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海底神殿①


 
 ティグリミップに到着すると少年と少女は事情聴取のため、船乗りたちの詰め所へと運ばれた。
 その間クグレック達は依然お世話になった宿屋で過ごすこととなった。
 ムーが海底神殿へ向かうために全財産を使ってしまったが、それぞれ個人で持っていたお金をかき集めたら数日ほど宿屋に泊る分は集まり、なんとか宿泊費を払うことは出来た。持って2、3日程ではあるが。
 少年と少女は翌日には目を覚ましたという。
 船乗りたちの話によると二人はどうして海で遭難していたのかが分からなかったらしい。記憶障害は船が難破してしまった際のショックに依るものかもしれないということで、それ以上はどうにもならなかった。二人はディレィッシュの親戚であるということにして、引き取ることとなった。

 宿屋の部屋で、二人の話を伺う。
 ムーとルルとフィンはクワド島へ向かう船の準備に行った。女性と愛玩動物2体だけでは荷物持ちが心許ないということで、ハッシュも駆り出された。
 部屋にはディレィッシュとクグレックとニタ、そして少年クライドと少女の5人だ。
「お騒がせしてすみません…。」
 少女がベッドに腰掛けながら謝った。すると、同じく隣に座っていた少年クライドはすっと立ち上がって、ディレィッシュの方を向いてしゃがみ出し、額を床に付けた。

「大変申し訳ありません!陛下!私は、私は、貴方のことを忘れて日々を過ごしていました!貴方を守るための剣として、盾としてこの身を捧げたというのに、偽りの記憶に惑わされ、本物の記憶を塗り替えられてしまっていました!」

 ところどころかすれた声で懺悔する少年クライド。変声期特有の声だ。
 そんなクライドにディレィッシュは優しく微笑みかけ、彼の金色の髪を撫でる。

「ふふふ、クライド、顔を上げたまえ。謝ることじゃないさ。」
「いえ、挙句の果てにこんな姿に変えられてしまって…。本当は合わせる顔もないことは分かっています。」
 ディレィッシュはひたすら謝罪を続けるクライドを嬉しそうに見つめ、優しく声をかける。
「いや、いいんだよ。全部良いんだ。歴史は書き換えられたんだ。だから、本当に正しい歴史は私がいないという歴史なんだよ、クライド。私はもう王でもなければ何でもない。ただの住所不明の旅人なんだよ。顔を上げなさい。私はお前の顔が見たい。」
 クライドはおそるおそる顔を上げる。目の前には彼が敬愛して止まないディレィッシュの姿。その優しげな表情はクライドのかつての記憶の中でもしばらく目にしていなかった表情だった。
 ディレィッシュの信奉者であると言っても過言ではないクライドはその表情を見ただけで、全てを察した。
 どうやら長年ディレィッシュに巣食っていた憑き物が落ちたようだ、と。
 クライドが家名を捨ててまで仕えたいと思った出会った頃のディレィッシュに戻ることが出来たらしい。
「お前は私の初めての友人であり、お前にとっても初めての友人なんだ。そうだろ?」
 と、ディレィッシュが言うと、クライドは頬を緩め、ディレィッシュに抱き着いた。
「…覚えていてくれて、ありがとう。」
 とディレィッシュもクライドに負けじと強く抱き締め返した。

「はいはい、感動の再会はその辺にして、お話を聞いて行きましょ。」
 割り込みに関しては定評のあるニタが言った。
「そうだな。クライド、お嬢さん、どちらからでも良い。一体何があったのか教えてくれ。」
 ディレィッシュがクライドから離れて尋ねる。
「…まずは、クライドから話すのが良いかもしれないわ。そうじゃないと、私の話も理解できないと思う。」
 と、少女に言われて、クライドは話を始めた。

「正直言えば、どうしてこんなことになったのか分からない。覚えているのは、ディレィッシュ達が国外に脱出する際に接触してから、身体がおかしくなった。何度もディレィッシュやハッシュがいた頃の夢を見た。それは寝てる時だけではない。起きている時もだった。白昼夢として見ていたらしい。夢を見るごとに、現実との息苦しさに頭がおかしくなりそうだったし、夢を見ることが恐ろしくて眠ることが怖かった。おそらく睡眠不足と情緒不安定が祟って、何度か倒れてしまって、国王からは休養を言い渡されていた。その時に白魔女が現れたんだ。もうその時の自分は、意識が混濁してしまっていたからはっきりとは覚えていない。けれど、その時にはっきりと思いだしたんだ。自分はトリコ王国に仕えていたのではなく、『ディレィッシュ』という個人に仕えていたのだということを。『ディレィッシュ』に仕えていたからこそ、トリコ王国に尽そうとした。それを思いだした時に激しい頭痛に襲われて、目の前の白魔女から差し出された薬を口にした瞬間から、記憶は既にない。気付けば地下牢のようなところに繋がれていたし、からも小さくなっていた。白魔女は「時間がない」とだけ言って。無理矢理自分にクスリを飲ませて、そして、今に至る。」

