白雪姫③
Category: アルトフールの物語
「ええい、おかしい。白雪姫は死んだはずだ。なぜ私が一番ではないの?鏡!白雪姫を映し出しなさい!」
秘密の部屋にて王妃ハクアが怒号を上げます。
鏡の中の王妃は冷徹な様子で、怒り猛る王妃を見つめます。そして、抑揚のない声で「この世で一番美しいのは白雪姫で間違いありません。王妃様、あなたは2番目です。2番目の何がご不満なのですか。」と言います。その感情の無い台詞が更に王妃を怒らせます。
「1番と2番とじゃぁ、天と地の差があるんだ。馬鹿者!」
取り乱した王妃は傍にある黄金の錫杖で鏡を殴ろうとしましたが、やめました。
「いや、“白雪姫”が1番で私が2番であるならば、まだまだ望みはあるのかしら。」
鏡には子供達に囲まれてすやすや眠りにつく白雪姫の姿がありました。
王妃はそれを見て、静かに錫杖を元の位置に戻しました。
「わぁ、白雪姫、可愛い!」
数日ののち子供たちは大変喜んでいました。というのも、白雪姫がみんなの服に刺繍を施したからです。子供達それぞれの性格に合わせた刺繍を施したので、子供たちはお互いに服を着合って喜んでいました。
白雪姫は子供たちが大喜びする様子を見ているだけで、心の中がほっこりするのを感じました。
「それにしても白雪姫、あなたはいつも同じ服だけど、あなたこそ可愛い服が欲しいんじゃないの?」
花冠のフードの女の子が話しかけてきました。この子は他の子と比べると可愛い顔をしていて、少しおしゃまなところがあります。
「確かに、いつも同じ服なのも飽きてきました。でも…。」
ここには布がないので、白雪姫は自分の服を仕立てることが出来ません。とは言え、白雪姫は服を仕立てたことがなかったので、あったとしても服を仕立てることは出来ません。
「そうね、明日はお仕事がお休みだから、皆で買いに行ってくるわ。白雪姫はここでお留守番しててね。」
「…はい。でも、私も行きたいです。」
「ダメよ。白雪姫はここから離れたら、危ないの。」
白雪姫はしゅんとして花冠の女の子の言葉を受け入れました。何せ白雪姫は居候の身。厚かましい行動は出来ないのです。
翌日、子供たちは意気揚々として買い物に出かけました。
白雪姫はいつも通り掃除と洗濯を始めます。最初よりも手際が良くなって来たので、お昼前には終わって、のんびりする時間を作ることが出来るようになりました。ランチを済ませ、のんびりティータイムを過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえました。白雪姫はドアを開けに行こうとしましたが、先日のことを思い出しました。また殺されかけてはたまったものではないと思って、物音を立てないように、静かに窓の外からこの家の来訪者を確認します。
ドアの外には、どこかで見たことがある紅い髪の紳士が立っていました。
「ごめん下さい。是非こちらに住んでいらっしゃるお嬢さんにお勧めしたいお話があるのです。どうかこのドアを開けては下さいませんか?」
よく通るテノールの声で紅い髪の紳士が懇願してきました。
白雪姫は少々困りましたが、ドアを開けずに応じてみることにしました。
「ドアを開けることは出来ませんがお話とは一体何ですか?」
「おお、お嬢さん、ありがとう。私の話を聞いてくれるのだね。そう、話というのは、私は、櫛の商人でして、この家に黒髪の素敵なお嬢さんがいると聞いてやってきたのです。この櫛で髪を梳けば、潤いと艶に溢れて、お嬢さんの美しさがより一層際立つものになるでしょう。どうです、試しに一梳きしてみませんか?」
そう言って、紳士は箱の中から櫛を取り出しました。その櫛は銀細工で出来ており、煌びやかな宝石の装飾に包まれています。白雪姫の最近は子供たちの家で質素な生活しかしていなかったものですから、白雪姫はその櫛がとても気に入りました。
一梳き位なら良いだろうと思って、白雪姫はドアを開けてしまいます。
