行動指針が決まった二人は再びマシアスがいる第1皇子居室へと向かう。
城内は慌ただしく、二人を気に掛ける人はいなかった。特に問題もなく、マシアスが控える金細工と極彩色の細密彫刻の扉に辿り着いた。
「無事について良かった。」
安心した様子でニタが言った。
「うん。」
クグレックも安心した表情を浮かべるも、次の瞬間、表情が強張った。
「王の邪魔はさせない。」
低く冷たい声が二人を捕えた。二人はゆっくりと振り向くと、そこには金髪碧眼の端正な顔立ちの男性が立っていた。トリコ王国の国民が持つ水色の瞳とは異なる青い瞳を持った男。軽装が多いこの国で彼だけ重装備している、トリコ王国にはどこか似つかわしくない存在。
トリコ王親衛隊隊長クライドだ。
クグレックが懐かしさを感じるその深い青の瞳はどこか殺気立っていた。
「クライド…?」
クライドの右手が帯刀してる剣の柄を掴む。
「ここで何をしている。」
「なにをって、ねぇ…。」
クグレックに視線を遣りながらニタは言葉を濁すが、クライドは二人に鋭い眼差しを向け続ける。
「昨日から何か怪しく思っていたが、これ以上王の邪魔をするな。」
クライドは二人を睨み付ける。その眼差しの鋭さに、クグレックはおろかニタすらも思わず閉口し、たじろいだ。クライドの深い青の瞳はまるで雪の日の夜の様に冷たくて暗く、そして静寂を湛えていた。
「おい、ニタとクグレックか?」
扉の向こうから、マシアスの声がする。ニタとクグレックは返事をしたかったが、クライドの気迫に気圧されて反応することが出来ない。
クライドはちらりと扉を見たが話しを続けた。
「王はトリコ王国を更に繁栄へと導くために、これからランダムサンプリと戦争を始める。だが、これも全てトリコ王国繁栄のため。科学の力は確かに万能だ。しかし、その裏に隠された恐怖を知っておかなければならない。そのためにも、トリコ王国は科学で他を圧倒する。それの第一段階として、独裁国家であるランダムサンプリを制覇し、他国にその強さを知らしめる。」
深い青の瞳は揺らぐことなく、ニタとクグレックを捉える。その鋭さと圧迫感に二人は圧倒されて、動くことが出来なかった。
「だからこそ、王が進むべき道はハーミッシュが邪魔なのだ。ハーミッシュとイスカリオッシュは王にとって立った二人の血の繋がった兄弟。いくらハーミッシュが邪魔であろうと、王はハーミッシュを殺すことが出来ない。殺せないからこそ幽閉しているというのに、ハーミッシュはどうして王に反していることに気付かない?正しいのは王だ。この国の絶対は王であるディレィッシュだというのに。」
王ディレィッシュに対する頑なな忠誠心。おそらく、マシアスやイスカリオッシュよりも、クライドはディレィッシュを病的なまでに慕っている。
王の忠実なる僕であるクライドは鞘から刀剣を抜く。しっかりと手入れされている剣の刀身がきらりと力強く光った。
「ク、クライド、何をする気?」
ニタが、たじろぎつつも答えた。
「ここで殺されたくなければ、もう二度とハーミッシュに関わろうとするな。ここで誓え。」
クライドは白く輝くその剣をニタとクグレックに向かって構えた。
「…多くの人の命を犠牲にすることが、ディレィッシュの意志なの…?」
とクグレックは静かに質問した。
「…そうだ。」
「それって、良くないこと…」
「だが、王の意志だ。」
間髪入れず、クライドは答えた。
「クライドは、それでいいの…?クライドの意志は、それでいいの?」
怖気づきながらも、クグレックはクライドに尋ねる。傍にいるニタは、黙ってクグレックとクライドを見つめ、事の成り行きを見守っていた。
「俺の意志は王の意志だ。何があっても、王に追随すること。王がどんな判断をしたとしても。」
海の底の様に、揺らぐことがないクライドの青の瞳。
彼はディレィッシュに従うことに関して、並々ならない覚悟を持っていた。
そもそも、クライドはドルセード王国の上流階級に生まれ、誉れ高きドルチェ騎士団に所属し、エリート街道を突き進めば良い人生だった。それなのに、彼は家名を捨て、国を捨ててまでしてトリコ王国、いや、トリコ王ディレィッシュに完全服従しているのだ。
2人の間に何があったのか知るところではないが、クライドはおそらくトリコ王国一トリコ王に絶対的な信頼を寄せている。だから、彼の王に対する思いは、決してぶれることはない。
