薬物騒動とまやかしの恋③
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そうして歩くこと数時間。幸いなことに道中強盗に襲われることなく安全に港町ティグリミップに到着した。既に日は沈みかかっており、空は橙色に染まっている。
そして、ニタとクグレックは感嘆する。
白壁にヤシの葉の屋根の住居が立ち並ぶ先にこの世のものとは思えないうつくしい風景が広がっていたのだ。
ざざーん、と寄せては返るさざなみの音と汗の匂いの様な嗅いだことのない不思議な匂い。果てしなく続く水平線の先に溶け行く夕日は二人が生まれて初めて見る『海』を橙色に染め上げていた。
「うみ…。」
ニタが呆然として呟く。クグレックは言葉が出て来ない。夕日が沈みゆく海に釘付けだ。
そして、ニタはクグレックの手を取り、急に走り出した。突然のことでクグレックは転びそうになったが、なんとかニタに合わせて着いて行く。
「うははっ。海だ。ねぇクク、知ってる?海の水はしょっぱいんだって。飲んでみよう!」
そうして二人は砂浜を駆け抜ける。が、クグレックは砂に足を取られてとうとう転んでしまった。
「あ、クク。」
ニタは振り返る。クグレックは顔中砂まみれにしてよたよたと立ち上がり、「ニタ、先に行ってて。私も行くから。」と声をかけた。ニタは「うん」と頷くと再び走り出した。
クグレックは顔や体に付いた砂をぽんぽんと払ってニタの後を追いかけようとする。が、ふとディレィッシュ達のことが気になり後ろを振り向いた。すると、驚いたことに、ディレィッシュがうずくまっていた。隣のハッシュが支えるようにして肩に手を回している。傍ではムーも心配そうにしている。ディレィッシュに何かがあったようだ。
「ニタ!」
クグレックは海でじゃぶじゃぶ走り回っているニタに声をかけて、ディレィッシュの異変を伝えた。ニタは物足りなさそうな表情を見せたが、クグレックと一緒にディレィッシュ達の元へと戻った。
ディレィッシュは顔を真っ赤にして息を荒げている。苦痛に歪んだ表情で、ハッシュの支えがなければ今にも倒れ込んでしまいそうな状況だった。
「ハッシュ、ディレィッシュは一体どうしちゃったの?」
クグレックが尋ねた。
「分からない。突然苦しみだしてこんな状態になった。熱があるみたいなんだ。クク、俺はディレィッシュを支えてないといけないから、ニタと宿を探してくれないか?」
「分かった。」
クグレックは頷き、ニタと宿屋を探し回った。
すぐに宿屋は見つかり、体調を崩したディレィッシュはすぐにベッドに入れられた。
汗をだらだらかき、顔を真っ赤にしてぜぇぜぇと息は荒い。風邪とはまた異なる状態に一同は不安になった。
宿屋の主人もディレィッシュを心配して、水やおしぼりを持って部屋に入って来た。ディレィッシュの様子を見た主人は険しい表情でむう、と唸り声をあげた。
「おじちゃん、どうなの、ディレィッシュはだいじょうぶなの?」
ニタが尋ねると、主人は躊躇いがちに
「この兄さんは突然具合が悪くなったんだね?」
と、尋ねた。ハッシュは「はい」と答える。
「うーむ。だとすると、アルドブ熱かもしれないな。」
「アルドブ熱?」
「ジャングルにいるアルドブ虫という蚊みたいな小さい虫に刺されると発症する病気だよ。とはいえ、大人は抵抗力が強いからここまで酷くはならないんだけど、稀に虚弱体質だったりするとひどくなる場合があるんだ。たぶん君たちも刺されていただろうけど、大丈夫だろう?」
ディレィッシュは魔が抜けて、体力が著しく低下していた。クグレックよりも体力がない状態だったので、アルドブ虫に抵抗できなかったのだろう。
「…治るのか?」
「自然治癒は難しいやつだよ。薬じゃないと治らないんだ。というか、早く薬を飲ませないと死んでしまう。生憎今はうちには用意がないんだ。」
「町に薬屋はないのか?」
「あるよ。今地図を描くから、ちょっと待ってて。」
主人は部屋を出て行った。
ディレィッシュは顔を真っ赤にしてぜぇぜぇと息を荒らげている。
宿屋の主人がさらりと口にした『早く薬を飲ませないと死んでしまう』という言葉に不穏な雰囲気が漂う。
一国の主として国を発展させ続け、しかし一夜にしてなかったことにされつつも新たな人生をスタートさせたばかりだというのに、彼の人生はここで終わってしまうのだろうか。
間もなくして主人が戻って来ると、ニタとハッシュとクグレックが薬屋へ向かうこととなった。
ところが、薬屋に行ってもアルドブ熱に効く薬は切れているということだった。
落胆する3人。
特に唯一彼の弟であるという自覚があるハッシュはどうしても諦めることが出来ない。ハッシュは薬屋の店主に問い質す。
「アルドブ熱にかかった者はどのくらいで死んでしまうんだ?少しでも和らげる方法はないのか?」
「長くて1週間だが、…治す方法は薬以外に何もないし、運が悪かったと思うしかないな、残念ながら…。」
「じゃぁ薬の原料はどこにあるんだ?原料さえあれば調合してくれるよな?」
「原料は…御山の方にあるんだ。でも、御山は今不吉な噂が立っているだろう?なんでも凶悪なドラゴンが出現したとか…。だからアルドブ熱の薬は実はしばらく入荷できていないんだ。」
3人はなすすべがないことを悟った。
ドラゴンはもうすでに退治された。だが、コンタイ国は交通が発達していないために、おそらく情報が伝わるのは遅いであろう。そして、これから御山に原料を取りに戻るとしても最低でも2週間はかかってしまうのだ。その間にディレィッシュは死んでしまう。
「…我々は御山から来たんだが、ドラゴンは退治されて、もとの神聖な御山に戻ったよ。」
ハッシュは低い声でそれだけ告げると、薬屋を後にした。いつになく落ち込むハッシュにニタも中てられたのか、小さく会釈をしてその後を着いて行った。クグレックも追従した。
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