「おお、お嬢さん、ありがとう。では、この櫛で髪を梳いてあげましょう。」
そう言って、紳士は白雪姫の黒壇のような黒髪に触れ、持っていた櫛で髪を梳いたとたん、白雪姫はくるりと目を回して倒れてしまいました。頭には美しい銀細工の櫛が刺さっています。
「お嬢さん、知らない人の相手をしてはいけないと注意されていたでしょうに…。」
倒れた白雪姫に視線をやりながら、紳士は悪魔のような笑みを浮かべます。そして、自分の顔に手をかざすと、紳士の顔は女性の顔に変わりました。同時に服装もも真っ白な貫頭衣に変わりました。紅い髪も見えないように結っていたようで、燃えるような紅い長い髪の毛がふわりと風になびきました。
白い貫頭衣に包まれた凛とした女性がそこにいました。
白雪姫が紳士だと思った人は、女性でした。しかも、白雪姫が良く知る人物、継母である王妃ハクアだったのです。
王妃ハクアは倒れる白雪姫を見ると、鼻で笑いました。そして、すたすたとその場を立ち去って行きました。
死んだ人のように土気色の顔をした白雪姫はもうぴくりともしませんでした。
「ただいまー!」
子供たちが帰ってきました。買い物に出てただけなのでいつもよりずっと早い帰りです。
が、再び死んだように倒れている白雪姫を見つけて、皆パニック状態になりました。
「また白雪姫が死んでしまった。」
「どうしよう。」
「私達の白雪姫が。」
冷たくなってしまった白雪姫に、子供たちは哀しみます。
「あれ、この櫛はなんだろう。」
猫耳フードの女の子が白雪姫の頭に刺さっている櫛を見つけました。その櫛は、ぼろぼろの材木で出来ており、梳いたとしても逆に引っかかって髪を傷つけてしまうような粗末な物でした。
猫耳フードの子は思い切って櫛を白雪姫の頭から抜きました。櫛をよく見ると、櫛の歯には毒が塗ってありました。猫耳フードの女の子は顔を真っ青にして皆に言います。
「大変だ。白雪姫は、毒にやられちゃったみたい。毒なんかにやられたら、白雪姫はもう…。」
「そんな…。」
子供達はみなシクシクと泣き始めます。
子供達にとっては母親みたいな存在の白雪姫が死んでしまったのです。寂しくて悲しくて心細くて、子供たちは泣きじゃくります。
ところが、もぞもぞと白雪姫が動き始めます。子供たちはびっくりして、その様子を見つめます。魚ふーどの男の子は白雪姫がお化けとなって自分たちに襲い掛かって来るのではないかと怖くなり目を瞑りました。
白雪姫は、ゆっくりと体を起こします。焦点が定まらない瞳を開き、そして眠たげにこすります。お上品にあくびをしてから、ふと周りの様子に気付きました。
子供たちは皆身を寄せ合って、震えています。一体どういうことかと白雪姫は首を傾げました。
「皆、一体どうしたというんですか?」
子供たちは、怯えた表情で白雪姫を見つめます。
「ほんとうに君は白雪姫?」
「えぇ、白雪姫です。」
白雪姫はにっこりと微笑みます。女神さまのような微笑みに子どもたちはうっとりとしました。こんな優しい笑顔を出せるのは白雪姫しかいないということが分かって、子供たちは落ち着きました。
今回も前回と同様に、子供達が洗濯物取り込みや炊事を担当することになりました。白雪姫は椅子に座って、編み物を行います。子供達のために手袋を作ってあげようと思ったのです。
のんびり編み物をしながら、白雪姫はズキズキ痛む頭に気付きました。手で触ってみると、特に異常はありません。しばらくすると痛みも消えたので、白雪姫は特に気にすることなく編み物を続けました。
いつもの寂しい夜を迎える王妃ハクア。
王妃は豪華なベッドで一人眠りに着こうとしていました。すると、王妃の部屋に誰かが入って来たようです。こんな夜に王妃の部屋に入ることが許されるのは彼女の夫である王のみです。王妃はゆっくりと体を起こし、来訪者に向かって声をかけました。「あら、世継ぎをお求めに?」
王からの返事はありませんでした。
「目が覚めたのであれば、嬉しい限りだけども、そういうわけではないのでしょうね。」
