるんだな。」
「まぁ、相手は希少種だ。ニルヴァ自身が魔法を使えてもおかしくはない。いずれにせよ、ニルヴァが近いことだけは間違いない。どこかに手がかりはあるはずだ。探すぞ。」
二つの影は手分けして手掛かりとなるはずのものを探し始めた。
クグレックは異常に緊張していた。山賊に見つかるかもしれない恐怖と魔法が途切れてしまうかもしれない不安がクグレックを襲ったのだ。ニルヴァを守るという責任はクグレックの幻影の魔法の成功の可否にかかっている。クグレックが失敗してしまえば、ニルヴァが山賊に殺される。常に祖母の後ろに隠れ、家に引きこもっていた世界を知らない小娘には、初めての大きなプレッシャーだった。クグレックはここまで深刻な『責任』を負ったことはなかった。
今や祖母はいない。唯一の頼れる仲間のニタさえもいない。
晩秋の夜、全く以て暑さは感じられないのに、クグレックは焦りから額から数粒の汗を流した。
幻影の魔法はイメージが大切だ。イメージが鮮明であればあるほどその幻影の現実感が増す。クグレックは杖に意識を向けて集中した。恐怖や不安にとらわれることなく、ただ目の前に成すべきことに集中した。
が、その時、クグレックはふいに自身の体が宙に浮くのを感じた。幻影が揺らいだ。
気が付くと、クグレックは力自慢のリックに担がれている。
リックの背後から聞こえる乱暴な怒号。防衛班一行は山賊にあっけなく見つかってしまったのだ。クグレックは集中しすぎて、山賊が近づいて来たことに気が付かなかった。ビートが何度も声をかけたが、クグレックには届かず。仕方なくリックが強硬手段に出て、クグレックを担いだのだ。
「魔女さん、気が付いたかい?どうやら我々は見つかってしまったらしい。合図を上げてくれるな?」
ビートが困った表情でクグレックに言った。クグレックがあそこまで集中するとは思っていなかったらしい。
クグレックはリックに抱えられたまま頷くと、立ち止まってもらって、自身の足で立った。そして、山賊に向かって杖を向けた。
「イエニス・レニート・フル・グランデ。はじけろ、火の花!」
と、唱えると、杖の先から色とりどりの炎が飛び出し、山賊たちの目の前でパンと音を立てて破裂した。破裂した炎が山賊達に燃え移ることはなかったが、彼らの足を止めるには効果覿面であった。
クグレックはさらに杖を夜空に向かって上げ、大きな声で「もっとはじけろ!フル・グランデ!」と叫んだ。
すると、杖からは山賊に向かって飛び出していった炎よりも更に大きい炎が飛び出していき、上空で綺麗な花を咲かせた。
「山賊ども!こっちには本物の魔女がついている。近付いてみろ!今の花火をお前らにぶつけてやる!」
ビートが言った。が、山賊達はひるむことなく向かって来ようとしたので、クグレックはもう一発花火を夜空に上げた。
晩秋の澄んだ夜空に大輪が咲き開いた。
ビートからのアイコンタクトによる指示を受け、クグレックは杖の先を山賊に向けた。
「さぁ、これ以上近付いてみろ。お前たちは魔法によってあの花火を全身に喰らって大やけどだ。」
力自慢のリックやビート、エイトは、一様に携えて来た武器を手に構えた。
山賊達はたじろぎながら一歩後ずさる。
クグレックは杖を振り上げた。杖の先からは炎が飛び出した。先ほど山賊達に向かっていった炎よりも数倍大きい。
花火のように爆発した火花は山賊達の服や髪に燃え移り、勢いよく燃え上がった。
「うわああ!」
山賊達は狼狽えて、地べたを転げ回る。
ビートたちはやったという表情をしたが、クグレックだけは静かに首を振った。
「どうしたんだい?」
ビートがクグレックの様子に気付き、声をかけた。
「…ごめんなさい。あれは幻です。熱さや痛み、苦しさといった幻影を生み出すことは出来ましたが、そのうち幻だと気付かれてしまいます…。」
「なんだって!」
クグレックはそれ以上喋らなかった。ニルヴァが殺されるのも嫌だが、自分が放った魔法で誰かを殺すのもひたすらに怖かった。だから、花火の魔法をクグレックは山賊達に放つことが出来なかったのだ。
「とりあえず、逃げよう。」
防衛班の4人は体制を整えるために、洞窟へ向かって逃げて行った。
クグレックは更に山賊の周りの木々にも炎がうつり燃え上がる幻をかけて、洞窟に向かおうとした。
