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――緊急事態、緊急事態、深部管理ルームにて異常発生、緊急事態、緊急事態…

 かつてのクグレックが夢の中で聞いた警報音と同じサイレンと放送の音声。
 クグレックは、はっとして、今いる現在が夢なのかもしれないという疑問に包まれた。どうやって今の状態を現実だと判断できるのか。そもそも、いまクグレックが存在しているこの世界も、現実かどうかはっきりしていないのだ。彼女は一度炎に包まれて死んだはずだった。だから、彼女にとって彼女のいる世界は現世感を持った黄泉路なのだ。
 ただ、この黄泉路は彼女の意志に関係なく、容赦なく厳しい出来事が襲い掛かる。
 クグレックは、意識を手放そうとしたが、その瞬間、強い力で頭を掴まれたかと思うと、辺りは靄に包まれるようにして暗くなっていた。警報音も次第に遠のいていく。
 それとは逆にクグレックの意識ははっきりしていった。
 クグレックの精神が落ち着きを取り戻し、現状の把握に頭が働き始めたのだ。
 周りは全くの無音状態で、クグレックの呼吸音しかしない。
 そして、真っ暗である。光の無い、闇の世界。
 不思議なことに、クグレック自身はしっかり見える。手や衣服も灯りがある時と同様に視ることが出来るのだ。そして先ほどまでクグレックが感じていた体調不良もなくなっていた。
(ここは、どこなの?)
 真っ暗な中を歩くのは、不安だった。床が視えないこと、それだけでも恐怖感を感じずにはいられない。一歩進めた先に床があるとは限らない。底の見えない奈落かもしれない。
 ふと向こうの方に、誰かがうずくまっている姿をクグレックは確認した。
 狭間の世界と呼ばれるこの空間に誰かがいる。
 暗闇の中を歩くのは怖かったので、這いつくばりながら前進した。向こうに見える人物が気になって仕方がなかった。
 腕だけでなく脚の力も使った情けない形の必死な匍匐前進をして、クグレックはその人物の正体に気付いた。艶のある流れるような金髪にトリコ王国の白い衣装を身に纏ったこの人物はディレィッシュだ。
「ディレィッシュさん、起きてください。」
 クグレックはディレィッシュを揺すった。ディレィッシュは青白い顔をして気を失っていたようだったが、しばらくすると「うう」とうめき声をあげて、意識を取り戻した。
 はじめのうちはぼんやりとした表情を浮かべていたが、クグレックに気付くとゆっくりと表情を和らげた。下がり眉で微笑むその表情はクグレックに会えて嬉しいというよりも、申し訳なさそうな様子だった。
「クグレック…。ごめんな。」
「どういうことですか?」
「闇に潜んでいた『私』を制御出来ずに、ただの客人であるお前を巻き込んでしまった。お前をこんな空間に呼び寄せてしまったのは私の責任なんだ。」
 ディレィッシュは静かに目を閉じた。
「でも、クグレックはここから出なくてはならない。なんとかして、ここから出してやる。」
 再び力強く見開いたその水色の瞳は、弱々しさが掻き消えて、自信に満ち溢れるトリコ王の瞳に戻っていた。
 クグレックはこのディレィッシュこそ、最初にあった時のディレィッシュだということを実感した。きっとマシアスやイスカリオッシュ、クライド達が好きなトリコ王ディレィッシュなのだ。闇だの魔だの言っている狂人とは違う。
「本物のディレィッシュだ。」
 クグレックは思わず心の声を口にした。
「さよう、私がオリジナルのディレィッシュだ。」
 ディレィッシュはクグレックを見つめて、ゆっくりと頷いた。
「じゃぁ、あのディレィッシュは何だったの?」
「クグレックが見たディレィッシュは、ずっと私の中に巣食っていた闇であり、魔だ。クグレックはこんな経験ないだろうか。窮地に立たされた時、湧き出る諦めの思い。嫌な気持ちになった時に感じる相手への嫌悪感。そう言ったふつふつと生れ出るネガティブな感情全てが、彼なんだ。無論、私だって人間だから、負の感情は勿論感じる。ただ、彼は魔なのだ。そう言った負の感情を彼はさらに増幅させようと私に語りかけてくる。だけど、私は彼の言葉を無視し続けて来た。彼の言うことは私の世界にとって、面白くない。つまらないものだったから。」
(…私だったら、ネガティブな方に流されると思う。)
 クグレックは負の感情に従順だった。負の感情に押しやられ、生きることを放棄したし、誰かが瀕死の状態でいても、恐怖が勝って助けるどころか動くことすら出来なかった。 
「でも、彼は素晴らしい力を持っていた。勿論私だって、機械に関する知識や技術は世界一だと思っている。私のことは『天才』と称されるが、その通りだと思っている。統治に関しても正直他国の為政者にも劣らない。だが、彼は情報操作という素晴らしい力を持っていたのだ。」
「情報操作?」
「彼はあらゆる情報を取り入れ、その情報を全て掌握し、動かすことで自分の思う方向へ進むことが出来るのだ。現に彼は全ての情報を操作して、国民の反対に遭うことなく戦争を開始しただろう。」
