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魔女と砂漠の王国⑬


**********

 クグレックはハッとして目を覚ました。
 科学の力でこの部屋は快眠をもたらすために様々な工夫がなされているというのに、嫌な目覚めだ。クグレックは大量の汗をかいていた。
 そして、目覚めると同時にクグレックは声を潜めて泣いた。涙が勝手に溢れてくるのだ。
 とんでもない悪夢に、クグレックは非常に怖い思いをした。そして、それが現実ではなくただの悪夢に過ぎないということに安堵したという二つの思いが複雑に混じった涙がとめどなく溢れて来る。
 夢の中では、実験が失敗して、多くの人が死んでいた。夢だったというのに死の感覚は非常に生々しい現実味を持っていた。もし、マシアスの言う通り、ディレィッシュが大量破壊兵器を完成させ、ランダムサンプリの多くの人達の命を奪ったとしたら、あの地獄絵図が現実のものとなるのだ。なんて恐ろしい。クグレックの涙は嗚咽と共に止まることを知らない。
「クク、どうしたの?」
 すすり泣くクグレックに気付いたニタは心配そうにクグレックの傍に佇む。背中を優しく撫でながら、クグレックの気持ちを落ち着かせた。
「怖い夢を見て。」
 呼吸を落ち着かせながら、クグレックは答えた。まだ気持ちがざわざわして、夢の中身を話す気にはならない。ニタのふかふか感に癒されながら、心を落ち着かせる。
「今日はなんだか大変なことがあったらしい。ニタ達は部屋から出るなって言われたよ。」
 クグレックを撫でながら、落ち着いた様子でニタが言った。
「でも、別に部屋は出れたから、いつものおっちゃんのところに行って来たんだ。」
 いつものおっちゃんとは、トリコ王国でニタが仲良くなったトリコ城の専属料理人のことだ。いつ仲良くなったのか分からないが、トリコ王家に仕えて46年の陽気で気の良いおじさんである。ニタはこのおっちゃんを通してトリコ王国の情報を入手していた。
「おっちゃんが言うには、エネルギー研究所の方で大規模な爆発があったんだって。今は事態の把握や原因の解明、救助活動でてんやわんやな状況らしい。」
「エネルギー研究所で…?」
 クグレックは背筋が凍りついた。先ほど見た夢が鮮明に思い出される。
「なんか、テロリストの仕業かもーって。新年会で浮かれてるところを狙って、城に侵入したとかなんとか。」
「テロ、リスト?」
「政治的、もしくは宗教的信条で、暴力的な破壊活動を行う集団のこと。まぁ、ランダムサンプリが怪しいとされてるんだけどね。」
 ランダムサンプリの人が鉄壁セキュリティのトリコ王国に侵入して、破壊活動を行った。現実での研究所の爆発事件は、部外者からの故意的なものということになる。
 ニタ曰く、一瞬だけトリコ城の全てのセキュリティが機能しなくなった時間があるらしい。その時にテロリストたちは城の中に潜入し、機密情報を持ち去り、研究所に侵入したということだった。マシアスに会いに行った時、セキュリティを解除しても警報が鳴らなかったのは、丁度テロリストたちがセキュリティをダウンさせた時であったのかもしれない、とニタは勝手に推論を推し進める。
 だが、ニタはクグレックが人の話を聞くどころではない様子を見て
「クク、なんか飲む?ココアとかあるよ。」
と、尋ねると、クグレックはコクリと頷いた。しかし、同時に夢の中で焼け爛れた人達が渇きに苦しみ、水を欲する様子がフラッシュバックして、吐き気がしてきた。
「やっぱり、いい。」
 クグレックは首を横に振って、ニタの申し出を断った。
「そう…」
 しょんぼりとするニタ。
 クグレックはニタの様子に気付くことなく、ぼんやりとベッドの上で塞ぎ込む。
 ニタはやるせない様子で、クグレックから離れ、ローテーブルの上にある4D2コムを手に取った。慣れた手つきで操作すると、液晶から立体映像が映し出される。4D2コムではトリコ王国が全国民に向けて、国の情報を提供している。天気情報、催事、事件、政治など、様々な情報が映像付きで提供されるのだ。
 4D2コムは、雲一つない青空の下、真っ黒に崩壊しつくした研究所の様子を映し出す。そこではガスマスクをつけた救助隊が、研究所に取り残されていた人々の救助活動に精を尽くしていたり、その場で応急手当てをしている人達の姿を映し出しながら、沈痛な面持ちで一人の女性が現場の状況を必死に説明していた。

『本日未明に爆発を起こしたエネルギー研究所は建物は大破し、多くの犠牲者が出たとされています。その人数は未だ調査中ですが、数十名の研究者、作業者たちが体にやけどを負ったり、瓦礫の下敷きになり負傷したとされています。救助隊の懸命な救助活動が行われていますが、爆発の原因については今のところ分かってはおりません。年明け早々、凄惨な事件が発生しております。』