「…1週間くらい前に会ったこと、覚えているか?」
 と、ディレィッシュが尋ねたが、クライドは覚えがないので訝しげな表情で首を横に傾げた。
「いや、でも、ところどころ記憶はあるんだ。主に白魔女との記憶になってしまうが。白魔女から、俺は今がディレィッシュとハッシュが存在しない『歴史が変わった世界』であることも説明は受けていた。ただ、何度も何度も今と元のちぐはぐな記憶、身体の調律が施されていたことだけは分かった。体が小さくなってしまったことだけは分からずじまいだったが。」
 クグレックたちもトリコ王国を脱して、山を登ったり、ドラゴンを退治したり、壮絶な1か月を送っていたが、クライドはそれ以上の苛烈さをもっていたのかもしれない。
「白魔女がいなければ、クライドは死んでてもおかしくなかった。なくなった記憶と新しい記憶を一緒にすることは難しい。白魔女は、興味本位でクライドを元の形に戻しただけに過ぎないけどね。あの女は世界の理を手にすることには貪欲なの。なんだってする。」
 と、少女が言った。
「白魔女はいい人なのか良く分からないよ。」
 ニタが困惑したが、アリスは間髪入れず「良い人ではないわ」と答えた。
「私達の身体が小さくなったのは、あの女の気まぐれによるわ。クライドを昔の記憶を戻したまま今の世界に馴染ませるために、身体を小さくする理由は良く分からない。あの女にとってはただの実験体に過ぎない。仮にクライドが副作用で死んだとて、それは彼女の1つの実験結果に過ぎないのよ。実験用ネズミが死ぬのと同じね。」
 と、アリスが言う。
「ところで、お嬢さん。君は一体何者なんだ?」
 ディレィッシュが尋ねた。
「私は、…うーん、そうね、故郷の流行病を治すための薬を白魔女に作ってもらおうと思って、ずっと白魔女のことを探していたの。」
 にこりと微笑むアリス。
「薬は手に入ったのか?」
 ディレィッシュが尋ねると、アリスは首を横に振った。
「残念ながら。私が彼女に接した時は、…白魔女は…、もはや正常な状態ではなかった。」
 と言った後、アリスは「もともと正しい人間ではなかったのだけど」と付け加えた。
「…どうして、二人はあの船に乗っていたんだ?」
 アリスはちらりとクライドを見遣る。クライドはまともな意識を持たずにいたので状況を知らない。真剣な表情でじっとアリスを見つめていた。
「私達は奴隷として売られたの。『滅亡と再生の大陸』の沿岸部の町へと。」
 一同はハッと息を呑んだ。
 コンタイの国のどこかの町では『滅亡と再生の大陸』への密航船が出ているということをディレィッシュが皆に話したことがあるが、クライドとアリスは実際のその密航船に乗ったということになる。ムーと今は御山にいるティアもその密航船に乗って『秩序と文明の大陸』にやってきたと言う。ちなみにこの港町ティミグリップには密航船は存在しない。清廉潔白とした港町なのである。
「…クライドは絶世の美少年だからね。それなりに需要はあるわ。私もそういう華の年齢だったから、売られたわけ。」
「…白魔女はどうしてそんなことを?」
「もうあの人は気が触れているからね。少しでも誰かが絶望する顔を見たかったんじゃないのかな。幸いクライドも元の記憶を取り戻して、身体が馴染んだのを確認できたしもはや、言うことを聞かないであろうクライドを傍に置いておく理由もなくなった。実験は成功し、終了したのよ。」
「…私はてっきり白魔女はクグレックに会うために、クライドを駒にすると思っていたのだが…」
「その予定だったんでしょうね、彼女も。」
「え?」
「今の彼女は気が狂っているの。元から狂った人だけど。でも、今は自分でも抑えられないくらいおかしくなっている。私の力で、白魔女は今故郷のリタルダンド共和国まで転移させたけど、あの女もなかなかの空間転移魔法の名手だから、早いうちにあなたたちの元へ追いつくでしょうね。」
「…アリス、君は一体何者だ?白魔女には本当に薬のためだけに接近したのか?」
「…ふふふ。それはそのうち分かることよ。」
 アリスは微笑みを浮かべる。
「ねぇ、ところで、貴方たちはアルトフールってところに行く予定なんでしょう?私もご一緒してもいいかしら?」
「なんでそれを知っているんだ?」
「あらやだ、ニタちゃんが教えてくれたのよ。ククちゃんと一緒にアルトフールへいくんだって。」
 アリスと酒をかわしたあの夜、ニタの記憶は途切れ途切れとなっている。アリスからの情報を得る代りに知らぬ間にニタは事情を全てアリスに話していたらしい。
「私は『滅亡と再生の大陸』東沿岸部出身なの。水龍を祀る部族の出身なんだけどね、向こうの魔物の情報をもっているから、少しは役に立つと思うんだけど。あ、あとは治癒魔法も得意よ。白魔女には劣るけど。」
 ニタとディレィッシュはクグレックを見遣る。この旅のリーダーはクグレックなのだ。クグレックが良いと言えば相手が怪しくとも受け入れるし、ダメだと言えば有能な人物であっても拒否をする。
 クグレックの答えは「別に、かまいません」だった。
 ニタとディレィッシュは内心不安だった。目の前のアリスはクライドを助けてくれたとは言え、どこか怪しいのだ。腹に何を据えているか分からない。しかし、リーダーの言うことは絶対だ。
「ありがとう。ククちゃん。」
 アリスは屈託のない笑顔をクグレックに向けた。クグレックもそれに応じるように微笑んだ。

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