その時、急にけたたましい警報音が鳴り響いた。ニタとクグレックは慌てて辺りをきょろきょろと見回す。一方でクライドは落ち着いた様子で懐から手のひらサイズのコンパクトを取り出した。クライドの4D2コムである。クライドは4D2コムの液晶に表示されているものを見て、一瞬目を見開いたが、すぐに4D2コムを床に置き、持っていた剣は鞘に納めた。そして、膝をついて静かに傾付いた。
4D2コムからは、王ディレィッシュの立体映像が現れた。立体映像のディレィッシュは相変わらずの余裕を持った笑みを浮かべている。
『どうも、物騒だね。クライド、ダメじゃないか。勝手な行動は。今は研究所爆発の後処理で大変な時なんだから、勝手に動くのは良くないぞ。それに私が考えているシナリオがあるのだから。』
「大変申し訳ございません。」
クライドは立体映像のディレィッシュに向かって深々と頭を下げた。
『よろしい。さて、クグレックとニタ、そして、ハーミッシュ。安心してくれ。お前たちの話は、昨日から、しっかり聞いている。トリコ王国の監視体制は素晴らしいだろう。』
ディレィッシュはにっこりと微笑んだ。
『私は高出力エネルギー装置を製造し、その実験体としてランダムサンプリを選んだ。高出力エネルギー装置を用いた兵器は、どれほどの威力なのか、試すにはとてもいい相手だ。独裁軍事国家(笑)という国際的に不安を煽る様な国家には少し痛い目を見て貰っても良いだろう。』
ニタは奥歯を噛みしめ、立体映像のディレィッシュを睨み付ける。
『だが、そうなると、ハーミッシュ、アイツの存在は邪魔になる。』
ディレィッシュはちらりとマシアスが幽閉されている扉に視線をやった。「なにが起きてるんだ、ニタ、クグレック、答えてくれ!」とマシアスが喚く声が聞こえるが、流石に反応できる状況ではない。
『アイツの行動力と目的遂行能力は高すぎる。ピアノ商会の件もほぼ単独で全て片付けた。野放しにしたら、何をしでかすか分からない。ハーミッシュにはいずれ死んでもらう。私とアイツは進むべき方向を違えてしまったようだ。もう取り返しがつかない程に。』
クグレックはアッチェレの宿屋で安心しきった様子でいたマシアスとディレィッシュという二人の兄弟のことを思い出した。あの時の二人は間違いなくお互いを信頼し合った兄弟だった。
『情報は書き換えよう。ハーミッシュはランダムサンプリのテロリストを招き入れた首謀者だった。昨日、ハーミッシュの部屋までのセキュリティが発砲しなかった理由はテロリストを招き入れるため。テロリストによるセキュリティ開錠のログはクグレックとニタが開けたものとして成立する。二人がここまでやって来た監視映像も、テロリストの侵入に見せかけるために少し手を加えさせてもらった。テロリストなんて虚構の存在にすぎないが、トリコ王国にはこれが真実となる。テロリストを呼び寄せたハーミッシュは、国民の総意思により、信頼を失い処刑されるだろう。』
ディレィッシュは終始微笑みを湛えたままだった。血の繋がった兄弟の命を奪おうとしているのに、どうしてこのような表情が出来るのか。クグレックは背筋がぞっとするのを感じた。
『さぁ、クライド、クグレックとニタを自室に戻してやりなさい。二人とも騒動が落ち着くまで、部屋で待機だ。こんな血なまぐさいことに、来賓を巻き込むわけにはいかないからね。あ、そうだ、クライド、目を閉じて。』
と、ディレィッシュが言い終えた瞬間、ディレィッシュが映る立体映像が、急に激しく光った。あまりの眩しさにニタとクグレックは目が眩み、目を開けるのが困難になった。
その隙を着いて、光を直視しなかったクライドはニタを拘束し、クグレックからは杖を奪った。
「く、ディレィッシュ、マシアスは兄弟でしょ…。どうして、こんなことを…」
ニタは目を閉じながら呟いた。
『もちろん、苦しいさ。血の繋がった兄弟を謀略に嵌めて処刑するなんてね。だけど、私は最初から、この国を統べると誓った時から、情けは捨てているんだ。ハーミッシュは私とはもう異なる人間だ。血の繋がりなどもはや関係ない。』
「…そんな悲しいこと…。」
視力がなくなって、真っ暗闇の中で、ニタは一瞬クライドの拘束する力が弱くなったのを感じた。
しかし、ディレィッシュの
『なぁクライド。そんな私を慰めてくれるのはお前しかいないよ。お前だけは裏切らないでおくれよ』
という懇願するような甘い声が再びクライドの力を強くさせた。
ニタとクグレックは視力が一時的に落ちて成す統べなくクライドに引っ張られて、自室に戻された。
