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「この扉を開ければ、マシアスがいる。」
 二人の目の前に立ちはだかるのは、黄金や極彩色で美しい細密彫刻が施された豪華な扉だった。何よりも高貴で美しいのだ。この扉の向こうにトリコ王国を統べる血が流れる御人がいるのは当然であろう。
 ニタは取っ手を掴むとガチャガチャ引いたり押したりするが、開かない。例の如く鍵がかかっていることを確認すると、ニタはクグレックに目配せをする。
 クグレックは杖を握りしめ、鍵開けの魔法を使おうとしたが、ふと意識を戻した。
「ねぇ、ニタ。マシアスは今、体調が悪くて寝込んでるんだよね。なら、お見舞いの品の1つや二つ、持って来るべきだったんじゃないのかな。それに、体調が良くないのに勝手に部屋に入るのは迷惑じゃないのかな。」
と、クグレックが呟いた。
 ニタはパチパチと瞬きをして、あどけない表情でクグレックを見つめたが
「まぁ、そうなんだけど。でも、ニタは『今』マシアスに会わないといけないような気がするんだ。迷惑にならない程度にお邪魔しよう。」
と、言った。今クグレックが戻りたいと言ったところで、既に決断をしてしまったニタの意思を覆すことは難しい。マシアスには申し訳ないと思いながらも、クグレックは杖を握り直し、呪文を唱えようとした。
 しかし、その時だった。
「この扉を開けるな。」
 荘厳な扉の向こうから聞こえる怒鳴り声。
 クグレックは思わず詠唱を止めてしまった。びっくりしたのだ。
 なぜなら、その声は、二人が会いたがっていた彼の声だったからだ。
「マシアス、そこにいるんだね!ニタだよ!体の具合はどう?」
 ニタは嬉しそうに扉の向こうのマシアスに声をかける。
「…調子は、すこぶる良い。」
「そうか、なら良かったよ。」
 クグレックもほっと胸をなでおろした。扉越しでマシアスの声はくぐもって聞こえるが、元気そうであることに安心した。
「二人とも、トリコ王国はどうだ?」
「うん、まぁ、悪くはないね。科学の力は凄いよ。一生いるつもりはないけど。てゆーか、マシアス、なんで黙ってたの?ディレィッシュがトリコ王であること、マシアスが第1皇子だってこと。すごくびっくりしたよ。本当の名前はハーミッシュって言うんだね。」
「マシアスは偽名だ。自身がトリコ王家の人間であることがばれてはいけないからな。…びっくりさせて申し訳なかった。ただ、ディレィッシュ提案でサプライズ形式にしようとしたから、故意的なモノではあったが。」
「めっちゃびっくりしたんだからね。ククなんて、生まれたての小鹿みたいに震えてたんだから。」
 クグレックはトリコ王国に着いた当初に催された祝宴で無理やり着させられた露出の多い砂漠の国の伝統衣装のことを思い出した。今は侍女達が来ている衣装のようななるべく露出の少ない衣装にしてもらっているが、あの時の恥ずかしさはもう2度と味わいたくなかった。
「ははは。本当に田舎モンだな、クグレックは。」
 クグレックはムッとしたが、マシアスの言うことは事実なので、素直に受け入れて何も言い返さなかった。
「王は、どうだ?二人に失礼を働いてないか?」
 マシアスが二人に尋ねた。
「失礼って、あの人は王様じゃないの。…まぁ、変な人だなとは思ったけど。」
「魔法を知りたがってはいなかったか?」
「魔法?」
「あぁ、そうだ。」
「うん。ククもニタも、今は被検体になって、ディレィッシュの実験に協力してるよ。」
 すると、扉の向こうからマシアスの声は聞こえなくなった。
「どうしたの?マシアス。」
「もう、実験に協力してはいけない。」
「どういうこと?」
「…王は魔法によってより多くのエネルギーを生み出そうとしている。建前はより良い暮らしにするために、高エネルギー発生装置でも作ろうとしているだろう。だが、あの人の内心は違う。大量破壊兵器を作ろうとしているんだ。お前たちは王に多くの手がかりを与えてしまった。だから、兵器は完成してしまうかもしれない。だからこそ、これ以上のヒントを与えてはいけない。もう実験に協力してはいけない。」
「大量破壊兵器…?」
「王はプライベートラボにて兵器の開発を個人的に進めていた。だから、ランダムサンプリとの戦争の件も俺達が知らないうちに水面下で動いていたんだ。黒幕はピアノ商会でもない。王だった。このことに気付いていたら、お前たちを、トリコ王国に連れてくるべきではなかったし、お前たちのことを王に話すべきでもなかった。最後の詰めが甘かった。」