 トリコ王国に来てから、クグレックとニタはディレィッシュの手のひらの上で踊らされているような感覚がしていたが、その通りだったのだ。彼の術に嵌っていたのだ。これが、魔の力。
「彼の力を初めて使ったのは、18の時、先代が亡くなって王位を継いだ時だった。18の私が王位を継いだことを良く思わない人達が多くてね、私は彼の力を借りながらハーミッシュ達と共に、彼らを排除したんだ。」
「排除?」
「その手段や経緯はクグレックは知らなくていい。ただ、トリコ王国を足蹴にし、私利私欲に生きる者達を、排除した。その時に使ったのが、彼の情報操作。彼の力を借りて輩を無理なく自然に悪に仕立てあげて、トリコ王国の、いや、世の中の正義として排除した。ただそれだけ。私にとって、彼の力はその時だけで十分だった。」
「そうではなかったんだね。」
「あぁ。それを期に彼の能力は私の思考と合体してしまって、私の予期しないところでも、彼の意志を持って能力が発動してしまうようになった。彼の力を使うことは、私が彼に従属することだ。彼に私の自我を分け与えることになる。じわりじわりと彼は私を浸食しながら、この時を持ち込もうとしていたのだろう。」
「つまり、魔の力を使いすぎたがために、ディレィッシュはこの空間に閉じ込められたっていうこと?」
「そういうことだな。私が魔の彼を私の中に閉じ込めていたように、力が逆転したことで彼が私を閉じ込めたんだ。それは魔との魂の契約で定められていたことだから覆すことが出来ない。」
「魂の契約?」
「呪いかな。魔が入り込んできた時にかかっていた呪い。魔をコントロールできなくなるか、コントロールすることを放棄した場合、魔とのポジションが逆転する、という呪いだ。」
 ディレィッシュは見つめていた掌をぎゅうと握りしめ、にこりと微笑んだ。
「彼は、クグレックの存在が彼の力を増幅させた要因だと話していたが、…私はもうそれ以前に、壊れ始めていたのだろうな。だから、私に負担をかけまいとハーミッシュは単独で開戦停止の交渉に行ったし、イスカリオッシュは常に気をかけてくれていた。クライドも、忠義を尽くしてくれた。本当は、もうだいぶ前から皆に気付かれていたんだろうな。」
 ディレィッシュはゆっくりと体を起こし立ち上がった。優しく、それでいて淡々と語るディレィッシュからは不思議と悲嘆的な様子は見えなかった。
 クグレックと目が合うと、ディレィッシュはにっこりと微笑む。こんな暗闇の中に居ても、彼は余裕があるように見えた。
「だが、クグレック、お前はここに居るべきでない。元の場所に戻らなければならない。」
「ディレィッシュは?」
「私か?私は魔に殺されたようなものだ。元の場所の私は死んだんだ。出られない。」
「そんな。」
「そもそもクグレックが来るまで、この場所で意識がない状態だったんだ。外の状況は新年会以降曖昧だ。」
「でも、目が覚めた。戦争、始まっちゃったけど、止めなきゃ。私は、そのためにディレィッシュに会いに来たんだから。」
「戦争は、始まってしまったのか…。」
 悲しそうにディレィッシュは俯いた。
「『無駄に命がなくなってしまうのも嬉しいものじゃない』って言ってたじゃない。私一人戻ったって、戦争を止めることは出来ない。ディレィッシュがいないと、このままじゃトリコ王国は…。」
「もう、どうにもならない。」
 ぴしゃりとディレィッシュは言い放った。今までの穏やかな表情と打って変わって、真顔だった。
「全て彼の思惑通りに動いている。彼が望む破滅の方向へと。彼はトリコ王国だけでなく、大陸全てを混乱に巻き込むだろうことは私が一番よく知っている。それだけの力をトリコ王国は蓄えて来た。彼は世界を好まない。だから、壊す。彼の優秀な情報操作の力を以てして。」
 クグレックはそのような言葉をディレィッシュの口から聞いてしまったことに、ショックを受けた。クグレックはディレィッシュにさえ会うことが出来れば、物事は全て解決すると思っていたのだ。彼の海の様な大らかな心に包まれて安心したかった。だが、それは叶わないようだ。
 すなわちそれは、クグレックが破滅の引鉄を引いた要因であることが確定するということだった。
 ディレィッシュがこんな状態になったのはクグレックが魔の力を増幅させてしまったせいなのだ。
 クグレックは破滅の世界で、終末を呼び込んだ者としての責任を負って生きなければならない。そんな世界に彼女だけ戻すなんて、ディレィッシュも惨いことをする。
 クグレックは顔を真っ青にして懇願した。
「私一人戻ったって、何も出来ないっ。ディレィッシュがいないと、このままじゃ、マシアスだってどうなるか。私は魔法の力で、物に触ることなく動かすことが出来る。だけど、きっと、国を動かすことは出来ない。だから、ディレィッシュがいないと…。」

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