駆ける足が重く感じられた。汗もだくだくだ。頭もフラフラしている。クグレックは巻き毛の男達の背中に着いて行くのがやっとだった。何度か倒れそうになったが、なんとか洞窟の中までたどり着いた。
洞窟の中に入ると、再び幻影の魔法をかけ、入り口を塞いで見せた。
「花火を上げて後30分くらいで襲撃班が合流するだろう。どうやって時間稼ぎをするかが問題だ。」
ビートが言った。
「魔女さんの魔法があれば、洞窟は見つかることがないだろう。しかし…。」
男達はクグレックを見る。クグレックは杖にもたれかかってしゃがんでいるが、一点を見つめる目はうつろで、汗を大量にかいており、様子がおかしい。話にも混ざって来ない。
「魔女さん、体力が限界なのかもしれない。あのニタの話によれば随分な箱入り娘だったから、体力が極端に少ないらしい。昼間にここまで来るのにも魔法を使い続けていた魔女さんは疲れていた。魔法を解いたら、魔女さんの体力は回復してきた。もしかすると、幻の魔法はもう持たないかもしれない。」
「そしたら、あとは我々であいつらを迎え撃つしかないな。」
「そういうことだ。」
その時、どさり、という音が聞こえた。杖によって体重を支えていた魔女の娘が倒れたのだ。
男達は洞窟の入り口をみた。洞窟の入り口はぼんやりと靄がかっており、まだ幻は解けていないようだ。
「もうじき、だな。」
うつ伏せに倒れているクグレックを抱き起こし、荷物を枕代わりにしてリラックスした体制で寝かせると、男達は武器を取り、臨戦態勢に入った。
洞窟の外では、幻に包まれていた山賊達が現実に戻り、血眼になってクグレックや男達を探していた。洞窟の入り口は徐々に靄が薄くなっていた。
**********
時は遡り、花火が上がる15分前のこと。防衛班はニルヴァの住処とされる洞窟の前でじっとしていた。山賊に見つかるとまずいので灯りもつけずに、ただひたすらじっとしていた。夜目でも、これだけ長く灯りもつけずに外に出ていれば慣れて来て、周りも見えるようになって来ていた。
クグレックはひたすらニタの無事を心配していた。今のニタは少し無茶をしそうで危なっかしいのだ。
「あ、ニルヴァ。」
エイトが声を潜めて言った。齢30後半の気の優しそうな男である。
クグレックは、きょろきょろと辺りを見回すが、ニルヴァらしき生き物は見つからない。隣にいた巻き毛のビートが、指を一本立てて、上空を見るように促した。
クグレックは空を見上げる。木陰の藪の中に隠れてるので、上空は木の葉に遮られているが、その隙間からクグレックはニルヴァの姿を確認することが出来た。
ニルヴァはまるで月のように煌々と輝く黄金の羽毛を持った鳥だった。大きさは雉ほどあるだろうか。尾には孔雀の羽根のような赤い模様が施され、木の葉に遮られた視界とて、その美しさが良く分かった。山賊が狙うのも仕方がないほどに神秘的で美しい。何かの本で死なない鳥である不死鳥はこのような神々しい鳥だということが描かれていた。時の権力者たちが永遠の命を欲し、権威の限りを尽くして不死鳥を求めた際の悲劇は聞くに及ばない話ではある。だが、ビート達によると、ニルヴァは不死鳥ではない。少し不思議な力を持った美しい鳥であるらしい。
だが、ニルヴァがこんなに目立つ鳥であるならば、山賊はもうすでにニルヴァを見ているのではないのだろうか、とクグレックは不安になった。
ニルヴァは洞窟の向こうの山の方へ消えて行った。
「ニルヴァはどこへ行くんですか?」
クグレックは声を潜めて質問した。
「ここの洞窟の先を抜けるともっともっと見晴らしのいい高台に出る。そこは少し開けてた岩場になっているから、ニルヴァはそこで暮らしているんだ。」
と、巻き毛のビートが答えてくれた。
「へぇ。」
「ニルヴァは羽根が薬の原料になるから、よく白魔女様が拾いにやって来るんだ。あとはニルヴァの糞は特別な栄養に満ちているから、ニルヴァの糞が落ちたところにはラヴィントンという白い花が咲く。これも薬の原料になるから、白魔女様が採取しに来るんだ。」
「ニルヴァって凄いんですね。ところで、白魔女様ってどんな方なんですか?」
クグレックは気になっていたことを素直に質問した。