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 2016_05_31


**********
 
 それから、ニタとクグレックは、トリコ王国での暮らしを満喫していた。
 高度な技術に包まれる生活は、最初は戸惑いがあったものの、慣れてくるとそれが快適で楽な生活であることが良く分かった。ニタも満更でもない様子で、二人はもうドルセードやリタルダンドの前近代的な生活には戻りたくないという心地になりかけていた。
 昼間は侍女達から、トリコ王国の文化について教えて貰ったり、しきたりや作法、礼儀について教えて貰っていた。客人とは言え、もはや居候の身分でもあるので、周りと波風立たないように最低限の礼儀というところを教える王からの配慮だった。
 そして、夜になると、ディレィッシュのプライベートラボでの実験であった。
 脳波や体の動きなどの調査に入れるので、クグレックとニタは頭から足まで謎の機材を装着して実験に参加した。特に頭に装着したヘルメットのような機械は重い上に頭を適度に締め付けた。ニタもククも動きづらさに悪戦苦闘したが、クグレックに至っては普段よりも魔法の効力が控えめになってしまったが、杖なしで魔法を使った時ほどではなかった。今使える炎の魔法や鍵開けの魔法、幻の魔法などを使って見せ、様々な角度から分析されたようだ。因みにニタは終始機材のことを好きになることはなかった。
 ところが、しばらくすると、夜ではなく昼間から研究の被検体として、王のプライベートラボではなくエネルギー研究所で実験に参加することとなった。王だけでなく、沢山の研究員達から好奇の目で見られるのはあまり気持ちが良いものではなかった。ニタもクグレックもストレスを感じずにはいられなかったが、リラクゼーション設備が整った自室に戻ると、ストレスのことなど忘れてしまった。また、研究員達は皆人が良かったので、だんだんみられることにも慣れて来た。
 そうしていくうちに、日は経って行き、新しい年を迎えることとなった。城では祝宴が催され、大盛況だった。飲めや歌えやの大騒ぎで、とにかく皆楽しそうである。
 そんな中、ニタとクグレックは大広間をこっそりと抜け出し、人気の無い場内を彷徨っていた。
 ニタはクグレックの腕を引っ張って、廊下を駆ける。一度クグレックの杖を取りに自室へ戻った。
「二、ニタ、一体何なの?」
「しー!」
 ニタは口元に人差し指を当てて、クグレックに静かにするように促した。そして声を潜めながら
「あのね、マシアスの居場所が分かったの。」
と言った。
「え?どこにいるの?」
 クグレックもニタに倣って声を潜めながら尋ねた。
 ニタは4D2コムを取り出し、城内図を表示させて、場所を示した。そして、仰々しく「第1皇子の御室。」と言った。
「第1皇子?」
「そう。やっぱり、マシアスは第1皇子ハーミッシュだったんだ。研究所の人や侍女たちに聞いてようやく分かった。マシアスは今、体調が優れなくて寝込んでるんだって。」
「うそ…。」
 クグレックはピアノ商会での銃創が悪化したのかと思い不安になった。
「関係者以外面会は謝絶しているから、みんな詳しいことは知らない。今、奴がどんな状態でいるのか、生きているのか、死んでいるのかはごくわずかな人間しか分からないらしい。」
「…会いに、行くの?」
 クグレックは恐る恐るニタに尋ねると、ニタは力強く黙って頷いた。瑠璃色の瞳は海の様な静かな輝きを湛える。
 もうこれで、ニタの気持ちは動かない。
 ニタは一度決めたら、クグレックが何と言おうと突き進む。
 これはニタの悪いところでもあり、良いところだ。
 クグレックはのんびり新年会に興じたいところではあったし、入ってはいけないところに入るのも良くないとは思っていたが、それ以上にマシアスに会いたかったので、ニタの暴走に付き合うことに決めた。
 4D2コムに表示される地図を頼りにクグレックとニタは『第1皇子居室』へ向かう。
 城内は皆新年会に出払っているのか、警備が一人も見当たらなかった。機械で警備も行っているのかもしれないが、それでも不用心だ。クグレックは静けさに気味の悪さを感じつつニタの後を追った。
 二人は今まで立ち入ったことがない場所までやって来た。手で開くことも出来なければ4D2コムで開錠することも出来ない沈黙の扉が二人の前に立ち憚る。
「こんな時は、魔法の力!魔法は科学を凌駕する!」
 と、ニタはクグレックに向かって言い放った。
 クグレックは戸惑いながらも杖を扉に向け、鍵開けの呪文を唱える。すると、杖からは淡い光が出て来て、光が扉全体を覆った。だが、開錠する気配はない。鍵開けの魔法は機械には対応していないのだろうか、とクグレックは考えたが、考えてるうちに、扉はゆっくりと開いた。
「さすがクク!」
 笑顔でハイタッチを求めるニタに、クグレックは腰をかがめて応じると、掌に柔らかい肉球がぽむと触れた。
「この先にマシアスがいるんだ。行こう。」
 それから二人は2つ程セキュリティーのかかった扉を突破して行った。魔法の力で強引に開けても、トリコ製の科学の結晶であるセキュリティーは何も感知しなかった。魔法は科学を凌駕した。
 今のところは。
 二人はすっかり安心しきった状態で、マシアスの居室へと近づいて行く。

