絡めた指は容易く溶けて
Category: アルトフールの物語
幼馴染というか兄妹というか大事な友達というか
そんなかけがえのない存在だっただけで。
でも、お互いに愛していたのだ。
ただ、二人は相反する存在のため、本来であれば許されざる愛だった。
だから、二人は妥協していた。
いや、無意識下で妥協せざるを得なかったのだ。
お題をお借りしております→chocolate sea
アルティメットは自分の白い翼の羽が抜け落ちていることに気付いた。
目が覚め、ベッドから出ると、白い羽がひらひらを舞うのだ。背中の白い翼が少しずつ小さくなってきている。これが意味することをアルティメットは知っていたが、無視することにした。奇跡が起こるかもしれないという希望があったからだ。
それよりも、アルティメットは日々を楽しく生きることで忙しかった。今日はニタとゲームをして遊ぶ。その後、ディレィッシュの研究手伝いに行って、夕方になったらマナと川辺で夕日を見て語り合うのだ。夜になったらビスクに声をかけてみようかなと思ったが、反応してくれるか心配であった。
アルティメットにとってニタは親友であった。
アルティメットは、ビカレスクの部屋の前にいた。この部屋の扉をノックするかしないかで迷っていたのだ。
最近はビカレスクに拒否をされている。理由は良く分からないが、目も合わせてくれないし、話しかけてもくれない。アルティメットが話しかけても「悪い、ちょっと急いでいるから」と言って、会話もままならない。
今、ビカレスクの部屋に入ったところで、何をするわけでもないから、迷惑に思われるだけかもしれないが。
アルティメットは思い切って、ビカレスクの部屋のドアをノックした。
――コンコンコン。
部屋の中から「はーい」と返事をするビカレスクの声が聞こえると、ゆっくりとドアが開いた。
ビカレスクが現れ、その眼にアルティメットの姿を映すと、急に表情が強張った。アルティメットの心は不安に駆られるが、微笑みは絶やさずにいた。いつも通りに居なければ。
ビカレスクは、不機嫌そうに低い声で
「何の用だ?」
と、質問をした。
アルティメットはニコニコして、いつも通りを装う。そして、のんびりとした様子で
「用事は特にないんだけど、ビスクとお話したくて。」
と、言った。
ビスクは眉根を寄せて、アルティメットを見るが、数秒ほどして、アルティメットが入りやすように扉を完全に開いて、「入って。」と言って、アルティメットを部屋に招きいれた。
「わーい。お邪魔しまーす。」
アルティメットはうきうきした様子でビカレスクの部屋に入る。
ビカレスクの部屋は、意外と小奇麗にされている。足の踏み場もないディレィッシュの部屋とは大違いだ。黒くてシックな家具が置かれた、落ち着いた雰囲気の部屋である。レザーの二人掛けのソファに、アルティメットは座った。ビカレスクの部屋ではいつもソファがアルティメットの定位置だ。いつもならば、隣にビカレスクが座るのだが、ビカレスクは床にクッションを引いて座った。
なんとなく寂しさを感じたアルティメットは、立ち上がって、ビカレスクと同じ床に座った。ビカレスクが意外そうな様子でアルティメットの方を見て来たので、アルティメットは「えへへ」と笑って見せたが、ビカレスクはふいと目線を逸らした。
「で、話ってなに?」
ぶっきらぼうにビカレスクが尋ねる。
「え、特にないよ。最近ビスクとお話してなかったから、お話したいなと思っただけ。」
「え…」
ビカレスクは一瞬呆気にとられたような表情を見せたが、すぐに不機嫌そうな表情に戻った。
「用がないなら帰れ。」
と、冷たく言い放つビカレスク。
「うーん、そう言われたら、帰るしかないけど…。」
アルティメットにとってビカレスクは大切な人のうちの一人だった。地上に降りて来てアルトフールに来るまではずっとビカレスクと一緒に居たのだ。天使と悪魔という種族を超えて、まるで血の繋がったきょうだいのように、一緒にいた。寄り添い合うことが当然だったのに、今やビカレスクはアルティメットを拒否する。何があったのかは全く分からないが、とても悲しかった。
「…別に、アルティメットは俺じゃなくても良いんだ。お前にはアイツの方が似合ってる。アイツの方がお前を幸せに出来ると思うんだ。だから、わざわざ俺のところに来なくたっていいんだ。」
吐き捨てるように言うビカレスクにアルティメットは首を傾げた。
「アイツ?アイツってだれ?」
「…ディッシュ。」
「ディッシュ?なんで?」
「なんでも!アルティはディッシュと付き合ってるんだろ!」
ビカレスクは声を荒らげた。アルティメットはびっくりして固まる。瞬きを何度もしながら、アルティメットは小さな声で
「うそ。」
と呟いた。
が、ビカレスクの耳には届かなかったらしく、ビカレスクは「え?」と聞き返した。
「私、ディッシュのこと、好きだけど、付き合ってない。」
「リマが、言ってたぞ…。それに、アルティ、しょっちゅうディッシュのところに入り浸ってるだろ。」」
「違うよ…。リマちゃん、よく嘘言うでしょ。ディッシュのところに行くのは、ビスクが相手にしてくれなくて暇だから…。ディッシュが『遠慮せずに俺のとこに遊びにおいで』って言ってくれるから、最近は研究のお手伝いしてただけだよ。」
「なんだ…。」
ビカレスクはほっとしたような表情を浮かべたが、次の瞬間には元の不機嫌そうな表情に戻っていた。
「でも…、もう遅いんだ。俺、今、リマと付き合ってる。だから、もうアルティとは今までみたいには、いられないんだ…。」
そういうことか。
アルティメットは、ビスクに避けられていることの本当の理由を知り、納得した。
アルティメットの知らないところで、ビカレスクとリマが付き合っていた。
親友であるリマときょうだいみたいな存在のビカレスクが付き合っていた。
いつから付き合っていたのかはアルティメットの知ったところではなかったが、二人がそんな仲になっていたのならば、教えて貰いたかった。どうして教えてくれなかったのか、寂しかった。
だが、それ以上にアルティメットは何かが悲しかった。それが何なのかは彼女には良く分からなかったが、笑顔を取り繕うことが出来なくなるほど、衝撃的だったのは間違いない。今にも泣き出してしまいそうな彼女を見て、ビカレスクは心を鬼にして、部屋を出るように促す。
アルティメットは力なく「うん。」と頷き、立ち上がる。そして、扉まで歩き出した。ビカレスクも申し訳なさそうな表情を浮かべて、その後を着いて行く。
扉の前に着くと、アルティメットはぴたりと立ち止り、振り返った。そして、何も言わず、ビカレスクの手を取り、指を絡める。笑顔は戻らない。
「…ディッシュなら。…こんな俺なんかよりも。」
ビカレスクは、そう小さく呟いて、アルティメットの手を離す。そして、アルティメットの代わりに扉を開けた。
アルティメットはがくりとうつむいたが、数秒の後、顔を上げてとびきりの笑顔を見せた。
「分かった!私、ビスクもリマちゃんも好きだから!仲良くね!」
そう言って、アルティメットは前を向いて、ぴょんと飛んでビカレスクの部屋を出た。そして、再び振り返って「おやすみ」と言って去って行った。いつもの朗らかなアルティメットに戻っていた。
ビカレスクはしばらく扉を開けたまま立ち尽くしていたが、少ししてから扉を閉め部屋に戻って行った。
今日はもう何もやる気がしないので、そのままベッドに横たわった。
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