「白魔女様はリタルダンド共和国の治癒師の隠れ里に住む白魔術師だ。背が高くてスタイルの良い美人な方でね、1年に1回ポルカにやって来るんだ。彼女の手にかかればなんだって治る。不治の病も怪我も呪いも、全部治る。ポルカのラヴィントンやニルヴァの羽、牛乳とかを献上さえすれば、白魔女様は特製の万能薬を下さるから、ポルカの皆は大病知らず。性格はちょっと傲慢なところがあるけれど…。」
クグレックは治癒師、白魔術師といったカテゴリーはうろ覚えではあるが、祖母の本棚にあった本を読んだ時に知った記憶があった。治癒師も白魔術師も生き物の傷を癒す力を持った人たちのことで、白魔術師は主として魔法の力で傷を治し、治癒師は魔法の力を使わずに、知恵と培った技術だけで傷や病気を治す人のことを指す。それ以上はクグレックは知らなかった。
そして、ビートとエイトはさらに詳しくニルヴァのことを教えてくれた。また、この二人はニルヴァの声を聴くことが出来る特別な存在らしい。ニルヴァが山賊のことを伝えてくれたから、ビートが中心となって山賊討伐隊を組んだといういきさつがあったということをクグレックは知った。
「誰か来る!」
エイトが声を潜めて言った。一行は藪の中に隠れるように低姿勢になって辺りを伺った。
次第に聞こえてくる足音。
そして声。
「ニルヴァはいつもこっちの方に飛んで行く。」
「だが、こっちは変な洞窟があるだけで行き止まりだ。昼間に別のルートを探してみたが、切り立った崖があり、どこも登ることが出来ない。」
「だが、この村の住民はニルヴァの居場所を知っているのだろう?あんな鈍愚な田舎者だ。そう険しい道のりではないはずだ。」
「そうだな。」
「ニルヴァの生き血を飲んだ者は、不老長寿を得ることが出来るという噂が存在する。依頼主からの報酬も高額だ。アイツらを出し抜けば報酬は俺達の物だ。今日はこの洞窟を探してみるのがいいのだろうか。」
自身が持つ松明の炎に照らされて浮き出た二つの影。洞窟付近に何か道がないか探し回るようにウロウロしている。
「これはマズイ。」
声を潜めながら巻き毛のビートが言った。
「あいつら、洞窟を進んでしまうかもしれない。ここで引き止めなければ。」
「しかし、襲撃班が動いてからまだ1時間も経っていない。もしあっちで襲撃の途中だったらこちらにとっては不利だ。その上我々が出て行ってしまうことで、この場所が大切な場所であることがあいつらに感付かれてしまう可能性がある。それならば、魔女さんに魔法で幻影を出してもらって、あいつらの足止めした方が良いんじゃないだろうか。」
エイトが、ビートを諭すように言った。ビートは「確かに。」と言って、その進言に素直に従い、クグレックに幻影の魔法をかけるように指示を出した。
クグレックは小さな声で呪文を唱え、杖を振った。
魔法を使う際、感覚さえコントロールできれば、呪文も唱えなくても良いし、杖を振らなくても良い。だが、より威力を期待するならば、呪文を唱え、杖を振る。
洞窟の周りには靄がかかり、入り口は周りの山肌と同じく露出した岩石に覆われた。
このまま山賊が洞窟の入り口を見失ったと勘違いして、立ち去ってくれることを願うばかりだった。
時は遡り、花火が上がる15分前のこと。防衛班はニルヴァの住処とされる洞窟の前でじっとしていた。山賊に見つかるとまずいので灯りもつけずに、ただひたすらじっとしていた。夜目でも、これだけ長く灯りもつけずに外に出ていれば慣れて来て、周りも見えるようになって来ていた。
クグレックはひたすらニタの無事を心配していた。今のニタは少し無茶をしそうで危なっかしいのだ。
「あ、ニルヴァ。」
エイトが声を潜めて言った。齢30後半の気の優しそうな男である。
クグレックは、きょろきょろと辺りを見回すが、ニルヴァらしき生き物は見つからない。隣にいた巻き毛のビートが、指を一本立てて、上空を見るように促した。
クグレックは空を見上げる。木陰の藪の中に隠れてるので、上空は木の葉に遮られているが、その隙間からクグレックはニルヴァの姿を確認することが出来た。
ニルヴァはまるで月のように煌々と輝く黄金の羽毛を持った鳥だった。大きさは雉ほどあるだろうか。尾には孔雀の羽根のような赤い模様が施され、木の葉に遮られた視界とて、その美しさが良く分かった。山賊が狙うのも仕方がないほどに神秘的で美しい。何かの本で死なない鳥である不死鳥はこのような神々しい鳥だということが描かれていた。時の権力者たちが永遠の命を欲し、権威の限りを尽くして不死鳥を求めた際の悲劇は聞くに及ばない話ではある。だが、ビート達によると、ニルヴァは不死鳥ではない。少し不思議な力を持った美しい鳥であるらしい。
