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ククとハクアの惚れ薬②




 
 そして、ある満月の夜に、ハクアの手ほどきを受けながら、ククは惚れ薬の精製を行う。
 まずは日没と共にハクアが植物を育てている温室へと向かい、カンテラの明かりと月光を頼りに赤い薔薇を採取する。この温室にはその他白や黄色、桃色、青色などの様々な薔薇が栽培されている。
「大量に摘むからね。棘で指を切らないように注意なさい。」
「う、うん。」
 温室に育った赤い薔薇は今晩全部摘んでしまうこととなった。薔薇の精油はわずか数滴しか必要ないのだが、数滴抽出するのにも大量の花弁が必要となる。
「ハクア、この薔薇、全部ハクアが一人で育てたの?」
「え?そんなわけないじゃない。アリスが全部手入れしてくれてるのよ。あの子はアタシの弟子だからね。」
 アリスはハクアの治癒術を継承するために、ハクアと師弟関係を結んでいる。ハクアのことだから、アリスをまるで召使のごとく扱っているのかと思えば、そうでもない。アリスは対人に関してはやり手だ。上手い具合にハクアとの距離感を保ちつつ良好な師弟関係を結んでいる。
「クグレックも、私の門下生にしてあげてもいいのよ。アタシ、アンタの力を買ってるんだから。」
 ククはハクアに良いように使われるのではないかと思い、「考えておくよ。」と一言だけ返した。
 しかし、本当のところは、ハクアから魔法の手ほどきを受けてみたいという気持ちが少しだけあった。ハクアは魔女ではないにせよ、膨大な知識を持っている。特に薬系に関しては、治癒薬以外にもこういった魔女の秘薬といった特殊な薬など際限なくすべての知識を網羅しており、精製することが出来る。魔女であったククの祖母も秘薬の精製に関しては長けていたので、ククも祖母の様に秘薬を精製できるようになりたい、と密かに思っていた。
 そして、赤い薔薇の花を摘み終えると、次は薔薇の精油の抽出だ。
 今晩は天気が良い満月の夜なので、野外で事を成す。
 日中、ニタに準備をしてもらった大釜に薔薇の花弁のみを入れ、ハクアがその中に謎の液体を放り込む。液体はくらっとするようなきつい臭いがする。
「さ、こっから精油を抽出するわよ。ちょっと時間かかるから、その間魔法陣でも作っちゃいましょう。」
「うん。」
 と、頷いて、ククは一旦大釜の中を覗きこむ。ハクアはその様子に気が付き、得意げに解説する。
「この花が溶けて来たら、火をつけてとろとろ煮込むからね。ハクア様オリジナルの精油作成用の特別な薬だから、通常よりも早く出来上がるわよ。ふふふ。」
 怪しく笑うハクア。彼女は完璧なる惚れ薬精製が嬉しいらしく、終始上機嫌なのである。
 そして、ククは魔法陣を作り始める。中央の満月の女神の術式をルビーの原石を砕いて作った塗料で記し始める。その様子をハクアは見守る、が、何も見ずに術式をスラスラ記していくククを見てつい声をかけてしまった。
「アンタ、暗記してんの?」
「え?うん。暗記するほどでもないけど…。術式は頭に入り込んで来て、すぐに浮かぶし…。」
「さすが、本物の魔女…。」
 ハクアは感心しながらククの様子を見つめる。
 実は、魔女の知識を完備するハクアであっても、術式は暗記出来ていない。魔法陣は複雑なのだ。ハクアは常に傍らに参考書物を置いて魔法陣を完成させていた。しかしククは参考書物も必要とせずに魔法陣を作成する。魔女とそうでない者の格の違いを見せつけられたハクアは、愕然とするよりも、わくわくするような興奮に駆られた。
 魔女が作る薬とそうで無い者が作る薬の違いは、当然魔力があるかないか、というところで変わって来る。分岐点は精霊の召喚。召喚と言っても、精霊がその場に現れるわけではない。が、儀式の一環としてそこに精霊の力が注入される。ハクアの様に魔力がなくても手順さえしっかりしていれば精霊は降臨する。が、注入される力は微々たるものだ。ハクアの魔女の秘薬の効果の高さは、精霊の力ではなく、高度な薬の精製技術と豊富な知識による術式の完全再現によるところが大きい。