城内は慌ただしく、二人を気に掛ける人はいなかった。特に問題もなく、マシアスが控える金細工と極彩色の細密彫刻の扉に辿り着いた。
「無事について良かった。」
安心した様子でニタが言った。
「うん。」
クグレックも安心した表情を浮かべるも、次の瞬間、表情が強張った。
「王の邪魔はさせない。」
低く冷たい声が二人を捕えた。二人はゆっくりと振り向くと、そこには金髪碧眼の端正な顔立ちの男性が立っていた。トリコ王国の国民が持つ水色の瞳とは異なる青い瞳を持った男。軽装が多いこの国で彼だけ重装備している、トリコ王国にはどこか似つかわしくない存在。
トリコ王親衛隊隊長クライドだ。
クグレックが懐かしさを感じるその深い青の瞳はどこか殺気立っていた。
「クライド…?」
クライドの右手が帯刀してる剣の柄を掴む。
「ここで何をしている。」
「なにをって、ねぇ…。」
クグレックに視線を遣りながらニタは言葉を濁すが、クライドは二人に鋭い眼差しを向け続ける。
「昨日から何か怪しく思っていたが、これ以上王の邪魔をするな。」
クライドは二人を睨み付ける。その眼差しの鋭さに、クグレックはおろかニタすらも思わず閉口し、たじろいだ。クライドの深い青の瞳はまるで雪の日の夜の様に冷たくて暗く、そして静寂を湛えていた。
「おい、ニタとクグレックか?」
扉の向こうから、マシアスの声がする。ニタとクグレックは返事をしたかったが、クライドの気迫に気圧されて反応することが出来ない。
クライドはちらりと扉を見たが話しを続けた。
「王はトリコ王国を更に繁栄へと導くために、これからランダムサンプリと戦争を始める。だが、これも全てトリコ王国繁栄のため。科学の力は確かに万能だ。しかし、その裏に隠された恐怖を知っておかなければならない。そのためにも、トリコ王国は科学で他を圧倒する。それの第一段階として、独裁国家であるランダムサンプリを制覇し、他国にその強さを知らしめる。」
深い青の瞳は揺らぐことなく、ニタとクグレックを捉える。その鋭さと圧迫感に二人は圧倒されて、動くことが出来なかった。
「だからこそ、王が進むべき道はハーミッシュが邪魔なのだ。ハーミッシュとイスカリオッシュは王にとって立った二人の血の繋がった兄弟。いくらハーミッシュが邪魔であろうと、王はハーミッシュを殺すことが出来ない。殺せないからこそ幽閉しているというのに、ハーミッシュはどうして王に反していることに気付かない?正しいのは王だ。この国の絶対は王であるディレィッシュだというのに。」
王ディレィッシュに対する頑なな忠誠心。おそらく、マシアスやイスカリオッシュよりも、クライドはディレィッシュを病的なまでに慕っている。
王の忠実なる僕であるクライドは鞘から刀剣を抜く。しっかりと手入れされている剣の刀身がきらりと力強く光った。
「ク、クライド、何をする気?」
ニタが、たじろぎつつも答えた。
「ここで殺されたくなければ、もう二度とハーミッシュに関わろうとするな。ここで誓え。」
クライドは白く輝くその剣をニタとクグレックに向かって構えた。
「…多くの人の命を犠牲にすることが、ディレィッシュの意志なの…?」
とクグレックは静かに質問した。
「…そうだ。」
「それって、良くないこと…」
「だが、王の意志だ。」
間髪入れず、クライドは答えた。
「クライドは、それでいいの…?クライドの意志は、それでいいの?」
怖気づきながらも、クグレックはクライドに尋ねる。傍にいるニタは、黙ってクグレックとクライドを見つめ、事の成り行きを見守っていた。
「俺の意志は王の意志だ。何があっても、王に追随すること。王がどんな判断をしたとしても。」
海の底の様に、揺らぐことがないクライドの青の瞳。
彼はディレィッシュに従うことに関して、並々ならない覚悟を持っていた。
そもそも、クライドはドルセード王国の上流階級に生まれ、誉れ高きドルチェ騎士団に所属し、エリート街道を突き進めば良い人生だった。それなのに、彼は家名を捨て、国を捨ててまでしてトリコ王国、いや、トリコ王ディレィッシュに完全服従しているのだ。
2人の間に何があったのか知るところではないが、クライドはおそらくトリコ王国一トリコ王に絶対的な信頼を寄せている。だから、彼の王に対する思いは、決してぶれることはない。