 2016_05_30


**********

 城に戻り、豪華な夕食を食べた後、ニタとクグレックは宛がわれた部屋でのんびり過ごしていた。すると、突然4D2コムが音楽を鳴らし始めた。昨日ディレィッシュが4D2コムから現れた時と同じ小気味良いリズムの音楽だ。ニタは4D2コムを手に取り、手順を間違えないように慎重に操作し、ディレィッシュと接続を取った。
 にこにこ笑顔のディレィッシュの立体映像が映し出される。
『やぁ、昨日に比べて随分起動が早くなったな。』
「お褒めに預かり光栄です。」
 ニタが薄ら笑いを浮かべて、立体映像のディレィッシュに向かって丁寧にお辞儀をした。
『やだなぁ、誰もいないんだからかしこまらないでくれ。』
 一国の主であることを忘れてしまうほどに、気さくに話しかけてくるディレィッシュはまるで古くからの知り合いのようだった。とはいえ人見知りのクグレックが自分からディレィッシュに気さくに話しかけるという気にはならなかったが。
『実験の準備が整った。エスカレベーターを使って私のプライベートラボまで来てくれ。時間は2時間程度で済むだろう。さぁ、おいで。』
 昨晩、一か月の実験の協力を行うことを了承したのだ。立体映像のディレィッシュはなんの穢れもない瞳で、キラキラした視線をふたりに向けていた。ニタとクグレックはそういえば、と思いながら、いそいそとバスルームへ行き、ディレィッシュのプライベートラボへと向かった。
 プライベートラボでは、ディレィッシュが「ようこそ」と両手を広げてニタとククのことを出迎えた。
 初日である今日は、主に基本的なデータ取りから行われた。身長や体重を計ったり、血液検査を行ったり、レントゲン撮影で骨格までも調べられた。クグレックもニタも注射やレントゲン撮影は初めてだったので、緊張していた。
 それから、ニタは体組織をより細かく調べるために、大きな箱の中に入れられた。今まではクグレックと一緒に検査を行っていたので、特に疑うことなく素直に受け入れていたが、ニタだけが大きな箱に入ることになっていたので、ニタは徹底的にこれに反対した。身の危険を感じずにはいられなかったのだ。だが、ディレィッシュはトリコ王国を統べる王である。言葉だけでニタを説得させて、なんとか大きな箱の中に入れることが出来た。
 この検査は30分ほどかかるので、待っている間、ディレィッシュはクグレックと問診を行うこととなった。
「では、クグレックが魔女たる背景というのも知っておきたい。クグレックはドルセード出身だと聞いていたが、こうやって旅に出るまではどのようにして過ごしていたんだ?」
「…ドルセードの北東に位置する辺境の村マルトで祖母と二人で過ごしていました。」
「ご両親は?」
「私が生まれてすぐ亡くなったと祖母から聞いています。」
「病気か何かで?」
「…分かりません。」
 クグレックは両親の顔を知らない。祖母は両親についてあまり話してくれなかった。だが、クグレックは両親がいないことで寂しいと思ったことはなかった。なぜならば、祖母がそれ以上の愛をクグレックに与えてくれていたから。だから、親と言うものに関して彼女は興味を持たずにいた。
「魔法はいつから使うことが出来たんだ?」
「…確か5歳の時に、祖母の部屋で見つけた魔導書を開いたら、物を動かす魔法を使うことが出来るようになってました。」
「魔導書?」
「魔法の使い方が載っている本です。祖母も魔女だったので、魔導書は沢山家にありました。」
「ほう、おばあさんも魔女だったんだな。てことはお母さんも魔女だった、ということになるかな?」
「…それは、分からないです。」
「…なるほど。その魔導書を読むまでは、クグレックは魔法が使えなかったのか?」
「意識して使うことは出来なかったです。ただ、村の人達からはずっと災厄を呼ぶ忌々しい子だと言われてきました。おばあちゃんも私はあまり外には出ない方が良いと言っていたので、あまり出ませんでした。外に出れば皆私のことを気味悪がりますし、それに、なんか悪いモノを呼び寄せているみたいなんです。時々、知らない人の声が聞こえたりして、小さい頃だと熱が出ることも多かったんですけど、おばあちゃんが何とかしてくれました。」
