あなたに会いに行く⑤
Category: アルトフールの物語
書物だらけのハクアの部屋で、ククは空間移転魔法に関する本を漁っていた。空間移転魔法の本はこれまで読んだどの本よりも難しいとククには感じられた。自然の原則や定理からの応用が元となっているようだ。自然の理をどれほど理解し、そして知識の海の中に蓄えているかが要である。
最高度の魔女の叡智を用いたのが空間移転魔法なのである。魔力にも依存するところではあるが、知識がなければ完成しない。魔女と言いつつも魔女の力を持たない、しかし、魔女の叡智を魔女以上に身に着けているハクアにぴったりの魔法である。
ククがハクアに空間移転魔法の師事を頼んだ時、ハクアは乗り気ではなかった。本人も空間移転魔法の難解さは心得ているものだから、教えることが面倒くさかったのだろう。「じゃぁ、1週間後、私が出す問題に答えられたら教えてあげてもいいわよ。一応空間移転魔法についてはそこの本棚に入ってるから読んで頭に入れておきなさい。」と言って、軽くあしらっていた。
ククはハッシュに対して出来ることを行いたいという一心で、ひたすら空間移転魔法の勉強に励んだ。自身に係の仕事がない限りはひたすら書物を読んで勉強していた。
だが、勉強を始めてから4日目のことだった。
自身の部屋で読書を続けるククの元へ、アルトフールのリーダーであるマナが訪ねて来た。
袴を着たおかっぱ少女は、部屋の入り口に佇む。ククが「どうしたの?」と尋ねるとマナは
「クー、二度とあの地には行ってはダメ。」
と、言った。ククは顔をひきつらせながら、頭を横に傾ける。
「ど、どういう意味?」
「焦らずともハッシュはちゃんと帰って来るから、その時を待ちなさい。」
マナはククを説得するように、語りかけた。が、ククにはその真意が理解できなかった。
「…待ってたら、ハッシュ一人が大変じゃない。私、ハッシュの力になりたいの。あの集落にアルトフールへとつながる空間転移の魔法陣が作れたら、ほんの僅かな時間だけハッシュの代わりに誰か別の人を防衛に回して、ハッシュをこっちに帰すことが出来る。復興のための資材も送ることが出来る。私はあの地に行くつもりはないけど、こうすれば皆が幸せになるんじゃないかな。」
「そんな勝手なこと、許さない。アルトフールで作ったものは皆の物。ククの勝手な判断で、他の場所を支援するために持ち出すのはおかしい。」
「どうして、そんなことを言うの?」
「ハッシュはちゃんと帰って来る。だから、ククは待ちなさい。」
ククはきゅっと口を真一文字にして「何故」の一言を呑みこんだ。マナがこんなに意固地になってしまってはどうしようもない。マナは頑固だ。一度言ったこと曲げることはない。だからククはたった今決意した。空間転移魔法をマスターして自らの魔女の力でハッシュを助けると。
「…わかった。」
ククの返事にマナは安堵の表情を浮かべることもなく、無表情のままククの考えを見透かしているかのように、ククをじっと見つめる。一言「ククはしばらく家から出ることを許さない。」と言うと、両手で印を組みククに向かって放つ。そしてマナはククの部屋を出て行った。
ククの周りを一瞬だけもやっとした空気が流れたが、すぐに普通の状態に戻った。
おそらく外に出ないように呪術をかけたのだろう、とククは判断したが、この呪術すら魔法で解き放ってしまおうと、強かに心の中で呟いた。
*********
「マナ、『生まれたての土地』を潰しに行くらしいわよ。」
ククが空間転移魔法を勉強し始めてから6日目のこと。ククはハクアの部屋で空間転移魔法に関する書物を探している最中にハクアが言った。
「それ、どういうこと?」
「まんまのことよ。どうするのかは知らないけど、そのハッシュが大切にしてる子供達を殺すのかしらね。マナらしいやり方ともいえるけど。」
意地悪くニヤニヤと笑うハクア。彼女は常人とは感覚がずれている。残酷な行為をある種の芸術ととらえている節があるのだ。ククがその話を聞いて顔を真っ青にすると、ハクアはより一層楽しそうにククを眺める。
