**********
クグレックは、事態に恐れ戦いていた。
大勢の侍女に囲まれて、パーティー参加の準備が行われる。
トリコ王国の伝統的衣装ということで、金や銀の豪華な装飾がじゃらじゃらと施された紫のブラトップにひらひらと流れるシルクの紫のロングスカートに何人もの侍女の手によって着替えさせられた。
砂漠の国は高温なので、腹は余すことなく晒されて、スカートも薄手で目を凝らせば中が透けて見える程に薄かった。見えても良いよう華美な装飾が施された紫色の見せる用の下着をに履いてはいるものの、クグレックは恥ずかしくて仕方がなかった。寒い土地にいたため、ここまで露出したのは、風呂に入るときに裸になるくらいだったのだ。お腹はスースーするし、胸元だってどうぞ見て下さいと言わんばかりに開いていて恥ずかしい。
また、衣装についている装飾に負けないくらいの装飾品をを腕や足首、首にもつけられた。本物の金や銀、宝石を使用しているため重い。
さらに、クグレックは生まれて初めて化粧というものも経験した。侍女たちが全てをやってくれるのだが、鏡の中の自分を見た時、年相応の若い女性らしく華々しい様子に変身していたことにびっくりするのと同時に少しだけ嬉しくなった。が、それは一瞬で、すぐに自身の露出への戸惑いが再び彼女を襲った。
よくよく周りをみれば、周囲の侍女たちは下は動きやすいように裾がすぼまったシルクのハレムパンツを着用しているが、上はクグレックと同様にへそと胸元をさらけ出していた。このような露出がトリコ王国でのスタンダードであるようだ。とはいえ、慣れないものは慣れない。
頭にはカチューシャ型のベールをつけ、準備は万全となった。
「クグレック様、大変お似合いですよ。きっと王も喜ばれることでしょう。」
侍女に囁かれるも、クグレックは戸惑うばかりで何も言えなかった。
せめてニタと同じ部屋で準備が施されているのであれば、気が楽だっただろうに。
別室のニタは、今、どんな様子でいるだろうか、とクグレックは考えたが、ニタのことなので、それはそれでマイペースにやっている。
さて、話題は戻るが、クグレックとニタが連れて来られた場所は、トリコ城である。
トリコ王国入国の厳重なセキュリティーを抜けて、しばらく行くと、そこは右も左も砂漠地帯だった。変わり映えがしない風景が続いたので、ニタとクグレックはつい眠ってしまったが、イスカリオッシュに「つきましたよ」と起こされた時には既にトリコ城に到着していた。
トリコ城はまるでおとぎ話の絵本で見たことがある砂漠の国のお城だ。白いレンガの壁を基調として、中心に青緑色の大きな丸いドーム型の屋根、また四方に尖塔が立ち並び、山のように荘厳にそびえ立っていた。
イスカリオッシュに促され、デンキジドウシャを降りると、ニタとクグレックは侍女たちに囲まれ、それぞれの部屋に連れていかれた。そしてすぐに、トリコ王国風におめかしされたのだ。
侍女たちの話によると、クグレックたちは、これからトリコ王に謁見することとなるらしい。
リタルダンドでのマシアス達の話によれば、クグレックたちはトリコ王国とランダムサンプリ国の戦争を止めるお手伝いをしていたのだ。それに対するお礼ということで、マシアスとその兄ディレィッシュからおもてなしを受けることとなっていたが、まさか国を挙げてのおもてなしだったとは。
国家間の戦争を止めたのだ。確かに国王から喜ばれるのは間違いないだろうが、国王まで巻き込むなんて、マシアス達は少し大げさすぎだ、とクグレックは思っていた。。
衣装に着替え、鏡の前で待たされたクグレックは、手元にあるボタンをカチカチと押してみた。すると、目の前のランプの灯りが同じタイミングで消えたり付いたりした。火を直接灯さなくても、灯りがつくのがトリコ王国らしい。これがイスカリオッシュが言っていたデンキの力である。まるで魔法だ。
やがて、祝宴が開催される時間となり、クグレックはニタと合流した。この時クグレックがどれほど安心したかは計り知れない。
ニタは、頭に水色や黄色のターバンを巻き、ピンクや赤、橙色のストールを体に巻いていた。いつぞや着ていたローブなどよりも鮮やかで可憐さがより際立ち、ニタに良く似合っていた。大変可愛い。
「クク、すごいセクシーな格好だね。でも、似合うよ。」
「う、うん。ありがとう。」
侍女たちに囲まれて、二人は大広間に続く廊下を歩く。廊下は天井が高く、
「それにしても、なんだかすごいことになっちゃったね。王様直々におもてなしって、どういうこと?気前良すぎじゃない?」
