事態はきな臭いことになっているということに、クグレックはようやく気が付いた。ニタに至っては、執拗にマシアスの情報を欲していたし会おうとしていた。ニタの持つ鋭い勘が既にこの事態を嗅ぎ付けていたのかもしれない。
「まさか、ディレィッシュがそんなことを企てていたなんて。」
「あの人は数か月前から変だった。リタルダンドから戻って来てすぐ、あの人のラボに行ったら、偶然大量破壊兵器の資料を発見してしまったのをあの人に見られてしまった。それから俺はピアノ商会での傷が悪化したために療養しているという名目で監禁された。」
「じゃぁ、ククがこの扉を開けてあげるよ!」
ニタが自信満々に言ったが、マシアスはそれを制止した。
「やめた方が良い。お前たちが魔法でこの扉を開けたら、おそらく、セキュリティーシステムが発動するだろう。城中の兵士たちがここに集まる。」
「でも、ここまで来るのに、魔法でセキュリティを解除したよ?」
「…そうなのか?それはおかしい。魔法で解除したとしても、おそらく扉が開いたということは、データに上がり、緊急事態になるはずなのに。もしかすると…、あぁ、そういうことか。」
「どういうこと?」
「クグレックの魔法が高尚なのか、王がお前たちを陥れようとしているのかのどちらかだ。」
王は、ディレィッシュは、まるで一国の主だと感じさせないくらいに、気さくでフレンドリーだった。確かに変人なところはあるが、それもまた愛嬌だとクグレックは思っていた。それになにより、クグレックはアッチェレの宿屋で会った時の全てを許してしまえる優しい笑顔が忘れられなかった。あんな表情になれる人が、どうして大量破壊兵器を作り、実の弟を監禁するのだろう。もしここにディレィッシュがいて、マシアスとディレィッシュどちらを信じるかと言われたら、ディレィッシュと答えたくなるほどに、マシアスの話を信じたくはなかった。
「ニタ達は一体どうしたら良い?」
弱弱しい声でニタが尋ねた。ニタも想定外の事態に憔悴している。
「イスカリオッシュに助けを求めろ。アイツならば、いや、俺を除けば今トリコ王国にいる中で、あいつだけが、ディレィッシュに意見を言える立場の人間だ。イスカリオッシュは、俺が幽閉されていることを知らない。俺の体調が良くない程度しか知らないだろう。」
「分かった。新年会にイスカリオッシュがいたから、話してみる。」
「あぁ。よろしく頼む。…王には気付かれないように。気をつけろ。」
「分かった。」
「健闘を祈る。」
ニタとクグレックは背を向けて、金細工と極彩色の細密彫刻が模られた荘厳な扉から遠ざかって行った。
新年を迎えて賑やかに騒いでいる新年会会場へ戻るが、そこにはイスカリオッシュの姿はなかった。会の最初にディレィッシュの挨拶の後に、イスカリオッシュの挨拶があったので、確かにこの会場にいたはずなのだが、どこにも見当たらない。
ディレィッシュは相変わらず楽しそうに新年会を楽しんでいるというのに。
「お前達、何を探しているんだ?」
二人の前に王の側近クライドが現れた。相変わらず冷たい眼差しを二人に向けて来る。
「え、うん、イスカリオッシュはどこいったのかなって。」
「イスカリオッシュ様は北部エネルギー発電所に向かった。北部エネルギー発電所は辺境にある。そこで新年早々勤務している者達を泊まり込みで慰労するのが、毎年彼が行っていることだ。物好きな方だ。」
「泊まり込み?」
ニタとクグレックはお互いに見合わせた。イスカリオッシュにはすぐに会うことが出来ないことが判明したからだ。
困ったような表情を浮かべる二人にクライドは眉根を寄せた。
「イスカリオッシュ様も優しいからお前たちは勘違いしてしまうだろうが、あの方もトリコ王家の血が流れる方だ。そう易々とお前たちに時間を与えてやれるわけでもない。」
「む、む。そうだけど…。」
クライドに正論を言われてしょんぼりとするニタ。
その後、何故かクライドは二人のそばを離れることなくいたので、なんとなく色々と詮索することが憚られ、二人は成す統べもなく、ただ新年会を楽しむことしかできなかった。ただ、料理はおいしかった。
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