あなたに会いに行く②
Category: アルトフールの物語
*******
「そこに座って。」
2階の机とベッドが一つで窮屈と感じられる位のの小さな部屋に案内されて、ハッシュに促され、ベッドに腰掛ける。
久々にあったというのに、先ほどの事件もあってドキドキ感がない。特別感なんて何もない普通の感じ。奇妙な感じ。
ハッシュは机の椅子に腰かけ、私と向き合う。
何を言えばいいのかな。とまごまごしていると、ハッシュから話を始めてくれた。
「2週間くらい前から、ここには居続けてる。ただ、ここに来たのは実は2回目なんだ。」
「…」
「1回目はアルトフールを出てすぐだったかな。ここは生まれたての土地だったから、加護も何もない。魔物が平気ではびこる無法地帯だった。大人たちが子供達を守るために、夜も眠らずに魔物の侵入を防いでいたよ。大人たちは疲弊しきっていたな。魔物は対して強くはなかったけど、この近くに魔物の出現スポットがあったから、頻繁に魔物がこの地に侵入してきていたらしい。」
「そこでハッシュは私の魔除けのお守りを置いて行ったってこと?」
「うん、ククがせっかく俺のために作ってくれたことは知っていたけど、これで誰かの命が救えるのならば。あと、出現スポットはぶったたいて壊してきたから、魔物の侵入はぱったり収まったと思われた。」
「思われた?」
「あぁ、ここには1週間ぐらい滞在したんだ。スポットも壊したし、魔除けのお守りもあるし、もう安全だろうと思って、俺は俺自身の旅を再開させた。やるべきことも済ましてきた。魔物にも遭遇しやすくなって何度か危険な目に遭ったけど、無事にここまで戻って来れた。せっかくだから、皆元気かと思ってこの地に立ち寄ったら、荒れ果てた現状に驚いた。家々が破壊しつくされ、大人たちがいなくなっていた。」
「魔物のせいで?」
ハッシュは悲しそうに首を横に振った。
「人間のせいで。」
「人間の、せい?」
「あぁ、盗賊団に襲われてしまったんだ。極悪非道の盗賊団で、2か月くらい前に不意に現れて、この集落を襲ったらしい。目当てのものは金品、食料、女。大人たちは自分たちの集落を守ろうと必死で抵抗したが、魔物もろくに倒せないほどの人達だ。おそらく死線を越えて来たであろう盗賊団に適うことなく、全員殺されてしまったらしい。子供たちは大人たちの機転でこの家の地下室に隠されたから無事だったらしいけど、地下室から出て来た時はもう全てを奪いつくされた後で凄惨な状態だったんだろう。」
「かわいそうに…。」
「あぁ、ここに戻って来て、この荒れ果てた光景を目にした時は、もう何も言えなくなってしまったよ。」
きっと大人たちの死体はこの集落のいたるところにあったのだろう。
それを年端の行かない子供たちが、目にし、処理をした。
なんてつらい現実なんだろう。
あの集落の入り口で私が見た、剥き出しの懐疑心と敵対心に包まれた子供たちの瞳は、きっとこの経験から根付いてしまったものなのだろうな。
だから、そんな子達にとって、ハッシュの存在は凄く大きいのだと思う。恐怖と絶望と孤独に包まれた子供達の間に、かつて魔物から集落を守ってくれた英雄が戻って来てくれたのだ。ハッシュの存在はあの子たちにとって大きな希望の光となっているはず。
そんな子達から、ハッシュを奪うことは出来ないよね…。
こんな考え方をする自分が嫌になって来る。ああもう。
「クク…。」
「うん。分かった。」
「またいつ盗賊団が来るかは分からない。散々奪いつくした後だからもう来ないはずだとは思うんだが、来るかもしれない。お守りの効果も切れて、いつ魔物が侵入するかもわからない。もし侵入したら、あいつらだけで追い払うことは正直難しいと思う。だから、俺は落ち着くまでここにいる。アルトフールに戻るのは…、もう少ししてから、かな。」
柔らかく微笑むハッシュ。あの自身に満ち溢れた明るい笑顔に少し陰りが差した様な笑顔。
