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砂糖菓子で出来た悪夢②


  お題をお借りしております→chocolate sea




 鬱蒼とした木々に包まれた夜の森は真っ暗だった。かろうじて木々の間から差し込まれる月光でぼんやりとニタとハクアの存在が判別できる程度だった。
 ニタのお出かけ用ポシェットからカンテラを取り出し、辺りを照らし先へ進む。
「フォシャってどんな人なの?」
「うーん、一言でいえば変態かな。」
「…そう。」
 ニタは身近にいる金髪碧眼の男を思い出した。変態は身近にいるので間に合っているのだが。
「アルトフールにはいないタイプね。」
 金髪碧眼の彼とはまた別のタイプであることを耳にし、ニタは不安に心を曇らせた。
「確かフォシャは真っ白な家に住んでいたはずなのよね…。月明かりが眩しい今日ならば、おそらく目立つとは思うんだけど…。」
 そう言いながら、二人は夜の森の中を進んで行くと、暗闇にほんのり浮かび上がる真っ白な建物が見えて来た。ニタは「あれがフォシャの家だね!」と言って駆け出したので、ハクアも駆け足でそれに着いて行った。
 フォシャの家はアパートのような四角い形をしていた。三角の屋根もなく、立方体の態をした家である。まるで豆腐のような外見であるが、窓の付き方から2階建ての建物であると予想された。
「ところでドアはどこにあるの?」
 フォシャの家の外周を回りながら、ニタがハクアに尋ねる。ハクアはやれやれと言った様子でため息を吐くと、「この家にはドアがないから、破壊しなさい。そこがこの家の玄関よ。」と言った。
「なんだそれ。まぁ、いいけど。じゃぁ、壊すよ。」
「ええ。構わないわ。ニタならできるでしょう。」
 ニタは真っ白な壁に向かって拳を突き出した。どんと音がしたが、壁には凹んだ様子も傷がついた様子もなかった。ニタは、首を傾げながら、もう一度壁を殴るが、結果は同じだった。ニタはどういうことかとハクアを見つめた。
「本気で壊しなさい。この建物はエナメルと象牙が素材となっているから。」
 それって硬いもの?と呟きながらニタは己の拳に力をためる。
 ハクアは懐から小瓶を取り出し、中の液体を壁にかけた。ふわりとアルフェン糖の砂糖菓子のような甘い匂いが漂った。
 そして、ニタは周りの自然が持つエネルギーを拳にまとわせ、ニタの体が光に包まれた時、渾身の力を込めて白壁に攻撃を加える。拳だけでなく脚も使い、白壁の破壊を狙う。
 大きな衝撃音と共に、白壁は、ハクアが液体をかけた部分のみボロボロになって破壊された。
「ハクア、一体何をかけたの?」
「残ったアルフェン糖の砂糖菓子を溶かしたもの。アルフェン糖には、ミュータンス連鎖球菌が既に潜んでいるのよね。」
「牛タン酢レンジ求肥?」
「なんかのレシピみたいね。さ、行きましょう。しばらくすると、ここ、閉じちゃうからね。」
「え、なにそれ。」
 二人は無理矢理こじ開けた玄関口からフォシャの家に入っていった。
 中に入ると、そこは上品な深緋色の床、壁、カーテン、家具に包まれた妙な空間が広がっていた。そして、みょうちきりんな恰好をした生物、いや、人が、二人を待ち構えるように、ふわふわと浮かんでいた。
 髪の毛はプラチナブロンドをベースに所々ピンクや赤、緑などのメッシュが入っており、シルバーの貫頭衣に身を包んでいるが、意匠的に切れ目が入っており、地肌がちらちら見えている。また、貫頭衣からふわふわと水色や黄色の球体が浮かんでおり、人物の奇人性を増長させている。
 化粧の仕方も奇抜であった。人よりも長く量も多い睫は金色でキラキラ輝いており、アイラインも赤く縁取られている。そのくせ唇は水色に塗られており、グロスでつやつや潤っている。
 彼女の様子にニタは開いた口が塞がらなかった。顔見知りであるハクアですら、困惑した表情を浮かべている。
「やぁ、ばい菌ども。」
 更にニタは驚いた。髪も長く、化粧もしているから、ニタは目の前の人物を女性だとばかり思っていたが、その声が女性とは異なる低さを伴っていたので驚いたのだった。男性にしては高めだが、女性にしては低い声だ。
 ”アルトフールにはいないタイプの変態”であるフォシャは、きっとこの男を刺すのだろうということをニタは瞬時に察した。