「…ふむふむ。クグレック、そんなおばあちゃんがいたのに、どうして旅なんかに?」
「…おばあちゃんは亡くなりました。…私、おばあちゃんが亡くなって、生きる意味をなくしたんです。村の人達は私を嫌うし、もうひとりぼっちだと思って、死ぬつもりだったんです。家に火を放って、火事に巻き込まれたはずだったんですけど、何故か生きていて。おばあちゃんが生かしてくれたんだ、とニタは言ってたのですけど。ニタがアルトフールを探すから、着いて来てほしい、と言ったので、今はアルトフールを探して、一緒に旅をしています。」
「アルトフールか。アルトフールに着いたらどうするのだ?」
 珍しく饒舌に話していたクグレックだったが、とうとうここで言葉に詰まった。
「どうした?」
 クグレックの変化に眉根を寄せながら、ディレィッシュが尋ねる。
「…アルトフールに着いたら、私は死ぬつもりです。おばあちゃんのところに、逝くつもりです。ニタとは最初から、そういう約束なんです。」
「そうか。黄泉への旅路というところなんだな。」
 クグレックはその言葉に対して何も反応を返さなかった。
「ひとつだけ質問させてほしい。ドルセード王国はかつては剣と魔法が栄えた国だったのだが、とある事件により、魔法は廃止となった。多くの魔法使いが、処刑されるなり拘束されるなりして、ドルセード王国の魔法使い、魔女はほとんどいなくなったというが、クグレックはそのことを知っていたかな?」
 クグレックはそのような話を初めて聞いた。そもそもドルセード王国の魔女事情なんて聞いたことがない。
「その様子だと、知らなそうだね。なら、それでいい。」
 ディレィッシュは腕時計を見つめた。問診に使ったバインダーを机の上に置いて立ち上がり、奥の方で何かをかちゃかちゃさせると、ティーカップを持って戻って来た。
「じゃ、今日はこれで終了にする。ニタが出て来るまで、紅茶を飲んで待っていてくれ。」
 ほかほかと湯気を立てるティーカップをクグレックの前に提供すると、ディレィッシュはニタのデータの確認のため機械を弄り始めた。
 クグレックはティーカップを手に取り、一口啜った。この味はポルカの宿屋でマシアスが提供してくれた紅茶と同じ味のする紅茶だった。わずかな酸味と、深みがある、元気が出て来るような味。
 紅茶を啜りながら、クグレックは自身が何も知らないでいたことを痛切に感じた。
 祖母がクグレックに不自由1つなく(村人からは嫌われてきたが)愛情を与えてくれたから、クグレックは外の世界を知る必要がなかった。
 しかし、実際に外に出てみると、クグレックは世の中の常識すら知らない事に気付いた。世界色んな国があって、色んな文化があり、色々な人がいる。マルトやポルカのように自然と共に生きる文化、リタルダンドの首都アッチェレのような都会の文化、トリコ王国のようなぶっ飛んだ超技術の文化。その中には優しい人もいれば怖い人、悪い人もいる。
 様々な色が世界を成している。クグレックは世界に対してそのような気付きを得た。
 ただ、一つだけ分かっていないことがあった。
 それは自分自身のことだった。クグレックは自分自身のことをほとんど知らない。
 クグレック・シュタイン。O型。3/21生まれ。身長165cm。体重49kg。足の大きさ24.0cm。マルトの村で母方の祖母と共に過ごしてきた。瞳の色は黒に近いヘーゼルブラウン。髪型はおかっぱで真っ黒。祖母は魔女で薬づくりを得意とする。祖母が魔法を使ったことはあまり見たことがない。両親は生まれてすぐになくなったため両親のことは知らない。
 火事に巻き込まれて、死ななかったこと。
 魔女のこと。
 ピアノ商会でのバチバチ(ニタ曰く)のこと。
 そういえば、メイトーの森で出会った紅髪の女からは、祖母を殺したのはクグレックであり、クグレックはその内に秘めたる魔力で災厄をもたらすとも言われていたことを思い出した。その時は女の言葉の意味が分からず、聞き流してしまったが、クグレックは今でもひっかかりを持っていた。
 疑問が沢山湧いて来て、溢れ出る不安の海におぼれそうな心地だ。
 クグレックは心の中で祖母に助けを求めた。