 魔法陣が完成すると、大釜の中の薔薇の花弁たちは溶けだしていた。
 ククは大釜の下にくべられている薪に魔法で火を放ち、とろ火で煮込み始めた。
「ねぇ、ハクア、惚れ薬って、役に立つのかな。」
「え?」
「ハクアは惚れ薬を売ろうとしてるんでしょ。惚れ薬を買う人のうち、本当に幸せになるために使ってくれる人ってどのくらいいるんだろう。」
「本当の幸せ、ねぇ。」
 ククの問いにハクアは考え込んだ。
 ハクアは惚れ薬を狂ったように使っていた頃があった。
 かつてハクアはその辺のイケメンの旅人を捕まえては、惚れ薬を飲ませ、骨抜きにしてこき使っていたことがあった。そして惚れ薬の効き目が切れるころに、彼らを自作の薬の実験台にした。成功したら再び惚れ薬を飲ませ、こき使い、そして再び実験体にするというサイクルを繰り返していた。時に薬の強い副作用を被ってしまい、人として生きられなくなってしまう者もいたが、その頃のハクアには関係がないことだった。副作用を被った者に関してはハクアは放り出して、捨てた。彼らがどうなったのか、ハクアの知るところではなかった。
 そんな狂気に包まれて、平然としていたハクアのことなので、ククの問いにすぐに答えることが出来なかった。
「惚れ薬は、一人の利己的な幸せを達成するものにしかすぎないわ。」
「そっか。」
「でも、例えば、ううん、そうねぇ、政略結婚で結ばれた人たちに惚れ薬を使ってあげれば、仮初ではあるけれども、幸せな状態になるんじゃないのかしら。」
 そのハクアの答えに、ククは悲しそうな表情をしていた。彼女が求める答えではなかったようだった。惚れ薬に正義など存在しない。人の欲望を目にしてこそ楽しいのに、とハクアは思った。

 そして、しばらく時間が経過し、精油の抽出が完了すると、作業は一気に進行する。
 ミルラのお香を炊きながら、湧き水に必要なものをどんどん調合していく。
 乙女の涙は、ククがどうしても涙を流すことが出来なかったので、霧吹きに入れた無添加の催涙スプレーを浴びて、乙女の涙の摂取に成功した。そのため、しばらくククは涙を流しながら作業していた。
 そして、魔法陣の真ん中に小瓶を置き、ククが召喚呪文の詠唱を始めると、魔法陣が光り出し、空気が振動しだした。しかし、ククはそれに怯むことなく詠唱を続ける。魔法陣に向かって月光も激しく降り注がれる。その瞬間、ククは譫言のように呪文を口ずさんでいたが、急に声を張り上げて、エルピティウムの台詞を朗読する。
「闇は何も隠さない。貴方は私の全てを照らす。闇を打ち消さずにあなたの輝きが私を魅了する。その柔らかな甘さで私を優しく噛んで頂きたい。」
 すると、満月の神秘的かつ甘美な光は一層輝きを増した。
 光に包まれながらもククは詠唱を続け、全て唱え尽すと、光は一閃にまとまって小瓶の中へ注がれ、消えた。
 再び静かな満月の夜が戻って来る。
 ククはふうとため息を吐き、額に滲んだ汗を拳で拭い取る。
 これで惚れ薬の精製は終了だ。あとは小瓶のなかで精霊の力を落ち着かせるだけだ。
 ハクアは、一仕事終えたククにパチパチとまばらな拍手を送った。
「お疲れ様。あとは夜が明ける前に回収すればおしまいね。」
「ありがとう、ハクア。」
「あら、お礼なんていらないわ。今回はちょっとだけ多めに作ったから、今回作った惚れ薬を3割程度頂ければそれで結構よ。」
「…この惚れ薬の効果はどの位あるんだろう。」
「おそらく、その瓶全部飲めば、一生続くほどの力はあると思うわよ。一口飲めば一週間ってところかしらね。」
「そう。」
 ククはちらりと惚れ薬を見つめると、ハクアの方に向き直って真剣な表情で話しかける。
「ハクア、私、これは一口分あれば十分だと思う。私、やっぱり魔女の力でハッシュにずっと好きになってもらいたくない。せめて1週間、夢見る時間があればそれで良い。だから、残りは全部あげるから、世の中のこの薬を必要としている人に売りつけてしまって構わないよ。」
「あら、そう?じゃぁ、アタシが作り置きしてたぶんがあるから、そっちをアンタにあげるわよ。多分効果も薄いと思うし。」
「ん、じゃぁ、そうする。」
「ふふふ。交渉成立ね。」
 そうして二人は、魔法陣以外の大釜やら何やらの片づけを始めた。
 惚れ薬の瓶は満月の光に湛えられ、刻々とその名の力を蓄えている。
 力のある魔女が作った惚れ薬は、今後一体誰の「利己的な幸せを達成」するのだろうか。そこに訪れるのは誰かの悲哀か幸福か、作った本人にも分からないことであるが、魔女は望む。カリソメの中に存在する微かな希望を。


Fin.
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 2014_05_18

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