それから数時間後。再びクライドがやって来た。
「魔女クグレック、王の手が空いた。今から行くぞ。」
応接室に入ってからずっとソファに逆向きに座っていたクグレックは顔を上げて、ふらふらと立ち上がった。ずっと同じ体制でいたため、前髪に変な癖がついてぼさぼさになっていたが、クライドは何も言わなかった。
「ニタは…」
生気の宿っていない瞳を向けて、クグレックはクライドに尋ねた。
「応急処置はしたが、万一に備えて強力な睡眠薬を打っているから、数日間は起きないだろう。」
クグレックはわずかに安心した表情を見せた。ゆっくりと目を閉じ、息を全て吐き出して、深呼吸をした。彼女にはやらなければならないことがある。ニタが無事ならば彼女はもう不安を抱く必要がない。
クグレックは覚悟を決めて目を見開いた。
「行きます。」
覚悟を決めたクグレックの様子に、意外そうな表情を見せながらクライドは踵を返した。そして、トリコ王が待つエネルギー高炉最深部まで案内をした。
エネルギー高炉最深部には多くの巨大なタンクが存在した。また、青色のライトが使われており、独特の雰囲気を放っている。一応冷房は効いているのだが、どことなく温度は暖かい。装置が稼働して熱を発しているため、どうしても温度は高めになってしまうとのだ。
黄色と黒の「関係者以外立ち入り禁止」という看板が取り付けられた扉を開けると、その先はz\僅かに広がった空間があった。大きさはディレィッシュのプライベートラボ程だ。管理用の数々の機械に囲まれて、そこにトリコ王ディレィッシュが佇んでいた。
「只今連れてまいりました。」
クライドが膝をつき、かしづいて報告した。
「ごくろうさま。ではクライド、お前は下がっていなさい。“邪魔者”の侵入を防ぐんだ。」
トリコ王は微笑みを湛えながら言った。
「王の邪魔をする者は皆遠ざけております。しかし一番の危険分子は目の前の魔女です。いつ王が危険な目に晒されるか分からない状況で離れることは出来ません。」
「始末はしていないだろう。不意を突かれない限り、お前ならば邪魔者…達の侵入を阻止することが出来る。決して侵入を許すな。その命を捧げても、だ。」
クライドは王の意図を理解していない様子だったが、彼にとっては主の命令は絶対なので、静かにその場から立ち去って行った。
「クグレック、私は気付いているよ。クライドの目をごまかせても、私の情報力を侮ってもらっては困る。」
クグレックはごくりと唾を呑みこんだ。今現在、クグレックが抱えている秘密に目の前のトリコ王が気付いているとなると、非常にまずい。
「ようやく二人きりになれたな。この時を待ちわびていたよ。」
ゆっくりと近付いて来るトリコ王。
「ずっとずっと、待っていた。黒魔女よ。」
(黒魔女黒魔女って、一体なんなの?)
クグレックは明らかな嫌悪感を表情に出した。黒魔女という呼称は、なんだか気に喰わないのだ。
「狭間の世界で、2回ほど、会ってはいたがな。」
「狭間の世界…?」
「1度目はエネルギー研究所の爆発の瞬間。2回目は今日、昼間に。2回目は接続が不十分だったためにイメージは送られなかったが。」
クグレックは昼間のことを思い出すが、ディレィッシュには会っていない。生のディレィッシュも新年会以来1週間ぶりに見たくらいだ。映像上では何度も見かけたが。ただ、実験の時など、ディレィッシュとは2回以上会っていたはずなので、目の前のトリコ王が言っていることは理解が出来なかった。
「俺が昔発明したカノン砲を実践導入して、気持ちが高ぶってしまって、思わず“貴女”に接触してしまった。」
トリコ王がクグレックのことを“貴女”、自身の呼称を俺としたことに、クグレックは違和感を覚えた。トリコ王ディレィッシュはクグレックのことを名前で呼ぶか、お前と呼ぶ。そして、目の前の男が言う2回目について見当がついた。
エネルギー高炉に向かうデンキジドウシャの中で、うっかり眠ってしまった時、夢の中で聞こえたディレィッシュの声。2回目とはその時のことを指しているのか。
「なんとなく分かってきたかな?この世界では“夢”とも呼ばれているはずだ。狭間の世界は。」
ということは、クグレックが見たエネルギー研究所のあの夢も、このトリコ王が見せたことになるのだろうか。部屋に着いていたあの安眠装置はクグレックの夢を支配するためのものとも考えられる。目の前のトリコ王であればやりかねない。
「貴女の眠りが深ければ深いほど、狭間の世界での干渉が楽になる。だが、貴女の狭間の世界には既に別の何かが入り込んでいて、少々干渉しづらかった。遠くの果ての国の少女の姿をしていたが、あれは一体なんなんだ?」
と、トリコ王に聞かれても、クグレックが答えられるはずもなかった。“狭間の世界”すら今初めて聞いた言葉だ。
「何かしてくるわけでもなかったから、1回目の接触時に早々に追い出したが。」
1回目がクグレックが見たあの夢を指すのであれば、あれに現れた妙な現実感を持ったディレィッシュは。
「ただ、やはりその時に感じたのは貴女の力の心地良さだった。本当に素晴らしい。」
うっとりと陶酔しながら語るトリコ王。
「あなたは…一体だれなのですか…?」
クグレックは顔を引きつらせながら尋ねた。なにかがおかしく、気持ち悪い。
トリコ王はその問いに嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「やはり、分かるか。」
まるで、母親に褒められたかのように嬉しそうな表情のトリコ王。
「黒魔女。俺は器であるディレィッシュに潜んでいた“魔”だよ。」
大きく手を広げながら、トリコ王は改めて自己紹介を始めた。
「魔女クグレック、王の手が空いた。今から行くぞ。」
