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ハワイにて①


「船の旅もいいね。海風が気持ちいいよ。」
 甲板にて、荷物が入った木箱に腰掛けながらのんびりとニタが言う。
「うん。気持ちいいね。」
 クグレックもニタに追随する。過ごしやすい気温に爽やかな青空、頬を撫でる海風は普段は内向的なクグレックの心を開放的にさせる。
 ハワイ島まではなんと丸一日もかかる距離にあるらしいが、船上の旅は非常に穏やかで楽なものだった。
 
 ところが、クグレック達の旅はそんなに楽なものではない。

「2時の方角から黒雲が近付いて来るぞ。客は船室へ!」
 船員が大声をあげて避難を指示する。
 船が進む方向が局地的に禍々しい黒い雲に覆われているのだ。先ほどまでは爽やかな青い空が全体的に広がっていたというのに。局地的に黒い雲に覆われた海は荒々しく波打っている。
「迂回すればいいのに。」
 と、ニタが呟くが、不思議なことに船は黒い雲のもとへ突っ込んで行く。いや、船が近付いているのではなく、黒い雲が猛スピードで近づいて来ているのだ。
「嬢ちゃんとこぐまちゃん、早く船室へ!」
 船員があまりにもせっぱつまった様子で叫ぶので、ニタとクグレックは慌てて船室に戻った。
 突然の事態にニタとクグレックは事態を呑みこめないでいる。
「一体何が起きようとしているんだ?」
「わかんない。でも、黒い雲が近づいて来てた。」
「ニタも海のことは良く分からないから、ムー達に聞いてみよう。」
 ハッシュとムーは客室でディレィッシュの傍にいた。ディレィッシュは熱は下がったものの、体力が著しく落ちてしまい、まだ本人が思うように身体を動かすことが出来なかった。久し振りに体を動かした今日は、微熱が出てしまったのだ。
 3人がいる客室に向かおうとしたその時、どん、と大きな音と共に船体が大きく揺れた。その揺れは立っていられない程大きな揺れで、クグレックとニタはコロンと倒れて尻餅を着いてしまった。
「まさか、船、沈まないよね?」
「そんな、まさか。」
 船は酷く揺れ、ニタとクグレックは不安げに顔を見合わせる。。
「クク、ニタ!」
 ハッシュが現れた。
「あ、ハッシュ。なんか黒い雲がやって来て、大変なことになったみたいだよ。ディッシュは大丈夫?」
「あぁ。なんとかベッドにしがみついている。」
「そう。」
 ニタは自力で立ち上がることが出来たが、クグレックには無理だった。ハッシュがクグレックの手を取り、壁まで移動させた。
「ククは一旦客室に戻ってろ。ニタ、外に出るぞ。」
「え?船乗りのおっちゃんが危ないから中に居ろって。」
「いや、黒雲が来た。船乗りたちの援護をするぞ。」
「え?もう、一体どういうこと?」
「黒雲は魔物を引き連れる。」
 ハッシュはそう言って甲板に出ると、ニタも状況を解しないままだったがその後に続いた。
 残されたクグレックは、激しく揺れる船に再び転げてしまうが、どうやら甲板には魔物が現れてしまっているらしいことを聞きつけ、よたよたしながらハッシュたちの後を追った。
 甲板に出ると、空は夜が来たように暗くなっており、強い雨と風が吹き付けていた。波も轟音を立てて、激しい白波を上げている。時折雷鳴も轟く光景はこの世の地獄のようだった。
 更に目の前には、幼児ほどの大きさで、つるりとした表面にひれとえらがある二足歩行の生き物が数体ほどおり、船乗り達と交戦していた。勿論ハッシュとニタも戦っている。
 クグレックも揺れる船体にふらふらしながら、背中のケースから杖を取り出す。
 目の前の見たこともない生き物は2足歩行ではあるが、魚のように見えた。半魚人というのだろうか。クグレックはふらふらしながら、標的に向かって杖を剥ける。
「イエニス・レニート・ランタン!」
 炎の魔法を唱えれば杖先から火の玉が放たれ、半魚人にぶつかる。じゅうと音がして、半魚人からは焦げた匂いと焼き魚の様な香ばしい匂いが発せられた。
(もっと、火力を強くしないといけないのかな)
 そう思いクグレックはさらに魔力を込めて炎の魔法を放とうと呪文を詠唱するが、杖からは何も放たれなかった。魔法が使えないことに戸惑うクグレックだったが、少し焦げてしまった半魚人がクグレックのことを察知し、襲い掛かって来た。クグレックはもう一度魔法を放とうとするが、どうしても魔法が放たれない。
 半魚人がクグレックにその刃物のように鋭利なひれを叩きつけて来る。クグレックは防御するように杖を前に構えて、きゅっと目を瞑った。
 ばきっと音がし、痛みも何もないことにクグレックはおそるおそる目を開くと、目の前にはハッシュの姿があった。もう何度この背中を見たことか。
「危ないと言っただろ。海に投げ出される危険がある。船室に戻れ!」
 と、ハッシュに怒鳴られたのと、揺れる船の衝撃でクグレックはびっくりして尻餅を着く。尻餅を着きながら、クグレックは杖を握り魔法を放とうとしたが、やはり出来なかった。自身が役に立たないことを察したクグレックは這いつくばりながら船室へ逃げ込んだ。クグレックはディレィッシュ達がいる部屋に戻らず、その場にしゃがみ込んだ。心臓がバクバクと鳴る。魔女の力を忌み嫌うことは多々あれど、魔法が使えないことは魔力切れの時を除いては一度もなかった。魔法の力がなければ、クグレックはみんなの役に立つことが出来ないではないか。

