あなたに会いに行く③
Category: アルトフールの物語
そして夕飯の時間がやって来た。
魔法陣が作れず手持無沙汰になってしまった私は、子供達と一緒に夕飯の準備を行った。
そして愕然とした。
この地に加護がないことは知っていたが、それは安全面のみならず生活していく上での食べ物事情も侘しいものだったのだ。
この集落を一回りして分かったことは、まずここは作物が育たたないやせた土地だということ。水源は井戸のみ。畜舎にいるのは乳牛1頭と鶏が3頭だけ。作物が育ちにくい土地であるから、餌も少なく、それらの家畜が恩恵をもたらすことはまちまちであること。非常食の干し肉や木の実はハッシュが工面してきたものらしい。
家の1階のリビングに皆で円になって食事を取る。
どうにか頑張ってみたものの、木の実と乾燥野菜を茹でたうす味卵スープを作ることしかできなかった。
子供たちは皆美味しい美味しいと言って喜んで食べてくれたけど、きっとお腹は満たされていないだろう。それにハッシュも。あの筋肉質の大きな体は、こんな食事じゃ満たされないはず。
それでも食事後、じゃれてくる子供達にハッシュは笑顔で一緒になって遊んで応じる。
「ククさん。」
他の子たちよりも、すこし大人びた顔つきの女の子が話しかけて来た。名前は確かアンリと言ったっけ。二つ結びとパッチリ二重の目がチャームポイントで、シオンと同年齢の女の子だ。
「ん、なぁに?」
私の膝では小さな女の子がウサギのぬいぐるみを抱きながらゴロゴロしている。
「ククさんはなんでここに来たの?」
パッチリ二重のアンリの瞳が私をまっすぐに捉える。
「それは、えっと…。」
「ククさんはハッシュを連れ戻しに来たの?」
「うーんと…。」
アンリは鋭い視線をこちらに向けてくる。何にも曲げることが出来ない、まっすぐとした力強いまなざし。
「私はね、ただ、ハッシュに会いたかっただけなんだ。もう1年以上も帰って来てなかったから死んじゃったかと思って、凄く不安だったから。でも、もし生きていたとしても、なんだろうな、例えばどこか知らない土地の娘さんと恋に落ちて、アルトフールに戻って来れないっていうことも想像できた。だから、とにかくハッシュに会って、話をしたかった。もう、それだけだよ。戻って来てほしいとか、そういうことを言いに来たわけじゃない。」
アンリは黙って私を見つめる。その瞳には更に強く敵愾心の光が宿ったような気がした。
「ククさん、もしかして、ハッシュのこと、好きなの?」
こうもストレートに質問されては言葉に詰まってしまうが、隠したところで何かが起きるわけでもないので、私は素直に答えることにする。
「うん。」
ピクリ、とアンリの眉間に皺が寄った。なんだか凄く不機嫌そうな表情だ。
「ア、アンリ?」
アンリは腕を組んでこちらを見遣る。
「ククさん、申し訳ないけど、ハッシュは渡せないから。ハッシュは私達にとって大切な存在なの。お母さんやお父さんを殺されて、途方に暮らしていた私達を助けてくれたのはハッシュなんだから…。ハッシュがいなくなったら、私…。」
アンリの顔は見る見るうちに赤くなり、泣きそうな表情に変わっていく。
「アンリ、そろそろ寝る時間だぞ。みんなをベッドに連れってってやってくれ。」
子供達にまとわりつかれながらも、対して気にする様子を見せずにこちらまでハッシュがやって来た。そしてハッシュはよく私にやるようにアンリの頭をわしゃわしゃとなでる。
アンリはむすっとした表情で私を睨み付けると、私の膝の上で寝ていた女の子を起こして、2階の寝室まで引っ張って行った。
「クク、ちょっとここで待っててな。こいつら、上で寝かせてくるから。」
とハッシュは言って、足や肩や腕に子どもをまとわりつかせたまま、2階へと上がって行った。戦いの場以外での筋肉の有効活用が出来ている。これは子供達から慕われるわけだ。
*********
子供たちの遊ぶ声で賑やかだったリビングに、一気に静けさが訪れる。
外から虫たちの鳴き声が聞こえる程度で、とても静か。
ハッシュはこんなところにいたのか。