いつからあなたはそんな笑い方をするようになったのだろう。
「クク、今日は泊まって行けよ。質素な食事しか出せないけど、ベッドは貸すから。」
「…うん、ありがとう。」
私達はただ何も言わず、お互いにじっと見つめ合う。
お互いに言わなければいけないことがあるはずなのに、言葉になって出て来ない。
こんなに近くにいるのに、やっと会えたというのに。
と、不意にハッシュの手が、私の頬に伸びて来る。
「こんな状況だけど、ククに会えて良かった。」
安心したような優しい表情を浮かべるハッシュ。私の頬に触れる大きくてごつごつしたハッシュの手の温もりを感じながら、私は束の間の幸せを感じた。「私も」と言いかけた時、部屋のドアが開け放たれた。ハッシュの手は瞬時に私から離れた。
「兄ちゃん、大変だ!魔物が現れた!シオン兄ちゃん達が相手をしてるけど、助けて!」
息も切れ切れにやって来たのは、6歳くらいの男の子。泣きそうな顔をしてハッシュに助けを懇願する。
ハッシュの表情は険しくなって、「分かった。今行く。」と言って立ち上がると、すぐに部屋を出て行った。私と男の子はその後を追う。
*******
集落の入り口にいたのは、猿のような形をした黒い何かだった。全体が黒いのでどんな生き物なのか判別がつかないのだけど、四肢があって、頭のようなものがあって、でも人間よりはずっと小さいから“猿のような形”と形容してみた。
得体のしれないこの魔物は何とも言えない不安感を私達に与えて来る。ここにいる小さな子供達もきっと不安と恐怖に包まれているだろう。
でも、なんとなくわかる。この魔物は私やハッシュの手にかかればあっという間に倒すことが出来る。
小さな子供たちにとっては畏怖の存在でしかないのは確かだけれど。
そう思っている矢先にハッシュは猿みたいな黒い何かに回し蹴りを入れて粉砕した。
一撃で倒せる、そんな相手だ。
霧の様にその魔物はかききえて、事態は収束した。
「兄ちゃん、ありがとう。」
「シオン、みんなにけがはないか?」
ハッシュはリーダー格の少年に尋ねる。
「うん。大丈夫だ。」
「なら良かった。また魔物が来たら、すぐに呼んでくれ。」
「分かった。よし、みんな、元の位置に戻るぞ!」
「おー!」
リーダー格の少年、シオンの一声をかけると、子どもたちは散り散りバラバラに去って行った。おそらく決められた持ち場に戻るのだろう。
ハッシュは、ぼんやりと集落の入り口を眺めている。その視線の先には私がハッシュにあげたはずの、魔除けのお守りがあった。ハッシュの表情はどこか物憂げだ。
声をかけようにも、かけられない。
今の現状はハッシュが決めた選択だから。
あとは、もしかすると、今の魔物は、私が呼び寄せてしまったのかもしれないから。
私の特質は「魔を呼び寄せること」。勝手に魔物も呼び寄せるし、悪魔も呼び寄せる。アルトフールではその力が抑えられるから、だから私はアルトフールに辿り着いた。でも、外に出れば、結局私は魔を呼び寄せる。
だから、本当は私はここに長居すべきではない。子ども達の安全のためにも本当は早く帰らなければならないのに―――。
「クク、…心配するな。大丈夫だから。」
ハッシュの大きな手が、私の頭をぽんぽんと撫でてくる。懐かしい、あなたの手。
「クク、ここには移転の魔法陣は作れないのか?」
ハッシュからの質問。そうだ、その方法があった。私には魔を呼び寄せる特質があるけど、腐っても魔女なんだ。魔法なんてお手の物だ。ハッシュが言う「移転の魔法陣」を作れば、アルトフールからここまで一息で行くことが出来る。
「俺、ここからは離れられないけど、出来るならばククに会いたい。魔法陣さえあれば、ククも危険な思いをせずにここまで来れるだろう?」
ボン、と顔の中の何かが爆発したように、私の顔は真っ赤になった。
ハッシュが、私に会いたい、って言ってくれた。なんだか私のことを必要としてくれてるみたいですごく嬉しいんですけど!