「…いつ行くの?」
「うふふ、知りたい?」
「当たり前でしょ。知っているなら教えてよ。」
「もう出発したわよ。今日中には着くんじゃないかしら。」
「そんな!」
ククは愕然とした。何故なら、生まれたての土地までは歩いて2日はかかる場所にある。今から追いかけたとしても、最早間に合わない。高位度の空間転移魔法が使えれば、生まれたての土地まではあっという間に到着できるが、生憎ククにはその力がなかった。
「ハクア、私を生まれたての土地まで連れて行って!お願い!」
ククは必死にハクアに懇願するが、ハクアは意地悪い笑みを浮かべたまま、「嫌よ。」と一点張りだった。
もうこうなってはどうしようもない。ハクアは性格が悪いことで有名だ。目の前に困っている人がいたら、助けようと思う心の持ち主ではないのだ。目の前に困っている人がいたら、更に邪魔をして困らせるか、黙ってニヤニヤしながら眺めているだけの人間だ。
ククは、ハクアを鋭い視線で睨み付けると、黙って部屋を出て行った。
ハクアはニヤニヤしながらククが出て行った扉を見つめるが、ふとその表情が憂いを帯びたものとなった。
「大人しくしていれば幸せなのに。」
*********
ククは憤怒に満ちた足取りで自室に戻り、杖や荷物を持ち出して外に出ようとした。
が、玄関の扉は開く気配がなかった。ドアノブが固くなり、動かないのだ。
ククは数日前にマナにかけられた呪いのことを思い出し、杖を玄関に向けて、魔法の詠唱を始める。
「打ち砕け!」
そう言って杖を振りかざすと、ククの周りの空気に亀裂が入り砕け散った。が、すぐに状態は元に戻った。これで呪いは解除できたので、ククは扉を開け、外に出た。
そして、アルトフールの外れまでずんずん進んで行った。
誰も立ち入らない位の距離まで離れた時に、ククはハクアの部屋から持ち出してきた空間転移魔法の書物を広げ、おもむろに魔法陣を書き始めた。
マナがどうするのかは分からないが、彼女は生まれたての土地を潰そうとしている。それをククが阻止しようにも、生まれたての土地まで歩いて行ったら間に合わない。ならばククは自分の力で生まれたての土地まで向かうしか方法がなかった。
全く自分の物にしていない空間転移魔法で、生まれたての土地へ向かうのだ。
夏の陽射しが、ククの体力を奪っていく。こめかみのあたりからじわじわと汗が流れ落ちて来るが、ククは拭うことなく魔法陣を作り続ける。
異常な程の集中力で、ククは1時間で直径3mほどの魔法陣を作り上げた。
魔法陣の上に自身の杖を置き、ククは本を見ながら呪文を唱える。魔法陣に書かれた文字や文様から煌々とした光が放たれると、ククの杖がふわりと宙に浮いた。ククは持っていた書物を地べたに放り投げ、身に着けていたイルカのネックレスを外した。
そして、魔法陣の中に侵入する。宙に浮いた杖を手に取り、ネックレスを杖に巻き付ける。そして、更に呪文の詠唱を続けた。
ククは詠唱しながら目を閉じる。暗闇の中、生まれたての土地の気を感じ取らなければならなかった。この気を感じ取れなければ、ククは生まれたての土地に行くことが出来ない。
だが、いろんな気が漂っているのでどれが生まれたての土地なのか全く分からない。
ククは詠唱しながらも、自身が持つ杖とネックレスに意識を集中させる。ネックレスの元の持ち主はどこにいるのか。優しくて、強くて、正義感にまみれたあの人の気は、どこに?このネックレスに残ったわずかなあの人の温もりは、今どこに?
まだ空間転移魔法を身に着けていないククでは、気を察知することが難しかった。求めるエネルギーはぐらぐらとぶれてしまう。船の上から的を狙う与一はその絶大な腕で見事に的を射抜いた。弓遣いでも海暮らしでもないククにはそんな芸当は出来るはずがないのだが、それでも、やらなければ。
ハッシュが守りたい子供達を、あの土地を。ククが守らなければ。
その想いが最高潮に達した時だった。
―――見つけた!
