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接近希望、スキンシップで一歩前進大作戦

Category: アルトフールの物語   Tags: *  


魔女ククは
彼の傍にいたい
触れ合っていたい

それだけで彼女は幸せなのだ

  お題をお借りしております→chocolate sea



 

 アルトフールには様々な当番がある。私たちは一つの家で共同生活を送っているため、皆がしっかり生活していけるように様々なことが当番制になってる。掃除当番、畑当番、食料調達当番、洗濯当番、料理当番、警備当番などがある。当番はあみだくじで決められた男女ペアで行うことになっている。
 私ククことクグレック・シュタインは本日ハッシュと一緒に警備当番だ。警備当番とはアルトフールの敷地内に侵入してきた魔物を倒す当番のこと。アルトフールには特別な力があるので、そんなに魔物も侵入することはないのだけど、一日に5、6匹は侵入するのでその都度追い払いに行かなければならない。ディレィッシュ発明の特殊なセンサーがアルトフールの外れに設置されており、魔物がやってくるとそのセンサーが感知し、警備当番が付けている腕輪が反応する。腕輪が魔物の侵入箇所を教えてくれるので、警備当番の人はそちらへ向かい、魔物を倒しに行く。それが警備当番の仕事。
 今月の当番表を見てから、この日をどれだけ楽しみにしていたか。
 ハッシュと二人きりの警備当番。
 今日は寒いので身だしなみもしっかり整えたし、杖の準備もばっちり。今日の警備当番で良いところ見せるぞ。
 すると途端に腕輪が反応する。どうやら北の方角から魔物が侵入したみたいだ。
 腕輪についている青いボタンを押すと、目的の場所に瞬間移動できるので、ボタンを押す。ぽちっとね。

 エレベーターに乗っているかのような浮遊感と光速の耳を劈く様な圧迫感は未だになれないけど、あっという間に魔物がいる場所へ到着した。ちょうどハッシュも現場に到着したところだった。
「よし、クク、よろしくな。まぁ、相手は草トカゲ一体だからあっという間に終わるけどね。」
「うん。」
 私は杖を持つ手に力を込める。
 草トカゲと呼ばれる魔物は体長1.8メートルほどの大きな爬虫類型の魔物だ。姿は2足歩行のトカゲ、すなわち恐竜に似た姿をしている。深緑色の体の表面はカサカサ乾いており、体の皮がまるで木の葉のように剥けていて、動かないでいる姿はまるで1本の樹木のような佇まいをしているため、草トカゲと呼ばれている。
 草トカゲは「キシャー」と威嚇する声を上げながら、私たちと間合いを取る。
 アルトフールにやって来る魔物には意志がない。どこからか現れた悪意が具現化して私達を襲ってくるだけの存在だから、早々に追っ払わないといけない。
 ハッシュは己の拳が武器だ。草トカゲと上手く間合いを取りながら近づいて行き、強烈な回し蹴りを喰らわす。「ぐへぇ」と声を上げて草トカゲは倒れたが、再び草トカゲはふらふらしながら立ち上がる。私はその間に魔法の準備をしていた。
「イエリス・レニート・ランテン・ランタン。炎よ、射抜け。」
 両手で杖を草トカゲに向ける。草トカゲはふらふらして動きが鈍っているから照準が合わせやすい。杖の先から直径10センチほどの火の玉が二つほど現れ、草トカゲに向かって勢いよく飛んで行く。火の玉は草トカゲにぶつかると、勢いよく燃え移り、草トカゲを跡形もなく焼き尽くした。
 焼き尽くした、には語弊があるかもしれない。魔物はある程度のダメージを受けると、おそらくその衝撃に耐え切れず、灰と化して塵ひとつ残さず消える。魔物の元の姿は見えない悪意なのだ。何か強い力によって具現化された魔物は、衝撃に弱かった。だから、私たちは戦う。
 草トカゲが消えたことにより、腕輪の警告音は消える。
「まぁ、楽勝だな。」
「うん。」
 そして、私達は歩いて家まで戻る。この腕輪は残念なことに片道切符のみ取り扱っている。魔物の元には一瞬で移動させてくれるけど、元の場所に一瞬で戻ることは出来ないのだ。元の場所には歩いて戻らないといけない。面倒臭いけど、ハッシュと一緒にいられる時間が増えるので、私は嬉しい。
 でも、今日はとても寒い。
 ついうっかり手袋をつけるのを忘れてしまったので、手が冷えている。もしもこの杖が金属製だったならば、きっと外気の冷たさでキンキンに冷えてしまって、素手で持っていられないだろう。木製で良かった。
 それにしてもハッシュは薄着だ。かろうじて長袖を着ているけど、上着は着ていない。
「ハッシュ、そんな薄着で寒くないの?」
「うん?まぁ、鍛えてるから寒くないな。」
 心頭滅却すれば火もまた涼し、というやつだろうか。鍛えるということは凄いことだ。
 でも、本当かな。
 私のこのキンキンに冷えた手をもってしても、修行の成果は発揮できるのだろうか。
 と思いながら、手を伸ばしてハッシュの首を直接触る。この寒さなんだから、上着は着なくとも、せめてマフラー位すればいいのに。
「ひぃっ。」
 ハッシュは背を丸めて、悲鳴をあげる。
「ちょっと、クク、お前の手、冷たいぞ?」
「鍛えてるんでしょ?」
「それとこれとはまた別ものだ。お願いだから離してくれ。」
 なんだか楽しい気持ちになって、私は自然と顔が緩む。
「ふふふっ。」
「ふふふって、クク、お前なぁ…。」
 そう言いながら、ハッシュは振り返って私の手を取り、自分の素肌に触れさせないように手首をつかむ。私の左手は封じられた。
 そして、ハッシュの動きが止まる。少々戸惑った表情だ。私の表情と掴んだ手を交互に見つめる。
 ハッシュがこの手を離せば、私はおそらくまた首元を触るだろう。ハッシュがどのような判断を下すのか、私はニヤニヤしながら見つめる。
「クク、随分楽しそうだな。」
「そう?」
「お前の左手は封じさせてもらう!」
そう言ってハッシュは手首をつかむのを止め、その代わりに私の冷たい手を握る。
「その冷たい攻撃も封じさせてもらうからな。」
 そう言って、『手を繋ぐ』という形を取りながら私は引っ張られる。ハッシュのあたたかい手に包まれて、私の氷の様に冷たい手はじわじわと温まっていく。
 ハッシュは私の手を取って、ずんずん進んで行く。2人で手を繋いで歩く、というよりも、ハッシュに引っ張られて歩くクク、と言った方が良い様な気がするけど、私、ハッシュと手を繋いで歩いてる。どうしよう、なんだか顔が熱い。手もどんどん熱くなる。汗をかいてしまいそうだ。手汗なんてかいてたら、ハッシュに引かれてしまうのではないかなぁ。
 ハッシュの手は私の手なんかよりも大きくて暖かい。
 すごく幸せ。ハッシュ、大好き。
 あぁ、でも緊張する。自然にハッシュの隣に行けば引っ張られている状況から脱することが出来て、あたかも『恋人』の様に一緒に歩くことが出来るのだけど、そんな厚かましいこと、私には出来ない。
 私は終始俯いてハッシュの温もりを左手に感じたまま、家まで引っ張られていった。

