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魔女の晩餐会


お題配布元:月と戯れる猫

ハロウィン用に去年かいていた物。もう収集がつかなくなったので、うpします。

実はハッピーエンドですが、説明不足でバッドエンド風味。

バッドエンドなのも良いじゃない。



 

「ここの晩餐会では正体を明かしてはならないからね。正体を隠すために仮面を付けてパーティに臨みなさい。」
 そうハクアに言われて参加した晩餐会は大層特殊なものらしい。ボリュームのあるワインレッドのベルラインドレスに身を包み、仮面をつけて参加した。ハクアは会場に入ると「アタシはちょっと用事があるから、ククは一人で社交デビューなさい。」と言って、私を一人会場に置いて行った。ハクアの話によると、アルトフールの人達もこの仮面舞踏会に参加するらしい。だけど、この場では正体を明かせないから、会場で会うことが出来ても、他人同士でいなければならない。ちょっとさみしい。
 会場はとても豪華絢爛な広間だった。天井が高く、宙には本でしか見たことがない巨大で華美なシャンデリアが多くぶら下がり、絨毯やテーブル、その上に並ぶ煌びやかな食器もなにもかもが豪華である。
 周りの人達も美しいドレスに身を包んでいるので、私は少々怖気づいてしまった。
 この中にハクアがいるはずだけど、こんなに人がいては背が高くて燃えるような紅髪をもつハクアといえども見つけることが出来ない。
 アルトフールの誰かに会いたくて、広間内をきょろきょろしていると、私は声をかけられた。
「やぁ、黒魔女。」
 黒地に赤く縁どられたマントを纏い、ふさふさと銀の羽がついた大きな鍔の黒い帽子をかぶった男性に声をかけられた。勿論仮面をつけているので、表情をみることは出来ない。向こうは私のことを黒魔女と言って来たけど、私のことを知っているのだろうか。
「…ごきげんよう。」
「確か白魔女が連れて来たと言ってたかな。黒魔女、ここでは正体を明かしてはならない。無論、自分の名も明かしてはいけないよ。ここはホロウの間だ。正体を明かした瞬間、人ならざる者に取って食われるから、何があっても名乗っていけないし、仮面を外してはいけない。気を付けろ。」
 私は何というところに連れて来られたんだ。ただ、この目の前の男性の帽子のふさふさとした銀色の羽や、ところどころに見える赤い細工はどこか見覚えがあるのだけども。
「まぁ、なんかあったら、俺を頼れ。俺は、そうだな、ここでは「銀貴公子」と呼ぶと良い。白魔女の他に「砂上楼君」「陽光守人」「死人総帥」「満月水龍」も来ている。彼らはお前が良く知る人物だから、信用しても良い。だけど、それでも、この館にいる限りは、絶対に名を明かしてはならないし、仮面を外してはいけない。もしかすると、仮の名をわざと騙ってお前を取り込もうとする奴もいるから、気を付けるんだ。」
 この男性は、もしかするとビカレスクなのかもしれない、と気付いた時には、銀貴公子は真っ赤なドレスに身を包んだ女性に声をかけられ、広間の奥へと消えてしまった。この晩餐会にはハクアとビカレスクが何度か参加していることを聞いたので、こんなに落ち着いた振る舞いをすることが出来るのだろう。一人称が「私」だって。
 銀貴公子曰く、白魔女、砂上楼君、陽光守人、死人総帥、水龍が私の知り合いらしい。白魔女はつまりハクアのことだということは分かったけど、残りはだれだろう。きっと皆豪華な衣装に身を包み、仮面で顔を隠してしまっているから、仮に会えたとしてもすぐには分からないだろう。
 しかし、名乗ってはいけないだとか、正体を明かしてはいけないだとか、ハクアは何も教えてくれなかった。大変なことであるならば、ちゃんと教えてくれれば良いのに。ハクアに付き合うとろくなことがない。
 ため息を吐きながら、私は目の前のテーブルに並べられているごちそうに手を伸ばした。すると、
「ごきげんよう、『黒魔女』さん。」
と、涼やかな声をした男性に話しかけられた。高貴そうな萌葱色のマントと半ズボンに身を包んだ男性だ。この人もまた銀貴公子と同様に羽根つきの帽子を被っている。羽根だけでなく金細工の大きなカメオ風のアクセサリーもつけて銀貴公子よりも派手な見た目だ。
 仮面を被っているこの人は知り合いでないことは当然なのだが、表情が見えないことで余計に不信感が募って来る。
「私は、そうだね、『一角侯爵』だ。『黒魔女』のうわさは兼ねてから聞いていたけれども、これほど素晴らしいものだとは。気狂いが多くなってしまったのもうなずけるな。」
 一角侯爵はごちそうに伸ばそうとして宙ぶらりんになっていた私の手を優しく取った。仮面の奥で光る瞳が静かに微笑んだかと思うと、私の手の甲にキスをした。
「白魔女や銀貴公子のガードが固すぎるから、今晩の約束を取り付けるのはまた後ほど。しかしながら、一曲だけお相手願いたい。」
 つまり、踊りのお誘いということか。
 私は踊りなんて、踊ったことがない。
「大丈夫。私に任せて。」
 一角侯爵は私の肩に手を置いて、ダンスフロアまでエスコートしてくれた。