「クク、顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
心配そうにハッシュは私の顔を覗き込んでくる。今の状態では私、ハッシュのことを直視できないよ。
「大丈夫、だいじょうぶだから、ね。ハッシュ?」
子供を諭すように、ゆっくり話して、私はハッシュから顔をそむける。
「そうだ、魔法陣、作れる場所探してくるよ。」
そう言って、ハッシュから離れて、柵に囲まれた集落内をウロウロする。
魔法陣も作れる場所は決まっている。魔力が高い場所があれば、どこにでも作ることが出来る。
だけど、ここにはそのような場所はないかもしれない。結構ウロウロしてるけど、何も感じない。
この地が生まれたての土地であるからして、加護がないのは知っていたけど、加護がないということはこれほどまでとは…。
ただ、空間転移魔法に詳しいハクアならば、おそらく魔力に依存せず転移魔法を扱う術を知っているはず。アルトフールに戻ったら、ハクアから教えてもらおう。
「そこに座って。」
2階の机とベッドが一つで窮屈と感じられる位のの小さな部屋に案内されて、ハッシュに促され、ベッドに腰掛ける。
久々にあったというのに、先ほどの事件もあってドキドキ感がない。特別感なんて何もない普通の感じ。奇妙な感じ。
ハッシュは机の椅子に腰かけ、私と向き合う。
何を言えばいいのかな。とまごまごしていると、ハッシュから話を始めてくれた。
「2週間くらい前から、ここには居続けてる。ただ、ここに来たのは実は2回目なんだ。」
「…」
「1回目はアルトフールを出てすぐだったかな。ここは生まれたての土地だったから、加護も何もない。魔物が平気ではびこる無法地帯だった。大人たちが子供達を守るために、夜も眠らずに魔物の侵入を防いでいたよ。大人たちは疲弊しきっていたな。魔物は対して強くはなかったけど、この近くに魔物の出現スポットがあったから、頻繁に魔物がこの地に侵入してきていたらしい。」
「そこでハッシュは私の魔除けのお守りを置いて行ったってこと?」
「うん、ククがせっかく俺のために作ってくれたことは知っていたけど、これで誰かの命が救えるのならば。あと、出現スポットはぶったたいて壊してきたから、魔物の侵入はぱったり収まったと思われた。」
「思われた?」
「あぁ、ここには1週間ぐらい滞在したんだ。スポットも壊したし、魔除けのお守りもあるし、もう安全だろうと思って、俺は俺自身の旅を再開させた。やるべきことも済ましてきた。魔物にも遭遇しやすくなって何度か危険な目に遭ったけど、無事にここまで戻って来れた。せっかくだから、皆元気かと思ってこの地に立ち寄ったら、荒れ果てた現状に驚いた。家々が破壊しつくされ、大人たちがいなくなっていた。」
「魔物のせいで?」
ハッシュは悲しそうに首を横に振った。
「人間のせいで。」
「人間の、せい?」
「あぁ、盗賊団に襲われてしまったんだ。極悪非道の盗賊団で、2か月くらい前に不意に現れて、この集落を襲ったらしい。目当てのものは金品、食料、女。大人たちは自分たちの集落を守ろうと必死で抵抗したが、魔物もろくに倒せないほどの人達だ。おそらく死線を越えて来たであろう盗賊団に適うことなく、全員殺されてしまったらしい。子供たちは大人たちの機転でこの家の地下室に隠されたから無事だったらしいけど、地下室から出て来た時はもう全てを奪いつくされた後で凄惨な状態だったんだろう。」
「かわいそうに…。」
「あぁ、ここに戻って来て、この荒れ果てた光景を目にした時は、もう何も言えなくなってしまったよ。」
きっと大人たちの死体はこの集落のいたるところにあったのだろう。
それを年端の行かない子供たちが、目にし、処理をした。
なんてつらい現実なんだろう。
あの集落の入り口で私が見た、剥き出しの懐疑心と敵対心に包まれた子供たちの瞳は、きっとこの経験から根付いてしまったものなのだろうな。
だから、そんな子達にとって、ハッシュの存在は凄く大きいのだと思う。恐怖と絶望と孤独に包まれた子供達の間に、かつて魔物から集落を守ってくれた英雄が戻って来てくれたのだ。ハッシュの存在はあの子たちにとって大きな希望の光となっているはず。
そんな子達から、ハッシュを奪うことは出来ないよね…。
こんな考え方をする自分が嫌になって来る。ああもう。
「クク…。」
「うん。分かった。」
「またいつ盗賊団が来るかは分からない。散々奪いつくした後だからもう来ないはずだとは思うんだが、来るかもしれない。お守りの効果も切れて、いつ魔物が侵入するかもわからない。もし侵入したら、あいつらだけで追い払うことは正直難しいと思う。だから、俺は落ち着くまでここにいる。アルトフールに戻るのは…、もう少ししてから、かな。」
柔らかく微笑むハッシュ。あの自身に満ち溢れた明るい笑顔に少し陰りが差した様な笑顔。
いつからあなたはそんな笑い方をするようになったのだろう。
「クク、今日は泊まって行けよ。質素な食事しか出せないけど、ベッドは貸すから。」
