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「いま、この世界は『ディレィッシュとハーミッシュが存在しなかった世界』なんだ。」
 クグレックはさらに首を傾げ、混乱した。
「私は、ある賭けに出て、魔を自身から追い払うことが出来た。だが、それはそもそも双方共倒れの方法で、消滅したくなかった魔は最期の力を使って、お互いに生き残る道を取ったのだ。それが、彼の究極の情報操作。彼は今の世界を『ディレィッシュとハーミッシュが存在しなかった世界』に書き換えた。書き換えた、というか、吸い取られた、というか。私達は生きてはいるが、私達の存在は誰一人として、知らない。それは、私達が存在しない世界だからだ。」
「え?」
「本当は私だけであってほしかったのだけど、書き換えるためのエネルギーとして私の情報は全て持って行かれたのだ。ただ、私の情報だけでは足りずに、ハーミッシュの情報も必要となって、ハーミッシュまでもが犠牲になってしまった。」
 クグレックは混乱した。一眠りしていた間に、こんなにも簡単に、そして軽率に、世界が変わってしまうことがあり得るのだろうか。もともとディレィッシュは変わった性格をしている。クグレックは、彼が変な冗談を言っているのだと思わずにはいられなかった。
「そ、そんな。じゃぁ、トリコ王国はどうなったの?」
 ディレィッシュはにこりと微笑んだ。
「無論存在している。私が生まれる前からトリコ王国は存在していたのだ。私がいなくなろうと、トリコ王国は存在し続ける。そして、イスカリオッシュが国王となり、トリコ王国は永劫繁栄し続けるだろう。私が存在しないが故に、ランダムサンプリとの諍いもなかったことになった。」
「でもディレィッシュたちはどうなるの?」
「今、この世界のトリコ王国の王はイスカリオッシュだ。我々はトリコ王国民でもなければ、何でもない。」
 後部座席に座るクグレックとディレィッシュの間のニタが話に混ざって来た。
「ねぇ、イスカリオッシュが王様なら、トリコ王国国民にしてもらえばいいじゃん。元兄弟ってことで。別に何でもない存在になる必要はないんじゃない?」
「それが、ダメなんだ。」
 ディレィッシュは笑みを湛えるも、どこか寂しそうな表情であった。
「イスカリオッシュも今日が終われば私達がいた記憶を失くして、世界と同調する。トリコ王国がセキュリティレベルが高いのは私が生まれる前からのことだった。だから、身分も身内もいない私達がいたら、部外者として処分の対象になるだけだ。」
「だから、私は最後のお手伝いですよ。私は、……大好きな兄たちのこと、忘れたくないんですけどね。」
 しみじみと語るイスカリオッシュ。しかし、クグレックはバックミラー越しにいつも朗らかなイスカリオッシュの表情が、静かに曇っていく様子を見逃さなかった。
「でも、イスカリオッシュだけなんだ。この時間を与えられたのは。他の皆はもう、私達のことなど知らない。だから、今日中に私達は、トリコ王国を離れなければならない。」
「その後は、どうするの?」
「お前たちと一緒にアルトフールを探すよ。」
「え!」
「ほら、ペポ族と年頃の女の子じゃ色々危険だろう、だから、私達がボディガードになってやるんだ。」
「ディッシュ、お前は誰かを守れるくらい、体力もなければ腕っぷしもないだろう。」
 助手席に乗っていたマシアスが後ろを向いて呆れたように言った。
「ははは、そうですね。王様じゃないディレィッシュ兄さんはただのもやしっ子ですね。」
 それにイスカリオッシュも同調して、笑顔になった。
「その代わり、天才的な頭を持っていたから、トリコ王国をあそこまで発展できたんです。あなたがいなければ、デンキジドウシャだってこの通りうるさいし、燃費も悪い。シートだってふかふかじゃない。」