「本当に。こんな恥ずかしい恰好だし…」
「そうだね。ククはちょっとセクシーすぎるから、ニタ的にはあんまりマシアスには見せたくない恰好だね。まぁ、とにかく、ニタは美味しいごはんが食べられると嬉しいなぁ。」
「私は早く着替えたい…。」
クグレックの声は今にも消え入りそうだった。
クグレックは、事態に恐れ戦いていた。
大勢の侍女に囲まれて、パーティー参加の準備が行われる。
トリコ王国の伝統的衣装ということで、金や銀の豪華な装飾がじゃらじゃらと施された紫のブラトップにひらひらと流れるシルクの紫のロングスカートに何人もの侍女の手によって着替えさせられた。
砂漠の国は高温なので、腹は余すことなく晒されて、スカートも薄手で目を凝らせば中が透けて見える程に薄かった。見えても良いよう華美な装飾が施された紫色の見せる用の下着をに履いてはいるものの、クグレックは恥ずかしくて仕方がなかった。寒い土地にいたため、ここまで露出したのは、風呂に入るときに裸になるくらいだったのだ。お腹はスースーするし、胸元だってどうぞ見て下さいと言わんばかりに開いていて恥ずかしい。
また、衣装についている装飾に負けないくらいの装飾品をを腕や足首、首にもつけられた。本物の金や銀、宝石を使用しているため重い。
さらに、クグレックは生まれて初めて化粧というものも経験した。侍女たちが全てをやってくれるのだが、鏡の中の自分を見た時、年相応の若い女性らしく華々しい様子に変身していたことにびっくりするのと同時に少しだけ嬉しくなった。が、それは一瞬で、すぐに自身の露出への戸惑いが再び彼女を襲った。
よくよく周りをみれば、周囲の侍女たちは下は動きやすいように裾がすぼまったシルクのハレムパンツを着用しているが、上はクグレックと同様にへそと胸元をさらけ出していた。このような露出がトリコ王国でのスタンダードであるようだ。とはいえ、慣れないものは慣れない。
頭にはカチューシャ型のベールをつけ、準備は万全となった。
「クグレック様、大変お似合いですよ。きっと王も喜ばれることでしょう。」
侍女に囁かれるも、クグレックは戸惑うばかりで何も言えなかった。
せめてニタと同じ部屋で準備が施されているのであれば、気が楽だっただろうに。
別室のニタは、今、どんな様子でいるだろうか、とクグレックは考えたが、ニタのことなので、それはそれでマイペースにやっている。
さて、話題は戻るが、クグレックとニタが連れて来られた場所は、トリコ城である。
トリコ王国入国の厳重なセキュリティーを抜けて、しばらく行くと、そこは右も左も砂漠地帯だった。変わり映えがしない風景が続いたので、ニタとクグレックはつい眠ってしまったが、イスカリオッシュに「つきましたよ」と起こされた時には既にトリコ城に到着していた。
トリコ城はまるでおとぎ話の絵本で見たことがある砂漠の国のお城だ。白いレンガの壁を基調として、中心に青緑色の大きな丸いドーム型の屋根、また四方に尖塔が立ち並び、山のように荘厳にそびえ立っていた。
イスカリオッシュに促され、デンキジドウシャを降りると、ニタとクグレックは侍女たちに囲まれ、それぞれの部屋に連れていかれた。そしてすぐに、トリコ王国風におめかしされたのだ。
侍女たちの話によると、クグレックたちは、これからトリコ王に謁見することとなるらしい。
リタルダンドでのマシアス達の話によれば、クグレックたちはトリコ王国とランダムサンプリ国の戦争を止めるお手伝いをしていたのだ。それに対するお礼ということで、マシアスとその兄ディレィッシュからおもてなしを受けることとなっていたが、まさか国を挙げてのおもてなしだったとは。
国家間の戦争を止めたのだ。確かに国王から喜ばれるのは間違いないだろうが、国王まで巻き込むなんて、マシアス達は少し大げさすぎだ、とクグレックは思っていた。。
衣装に着替え、鏡の前で待たされたクグレックは、手元にあるボタンをカチカチと押してみた。すると、目の前のランプの灯りが同じタイミングで消えたり付いたりした。火を直接灯さなくても、灯りがつくのがトリコ王国らしい。これがイスカリオッシュが言っていたデンキの力である。まるで魔法だ。
やがて、祝宴が開催される時間となり、クグレックはニタと合流した。この時クグレックがどれほど安心したかは計り知れない。