――おばあちゃん、私の存在は一体何なの?教えて。おばあちゃん。私は、何もわからないよ…。

 祖母がいてくれれば、このような不安に陥っても、その暖かな優しさでクグレックを包み、安心させてくれるのに、とクグレックは急に祖母が恋しくなった。常に身に付けている祖母の形見の黒瑪瑙のネックレスを触れてみるが、何かが起こるわけではない。

 祖母はクグレックの目の前で静かに息を引き取り、死んだのだ。


 2016_05_29


**********

 それから、3人はデンキジドウシャに乗り込み、エネルギー研究所へ向かう。
 エネルギー研究所は離れたところにある。城下町を離れると、すぐに雲一つない青空と漠然と広がる砂漠の景色が広がっていた。砂漠には褐色の砂以外何もない。どんな生物もこんな砂漠地帯では生きていけないだろうに、それでも英知の力で繁栄を続けるトリコ城及び城下町は奇跡のように感じられた。
「私、デンキジドウシャが好きなんですよ。」
 唐突にしゃべりだすイスカリオッシュ。
「昔はタイヤもあってゴツゴツして乗り心地も悪かったんですけど、王が改良を加えて今のタイヤがない形におさまりました。ちなみにこのデンキジドウシャは私が結構改造してるので、国で一番スピードが出ます。」
「イスカリオッシュも機械を弄れるの?」
 ニタが尋ねた。
「デンキジドウシャに限りますけどね。そう言った分野は王に適うことはないですから。私は王の内政の補佐です。外交はハーミッシュ第一皇子の担当ですけど。」
「ハーミッシュ第一皇子?」
「ええ、あ、…すみません。ハーミッシュ第一皇子のことは、お伝えできません。王が、その、部外者には話してはならないと言っていましたので…。」
「そうなの…。」
 イスカリオッシュの後ろでニタとクグレックはお互いに顔を合わせた。
「ねぇ、イスカリオッシュ、じゃぁ、マシアスについて知ってる?」
「マシアス…。」
 イスカリオッシュはその名を呟いて押し黙るが、しばらくして後、「わからないですね。」と答えた。満足な返答を得られずに、ニタは不満そうな表情を浮かべた。
 しばらくすると、遠くの方に不思議な機械のような物が設置されているのが見えて来た。沢山のパネルが地面を覆い尽くすように並んでいる。
「なんだあれ。」
 と、ニタが呟くと、イスカリオッシュが得意げに説明をする。
「ソーラーパネルです。簡単に言えば太陽の光をエネルギーに変える機械です。厳しい太陽の光はその熱で生命を干からびさせます。トリコ王国はその干からびた跡地に立っているのですが、その厳しい熱を逆に利用して、今では私達の生きるための力として利用しているのです。」
「へぇ。ニンゲンの生への執念は素晴らしいものだよ。」
 皮肉とも取れるニタの言葉。
「ところでさ、ニタはずっと気になっていたんだけど、トリコ王国はどこに水があるの?こんなに干からびているのに、どこかにでっかいオアシスがあるの?」
「ふふふ。それは研究所に着いてからお話ししましょう。」

 広大なソーラーパネルの森を抜けると、そこには灰色の大きな建物がそびえ立っていた。エネルギー研究所である。
 地下の駐車場にデンキジドウシャを停め、地下駐車場から研究所に入って行った。
 まずは手土産を持って所長に挨拶してから、3人は白衣に身を包み、首からはスタッフカードを下げて、研究所を動き回る許可を得た。
 ニタとクグレックはイスカリオッシュに研究所の案内をしてもらった。研究所の目的はいかにしてエネルギーを効率よく作ることが出来るかということだった。ソーラーパネルから取り込む光エネルギーをいかにして沢山取り込むことが出来るのか、ハードとソフトの面から研究している。更に、エネルギーを使用する際にも効率性が求められる。トリコ王国の機械はエネルギーなしに起動させることは出来ない。無限に注がれる太陽の光であっても、作られるエネルギーには制限がある。機械を起動させるためのエネルギーをいかに低コストで押さえるのか、ということもトリコ王国の課題である。
 そして、砂漠の国の大きな問題たるや、『水』である。
 水はどのようにして入手しているのかというと、トリコ王国では海から真水を調達している。こちらもまた改良すべきポイントは多く存在する。まずは海水を真水に変える装置の改良は常になされている。さらに、真水を送る頑丈なパイプライン、さらに下水の処理、浄化問題に関してもこの研究所で取り扱っている。
 水は安定供給されているので、現状のままでも全く構わないのだが、トリコ王国の威信にかけてテクノロジーの更なる次元を開拓しているらしい。伝統的にトリコ王国には知的探求者が多く存在している。
 他にも様々な説明を受けたが、イスカリオッシュがどんなに噛み砕いた説明を施しても無教養のニタとクグレックには理解できないことばかりで、ただひたすら科学の力の偉大さに感嘆のため息を吐くばかりだった。