 つまり、ディレィッシュの頭はトリコ王国を技術面で大きく発展させた。ディレィッシュがいない世界では、テクノロジーを発展させる人間がいないが故に、デンキジドウシャもそこまで快適なものにはならず、同時にエネルギー対策というのもディレィッシュの時代ほど整っていない。
 だから、エネルギー高炉はなくなり、その更地にクグレックとニタは眠っていたのだ。
 静かになるとイスカリオッシュは寂しそうな表情になる。刻一刻と迫る兄弟との別れの時間が怖いのだろう。
「ねぇ、マシアスは、どう思っているの?自分の存在をなかったことにされて、嫌じゃないの?」
 ニタがぽつりとマシアスに尋ねた。それはクグレックも気になっていたことだった。
「まぁ、寂しいな。だけど、俺の存在までで済むのならなにも問題はない。俺の存在がなくなるだけで、どん底の状態を迎えるトリコ王国が元に戻ったんだ。それに、王位はイスカリオッシュが継いでいる。なにか問題でもあるのか?」
 きょとんとしながら聞き返すマシアス。
「いや、だって、住む場所とかなくなるんだよ。嫌じゃないの?」
「…別に、なんの気兼ねもなしに王宮暮らしから離れられるのは正直嬉しくもある。自由に生きるのが夢でもあったから。」
「私もだ!」
 嬉しそうに同調するディレィッシュ。
「いや、兄貴は多分庶民の暮らしには文句垂れまくると思う。そうじゃなきゃ、あそこまで技術を発展させようとしない。生来面倒臭がりなんだ、」
「いや、そんなことはない。私だって、自由に暮らしたかった。」
 その言葉を聞いたマシアスは一瞬はっとして口を噤んだ。確かに、ディレィッシュは王として生き続けて来た。そこに彼にとって本当に自由な時間など存在しなかったのかもしれない。
「…まぁ、自分で決めた道だし、自由に進めばいいじゃないか。」
 マシアスが申し訳なさそうに言った。王の弟ではなく、ディレィッシュの弟として、マシアスは彼の幸せを望みたかった。これまでトリコ王国のために費やしてきたのだから、彼は本当の意味で自分のために時間を使うべきなのだ。今までの彼は小さなプライベートラボでのみ自由を許されていたが、もう、そうではないのだ。
「あぁ、私の人生、まだまだこれからだからな。機械いじりだって、その気になればいつだってできる。」
 嬉しそうに語るディレィッシュ。
「あ。そうだ。」
 マシアスが再び振り返って、後部座席に向かって声をかける。
「なんだ?ハーミッシュ。」
「…あぁ、それでいいんだ。ニタとクグレック、俺の名はハーミッシュだ。訳あって、マシアスという名を使っていたが、それはただの偽名だ。…もしよければ、俺のことはマシアスではなく、ハーミッシュと呼んでくれないか?名前だけが俺の最後の証だから。」
「ハーミッシュ…。」
 ニタが呟く。が、ニタの眉間には皺が寄って行った。
「ハーミッシュも、ディレィッシュも長い。呼びづらい。」
 不機嫌そうな表情で、ニタが言った。
 マシアス、ことハーミッシュは、はははと笑いながら
「じゃぁ、俺のことはハッシュと呼べば良い。ディレィッシュも長いから、ディッシュでいいんじゃないか?」
と提案すると、ニタはそれを「分かった」と承諾した。
「じゃぁ、クク、この身寄りのない兄弟も一緒にアルトフールに連れて行ってあげようか。」
 ニタが言った。
 クグレックは「うん」と大きく頷いた。
 奇妙な運命ではあるが、これも何かの縁なのだ。
 彼らは当然の如く運命を受け入れる。生まれ故郷や兄弟、大切なものを一挙になくすことになった二人だったが、彼らはその困難を楽しんですらいるようだった。その様子をみたら、クグレックも二人と共に歩みたくなった。
 依然としてアルトフールがどこにあるかは分からないままだが、この二人がいてくれれば心強い。特にハッシュは良識もあるし、これまでずっと二人のことを助けてくれた。ディレィッシュだって、非常に博識だ。きっといろいろなことを教えてくれるだろう。
 
 還る場所がない4人は還る場所を探しに行く。
 



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