だが、ニルヴァがこんなに目立つ鳥であるならば、山賊はもうすでにニルヴァを見ているのではないのだろうか、とクグレックは不安になった。
ニルヴァは洞窟の向こうの山の方へ消えて行った。
「ニルヴァはどこへ行くんですか?」
クグレックは声を潜めて質問した。
「ここの洞窟の先を抜けるともっともっと見晴らしのいい高台に出る。そこは少し開けてた岩場になっているから、ニルヴァはそこで暮らしているんだ。」
と、巻き毛のビートが答えてくれた。
「へぇ。」
「ニルヴァは羽根が薬の原料になるから、よく白魔女様が拾いにやって来るんだ。あとはニルヴァの糞は特別な栄養に満ちているから、ニルヴァの糞が落ちたところにはラヴィントンという白い花が咲く。これも薬の原料になるから、白魔女様が採取しに来るんだ。」
「ニルヴァって凄いんですね。ところで、白魔女様ってどんな方なんですか?」
クグレックは気になっていたことを素直に質問した。
「白魔女様はリタルダンド共和国の治癒師の隠れ里に住む白魔術師だ。背が高くてスタイルの良い美人な方でね、1年に1回ポルカにやって来るんだ。彼女の手にかかればなんだって治る。不治の病も怪我も呪いも、全部治る。ポルカのラヴィントンやニルヴァの羽、牛乳とかを献上さえすれば、白魔女様は特製の万能薬を下さるから、ポルカの皆は大病知らず。性格はちょっと傲慢なところがあるけれど…。」
クグレックは治癒師、白魔術師といったカテゴリーはうろ覚えではあるが、祖母の本棚にあった本を読んだ時に知った記憶があった。治癒師も白魔術師も生き物の傷を癒す力を持った人たちのことで、白魔術師は主として魔法の力で傷を治し、治癒師は魔法の力を使わずに、知恵と培った技術だけで傷や病気を治す人のことを指す。それ以上はクグレックは知らなかった。
そして、ビートとエイトはさらに詳しくニルヴァのことを教えてくれた。また、この二人はニルヴァの声を聴くことが出来る特別な存在らしい。ニルヴァが山賊のことを伝えてくれたから、ビートが中心となって山賊討伐隊を組んだといういきさつがあったということをクグレックは知った。
「誰か来る!」
エイトが声を潜めて言った。一行は藪の中に隠れるように低姿勢になって辺りを伺った。
次第に聞こえてくる足音。
そして声。
「ニルヴァはいつもこっちの方に飛んで行く。」
「だが、こっちは変な洞窟があるだけで行き止まりだ。昼間に別のルートを探してみたが、切り立った崖があり、どこも登ることが出来ない。」
「だが、この村の住民はニルヴァの居場所を知っているのだろう?あんな鈍愚な田舎者だ。そう険しい道のりではないはずだ。」
「そうだな。」
「ニルヴァの生き血を飲んだ者は、不老長寿を得ることが出来るという噂が存在する。依頼主からの報酬も高額だ。アイツらを出し抜けば報酬は俺達の物だ。今日はこの洞窟を探してみるのがいいのだろうか。」
自身が持つ松明の炎に照らされて浮き出た二つの影。洞窟付近に何か道がないか探し回るようにウロウロしている。
「これはマズイ。」
声を潜めながら巻き毛のビートが言った。
「あいつら、洞窟を進んでしまうかもしれない。ここで引き止めなければ。」
「しかし、襲撃班が動いてからまだ1時間も経っていない。もしあっちで襲撃の途中だったらこちらにとっては不利だ。その上我々が出て行ってしまうことで、この場所が大切な場所であることがあいつらに感付かれてしまう可能性がある。それならば、魔女さんに魔法で幻影を出してもらって、あいつらの足止めした方が良いんじゃないだろうか。」
エイトが、ビートを諭すように言った。ビートは「確かに。」と言って、その進言に素直に従い、クグレックに幻影の魔法をかけるように指示を出した。
クグレックは小さな声で呪文を唱え、杖を振った。
魔法を使う際、感覚さえコントロールできれば、呪文も唱えなくても良いし、杖を振らなくても良い。だが、より威力を期待するならば、呪文を唱え、杖を振る。
洞窟の周りには靄がかかり、入り口は周りの山肌と同じく露出した岩石に覆われた。
このまま山賊が洞窟の入り口を見失ったと勘違いして、立ち去ってくれることを願うばかりだった。