親を失った子供たちの傍に寄り添って、守ってあげるなんてハッシュらしい。あなたはいつだって正義の味方。誰かのヒーローなんだ。
ハッシュを私だけのヒーローにしたいという願望は、そろそろ心の奥底に追いやるしかないのだろうか。
なんて色々考えていると、ハッシュが2階から戻って来た。
「おかえり。」
と、私が声をかけると、ハッシュは嬉しそうににんまりと笑顔になった。
「ただいま。」
ハッシュは私の隣に腰を下ろす。
「子供たちは、寝たの?」
「いや、まだだろう。でも、そのうち寝ると思うよ。」
「子供は元気だなぁ。」
「まぁ、子供は元気じゃないと。」
「そだね。」
ハッシュとこうやってお話するのも本当に久しぶりだ。この時をずっと待っていたんだ。
ハッシュの声を聴くことが出来て、本当に良かった。
「そういえば、空間移転の魔法陣はどうなったんだ?」
「あ、あれね、ここには作れる場所がなかったの。だから、明日アルトフールに戻ったら、ハクアに空間転移魔法について教わって来る。次来る時は魔法の力を使うね。」
「ああ。そっちの方が危険じゃないしな。あ、そうだ。」
ハッシュは何かを思い出したようにお尻のポケットをがさごそと漁る。そこから取り出されたのは可愛らしくラッピングされた小さな包み。私の手のひらよりも小さい。「これ、お土産。」と言ってハッシュは私にその包みをくれた。何だろうと思って包みを開けると、中にはピンクの宝石とシルバーのウミガメのチャームがついた見覚えのあるネックレスが入っていた。
「これ…。」
「ハワイにも行ってきたから、そのついでに。それ、壊れてククが落ち込んでるって聞いたから。ウミガメ、ククのお気に入りだったんだろう?」
「ふえ…。」
ビカレスクに壊されたウミガメのネックレス。もう壊れてどうしようもないと思っていたのに、また会うことが出来た。しかも、再びあなたの手から受け取れるなんて。私はなんて幸せなんだろう。
「ハッシュ、ありがとう…。すごく、嬉しい。」
「ん、ククが喜んでくれてよかった。」
ハッシュは少し照れくさそうに、視線を落とす。
「つけていい?」と私がハッシュに尋ねると、ハッシュは「あ、つけてやるよ。」と言って、私の手からネックレスを受け取った。私の背後に立って、その大きな手でネックレスを付けるという器用な作業を行う。「あれ、むずかしいな」と、ちょっと苦戦しているようだけど、ハッシュの指が首筋に触れるたびにドキドキする。
「出来た!」というハッシュの声に、胸元に視線をやると、そこには懐かしいイルカのチャームとピンクの宝石があった。まさか再び身に着ける日が来るとは、思ってもいなかった。
「クク、あの時の返事なんだけど」
ハッシュは私の後ろでぽつりと呟く。
あの時とは、ハッシュが旅に出る前に、私がハッシュに想いを告げた時のこと。
あの時、ハッシュは既にアルトフールを出て旅に出る覚悟を決めていたから、私の告白に対する返事は「帰って来てから」ということで保留になっていた。
私の胸は更に高鳴る。背後のハッシュがどんなことを考えているのか、表情も何も見えないので分からない。凄く不安で緊張する。
「俺、ククのこと好きだよ。言われてから気付くなんて、情けないけどさ。ククにまた会いたいと思ったから、ここまで戻って来れた。旅の途中、何回か死にかけたこともあったけど、その度にククのことを思い出して、生き延びようと思えた。生き延びて返事を返さなければ、と思った。」
ハッシュの腕が後ろから私を優しく抱きしめる。ハッシュの温かさが背中から伝わって来て、今まで寂しかった心が一気に満たされるようだった。うなじのあたりに、ハッシュの吐息を感じる。それがキスであると気付くと、嬉しいのと同時に緊張して体が硬直する。
「まだアルトフールに戻れないのに返事するなんて、なんか違うのかもしれないけど、もう我慢できなかった。ごめんな。」
そんなことない、と言いたかったけど、その拍子に、外からカランカランとバケツが鳴り響く音が聞こえた。どうやら入り口の罠に何者かがかかったようだ。
ハッシュは舌打ちをするとすぐに家を飛び出していった。
私もその後を着いていく。魔物が来たのかもしれない。