 ゆったりとした円舞曲だった。私のステップはぎこちなく、何度も足がもつれて転びそうになったり、近くの人にぶつかりそうになった。そのたびに一角侯爵が私を抱き寄せて支えてくれたけど、凄く大変だった。変に汗をかいてしまう。
「黒魔女、実に魅力的な女性だ。私はこの後用事があるため少し離れるが、また戻って来る。その時に、またご一緒してくれないだろうか。」
 一角侯爵は私の腰に手をまわし、優しく語りかけて来た。
「ダンスは苦手なので…。」
「ふふふ、ダンスの良し悪しを求めているのではないのだよ。黒魔女と一緒の時間を過ごすことが重要なのだ。」
 歯の浮くような台詞をいとも容易く言ってのける一角侯爵。ただならない男だ。
「では、また後ほど。黒魔女さん。」
 そう言って一角侯爵は出口へと人ごみの中に消えて行った。
 私はシャンメリーのグラスを一杯貰って一口口を付けると、ため息を吐いた。
 初めての舞踏会はとても疲れる。誰とも知らない人たちに囲まれて、社交辞令を述べる。手を取りダンスをする。煌びやかな世界に憧れは抱いていたけれども、実際はそうはしゃげるものでもない。綺麗なドレスを身に纏えたのは嬉しいけども、一人だと寂しさがその喜びを上回ってしまう。
 早くアルトフールの人達に会いたい。
「『黒魔女』」
 声をかけて来たのは、周りとは大分毛色の違う衣装を身にまとった女性だった。私よりも身長の低いその女性は、桃色の衿がついた着物型の真っ赤なドレスを身にまとっていた。帯は金色で、まるで蝶の様な結び方をしている。帯から下はふんわりと広がったスカートになっており、可愛らしい。そして、一際目に付くのが大きな頭の飾りである。金色の蓬莱の玉の枝のてっぺんに鳳凰モチーフが乗った飾りである。女性の頭よりも大きいので非常に目立っていた。また、顔を隠す仮面も、マスカレードではなく、狐の面を付けていた。おかっぱの艶やかな黒髪を持ったその背の低い女性は、おそらく、私の知るあの人物だ。
「死人、総帥…?」
 おそるおそる彼女の仮の名を呼ぶ。死人総帥はこくりと頷いた。個性を貫き通した彼女の恰好は、場違いではあるが、逆にこの豪華で怪しい会場に馴染んでいるような気もした。他人とはあからさまに異なっていても、揺るがない精神を持つのはマナ以外にいない。
「もう誰かにあったの?」
「ビ、銀貴公子に会っただけ。」
「そう。」
「死人総帥は一人なの?」
「…今は。満月水龍と一緒に来たけど、あっちでご飯食べてる。」
 死人総帥が向ける視線を追うと、銀と黒のボーダーのマントと藍色のキュロットスカートにブーツを履いた浅黒い肌の金髪の男性がテーブルの上のごちそうを美味しそうに食べていた。相変わらずのクルガだ。
「私はしばらくここのホロウとお話をしてるから、満月水龍は一人でご飯食べてる。」
「ホロウと話す?」
「ホロウ、知らないの?」
「うん。ここがホロウの間だっては知ってるけど。」
「ホロウは、いうなれば幽霊。」
「幽霊!」
「ここで正体を明かしてはいけないのは、体を失ったホロウたちが実体を求めているから。名前を明かせば、体を失い、心も精神も失ってしまったホロウが喜んでその名を乗っ取りに来る。仮面を外したら、ホロウがその素顔を奪いに来る。ホロウはいまも空中をふわふわと漂っているし、貴女の隣にもいる。」
「え!」
 背中がぞくっとした。ホロウと呼ばれる幽霊みたいな存在がここには蔓延している。もう一体なんと形容した良いのか分からない。
「知り合いがいるかもしれない。私のともだちだった人が、いるかもしれない。」
 死人総帥の「友達」。彼女は長く生きているから、その友達はもうこの世にはいないのだろう。
「じゃぁね、黒魔女。」
 そう言って、死人総帥は頭の蓬莱の玉の枝をしゃらしゃらと鳴らして人ごみの中へ消えて行った。大勢の人がいるけど、この中にはホロウもいる。もしかすると、見えるホロウもいてここの人達の何人かはホロウなのかもしれない。もう何が本物で何が偽物なのか分からなくなってきた。煌びやかな衣装と素顔を隠す仮面で私の心は倒錯的になっているみたい。
 上を仰ぎ見れば、豪華なシャンデリアが煌々と輝いている。
 人々の上品な会話と美しい円舞曲の音楽が奏でられ、夢でも見ているようだ。
 なんだか変な気分!
「黒魔女、やっと見つけた。」
 ふわふわとした私の心にやさしく響くこの声は、もしかすると、あの人の声。
「不思議だな。仮面付けて、こんな立派な衣装を身にまとっても、お前のことが分かってしまうんだな。」
 声の方に視線を向けると、そこには深緑の衣装に身を包んだ男性がいた。裏地が黒の鍔がない大きめの帽子を被り、金の刺繍で縁取られた深緑のコートを羽織っている。他の人と比べると比較的ゆったりとした衣装だ。
 仮面をつけていて顔は分からないが、目の前の男性が誰なのかはすぐに分かった。
「ハ――」
 かの名を言いかけた時、目の前の男性は私の唇に人差し指をくっつけ、言葉を遮る。
「陽光守人。ここにいる間はそう呼んでくれ。」
「陽光守人…。」
 陽光守人を前に私はうっとりとしていた。このワインレッドのドレスが似合って見えるだろうか。不安だった心が自然と温かくなる。