 やがて、船の動きが落ち着いた。
 クグレックはずっと甲板へ出る扉の前でしゃがみ込み項垂れていた。
 がちゃりと扉が開き、外からの光が差し込むと白いふかふかの足が見えた。ニタだ。
「あれ、クク、部屋に戻ってなかったの?」
 クグレックは顔を上げた。その表情にニタはぎょっとした。
「クク、どうしたの?なんかやつれてるよ。船酔い?」
 クグレックは頭を横に振る。
「ううん、違うの。船酔いは大丈夫。」
「そう。ならどうしたの?」
「…魔法が、使えなくなった。」
「ふーん。」
 ニタの反応は意外と薄いものだった。クグレックは少しだけ拍子抜けした気持ちになった。
「…私、これじゃぁ、何の役にも立たない…。」
「うーん、別にいいんじゃない?確かに火とか魔法で出ると便利だけど、戦いとかはニタとハッシュで何とかするし、大したことじゃないよ。」
 ニタはぽんぽんとクグレックの肩を叩く。ニタの様子を見ていると、事態はクグレックが思っているよりも深刻ではないのだろうと思えて来た。
「むしろ、普通の女の子は魔法が使えないのが当たり前なんだから、いいんだよ。」
「普通の女の子…」
 クグレックは復唱した。〝普通の女の子”はクグレックが憧れていた存在だ。
(そうか、私は〝普通の女の子”になれるんだ…)
 クグレックはようやく気持ちが落ち着き、ずっと握りしめていた杖を背中のケースにしまった。
「そうそう、黒雲は『滅亡と再生の大陸』に帰って行ったから、海はもう安心だよ。」
「黒雲?帰る?」
 ニタは船乗りから聞いた話を自慢げに披露した。
 先ほどの嵐と魔物を伴った黒い雲は『黒雲』と呼ばれる魔物スポットの一種らしい。黒雲は遥か西にある『滅亡と再生の大陸』で発生する雲らしく、『支配と文明の大陸』から離れた海上にごくまれに出現する。船を嵐と魔物で襲撃してくるが、黒雲が嫌いな音があるらしく、黒雲がやってきた時は装置を使って黒雲の苦手とする音を発する。かつては黒雲により難破してしまう船が多かったのだが、この装置を使えば黒雲を追い払うことが出来る。とはいえ、魔物は容赦なく船を破壊しようとして来るので、魔物を相手しながら装置を起動させなければならないので、大変なのである。
「でも、黒雲は年に1回くらいしか発生しないはずなのに、先月からちょいちょい出て来るんだって。一昨日も出たらしくて、何かやな感じらしいよ。」
 そうなんだ、とクグレックは呟く。
 トリコ王国といい御山といいどこかしらで『魔』が異常を来している。クグレックは魔を活性化させる体質らしい。クグレックが行く先々で発生している異常はもしかすると彼女自身がもたらしているものなのではないだろうか、ということがクグレックの頭を過ぎった。クグレックは血の気が引いて行くのを感じた。
「クク、どうしたの?」
 ニタがクグレックの顔を覗き込む。そして、クグレックの表情を見てぞっとした。
「クク、顔真っ青だよ?やっぱり船酔いじゃないの?大丈夫?」
「…ねぇ、ニタ、私、本当はいてはいけない存在なんじゃないの?」
 ニタから表情が消え、至極冷静にククに問い返す。
「どうしてそんなことを思うの?」
「だって私がいると魔の力を増幅させてしまう。ディレィッシュやムーの魔が暴走したのも私のせいだし、白魔女がおばあちゃんが死んだのも私のせいだって言ってたのも思いだした。ニタ、私…」
「クク!」
 ニタはクグレックの言葉を遮るように大きな声を出した。
「ククは何も悪くないんだよ。…でも、…ククの存在が魔を増幅させてしまうのは事実かもしれない。だけどね、アルトフールに行けば、ククがそんなことで悩まなくても良くなるんだ。何があるのかはニタも分からないけど、エレンにお願いされたんだ。そうすれば、ククはきっと普通の女の子が経験する色んな事を味わうことが出来るからって。」
「普通の女の子になるために、私は沢山の人達に迷惑をかけるの?なら私は、マルトで何も知らずに生きていた方が良かった。」
「違うんだ。クク。ククがマルトに残ったとて、魔の力が村人をおかしくさせて、もっとククはいじめられてた。ククはもっと嫌な思いをして、そして悪魔たちの恰好の餌になる。ククは世界を滅ぼすための兵器となってしまうんだ。ニタがいれば、ククを守れる。だから、安心して。」
 クグレックはニタを見た。ニタのサファイア色の瞳は不安げなクグレックを映し出しているが、ニタ自身はそんなクグレックを優しく見つめている。
(…この世界のためにも、私はアルトフールにいかないといけないんだ。これ以上迷惑なんてかけてられないもの…)
 クグレックは次第に落ち着きを取り戻すと、不安も消えていった。不安は全て消えたわけではないが、ニタの言うことは尤もである。アルトフールに行くことで被害が最小限に収まるのならば、今の苦しみは我慢すれば良いだけだ。
「クク、外に出よう!やっぱり晴れた日の海は最高だよ!」
「うん。そうだね。」
 クグレックはニタと共に再び甲板に出た。先ほどの荒天模様は嘘のように、空は気持ちよく晴れ渡っていた。
 波風は再び優しく二人の頬を撫でる。
 
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 2019_06_27

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