ニタは、頭に水色や黄色のターバンを巻き、ピンクや赤、橙色のストールを体に巻いていた。いつぞや着ていたローブなどよりも鮮やかで可憐さがより際立ち、ニタに良く似合っていた。大変可愛い。
「クク、すごいセクシーな格好だね。でも、似合うよ。」
「う、うん。ありがとう。」
侍女たちに囲まれて、二人は大広間に続く廊下を歩く。廊下は天井が高く、
「それにしても、なんだかすごいことになっちゃったね。王様直々におもてなしって、どういうこと?気前良すぎじゃない?」
「本当に。こんな恥ずかしい恰好だし…」
「そうだね。ククはちょっとセクシーすぎるから、ニタ的にはあんまりマシアスには見せたくない恰好だね。まぁ、とにかく、ニタは美味しいごはんが食べられると嬉しいなぁ。」
「私は早く着替えたい…。」
クグレックの声は今にも消え入りそうだった。
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マシアス達がいなくなってから数日後。
深夜に迎えのデンキジドウシャがやって来た。
デンキジドウシャはカモノハシの頭のような流線型の形をしていた。高さはクグレック程あり、車体は膝くらいの高さまで宙に浮いていた。上部側面はガラス張りになっており、前面には二人の男性が座っていた。一人は、顔よりも大きなリング状のハンドルを握っている。
ハンドルを握っていない方が、デンキジドウシャの中から出て来た。金髪碧眼の男性だ。青い目は、マシアス達と同じような水色だった。銀縁眼鏡にかっちりと7対3に分けられた前髪で、真面目そうだ。彼はクグレックたちを見ると、一礼した。
「お待たせしました。トリコ王国より迎えに参りましたイスカリオッシュです。お荷物はお預かりしましょう。」
ニタが背負うリュックサックを受け取ると、イスカリオッシュはデンキジドウシャの後ろを開き、荷物を入れた。
「では、お二人は後部座席にお座りください。」
クライドはデンキジドウシャの後部座席側のドアを開け、ニタとクグレックに入るように促す。二人は促されるままにデンキジドウシャの中に入り込んだ。中はふかふかのソファのような座り心地の良い席となっていた。二人がきちんと座るのを見てから、イスカリオッシュはドアをしめ、自らも前面の席に座った。
「では、出発します。」
と、イスカリオッシュが言うと、デンキジドウシャが起動し、ゆっくりと前進し始めた。徐々に速度も上がって行き、窓から見える景色は、汽車に乗った時の車窓の景色と同様に流れていく。汽車と違うのは、無音であることと振動がないこと。カタンカタンという線路を通る音や風が轟く音が聞こえなかった。遮音性に優れているボディである。
クグレックがふと後ろの窓を見ると、キラキラと七色の光が噴出されていた。あまりにもきれいだったのでしばらく見とれていたが、なんだか気分が悪くなってきたので、再び前を向いて座った。
バックミラーでクグレックとニタの様子を見ていたイスカリオッシュが微笑みながら声をかけて来た。
「ふふふ。お二人はデンキの力を目にするのは初めてですね。」
「デンキの力?」
「えぇ。物体を動かすための力です。トリコ王国は水が少ない砂漠の土地にあります。生きることが過酷な地でもあるのですが、それはつまり裏を返せば過剰な程のエネルギーの宝庫だったのです。太陽光が燦然と降り注ぐこと、その太陽光が照り付けた地面、さらに砂嵐を巻き起こすほどの暴虐的な風は我々の敵であるが、共存しなくてはならない相手でした。先々代のトリコ王はこの砂漠エネルギーに目を付け、デンキを生み出しました。」
「デンキって、魔法なの?」
ニタがイスカリオッシュの話に眉間に皺を寄せながら、質問を投げかける。イスカリオッシュは爽やかに笑った。
「ははは。いいえ。魔法ではありません。理論という理論を組み合わせた先に出来上がった科学の力なのです。魔法とは異なり、原理さえ理解できれば誰でも使うことが出来ます。今はトリコ王国でしか使われていませんが、将来的には大陸全土に広がる知識、技術になると思っています。」
「なんか難しい話だなぁ。」
「トリコ王国にいらっしゃいましたら、お分かりになると思います。」
「うん。それは楽しみ。」
「王もお二人にお会いするのを楽しみにしています。」
「王?」
イスカリオッシュの隣でハンドルを握る男が、イスカリオッシュの腕を肘でつついた。イスカリオッシュはハッとした様子で「失礼」と微笑んだ。
「そう言えば、紹介が遅れましたが今運転してる彼はクライドと言います。ディレィッシュから聞きましたが、クグレックさんと同郷なんですよね。」