「銀貴公子と砂上楼君と一緒に来たんだけどな、あの人はこの空間を誰よりも楽しんでいるよ。手当たり次第に女性を口説いては踊っている。今までこのような舞踏会には何度も参加してきているが、大きな肩書きを持っていたから自由には楽しめなかったのだろう。でも今や何の肩書きも持っていない奴は自分の本能の赴くままに行動している。楽しいだろうよ。」
 陽光守人の話で砂上楼君の正体が何となくつかめた様な気がする。かつて砂漠の国を統べていた一国の主は、今や世界の片隅で己の楽しみと共にひっそりと生きている、彼だ。
「黒魔女、どうだ、一曲。ていうか、踊れるか?」
「失礼な。私だってさっき一曲踊ったんだから。」
「…踊ったの?誰と?」
 陽光守人の声が少しだけ低くなる。私はもしかすると余計なことを言ってしまったのかもしれない。
「い、一角侯爵って人と…。」
「ふうん、そう。」
「うん。」
「…まぁ、ここは魔女の晩餐会だからな。黒魔女が人気なのは仕方ない。」
 陽光守人はそう言って、私の手を取り、手の甲に静かに口づけした。仮面から見える見覚えのある瞳は、まるで獲物を狙う鳥のような鋭い目付きであった。
「黒魔女、一曲いかが?」
「…喜んで。」
 仮面をつけていて良かった。なんだか恥ずかしくて死にそうだ。
 陽光守人のエスコートで再びダンスフロアに戻って来た。優雅な円舞曲が奏でられるその空間は不思議なことに、さっきとはまた別の空間のように思えた。どうしても上手くステップを踏むことが出来ないけど、陽光守人になら安心して体を委ねることが出来る。シャンデリアと参加者の美しい衣装で煌めく舞踏会場は色が宿ってキラキラと輝いて見えた。
「…楽しかった。陽光守人とだったら、また踊っても良い、かな。」
「ははは。なら良かった。おっと。」
 陽光守人に女性がぶつかる。胸の開いた黒いドレスを着た色っぽい女性だった。女性はその手にワイングラスを持っていたが、ぶつかった拍子にグラスの中の赤ワインが陽光守人のベストにかかってしまった。
「あら、ごめんなさい。」
 赤いルージュが更にセクシーさを増している。ふくよかな胸の谷間に私は釘付けだ。こんな大胆な格好、私には出来ない。
「大変ね、これじゃぁ、しみになってしまうわ。こちらへ参りましょう。」
 そう言って女性は、陽光守人の手を取って人ごみの中へ消えて行ってしまった。陽光守人は振り返って何かを言おうとしていたが、聞き取れなかった。
 また私は一人残された。
 みんな吸い込まれるかのように、人ごみの中に消えて行ってしまう。
 陽光守人が戻って来るかもしれないから、しばらくはここで待っていよう。一人でシャンメリーを飲んでいるといろんな人に声をかけられる。皆私のことを物珍しいものに会ったかのように話しかけてくるけど、話だけしてダンスの誘いはすべて断った。陽光守人とのあの甘美なダンスの余韻を残しておきたいのだ。
 しかし結構時間が経っても陽光守人は戻って来なかった。
 しみ抜き用の薬なら、クロークに預けた荷物の中に入っているはずだから、陽光守人を探して持って行ってあげよう。
 会場を出てクロークに預けた荷物からしみ抜きの薬とハンカチを持ちだす。静寂に包まれた廊下は寒気がするほどに生気がない。会場の華やかな雰囲気が彼方のことのように思われた。
 控室を探して館内をウロウロしていると、どこからか声が聞こえる。
 艶っぽい吐息交じりの女性の声と、息を潜めて喋る聞き覚えのある男性の声だ。
「あらあら、会場を一緒に出たっていうことは、そういうことでしょう?私と一晩を共にする、ということなのでしょう?」
「いや、しみ抜きをするっていうから、出ただけですっ。」
「初心なのね。良いじゃない。貴男なら何をしてくださっても構わなくてよ。この舞踏会はそういうものなんですから。」
「魔の力を持った者達の社交場としか聞いていなかったがっ。」
「そうね。ただの社交場じゃなくてよ。力のあるものが契約を交わす場所でもあるわ。」
「…契約って、つまり関係を持つってことか?」
「あら、知っていたのね。そういうことよ。別に魔の力を持っていなくたって、魔女は貴男のように生きの良い男性の精気を得るだけでも力になるのよ。若くて生きの良い貴男の精気、欲しいわぁ。ね、お兄さん、夜を共にする相手がいるならば、今だけでもいいわ。ほら、ねぇ、うふふ。」
「うっ。ちょ、ちょっと、こんなところで…。ほんと、やめっ…。」
 ショックで言葉が出て来ない。おそるおそる声の方を覗いてみると、深緑の衣装と露出度が高い黒のドレスがそこにいた。
 ここにいたんだ。
 と、その時、手に握っていたしみ抜き薬がほろりと手から滑り落ちた。
 ガラスの容器だったため、しみ抜き薬は床に落ちるとパリーンと大きな音を立てて割れてしまった。
 絡み合う目の前の男女の視線が、私に向かう。
「黒魔女!」
「あら、先程の。あなたが噂の黒魔女なのね。ごきげんよう。こちらの陽光守人、ちょっとお借りするわね。」
 言葉が出て来ない。
「そんな泣きそうな顔しないで頂戴。すぐに終わるから。」
「やめろ!本当に!やめてくれ!」
 黒ドレスの色っぽい女性は私に見せつけるかのように、陽光守人にその魅力的な豊満な体を寄せる。
 こんな場面、見たくなかった。
 やめて!やめてやめてやめて!