魔法陣が作れず手持無沙汰になってしまった私は、子供達と一緒に夕飯の準備を行った。
そして愕然とした。
この地に加護がないことは知っていたが、それは安全面のみならず生活していく上での食べ物事情も侘しいものだったのだ。
この集落を一回りして分かったことは、まずここは作物が育たたないやせた土地だということ。水源は井戸のみ。畜舎にいるのは乳牛1頭と鶏が3頭だけ。作物が育ちにくい土地であるから、餌も少なく、それらの家畜が恩恵をもたらすことはまちまちであること。非常食の干し肉や木の実はハッシュが工面してきたものらしい。
家の1階のリビングに皆で円になって食事を取る。
どうにか頑張ってみたものの、木の実と乾燥野菜を茹でたうす味卵スープを作ることしかできなかった。
子供たちは皆美味しい美味しいと言って喜んで食べてくれたけど、きっとお腹は満たされていないだろう。それにハッシュも。あの筋肉質の大きな体は、こんな食事じゃ満たされないはず。
それでも食事後、じゃれてくる子供達にハッシュは笑顔で一緒になって遊んで応じる。
「ククさん。」
他の子たちよりも、すこし大人びた顔つきの女の子が話しかけて来た。名前は確かアンリと言ったっけ。二つ結びとパッチリ二重の目がチャームポイントで、シオンと同年齢の女の子だ。
「ん、なぁに?」
私の膝では小さな女の子がウサギのぬいぐるみを抱きながらゴロゴロしている。
「ククさんはなんでここに来たの?」
パッチリ二重のアンリの瞳が私をまっすぐに捉える。
「それは、えっと…。」
「ククさんはハッシュを連れ戻しに来たの?」
「うーんと…。」
アンリは鋭い視線をこちらに向けてくる。何にも曲げることが出来ない、まっすぐとした力強いまなざし。
「私はね、ただ、ハッシュに会いたかっただけなんだ。もう1年以上も帰って来てなかったから死んじゃったかと思って、凄く不安だったから。でも、もし生きていたとしても、なんだろうな、例えばどこか知らない土地の娘さんと恋に落ちて、アルトフールに戻って来れないっていうことも想像できた。だから、とにかくハッシュに会って、話をしたかった。もう、それだけだよ。戻って来てほしいとか、そういうことを言いに来たわけじゃない。」
アンリは黙って私を見つめる。その瞳には更に強く敵愾心の光が宿ったような気がした。
「ククさん、もしかして、ハッシュのこと、好きなの?」
こうもストレートに質問されては言葉に詰まってしまうが、隠したところで何かが起きるわけでもないので、私は素直に答えることにする。
「うん。」
ピクリ、とアンリの眉間に皺が寄った。なんだか凄く不機嫌そうな表情だ。
「ア、アンリ?」
アンリは腕を組んでこちらを見遣る。
「ククさん、申し訳ないけど、ハッシュは渡せないから。ハッシュは私達にとって大切な存在なの。お母さんやお父さんを殺されて、途方に暮らしていた私達を助けてくれたのはハッシュなんだから…。ハッシュがいなくなったら、私…。」
アンリの顔は見る見るうちに赤くなり、泣きそうな表情に変わっていく。
「アンリ、そろそろ寝る時間だぞ。みんなをベッドに連れってってやってくれ。」
子供達にまとわりつかれながらも、対して気にする様子を見せずにこちらまでハッシュがやって来た。そしてハッシュはよく私にやるようにアンリの頭をわしゃわしゃとなでる。
アンリはむすっとした表情で私を睨み付けると、私の膝の上で寝ていた女の子を起こして、2階の寝室まで引っ張って行った。
「クク、ちょっとここで待っててな。こいつら、上で寝かせてくるから。」
とハッシュは言って、足や肩や腕に子どもをまとわりつかせたまま、2階へと上がって行った。戦いの場以外での筋肉の有効活用が出来ている。これは子供達から慕われるわけだ。
*********
子供たちの遊ぶ声で賑やかだったリビングに、一気に静けさが訪れる。
外から虫たちの鳴き声が聞こえる程度で、とても静か。
ハッシュはこんなところにいたのか。
親を失った子供たちの傍に寄り添って、守ってあげるなんてハッシュらしい。あなたはいつだって正義の味方。誰かのヒーローなんだ。