 研究所見学が終了し、デンキジドウシャでもと来た道を戻る一行。外は既に日が沈んで暗くなっていた。そんな薄暗い車内で、イスカリオッシュはぽつりと独り言を漏らした。
「最近、王は新型エネルギー開発に勤しんでおられる。一体どんなものなのか、気になって、研究所で調査してみたが、目ぼしい手がかりは得られなかった。国の識者が知識をフル動員して研究に勤しんでいるけど、王の手にかかれば、あっという間に新しい理論を発見し、実践してしまう。王の存在はまるで神のようだけど、…私は国全体が王に依存しているような気がして少し怖くなるんです。」
「…どういうこと?」
 ニタが聞き返した。
「王は王たる資質を持っています。だからこそ心配などすることは杞憂に過ぎませんが、もしも王が間違った方向に進んでいるのならば、誰が止めることができるでしょうか。そして、万が一間違った結果に進んでしまって、取り返しのつかないことになった時、国民は、そして王は、この国で笑顔で暮らしていくことが出来るのでしょうか。」
 イスカリオッシュは続けた。
「例えば、もし今の王が別の何かに入れ替わったとしても、我々はそれに気付かず、王を盲信しつづけてしまう、そんな気がしてなりません。」
 イスカリオッシュはハッとして咳払いをした。明るい饒舌な男イスカリオッシュからぽろりとこぼれた本音にニタとクグレックは思わず顔を見合わせるが、バックミラーでそれを見たかどうかは分からないが、イスカリオッシュはまたもとの気のいい調子で
「なんて、技術発展は素晴らしいことです。それに科学には失敗がつきものですが、手遅れにならないように研究と実験を行っていくのもまた科学なのです。」
と言った。
 