魔法陣の光が最高潮までに達すると、ククはその光の中に飲み込まれ、光が止んだ。
最高度の魔女の叡智を用いたのが空間移転魔法なのである。魔力にも依存するところではあるが、知識がなければ完成しない。魔女と言いつつも魔女の力を持たない、しかし、魔女の叡智を魔女以上に身に着けているハクアにぴったりの魔法である。
ククがハクアに空間移転魔法の師事を頼んだ時、ハクアは乗り気ではなかった。本人も空間移転魔法の難解さは心得ているものだから、教えることが面倒くさかったのだろう。「じゃぁ、1週間後、私が出す問題に答えられたら教えてあげてもいいわよ。一応空間移転魔法についてはそこの本棚に入ってるから読んで頭に入れておきなさい。」と言って、軽くあしらっていた。
ククはハッシュに対して出来ることを行いたいという一心で、ひたすら空間移転魔法の勉強に励んだ。自身に係の仕事がない限りはひたすら書物を読んで勉強していた。
だが、勉強を始めてから4日目のことだった。
自身の部屋で読書を続けるククの元へ、アルトフールのリーダーであるマナが訪ねて来た。
袴を着たおかっぱ少女は、部屋の入り口に佇む。ククが「どうしたの?」と尋ねるとマナは
「クー、二度とあの地には行ってはダメ。」
と、言った。ククは顔をひきつらせながら、頭を横に傾ける。
「ど、どういう意味?」
「焦らずともハッシュはちゃんと帰って来るから、その時を待ちなさい。」
マナはククを説得するように、語りかけた。が、ククにはその真意が理解できなかった。
「…待ってたら、ハッシュ一人が大変じゃない。私、ハッシュの力になりたいの。あの集落にアルトフールへとつながる空間転移の魔法陣が作れたら、ほんの僅かな時間だけハッシュの代わりに誰か別の人を防衛に回して、ハッシュをこっちに帰すことが出来る。復興のための資材も送ることが出来る。私はあの地に行くつもりはないけど、こうすれば皆が幸せになるんじゃないかな。」
「そんな勝手なこと、許さない。アルトフールで作ったものは皆の物。ククの勝手な判断で、他の場所を支援するために持ち出すのはおかしい。」
「どうして、そんなことを言うの?」
「ハッシュはちゃんと帰って来る。だから、ククは待ちなさい。」
ククはきゅっと口を真一文字にして「何故」の一言を呑みこんだ。マナがこんなに意固地になってしまってはどうしようもない。マナは頑固だ。一度言ったこと曲げることはない。だからククはたった今決意した。空間転移魔法をマスターして自らの魔女の力でハッシュを助けると。
「…わかった。」
ククの返事にマナは安堵の表情を浮かべることもなく、無表情のままククの考えを見透かしているかのように、ククをじっと見つめる。一言「ククはしばらく家から出ることを許さない。」と言うと、両手で印を組みククに向かって放つ。そしてマナはククの部屋を出て行った。
ククの周りを一瞬だけもやっとした空気が流れたが、すぐに普通の状態に戻った。
おそらく外に出ないように呪術をかけたのだろう、とククは判断したが、この呪術すら魔法で解き放ってしまおうと、強かに心の中で呟いた。
*********
「マナ、『生まれたての土地』を潰しに行くらしいわよ。」
ククが空間転移魔法を勉強し始めてから6日目のこと。ククはハクアの部屋で空間転移魔法に関する書物を探している最中にハクアが言った。
「それ、どういうこと?」
「まんまのことよ。どうするのかは知らないけど、そのハッシュが大切にしてる子供達を殺すのかしらね。マナらしいやり方ともいえるけど。」
意地悪くニヤニヤと笑うハクア。彼女は常人とは感覚がずれている。残酷な行為をある種の芸術ととらえている節があるのだ。ククがその話を聞いて顔を真っ青にすると、ハクアはより一層楽しそうにククを眺める。
「…いつ行くの?」
「うふふ、知りたい?」
「当たり前でしょ。知っているなら教えてよ。」
「もう出発したわよ。今日中には着くんじゃないかしら。」
「そんな!」