 ぼんやりと映像を見つめる無表情のニタ。
 研究所で一緒に実験を行った研究員のの無事が気になっていた。担架で運ばれていたり、応急手当されて横たわっている人の中にいるのか、ニタはじっと映像をみつめていた。
 しばらくして、ニタの背後から衣擦れの音が聞こえた。クグレックが動き出したのだ。のそのそとニタの隣に座り、一緒に4D2コムからの映像を見つめる。
 クグレックは映像を見つめながら、ボロボロと涙を零していた。
「クク…」
 ニタは心配そうにクグレックを見つめるが、クグレックは涙を流してばかりでニタを気にする様子がない。ニタは再び映像に視線を戻した。
 だが、その瞬間クグレックはようやく口を開いた。
「ニタ、これは、テロリストの仕業じゃない。」
 クグレックは涙を零しながらも、抑揚のない声で言った。
「これは、単なる実験の失敗。情報が改竄されてる。」
 クグレックの脳裏には青空の下で不敵に微笑むディレィッシュの姿があった。
 夢だとはいえ、妙に生々しい印象が残っている。夢の中の爆発の瞬間はおそらく虚構のものだが、研究所が爆発したという事実は夢のものと一緒だ。研究所は廃墟と化し、研究員たちは生死も判別できない凄惨たる状態に追いやられた。この事実だけは夢も現実も同じなのだ。
 ディレィッシュがこの爆発に関わりがあるのならば、クグレックにも責任が発生する。
 なぜならば、クグレックは何も知らないとはいえディレィッシュの実験に協力してしまったからだ。魔法と科学の融合がより高度なエネルギーを抽出し、暮らしを良くするという名目に協力したのは、間違いなくクグレックだ。魔法の力の良い部分も悪い部分も知っているクグレックなのに、彼女はいとも容易く実験に協力した。
 それがこの「失敗」という惨状を引き起こした。
 直接的ではないにせよクグレックの力は何の罪もない沢山の人達を殺したのだ。
「…おっちゃんは、ランダムサンプリのテロリストの仕業かも、って言ってたよ。」
 ニタは懐疑的な様子で言った。
「ニタ、ちがう。多分、マシアスの言う通り、ディレィッシュは戦争を望んでいる。」
 クグレックの涙はとめどなく零れ落ちる。ニタは真剣な表情で、クグレックの言葉に耳を傾ける。
「魔法と科学の力は、あっという間に人の命を奪える。それって、凄く恐ろしいことだよ。」
 クグレックは映像を見つめながら、夢の惨状を重ね合わせていた。真っ黒になった人の形をした塊、皮膚が焼けただれ、剥がれ落ちて苦しむ人。ニコニコ微笑んでくれたあの人たちは、もういない。
 クグレックの異常な様子に、ニタは困った表情を浮かべた。ニタには小さくため息を吐くと、優しく諭すような口調でクグレックに話しかけた。
「クク、ククが決めたことであるのならば、ニタは力を貸すよ。もしニタで良ければ、言いたいこと、言ってごらん。」
 そうニタに優しく言われて、クグレックは憂鬱な気持ちが幾分か和らいだような気がした。
 クグレックは少しばかり落ち着いて昨晩見た陰惨な夢の内容を話し始めた。ぽつり、ぽつりと夢の内容を話していくクグレックにニタは横から言葉を挟むことなくしっかりと傾聴していた。
 そして、クグレックが夢の内容を話し終えると、ニタは
「つまり、ククはそんな夢を見たからこの爆発はテロリストの仕業ではなく、ディレィッシュの魔法実験の失敗による爆発だって考えているわけだ。それで、魔法実験の失敗は、協力したククにも責任はあるから、なんとかして大量破壊兵器の開発をやめさせて、戦争を回避させたい、ってことだね。」
 と、まとめると、クグレックはこくりと頷いた。
「じゃぁ、なんとかしよう。ククがそう言うなら、ニタもそうだと思う。テロリストの仕業じゃない。ディレィッシュの実験失敗による、故意的な爆発だった。」
 ニタがクグレックの夢のことを信じてくれたことに、ほっと安心感を覚えた。
「グレックと行動を共にすること。言ったでしょ。ニタはククがいたいところに着いて行くって。ニタにとって、ククの意志が一番重要なんだ。話してくれてありがとう。」
「うん…。ニタ、ありがとう…。」
 クグレックの涙は止まった。クグレックは空いている方の手で涙の跡を拭い、そのふかふかで可憐な姿の相棒を頼もしく思った。
「とはいえ、頼みのイスカリオッシュもいないし、今お城は爆発事件の対応でてんやわんやだ。…もう一回マシアスのところに行ってみようか。」
「うん。」

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 2016_06_05

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