応接室に入ってからずっとソファに逆向きに座っていたクグレックは顔を上げて、ふらふらと立ち上がった。ずっと同じ体制でいたため、前髪に変な癖がついてぼさぼさになっていたが、クライドは何も言わなかった。
「ニタは…」
生気の宿っていない瞳を向けて、クグレックはクライドに尋ねた。
「応急処置はしたが、万一に備えて強力な睡眠薬を打っているから、数日間は起きないだろう。」
クグレックはわずかに安心した表情を見せた。ゆっくりと目を閉じ、息を全て吐き出して、深呼吸をした。彼女にはやらなければならないことがある。ニタが無事ならば彼女はもう不安を抱く必要がない。
クグレックは覚悟を決めて目を見開いた。
「行きます。」
覚悟を決めたクグレックの様子に、意外そうな表情を見せながらクライドは踵を返した。そして、トリコ王が待つエネルギー高炉最深部まで案内をした。
エネルギー高炉最深部には多くの巨大なタンクが存在した。また、青色のライトが使われており、独特の雰囲気を放っている。一応冷房は効いているのだが、どことなく温度は暖かい。装置が稼働して熱を発しているため、どうしても温度は高めになってしまうとのだ。
黄色と黒の「関係者以外立ち入り禁止」という看板が取り付けられた扉を開けると、その先はz\僅かに広がった空間があった。大きさはディレィッシュのプライベートラボ程だ。管理用の数々の機械に囲まれて、そこにトリコ王ディレィッシュが佇んでいた。
「只今連れてまいりました。」
クライドが膝をつき、かしづいて報告した。
「ごくろうさま。ではクライド、お前は下がっていなさい。“邪魔者”の侵入を防ぐんだ。」
トリコ王は微笑みを湛えながら言った。
「王の邪魔をする者は皆遠ざけております。しかし一番の危険分子は目の前の魔女です。いつ王が危険な目に晒されるか分からない状況で離れることは出来ません。」
「始末はしていないだろう。不意を突かれない限り、お前ならば邪魔者…達の侵入を阻止することが出来る。決して侵入を許すな。その命を捧げても、だ。」
クライドは王の意図を理解していない様子だったが、彼にとっては主の命令は絶対なので、静かにその場から立ち去って行った。
「クグレック、私は気付いているよ。クライドの目をごまかせても、私の情報力を侮ってもらっては困る。」
クグレックはごくりと唾を呑みこんだ。今現在、クグレックが抱えている秘密に目の前のトリコ王が気付いているとなると、非常にまずい。
「ようやく二人きりになれたな。この時を待ちわびていたよ。」
ゆっくりと近付いて来るトリコ王。
「ずっとずっと、待っていた。黒魔女よ。」
(黒魔女黒魔女って、一体なんなの?)
クグレックは明らかな嫌悪感を表情に出した。黒魔女という呼称は、なんだか気に喰わないのだ。
「狭間の世界で、2回ほど、会ってはいたがな。」
「狭間の世界…?」
「1度目はエネルギー研究所の爆発の瞬間。2回目は今日、昼間に。2回目は接続が不十分だったためにイメージは送られなかったが。」
クグレックは昼間のことを思い出すが、ディレィッシュには会っていない。生のディレィッシュも新年会以来1週間ぶりに見たくらいだ。映像上では何度も見かけたが。ただ、実験の時など、ディレィッシュとは2回以上会っていたはずなので、目の前のトリコ王が言っていることは理解が出来なかった。
「俺が昔発明したカノン砲を実践導入して、気持ちが高ぶってしまって、思わず“貴女”に接触してしまった。」
トリコ王がクグレックのことを“貴女”、自身の呼称を俺としたことに、クグレックは違和感を覚えた。トリコ王ディレィッシュはクグレックのことを名前で呼ぶか、お前と呼ぶ。そして、目の前の男が言う2回目について見当がついた。
エネルギー高炉に向かうデンキジドウシャの中で、うっかり眠ってしまった時、夢の中で聞こえたディレィッシュの声。2回目とはその時のことを指しているのか。
「なんとなく分かってきたかな?この世界では“夢”とも呼ばれているはずだ。狭間の世界は。」
ということは、クグレックが見たエネルギー研究所のあの夢も、このトリコ王が見せたことになるのだろうか。部屋に着いていたあの安眠装置はクグレックの夢を支配するためのものとも考えられる。目の前のトリコ王であればやりかねない。
「貴女の眠りが深ければ深いほど、狭間の世界での干渉が楽になる。だが、貴女の狭間の世界には既に別の何かが入り込んでいて、少々干渉しづらかった。遠くの果ての国の少女の姿をしていたが、あれは一体なんなんだ?」
と、トリコ王に聞かれても、クグレックが答えられるはずもなかった。“狭間の世界”すら今初めて聞いた言葉だ。
「何かしてくるわけでもなかったから、1回目の接触時に早々に追い出したが。」
1回目がクグレックが見たあの夢を指すのであれば、あれに現れた妙な現実感を持ったディレィッシュは。
「ただ、やはりその時に感じたのは貴女の力の心地良さだった。本当に素晴らしい。」
うっとりと陶酔しながら語るトリコ王。
「あなたは…一体だれなのですか…?」
クグレックは顔を引きつらせながら尋ねた。なにかがおかしく、気持ち悪い。
トリコ王はその問いに嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「やはり、分かるか。」
まるで、母親に褒められたかのように嬉しそうな表情のトリコ王。
「黒魔女。俺は器であるディレィッシュに潜んでいた“魔”だよ。」
大きく手を広げながら、トリコ王は改めて自己紹介を始めた。
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