クグレックはバックミラー越しに、クライドを見た。眉毛が凛々しく端正な顔立ちで、かつてマルトに来たドルセード騎士団の騎士と同じ深い青色の目をしている。きっと王都の上流階級だったのだろう、とクグレックは思った。
「私は田舎の村出身ですから…。」
と、クグレックが言ったところ、バックミラー越しのクライドは一瞬怪訝そうな表情をした。クグレックは何か悪いことを言ったのか不安になり、眉根を下げた。『田舎』という表現がまずかったのだろうか。
だが、クライドは何を言うでもなく、普通の表情に戻った。目の前の運転に集中する。
「クライド、少しくらい喋ったらどうだ。そんなにディレィッシュから離れたのが気に喰わないか。」
「別に。喋りはイスカリオッシュの得意とするところだろう。」
「全く君は、シャイなんだから。」
イスカリオッシュは少々不満そうにするが、再び意識をニタとクグレックに向けた。
「そうだ、トリコ王国までは時間がかかります。一日以上はかかるので、途中、集落によって食事休憩を取ったりしますね。運転も、なかなか体力が必要なので、クライドと交代で行います。クライドが助手席にいるときは、ちょっと静かになってつまらないかもしれませんが、許してくださいね。彼、寡黙な男なので。」
微笑みを湛えながら、イスカリオッシュが言った。
「とはいえ、お二人は今の時刻だと、もう寝ている時間ですね。シートの横についている小さなボタンを押せば、シートが倒れるようになってるので、好きな角度で調節してください。」
と、イスカリオッシュに説明され、二人はシートについているボタンを押した。すると、背もたれが、体重に任せてゆっくりと倒れていく。水平に開きまではしなかったが、それなりにリラックスした態勢になった。
「もとに戻したい場合は、背を起こしてボタンを押してください。そうすると、背もたれが元の位置に戻るようになっています。では、私もしばらく静かにしてますので、お二人はゆっくりお休みください。」
イスカリオッシュに促され、二人はリクライニングされたシートの上に身を任せる。窓の外は虹色の粒子に照らし出されても、判別がつかない程真っ暗だ。
真夜中ということもあり、二人はすぐに眠りの世界へと誘われた。魅惑の砂漠の国トリコ王国への憧憬を胸に抱えて、夢の世界へと落ちて行った。
デンキジドウシャは虹色の光の粒子を噴出させながら、汽車と同じかそれ以上のスピードを出して、トリコ王国へ向かう。
ニタとクグレックは、砂漠の王国で驚愕の出来事が、そして運命の歯車をも狂わせてしまうようなとんでもない事件が待ち受けていることも知らずに、のんきに眠り続けていた。
深夜に迎えのデンキジドウシャがやって来た。
デンキジドウシャはカモノハシの頭のような流線型の形をしていた。高さはクグレック程あり、車体は膝くらいの高さまで宙に浮いていた。上部側面はガラス張りになっており、前面には二人の男性が座っていた。一人は、顔よりも大きなリング状のハンドルを握っている。
ハンドルを握っていない方が、デンキジドウシャの中から出て来た。金髪碧眼の男性だ。青い目は、マシアス達と同じような水色だった。銀縁眼鏡にかっちりと7対3に分けられた前髪で、真面目そうだ。彼はクグレックたちを見ると、一礼した。
「お待たせしました。トリコ王国より迎えに参りましたイスカリオッシュです。お荷物はお預かりしましょう。」
ニタが背負うリュックサックを受け取ると、イスカリオッシュはデンキジドウシャの後ろを開き、荷物を入れた。
「では、お二人は後部座席にお座りください。」
クライドはデンキジドウシャの後部座席側のドアを開け、ニタとクグレックに入るように促す。二人は促されるままにデンキジドウシャの中に入り込んだ。中はふかふかのソファのような座り心地の良い席となっていた。二人がきちんと座るのを見てから、イスカリオッシュはドアをしめ、自らも前面の席に座った。
「では、出発します。」
と、イスカリオッシュが言うと、デンキジドウシャが起動し、ゆっくりと前進し始めた。徐々に速度も上がって行き、窓から見える景色は、汽車に乗った時の車窓の景色と同様に流れていく。汽車と違うのは、無音であることと振動がないこと。カタンカタンという線路を通る音や風が轟く音が聞こえなかった。遮音性に優れているボディである。