 と、その時、突然照明が落ちて、辺りが真っ暗になった。
 停電だろうか?
 それにしても、様子がおかしい。目の前にいるはずの陽光守人達の気配が感じられないのだ。
「陽光守人?」
 その名を呼んでみるが、返事は帰って来なかった。私の声は暗闇に吸い込まれたかのように響いている感じがしない。
「陽光守人、の、バカ。やっぱりおっぱいおっきい女の人が好きなんだ。ばか、ばか。」
 思いつくだけの悪口を言ってみたけども、返事はない。
 なんだか怖くなって、私は走り出した。もしかすると、誰かがいるかもしれない。ハクアやビカレスクにも会えるかもしれない。ヒールを響かせながら、闇雲に走り回る。暗闇だけども、未だに目が慣れないので、何も見えてこない。
「黒魔女。どうした?そんなに怯えた顔をして。」
 唐突に涼やかな男性の声が聞こえたかと思うと、全身黒のローブに身を包んだ男性が現れた。勿論ここは仮面舞踏会であるので、仮面をつけていて顔を見ることが出来ない。誰だか分からなかった。不安で心が一杯だったけど、冷静にならなければ。
 この人は誰?まだ信用してはいけない。
「あなたは誰?」
「さぁ、だれだろう。」
「どうしてそんな恰好をしているの?」
「ふむ、それはなぜだろうな。だが、黒魔女も舞踏会に似つかわしくない恰好になっているな。」
 自身の体を見てみると、驚いたことに、目の前の男性と同じ黒のローブに身を包んでいた。あの華やかなワインレッドのドレスはどこへいったのだろう。
「やはり、まだ制御できないみたいようだな。黒魔女、私であれば貴女の力を制御出来るのだが、私に身を委ねるつもりはないだろうか。」
「どういうこと?契約を結ぶってこと?」
「そうだな。」
「それは…。」
「まぁ、処女はあの男に捧げたいのだろうな。まぁ、いつでもいい。もし私の力が必要になったら、いつでも力を貸そう。」
 そう言って涼やかな声の男性は踵を返して暗闇の中に消えて行った。
 すると、辺りに光が戻って、周りの景色が元に戻った。
 生気のない廊下。
 私はハッとして陽光守人を思い出す。このままだと陽光守人はあの女に襲われてしまう。
 もと来た道を戻って、二人がいた場所に来たが、誰もいなかった。それから、あちらこちらを探したが、二人を見つけることはできなかった。
 不安が胸を過ぎるが、もしかすると今の停電を機にホロウの間に戻ったのかもしれない。