ハッシュを私だけのヒーローにしたいという願望は、そろそろ心の奥底に追いやるしかないのだろうか。
なんて色々考えていると、ハッシュが2階から戻って来た。
「おかえり。」
と、私が声をかけると、ハッシュは嬉しそうににんまりと笑顔になった。
「ただいま。」
ハッシュは私の隣に腰を下ろす。
「子供たちは、寝たの?」
「いや、まだだろう。でも、そのうち寝ると思うよ。」
「子供は元気だなぁ。」
「まぁ、子供は元気じゃないと。」
「そだね。」
ハッシュとこうやってお話するのも本当に久しぶりだ。この時をずっと待っていたんだ。
ハッシュの声を聴くことが出来て、本当に良かった。
「そういえば、空間移転の魔法陣はどうなったんだ?」
「あ、あれね、ここには作れる場所がなかったの。だから、明日アルトフールに戻ったら、ハクアに空間転移魔法について教わって来る。次来る時は魔法の力を使うね。」
「ああ。そっちの方が危険じゃないしな。あ、そうだ。」
ハッシュは何かを思い出したようにお尻のポケットをがさごそと漁る。そこから取り出されたのは可愛らしくラッピングされた小さな包み。私の手のひらよりも小さい。「これ、お土産。」と言ってハッシュは私にその包みをくれた。何だろうと思って包みを開けると、中にはピンクの宝石とシルバーのウミガメのチャームがついた見覚えのあるネックレスが入っていた。
「これ…。」
「ハワイにも行ってきたから、そのついでに。それ、壊れてククが落ち込んでるって聞いたから。ウミガメ、ククのお気に入りだったんだろう?」
「ふえ…。」
ビカレスクに壊されたウミガメのネックレス。もう壊れてどうしようもないと思っていたのに、また会うことが出来た。しかも、再びあなたの手から受け取れるなんて。私はなんて幸せなんだろう。
「ハッシュ、ありがとう…。すごく、嬉しい。」
「ん、ククが喜んでくれてよかった。」
ハッシュは少し照れくさそうに、視線を落とす。
「つけていい?」と私がハッシュに尋ねると、ハッシュは「あ、つけてやるよ。」と言って、私の手からネックレスを受け取った。私の背後に立って、その大きな手でネックレスを付けるという器用な作業を行う。「あれ、むずかしいな」と、ちょっと苦戦しているようだけど、ハッシュの指が首筋に触れるたびにドキドキする。
「出来た!」というハッシュの声に、胸元に視線をやると、そこには懐かしいイルカのチャームとピンクの宝石があった。まさか再び身に着ける日が来るとは、思ってもいなかった。
「クク、あの時の返事なんだけど」
ハッシュは私の後ろでぽつりと呟く。
あの時とは、ハッシュが旅に出る前に、私がハッシュに想いを告げた時のこと。
あの時、ハッシュは既にアルトフールを出て旅に出る覚悟を決めていたから、私の告白に対する返事は「帰って来てから」ということで保留になっていた。
私の胸は更に高鳴る。背後のハッシュがどんなことを考えているのか、表情も何も見えないので分からない。凄く不安で緊張する。
「俺、ククのこと好きだよ。言われてから気付くなんて、情けないけどさ。ククにまた会いたいと思ったから、ここまで戻って来れた。旅の途中、何回か死にかけたこともあったけど、その度にククのことを思い出して、生き延びようと思えた。生き延びて返事を返さなければ、と思った。」
ハッシュの腕が後ろから私を優しく抱きしめる。ハッシュの温かさが背中から伝わって来て、今まで寂しかった心が一気に満たされるようだった。うなじのあたりに、ハッシュの吐息を感じる。それがキスであると気付くと、嬉しいのと同時に緊張して体が硬直する。
「まだアルトフールに戻れないのに返事するなんて、なんか違うのかもしれないけど、もう我慢できなかった。ごめんな。」
そんなことない、と言いたかったけど、その拍子に、外からカランカランとバケツが鳴り響く音が聞こえた。どうやら入り口の罠に何者かがかかったようだ。
ハッシュは舌打ちをするとすぐに家を飛び出していった。
私もその後を着いていく。魔物が来たのかもしれない。
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