 2016_05_28


**********

 翌日、昼食を取った後、イスカリオッシュが現れた。
 七三分けの銀縁眼鏡は神経質で真面目そうな印象を与えるが、実際に口を開いてみると饒舌で、常に微笑みを絶やさない気さくな人物だ。
 イスカリオッシュは二人を城下町へと案内してくれた。
 今日のイスカリオッシュは第2皇子ということもあり、頭にターバンと巻き顔も目以外は布で隠していた。自身が王族であることが分かってしまうと、トリコ王国の素の様子を紹介できないから、敢えてばれないように顔を隠しているらしい。
 城門を抜けると、眼下には地平線へと続かんとする城下町が広がっていた。
 それはクグレックが見たこともない光景だった。
 鏡のような表面のガラス張りの背の高い建物が立ち並び、青空の太陽を眩しく反射している。建物の間には透明なチューブ状のトンネルのような物が宙に浮いており、その中をデンキジドウシャが駆け抜けていたり、人が歩いている。
 道とは地に着いているものだが、トリコ王国では空中にも浮いていた。二人の常識は凌駕される。チューブ状のトンネルはまるで血管のように城下町を駆け巡っていた。
 遠くを見遣れば砂丘が広がっているので、辛うじてここが砂漠の国だと思い知らされるが、城を中心として形成される城下町は、無機物な高層建築の中に緑地帯を見ることも出来たので砂漠の国らしさを一切感じさせることはなかった。
「…す、すごい…。リタルダンドよりも沢山建物がある…!」
「道路が空を走ってるの…?」
 二人は、思わず地に膝をついて眼下の大都市を見下ろす。
 そばのイスカリオッシュは、満足そうに二人の様子を微笑みを湛えながら見つめていた。
「二人とも、入国した時は寝てたから、城下町の様子は見てませんでしたね。では、ご案内しますので、ついて来てください。」
 そう促されて、ニタとうグレックはイスカリオッシュの後を着いて行く。
 階段を下りていくと、デンキジドウシャが何台も止まっている格納庫に辿り着いた。天井が高く、薄暗い場所だった。3人はデンキジドウシャに乗り込むと、デンキジドウシャは七色に光るトンネルに突入した。ピンク、黄色、オレンジ、赤、紫、青、緑と順々に巡る色を通過していく。
「うう、なんか目がおかしくなりそう。」
 ニタは目を抑えながら言った。
「ふふふ、そうですね。慣れても奇抜な光です。もう少しでトリコ城ですよ、注意してくださいね、という意味と、非日常的なワクワク感を煽るのが目的です。こんな色彩の中を普段は通ることもないでしょう。これは、王のアイディアです。」
「あの王様は本当に変わってるね。」
「天才ですから…。」
 色彩の暴力とも呼べるトンネルを通ること十数分、ようやく自然な外の光が差し込んで来て、城下町へと抜け出した。城から見下ろした時に見えた半透明のチューブ状のトンネルの中を通過する。
「これから商業地区の方に向かいますよ。商業地区は古き良き建物となっております。トリコ王国は今でこそ技術大国ですが、もともとは商人が力を持った国でしたからね。日干し煉瓦のあるがままのバザールの姿が商業地区には残っています。」
 そうしてデンキジドウシャを地下の駐車場に停め、3人は城下町の商業地区へ向かった。
 商業地区は、イスカリオッシュが言っていたように、日干し煉瓦で作られた建物が立ち並び、多くの人で賑わっていた。広場では野菜や果物、衣服、手工業品、家具など様々な物を扱う露店が並んでおり、商人たちの呼び声が元気に響き渡っていた。