クグレックがふと後ろの窓を見ると、キラキラと七色の光が噴出されていた。あまりにもきれいだったのでしばらく見とれていたが、なんだか気分が悪くなってきたので、再び前を向いて座った。
バックミラーでクグレックとニタの様子を見ていたイスカリオッシュが微笑みながら声をかけて来た。
「ふふふ。お二人はデンキの力を目にするのは初めてですね。」
「デンキの力?」
「えぇ。物体を動かすための力です。トリコ王国は水が少ない砂漠の土地にあります。生きることが過酷な地でもあるのですが、それはつまり裏を返せば過剰な程のエネルギーの宝庫だったのです。太陽光が燦然と降り注ぐこと、その太陽光が照り付けた地面、さらに砂嵐を巻き起こすほどの暴虐的な風は我々の敵であるが、共存しなくてはならない相手でした。先々代のトリコ王はこの砂漠エネルギーに目を付け、デンキを生み出しました。」
「デンキって、魔法なの?」
ニタがイスカリオッシュの話に眉間に皺を寄せながら、質問を投げかける。イスカリオッシュは爽やかに笑った。
「ははは。いいえ。魔法ではありません。理論という理論を組み合わせた先に出来上がった科学の力なのです。魔法とは異なり、原理さえ理解できれば誰でも使うことが出来ます。今はトリコ王国でしか使われていませんが、将来的には大陸全土に広がる知識、技術になると思っています。」
「なんか難しい話だなぁ。」
「トリコ王国にいらっしゃいましたら、お分かりになると思います。」
「うん。それは楽しみ。」
「王もお二人にお会いするのを楽しみにしています。」
「王?」
イスカリオッシュの隣でハンドルを握る男が、イスカリオッシュの腕を肘でつついた。イスカリオッシュはハッとした様子で「失礼」と微笑んだ。
「そう言えば、紹介が遅れましたが今運転してる彼はクライドと言います。ディレィッシュから聞きましたが、クグレックさんと同郷なんですよね。」
クグレックはバックミラー越しに、クライドを見た。眉毛が凛々しく端正な顔立ちで、かつてマルトに来たドルセード騎士団の騎士と同じ深い青色の目をしている。きっと王都の上流階級だったのだろう、とクグレックは思った。
「私は田舎の村出身ですから…。」
と、クグレックが言ったところ、バックミラー越しのクライドは一瞬怪訝そうな表情をした。クグレックは何か悪いことを言ったのか不安になり、眉根を下げた。『田舎』という表現がまずかったのだろうか。
だが、クライドは何を言うでもなく、普通の表情に戻った。目の前の運転に集中する。
「クライド、少しくらい喋ったらどうだ。そんなにディレィッシュから離れたのが気に喰わないか。」
「別に。喋りはイスカリオッシュの得意とするところだろう。」
「全く君は、シャイなんだから。」
イスカリオッシュは少々不満そうにするが、再び意識をニタとクグレックに向けた。
「そうだ、トリコ王国までは時間がかかります。一日以上はかかるので、途中、集落によって食事休憩を取ったりしますね。運転も、なかなか体力が必要なので、クライドと交代で行います。クライドが助手席にいるときは、ちょっと静かになってつまらないかもしれませんが、許してくださいね。彼、寡黙な男なので。」
微笑みを湛えながら、イスカリオッシュが言った。
「とはいえ、お二人は今の時刻だと、もう寝ている時間ですね。シートの横についている小さなボタンを押せば、シートが倒れるようになってるので、好きな角度で調節してください。」
と、イスカリオッシュに説明され、二人はシートについているボタンを押した。すると、背もたれが、体重に任せてゆっくりと倒れていく。水平に開きまではしなかったが、それなりにリラックスした態勢になった。
「もとに戻したい場合は、背を起こしてボタンを押してください。そうすると、背もたれが元の位置に戻るようになっています。では、私もしばらく静かにしてますので、お二人はゆっくりお休みください。」
イスカリオッシュに促され、二人はリクライニングされたシートの上に身を任せる。窓の外は虹色の粒子に照らし出されても、判別がつかない程真っ暗だ。
真夜中ということもあり、二人はすぐに眠りの世界へと誘われた。魅惑の砂漠の国トリコ王国への憧憬を胸に抱えて、夢の世界へと落ちて行った。
デンキジドウシャは虹色の光の粒子を噴出させながら、汽車と同じかそれ以上のスピードを出して、トリコ王国へ向かう。
ニタとクグレックは、砂漠の王国で驚愕の出来事が、そして運命の歯車をも狂わせてしまうようなとんでもない事件が待ち受けていることも知らずに、のんきに眠り続けていた。