ハッシュは1年経っても帰って来なかった。
今ハッシュはどこでどうなってるのか、それすらも分からない。もしかすると死んでしまったのかもしれない。もういろんなことが考えられてしまうけど、きっとハッシュは無事だと思う。
なんというか、近くにいるんじゃないかと、そんな気がしてならない。
だから、私、ちょっとだけ旅に出ることにします。
きっと、ハッシュを探しに行くと言ったら、皆に止められると思う。それこそニタに話したら猛反対されるだろうし、マナだったら、私を軟禁しかねない。自分の特質上アルトフールを出たら危険が待っていることは十分に理解できているから、皆が心配することは容易に想像できる。
だから、私は夜明けと共に自らの意志で旅に出る。
旅と言っても、そんな遠くじゃない。ちょっと近くの集落まで行って来るだけ。
滅亡と再生の大陸には「国」と言う概念が存在しない。アルトフールのように不思議な土地が沢山あってそれぞれの役割を持って存在する。アルトフールは「封印と黄泉の土地」としての役割を持ち、私達の力はそれぞれ抑えられ、のんびりと生活することができている。また、大都市ラカトブルグは「夢想の商業の土地」としての役割を持ち、世界中の商品を取り揃えている。
他にもマナの故郷とされる「アプリオリ」は今は滅びの都市となっているけど、それは土地が死んでしまったからそうなっているだけで、もしかすると、生き返って本来の姿を取り戻すかもしれない。今のアプリオリは「滅びの都市であること」が役割。
これから私が向かうところは、歩いて1日の距離にある生まれたてとされる集落。まだそこは役割がない土地であり、どういうわけか人が住み着いた「生まれたての土地」。
魔除けのお守りと魔力回復薬を準備して、小さな旅に出かける。
歩いて一日の距離は決して一日で着くわけじゃない。それは24時間歩けば、辿り着くかもしれないけど、私も人の子なので疲れる。だから、結界を張り、テントよりは風雨を凌げる小さな家を出す魔法を使って一晩休んだ。そして、二日目の夕方位に私は「生まれたての土地」に着いた。
生まれたての土地は酷く脆弱だった。周囲は壊れかけた木の柵を張り巡らせて魔物の侵入対策を行っている。。だが、それは決して万全ものでないらしく、2,3件の家屋が半壊している。柵内にあるまともな家屋は、2階建ての民家1件と畜舎1件のみ。
ただし、村の入り口には見覚えのある小さな小袋が飾ってある。この小袋は私がハッシュに上げた魔よけのお守りだ。
どういうこと?
早々にハッシュの手がかりを見つけた私は、「生まれたての土地」に上がり込む。
が、足元に何か紐のようなものが張られていたらしく、私はまんまとその紐に引っ掛かり、転んでしまった。盛大にからんからんとバケツが鳴り出して、私の周りに人が集まってきた。
体を起こして、辺りを見てみると、私は8歳から15歳くらいまでの少年少女達10人ほどに囲まれていた。少年少女たちは厳しい表情で私のことを見つめる。
少し恰幅の良い少年たちの手には木の棒が握られていた。
うーん、私は今、ちょっと良い状況にいるわけではなさそうだ。
「あ、あの、私はここに悪さをしに来たわけではないんです。」
少年少女たちは、用心深そうに私のことを睨み付ける。
そして、その中でも年長者と思しき少年が木の棒を構えたまま一歩前に出て来た。
「お前は盗賊の仲間か?」
声変りをした後の独特のかすれた低い声。
「盗賊?いったい何のこと?私はえっと、これ、これのことを聞きたくて。」
私は懐から、入り口にある小袋と同じ小袋に入った魔よけのお守りを取り出して見せる。少年はちらっと村の入り口に飾られてる小袋に目を遣る。再び私のお守りを見ると、私のことを訝しげに見つめながら、
「なんでお前、アレと同じものを持っているんだ?」
と、尋ねる。私はほっと安堵のため息を吐いてから
「だって、あれは私が作ったものだから…。あれが、魔除けのお守りであるならば。」
と、答えた。
「お前はもしかして、『優しい魔女』?」
「え?優しい?」
少年の表情は更に険しくなる。
「ね、ねぇ、もしここにハッシュっていう、金髪で目が青くて、筋肉で強そうな男の人が来たことがあるなら、教えてくれないかな?」
少年はハッとした表情になった。
「おまえ、兄ちゃんのこと、知っているのか?」
「う、うん。アルトフールっていうところから来たの。」
「…。分かった。じゃぁ、ちょっと待て。」
少年は自分よりもガタイのいい少年に耳打ちをすると、そのまま1件しかない民家へ消えて行った。
その間私は、木の棒で臨戦態勢を取る少年たちに囲まれて身動きが取れない状態となった。
一体どうしてこんな状態になってしまったのだろう。
どうやらハッシュはここに来たことがあるようだけど、いるのかどうかは分からない。
もしいなかったとして、そうであるならば、ハッシュは私の魔除けのお守りを早々に外して旅に出ていたことになる。それは大丈夫なのかな。魔物に合わないだけでも、命が無事である確率は高くなるのに。
と色々考え不安になっていると、先ほどの少年と、また別の少年と同い年くらいの女の子がやって来た。そして、その後ろには見覚えのある筋肉質の男もいた。無精ひげで顔がもさもさしているけど、あの姿はハッシュだ。私の大好きなハッシュだ。
「あ、クク。」
「ハッシュ!」
私は今すぐにでもハッシュの元へ駆け寄りたかったけど、周りは木の棒を持った男の子たちに囲まれていたんだった。
「クク、どうしてここに?」
「なんとなく!でも、ハッシュのことが心配で!」
「あぁ、そうか。悪い悪い。一応用事は済んだんだけどな、新たに戻れない用事が出来てしまって。」
「用事?」
「あぁ、こんなとこじゃなんだから、家の中で話そう。おう、お前たち、その女の子は悪い奴じゃないから、迎え入れてくれないか?」
リーダー格の少年は訝しげに私を見つめる。じっと見つめたのち、「ふん」と言って「ハッシュが言うんだ。迎え入れよう」と木の棒を持った男の子たちに声をかけて、私に対する警戒を解いてくれた。
なんとも肩身が狭い状態だ。ずっと年下の子に下に見られることには慣れてはいないけど、慣れてるけどさ…。
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