 ニタは露店の行商人に声をかけられた。
「珍しいね、外の国の人かい。どうだいお土産にトリコ絨毯なんてどうだい?安くしとくよ。」
「残念ながらニタ達は流浪の身だからね。いつか落ち着いたら買いに来るよ。」
「お、旅人かい。そりゃまた珍しい。」
「へへへ。じゃ、また今度ね。」
「おう、待ってるぜ!」
と、いった具合にクグレック達一行は商人に声をかけられることが多かったが、ニタの持ち前の愛想良さでかわすことが出来ていた。クグレックが声をかけられた時でもニタが間に入った。
 トリコの商人たちは皆陽気でお喋りが好きなようだ。リタルダンド共和国のポルカ村の宿屋のおばさんのことが思い出されるくらいに気の良い人が多かった。勿論商魂溢れる人が多いものの、ニタの喋りでうまくかわしている。
「イスカリオッシュ、これからどこに行くの?」
「あぁ、言ってませんでしたね。これからエネルギー研究所に行くので、お土産を買いに来たのです。とても美味しいクッキーのお店があるのです。」
 そういってイスカリオッシュは路地裏の通りに入っていき、こじんまりとしたクッキー専門店に入った。店内は甘いバターや砂糖の香りが広がっており、ニタとクグレックは幸せな気持ちに包まれた。
「おや、お忍びですか?」
 穏やかそうな老齢の店主がにっこり微笑みながらイスカリオッシュに話しかけた。
「あ、ばれちゃいました?」
 イスカリオッシュは顔を覆う布に触れながら答えた。
「いつも贔屓にしてくださいましてありがとうございます。」
 深々とお辞儀をする店主。イスカリオッシュは困った様子で、店主に顔を上げて貰うように促した。
「詰め合わせを頂けますか?手土産用にしたいのです。」
「はい、かしこまりました。では少々お待ちください。」
 しばらくして、イスカリオッシュは店主から包装されたクッキー詰め合わせが入った紙袋を受け取った。
「そちらの女の子と白いクマちゃんの分もおまけに付けましたので、どうぞお召し上がりください。勿論、イスカリオッシュ様の分もありますよ。」
 そう言う店主にイスカリオッシュは思わず表情を綻ばせて「ありがとう。」と返答するのであった。
 クッキー専門店を後にし、デンキジドウシャを停めている地下駐車場に戻る間、イスカリオッシュがニタとクグレックにおまけで貰ったクッキーの包みを手渡した。ニタは早速包みをあけ、甘い香りのするクッキーを頬張る。サクサクとした食感だが、じんわりとした優しい甘さが広がるとても美味しいクッキーだったので、ニタの表情は瞬時に緩み幸福感を隠せずにはいられない様子だった。
 クグレックも一つ齧ってみたが、とても美味しかった。祖母が作ってくれたクッキーのように優しく、懐かしい味だった。しかし、美味しいクッキーであるにせよ、祖母のものとはどこか違う。甘い香りのクッキーを何度もひっくり返して見つめるが、感じ取れない祖母の面影の正体を突き止めることは出来ない。
「クク、どうしたの?」
 ニタに声をかけられて、クグレックは我に返った。
「ううん、なんでもない。クッキー、おいしいね。」
「うん!」
 クッキーに舌鼓を打つ二人に、イスカリオッシュは満足げな様子で微笑んでいた。
 2016_05_28

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