 そうして家が見えてくるまでの10分間、私たちは手を繋いで歩いていたけど、誰かの姿が見えた途端、ハッシュは私の手を離した。
「あれ、ハッシュ、ククちゃんといい雰囲気だったんじゃないの?」
 にこにこ微笑みを浮かべながら、話しかけてきたのは、フィン・ベスト。鎖骨まである薄茶色のふわふわパーマに、品のある上品な美しい顔、すらりと細いのに、胸がデカいという完璧超人。性格も落ち着いていてはんなりしている、多分女性の鏡とも呼べるフィン。彼女はハッシュの好きな人。
 フィンはどうやら洗濯当番だったらしく、干し終わった洗濯物が沢山入った大きな洗濯籠を抱えていた。
「あ、これはククが冷たい手で俺の首を触って来るから…!大した意味はないよ。つか、カゴ、持とうか?重いだろ?」
「わ、いいの?ありがとう。じゃぁ、お言葉に甘えちゃうね。」
 ハッシュは、こちらを振り返りもせずに、フィンの籠を受け取って、そのままフィンと一緒にお喋りをしながら家へと歩いて行った。
 手を離されて、私は一人取り残されたような感覚に陥った。仲良く歩いていく二人の背中を見ながら、夢のような時間が過ぎ去り、心に突き刺さるような現実が戻ってきたことを感じていた。
 寒風が吹きすさび、枯葉がひゅるひゅると転がる。
 あぁ、寒いなぁ、と思いながら、まだ温かい左手を見つめ温もりを思い出す。この冷たい空気の中じゃ、手はすぐに冷えてしまうけど、でも、わずかな時間でも触れ合っていられたからきっと今日はずっとぬくぬくぽかぽか温かい。
 それだけで私は幸せなんだ。
 好きな人と一緒にいただけで、私は幸せ。



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 2014_02_15

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ブログを拝見しました 

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つねさん  URL   2014-02-19 16:54  

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