ククは愕然とした。何故なら、生まれたての土地までは歩いて2日はかかる場所にある。今から追いかけたとしても、最早間に合わない。高位度の空間転移魔法が使えれば、生まれたての土地まではあっという間に到着できるが、生憎ククにはその力がなかった。
「ハクア、私を生まれたての土地まで連れて行って!お願い!」
ククは必死にハクアに懇願するが、ハクアは意地悪い笑みを浮かべたまま、「嫌よ。」と一点張りだった。
もうこうなってはどうしようもない。ハクアは性格が悪いことで有名だ。目の前に困っている人がいたら、助けようと思う心の持ち主ではないのだ。目の前に困っている人がいたら、更に邪魔をして困らせるか、黙ってニヤニヤしながら眺めているだけの人間だ。
ククは、ハクアを鋭い視線で睨み付けると、黙って部屋を出て行った。
ハクアはニヤニヤしながらククが出て行った扉を見つめるが、ふとその表情が憂いを帯びたものとなった。
「大人しくしていれば幸せなのに。」
*********
ククは憤怒に満ちた足取りで自室に戻り、杖や荷物を持ち出して外に出ようとした。
が、玄関の扉は開く気配がなかった。ドアノブが固くなり、動かないのだ。
ククは数日前にマナにかけられた呪いのことを思い出し、杖を玄関に向けて、魔法の詠唱を始める。
「打ち砕け!」
そう言って杖を振りかざすと、ククの周りの空気に亀裂が入り砕け散った。が、すぐに状態は元に戻った。これで呪いは解除できたので、ククは扉を開け、外に出た。
そして、アルトフールの外れまでずんずん進んで行った。
誰も立ち入らない位の距離まで離れた時に、ククはハクアの部屋から持ち出してきた空間転移魔法の書物を広げ、おもむろに魔法陣を書き始めた。
マナがどうするのかは分からないが、彼女は生まれたての土地を潰そうとしている。それをククが阻止しようにも、生まれたての土地まで歩いて行ったら間に合わない。ならばククは自分の力で生まれたての土地まで向かうしか方法がなかった。
全く自分の物にしていない空間転移魔法で、生まれたての土地へ向かうのだ。
夏の陽射しが、ククの体力を奪っていく。こめかみのあたりからじわじわと汗が流れ落ちて来るが、ククは拭うことなく魔法陣を作り続ける。
異常な程の集中力で、ククは1時間で直径3mほどの魔法陣を作り上げた。
魔法陣の上に自身の杖を置き、ククは本を見ながら呪文を唱える。魔法陣に書かれた文字や文様から煌々とした光が放たれると、ククの杖がふわりと宙に浮いた。ククは持っていた書物を地べたに放り投げ、身に着けていたイルカのネックレスを外した。
そして、魔法陣の中に侵入する。宙に浮いた杖を手に取り、ネックレスを杖に巻き付ける。そして、更に呪文の詠唱を続けた。
ククは詠唱しながら目を閉じる。暗闇の中、生まれたての土地の気を感じ取らなければならなかった。この気を感じ取れなければ、ククは生まれたての土地に行くことが出来ない。
だが、いろんな気が漂っているのでどれが生まれたての土地なのか全く分からない。
ククは詠唱しながらも、自身が持つ杖とネックレスに意識を集中させる。ネックレスの元の持ち主はどこにいるのか。優しくて、強くて、正義感にまみれたあの人の気は、どこに?このネックレスに残ったわずかなあの人の温もりは、今どこに?
まだ空間転移魔法を身に着けていないククでは、気を察知することが難しかった。求めるエネルギーはぐらぐらとぶれてしまう。船の上から的を狙う与一はその絶大な腕で見事に的を射抜いた。弓遣いでも海暮らしでもないククにはそんな芸当は出来るはずがないのだが、それでも、やらなければ。
ハッシュが守りたい子供達を、あの土地を。ククが守らなければ。
その想いが最高潮に達した時だった。
―――見つけた!
魔法陣の光が最高潮までに達すると、ククはその光の中に飲み込まれ、光が止んだ。
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