王は、王妃のベッドの傍に立ち、ぼんやりと王妃を見つめます。そして、静かに口を開きました。
「白雪姫をどこにやった?」
王の声は悲嘆と絶望に包まれたかのように無機質で低い声でした。
「…なぜ、私に聞くのです?今、多くの兵が白雪姫を探しているのです。きっと我々の栄えある兵が白雪姫を見つけてくれるはずです。前妻の忘れ形見がいなくなって取り乱してしまう気持ちも察しかねますが、しっかり自我をお保ちになって下さい。白雪姫はきっと見つかります。」
「白々しい嘘を。白雪姫は、お前が…。」
「それ以上口にしてはなりません。」
ぴしゃりと王妃は言い放ちます。
「何故私に白雪姫を手にかける理由があるのです。前妻の子とはいえ、白雪姫は貴方の子でもあるのです。どうして憎いと思うのでしょう。貴方の子、白雪姫は私にとっても大切なのです。」
王妃はまっすぐに王を見つめます。
王は、その視線を跳ね除けて王妃の首に手をかけました。
「だまれ…。白雪姫をどこにやった…。」
「…あなたの手の届かない場所へ。過去に囚われ、狂気に満ちたあなたが、更に堕落することの無いよう。」
王は王妃の首を絞める手にゆっくりと力を込めて行きます。王妃は動じることなくじっと王を見据えます。
「あいつを殺したのは、お前だろう。」
その王の言葉に、王妃はにこりと微笑みます。
「ええ。」
翌日、白雪姫は体調が優れませんでした。頭がズキズキ痛くてぼんやりとしました。
子供たちはそんな白雪姫の様子が心配でしたが、今日一日ゆっくり休むと良いと言って仕事に出かけました。
ところが、白雪姫はいつもの通り掃除洗濯を行いました。体はだるいのですが、動かずにはいられなかったのです。しかし、午後になると無理が祟ってしまったのか、体調は悪化してしまいました。ぼんやりとした状態で、白雪姫は椅子に座って編みかけの手袋を編み始めました。
朝から白雪姫の頭は落ち着きませんでした。何かがざわつくので、じっとしていられませんでした。今や動くのが億劫でざわつきを受け入れて我慢するしかありません。
そこへ、コンコンとドアをノックする音が聞こえました。
白雪姫は、これまでの生糸や櫛の件があったので、無視をすることを決め込みました。これ以上子供達に迷惑をかけられません。
「どうぞこの扉を開けておくれ。美味しいりんごはいかがかね。」
外からはしわがれた老婆の声が聞こえました。白雪姫は年寄りは大切にするように教えられていたので、無視をすることに罪悪感を感じてしまいました。
「どうぞ、この扉を開けておくれ。寒空の下は婆には過酷ですじゃ。」
その言葉を聞き、白雪姫は放って置けなくなりました。だるい体を動かして、ゆっくりとドアを開けに行こうとします。ところが、白雪姫の頭が急に騒ぎ始めます。あまりの五月蠅さに白雪姫は立ってもいられなくなり、その場に倒れ込みました。
「白雪姫、開けなさい。」
扉の外から聞こえた声は、しわがれた老婆の声ではありませんでした。優しい女性の声です。白雪姫がどこかで聞いたことがあるその声に、大きく反応し、ドアまで這って行きました。
(おかあさま…)
一方で白雪姫の頭はより一層激しくざわめきます。
扉を開ければ、そこには優しく微笑むおかっぱの黒髪の女性が立っていました。小柄な女性です。どことなく白雪姫に似ています。女性は静かにりんごを差し出します。白雪姫は力なくりんごに噛り付き、ゆっくりと咀嚼すると、静かに目を閉じました。
女性は白雪姫が動かなくなったのを見ると、ほっと一息つきその場を後にしようと踵を返しました。
が、足首を白雪姫に捕まれます。
白雪姫は血走った眼で、女性を見つめます。
「おのれ偽物め。だが、私は滅びぬ。この身がある限り。」
白雪姫の声とは思えない程の低い声。女性は涼しげな眼で白雪姫を見ると、特に執着することもなく、その場を颯爽と後にしました。
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