「…うん、ありがとう。」
私達はただ何も言わず、お互いにじっと見つめ合う。
お互いに言わなければいけないことがあるはずなのに、言葉になって出て来ない。
こんなに近くにいるのに、やっと会えたというのに。
と、不意にハッシュの手が、私の頬に伸びて来る。
「こんな状況だけど、ククに会えて良かった。」
安心したような優しい表情を浮かべるハッシュ。私の頬に触れる大きくてごつごつしたハッシュの手の温もりを感じながら、私は束の間の幸せを感じた。「私も」と言いかけた時、部屋のドアが開け放たれた。ハッシュの手は瞬時に私から離れた。
「兄ちゃん、大変だ!魔物が現れた!シオン兄ちゃん達が相手をしてるけど、助けて!」
息も切れ切れにやって来たのは、6歳くらいの男の子。泣きそうな顔をしてハッシュに助けを懇願する。
ハッシュの表情は険しくなって、「分かった。今行く。」と言って立ち上がると、すぐに部屋を出て行った。私と男の子はその後を追う。
*******
集落の入り口にいたのは、猿のような形をした黒い何かだった。全体が黒いのでどんな生き物なのか判別がつかないのだけど、四肢があって、頭のようなものがあって、でも人間よりはずっと小さいから“猿のような形”と形容してみた。
得体のしれないこの魔物は何とも言えない不安感を私達に与えて来る。ここにいる小さな子供達もきっと不安と恐怖に包まれているだろう。
でも、なんとなくわかる。この魔物は私やハッシュの手にかかればあっという間に倒すことが出来る。
小さな子供たちにとっては畏怖の存在でしかないのは確かだけれど。
そう思っている矢先にハッシュは猿みたいな黒い何かに回し蹴りを入れて粉砕した。
一撃で倒せる、そんな相手だ。
霧の様にその魔物はかききえて、事態は収束した。
「兄ちゃん、ありがとう。」
「シオン、みんなにけがはないか?」
ハッシュはリーダー格の少年に尋ねる。
「うん。大丈夫だ。」
「なら良かった。また魔物が来たら、すぐに呼んでくれ。」
「分かった。よし、みんな、元の位置に戻るぞ!」
「おー!」
リーダー格の少年、シオンの一声をかけると、子どもたちは散り散りバラバラに去って行った。おそらく決められた持ち場に戻るのだろう。
ハッシュは、ぼんやりと集落の入り口を眺めている。その視線の先には私がハッシュにあげたはずの、魔除けのお守りがあった。ハッシュの表情はどこか物憂げだ。
声をかけようにも、かけられない。
今の現状はハッシュが決めた選択だから。
あとは、もしかすると、今の魔物は、私が呼び寄せてしまったのかもしれないから。
私の特質は「魔を呼び寄せること」。勝手に魔物も呼び寄せるし、悪魔も呼び寄せる。アルトフールではその力が抑えられるから、だから私はアルトフールに辿り着いた。でも、外に出れば、結局私は魔を呼び寄せる。
だから、本当は私はここに長居すべきではない。子ども達の安全のためにも本当は早く帰らなければならないのに―――。
「クク、…心配するな。大丈夫だから。」
ハッシュの大きな手が、私の頭をぽんぽんと撫でてくる。懐かしい、あなたの手。
「クク、ここには移転の魔法陣は作れないのか?」
ハッシュからの質問。そうだ、その方法があった。私には魔を呼び寄せる特質があるけど、腐っても魔女なんだ。魔法なんてお手の物だ。ハッシュが言う「移転の魔法陣」を作れば、アルトフールからここまで一息で行くことが出来る。
「俺、ここからは離れられないけど、出来るならばククに会いたい。魔法陣さえあれば、ククも危険な思いをせずにここまで来れるだろう?」
ボン、と顔の中の何かが爆発したように、私の顔は真っ赤になった。
ハッシュが、私に会いたい、って言ってくれた。なんだか私のことを必要としてくれてるみたいですごく嬉しいんですけど!
「クク、顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
心配そうにハッシュは私の顔を覗き込んでくる。今の状態では私、ハッシュのことを直視できないよ。
「大丈夫、だいじょうぶだから、ね。ハッシュ?」
子供を諭すように、ゆっくり話して、私はハッシュから顔をそむける。
「そうだ、魔法陣、作れる場所探してくるよ。」
そう言って、ハッシュから離れて、柵に囲まれた集落内をウロウロする。
魔法陣も作れる場所は決まっている。魔力が高い場所があれば、どこにでも作ることが出来る。
だけど、ここにはそのような場所はないかもしれない。結構ウロウロしてるけど、何も感じない。
この地が生まれたての土地であるからして、加護がないのは知っていたけど、加護がないということはこれほどまでとは…。
ただ、空間転移魔法に詳しいハクアならば、おそらく魔力に依存せず転移魔法を扱う術を知っているはず。アルトフールに戻ったら、ハクアから教えてもらおう。
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