 ホロウの間に戻ると、驚くべきことに豪華絢爛な様子は見る影もなくなっていた。
 一時間もたっていないというのに、ホロウの間はお化け屋敷のように廃れてしまっていた。煌々と輝いていたシャンデリアは所々欠けてしまい、埃や蜘蛛の巣がかかっている。大きな窓にかかるカーテンもボロボロに引き裂かれている。その窓だって、埃まみれで曇っている。テーブルに載っていた美味しそうなごちそうは、黒ずんだ金属の食器の上で腐っていたり、カピカピに干からびている。
 そして、さらに異様な光景がそこにあった。
 あんなに綺麗に着飾っていた人々は皆、仮面をつけて黒いローブに身を包んでいる。ここは豪華絢爛な舞踏会場から葬式会場に変わってしまったらしい。
 皆仮面をつけて黒いローブに身を包んでいる光景は非常に不気味だった。
 とにかく、陽光守人を、いえ、銀貴公子や死人総帥を探さなければ。
 黒の群れの中に入り込んで、皆を探すけど、皆仮面に黒ローブで誰が男性で女性なのかすら分からない。皆同じに見える。
 分からない。
 この黒ローブの人達は、決して言葉を発さない。先ほどまでの喧騒が嘘のよう。楽団もないから、ただローブとローブの衣擦れの音ばかりがする。私が声をかけても、何の反応を返さない。
 ダンスフロアにも、黒ローブの人達がいるけど、彼らは無言でステップを踏んでいた。私がダンスフロアを駆け回っても、彼らは私を避けようとしなかったので、ぶつかってしまった。が、特に何も言うこともなくステップを踏み続ける。
「陽光守人!銀貴公子!死人総帥!満月水龍!白魔女!どこにいるの、返事をして!」
 むなしく響く私の声。途方に暮れて天を仰ぐと、何かがふわふわと浮いている。虹色に輝く炎のような、何かが沢山舞っている。
 ふとその時、私は死人総帥の言葉を思い出した。