その時、急にけたたましい警報音が鳴り響いた。ニタとクグレックは慌てて辺りをきょろきょろと見回す。一方でクライドは落ち着いた様子で懐から手のひらサイズのコンパクトを取り出した。クライドの4D2コムである。クライドは4D2コムの液晶に表示されているものを見て、一瞬目を見開いたが、すぐに4D2コムを床に置き、持っていた剣は鞘に納めた。そして、膝をついて静かに傾付いた。
4D2コムからは、王ディレィッシュの立体映像が現れた。立体映像のディレィッシュは相変わらずの余裕を持った笑みを浮かべている。
『どうも、物騒だね。クライド、ダメじゃないか。勝手な行動は。今は研究所爆発の後処理で大変な時なんだから、勝手に動くのは良くないぞ。それに私が考えているシナリオがあるのだから。』
「大変申し訳ございません。」
クライドは立体映像のディレィッシュに向かって深々と頭を下げた。
『よろしい。さて、クグレックとニタ、そして、ハーミッシュ。安心してくれ。お前たちの話は、昨日から、しっかり聞いている。トリコ王国の監視体制は素晴らしいだろう。』
ディレィッシュはにっこりと微笑んだ。
『私は高出力エネルギー装置を製造し、その実験体としてランダムサンプリを選んだ。高出力エネルギー装置を用いた兵器は、どれほどの威力なのか、試すにはとてもいい相手だ。独裁軍事国家(笑)という国際的に不安を煽る様な国家には少し痛い目を見て貰っても良いだろう。』
ニタは奥歯を噛みしめ、立体映像のディレィッシュを睨み付ける。
『だが、そうなると、ハーミッシュ、アイツの存在は邪魔になる。』
ディレィッシュはちらりとマシアスが幽閉されている扉に視線をやった。「なにが起きてるんだ、ニタ、クグレック、答えてくれ!」とマシアスが喚く声が聞こえるが、流石に反応できる状況ではない。
『アイツの行動力と目的遂行能力は高すぎる。ピアノ商会の件もほぼ単独で全て片付けた。野放しにしたら、何をしでかすか分からない。ハーミッシュにはいずれ死んでもらう。私とアイツは進むべき方向を違えてしまったようだ。もう取り返しがつかない程に。』
クグレックはアッチェレの宿屋で安心しきった様子でいたマシアスとディレィッシュという二人の兄弟のことを思い出した。あの時の二人は間違いなくお互いを信頼し合った兄弟だった。
『情報は書き換えよう。ハーミッシュはランダムサンプリのテロリストを招き入れた首謀者だった。昨日、ハーミッシュの部屋までのセキュリティが発砲しなかった理由はテロリストを招き入れるため。テロリストによるセキュリティ開錠のログはクグレックとニタが開けたものとして成立する。二人がここまでやって来た監視映像も、テロリストの侵入に見せかけるために少し手を加えさせてもらった。テロリストなんて虚構の存在にすぎないが、トリコ王国にはこれが真実となる。テロリストを呼び寄せたハーミッシュは、国民の総意思により、信頼を失い処刑されるだろう。』
ディレィッシュは終始微笑みを湛えたままだった。血の繋がった兄弟の命を奪おうとしているのに、どうしてこのような表情が出来るのか。クグレックは背筋がぞっとするのを感じた。
『さぁ、クライド、クグレックとニタを自室に戻してやりなさい。二人とも騒動が落ち着くまで、部屋で待機だ。こんな血なまぐさいことに、来賓を巻き込むわけにはいかないからね。あ、そうだ、クライド、目を閉じて。』
と、ディレィッシュが言い終えた瞬間、ディレィッシュが映る立体映像が、急に激しく光った。あまりの眩しさにニタとクグレックは目が眩み、目を開けるのが困難になった。
その隙を着いて、光を直視しなかったクライドはニタを拘束し、クグレックからは杖を奪った。
「く、ディレィッシュ、マシアスは兄弟でしょ…。どうして、こんなことを…」
ニタは目を閉じながら呟いた。
『もちろん、苦しいさ。血の繋がった兄弟を謀略に嵌めて処刑するなんてね。だけど、私は最初から、この国を統べると誓った時から、情けは捨てているんだ。ハーミッシュは私とはもう異なる人間だ。血の繋がりなどもはや関係ない。』
「…そんな悲しいこと…。」
視力がなくなって、真っ暗闇の中で、ニタは一瞬クライドの拘束する力が弱くなったのを感じた。
しかし、ディレィッシュの
『なぁクライド。そんな私を慰めてくれるのはお前しかいないよ。お前だけは裏切らないでおくれよ』
という懇願するような甘い声が再びクライドの力を強くさせた。
ニタとクグレックは視力が一時的に落ちて成す統べなくクライドに引っ張られて、自室に戻された。
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