――ホロウはいまも空中をふわふわと漂っているし、貴女の隣にもいる。

 名前も心も精神も失った存在、ホロウ。幽霊みたいな存在だと死人総帥が話していた。
 ここにいる黒ローブの人達は人ではない。幽霊のような存在のホロウなのかもしれない。
 私は、ホロウになってしまったのだろうか。

「だれか、返事をして…!」
 私の声はただむなしく響くだけだった。
 衣擦れの音ばかりが聞こえる。いや、よく耳を澄ませば、カチ、コチと秒針が進む音が聞こえる。

――全く黒魔女は、本当に一人じゃ何も出来ないんだから。

 聞き覚えのある声が、聞こえた。
 これはマナの声。そういえば、マナはホロウと話をしていると言っていたっけ。

――どうしてそっちに行っちゃったの?

「分からないよ。ハッシュを追いかけて、会場の外に出たら…」
 しまった。
 私は今、とんでもないことを口にしてしまった。
 私の大切な彼の名を口にしてしまったのだ。

――あぁ。言っちゃったね。でも、ちょうど良かったんじゃない?

 そうして目の前に現れたのは、ハッシュだった。

 先程と同じ金の刺繍で縁取られた深緑のコートを羽織り、仮面をつけている。。

 ハッシュはぼんやりとした様子で立っている。どうやら私のことは気付いていない様子だ。

「ハ、…陽光守人?」
 ハッシュと呼べば良いのか、陽光守人と呼べば良いのか分からなかったが、本当の名前を口にしてはいけない決まりを今更ながらに守ってみた。
 だけど、彼からの返事はない。それだけではなく、私のことを認識すらしてくれない。
 ならばと思い、私は彼の本当の名を呼びかける。
「ね、ねぇ、ハッシュ?」
 それでもやはり、無反応だった。
 私は不安になりながらも、ハッシュの目の前で手を振ってみたり、「おっぱい星人!」と罵ってみたり、頬をぺちぺちと叩いてみたりしたけど、全く反応してくれなかった。
 それどころか、私が触れたハッシュの頬はまるで氷のように冷たかった。一体これはどういうこと?
「マナ、マナ、聞こえる?ハッシュが来たけど、冷たいし、動かないの。どうしよう。」

 頼りのマナの声は聞こえなかった。

 と、その時だった。
 黒ローブに身を包んだホロウが一人、静かにハッシュに近付いてきた。
 そして、ハッシュをすり抜けるように通過したかと思うと、黒ローブのホロウはいなくなってしまった。
 その瞬間、仮面の中のハッシュの水色の瞳が怪しく光ったかと思うと、にやりと含んだ笑みを浮かべた。
「再び体を得ることが出来た。」
 くつくつと笑うハッシュ。いや、これはハッシュではない。ホロウに名前も肉体も全て乗っ取られてしまったハッシュだ。ハッシュはこんな笑い方をしないもの。
 じゃぁ、本物のハッシュはどこに行ってしまったの?
 体も、名前も失ってしまったハッシュは一体どこへ?

――ホロウに乗っ取られた人は、ホロウになる。

 再びマナの声。

「マナ、どういうこと?」

 マナからの返事はなかった。

 私がうっかり名前で呼んでしまったばかりに、ハッシュは名前も肉体も心も失ったホロウとなってしまったのか。そんなこと、あっていいのだろうか。
 いや、でも、よく考えれば、ハッシュがホロウになったのならば、この寂れた舞踏会場にホロウとなったハッシュがいるはずだ。
 だけど、気がついた時には私は目の前のホロウのハッシュに首を締め上げられていた。
 ハッシュがもともと持つ物凄い強い力で、首を締め上げられる。
 次第に私の意識は遠のいて行く。
 仮面の中で怪しく光る彼の水色の瞳は決してハッシュのものではなかったけど、だけど、彼の手にかかるなら、それはそれでありなんじゃないかな、なんて思った。


 気が付くと、そこは豪華絢爛な舞踏会場で、ミステリアスな仮面と煌びやかな衣装を身に纏った人々が優雅な管弦楽団の音楽に合わせて踊っていた。
 私は、覚束ない足取りで円舞曲を踊っていた。
 誰と?
 深緑の衣装を着た陽光守人とだ。
 貴女は本物の陽光守人なの?
 仮面をつけているから、彼が本物の陽光守人なのかは全く判別がつかない。
 でも、私は彼に身を委ねて、円舞曲の音楽に合わせてステップを踏む。

 そして、仮面の中の水色の瞳が私を射抜く。優しい彼の瞳に絆されて、私は考える力を失った。
 踊りながら、彼が唇を重ねて来たので、私はそれを受け入れる。人前だというけれども、この非日常的で夢のような空間では、大して気になることではない。私は貴方に従属する。貴方が本物の陽光守人であろうとなかろうと、どうだって良い。この狂気的で甘美な空間に私は身を委ねるのだ――。
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