「君たちは、崇高な存在だ。生物と共に存在し、多くの生物を芯から苦しませることが出来る唯一の存在だ。人々が欲に塗れれば塗れるほど、君たちは見えないところから彼らを戒めて来た。身分の高貴に関わらず、君たちは欲に塗れた人間どもを攻撃した。」
 フォシャは、まるで舞台に立っているかのように過剰な動きで、芝居がかった様子で語り続けた。そして、ニタはフォシャの言う〝君たち″とはニタ達ではないだろうことを感じ取った。
「かの国の女王エリザベータは、その強大な力でかの国を強くまとめあげ、太陽の国の無敵艦隊を撃破し、向かうところ敵なしであった。ただしかし、唯一彼女を苦しめていた存在があった。それは何か。齲蝕―ウショク―だ。彼女は生きている間ずっと齲蝕に苦しめられていた。見えないところから、無敵の女王を君たちは苦しめることが出来た。素晴らしいじゃないか。君たちの功績はそれだけじゃない。これまた某国の暴君ルートヴィヒは君たちに苦しめられたがために、異教徒迫害に勢を尽くしたというじゃないか。どんなに力を持つ者でも、小さな君たちには適わない。素晴らしい存在だ。」
 大きな身振りで、大げさに語り続けるフォシャは自身の体を抱きしめると、静まり返った。やっと大人しくなったと安心し、本題を話そうとしたニタとハクアだったが、彼の劇場はまだ続いていた。彼はくっくっと静かに笑い始め、そして、そのまま高らかに声を上げて笑い始めた。
「はははは。そう、そんな優秀な君たちだが、私の手にかかれば、君たちは所詮微生物に過ぎない。君たちを抹殺し、君たちが破壊した歯牙をも再生する。力を持つ物を苦しめることが出来る唯一の存在である君たちは私には適わない。衝撃の事実だろう。私は全ての生き物の頂点に統べるのだ。なんという悦。これほどまでに気持ち良い悦はない。はははは。はーはっはっは!」
 ニタとハクアは話す気力を失いかけてたが、二人の口腔を救えるのは目の前の変態しかいないのだ。本題に入ろうとハクアは声をかけようとするが、フォシャの視線がハクアに向かう。
「おや、よく見たら、君は悪名高い白魔女じゃぁないか。随分と無様な格好だから分からなかったよ。」
「…あんたに覚えて貰えてなによりだわ。」
「もちろん、僕は『白』が好きだからね。君のことを忘れるはずがない。」
 フォシャのその言葉をきいてニタは背筋がぞくぞくと冷えて行くのを感じた。フォシャのねっとりとした視線はふかふかの白い毛を纏ったニタに向かっている。
「希少なペポ族もいる。しかしながら二人は齲蝕に蝕まれているようだね。悪名高き白魔女も珍獣ペポも分け隔てなく苦しませるとは。あぁ、本当に良くやるよ。ふふふ。美しい。」
「そういうわけだから、フォシャ、私達の齲蝕を治してちょうだい。」
「おや、白魔女の癖に、君は齲蝕の進行も止められないのかい?」
「そこは私の専門じゃないからね。いえ、唯一出来ない分野よ。」
 フォシャの瞳がランと輝く。
「おお!白魔女ですらミュータンス連鎖球菌にかなわないとは!天才ですら適わない齲蝕。やはり僕は唯一無二の存在。至高の存在!」
 再びフォシャの長い口上がはじまり、ニタとハクアはため息を吐いた。そして、ニタはこそこそとハクアに話しかける。
「フォシャって昔からあんな感じなの?」
「うん。そうだけど、昔はまだ落ち着いたファッションだったわ。あそこまで趣味は悪くなかった…。むしろ本当は可愛い顔してたのに…。」
 芝居がかった口上が終了すると、フォシャはにこっと微笑んだ。気味が悪いメイクがなければ、きっと可愛らしい微笑みだったに違いない。
「さぁ、お二人を処置室に案内しよう。しかしその前に。」
 フォシャはニタの傍に近付く。
「白魔女のことは好きだから、お代は頂かないつもりでいたけど、どうだろう、ペポに触っても良いかな。お代はそれで構わない。」
 派手な見た目と性格の割に、変に控えめなところを見てニタは拍子抜けしたが、別に触られるくらいならどうってことないとニタは思い、了承した。きちんと許可を得て触ろうとして来るのだ。拒む必要はない。
 30分くらい、フォシャはニタをもふもふした後、二人の虫歯の処置に入った。
 診察台に仰向けになった二人は、再びフォシャの一人芝居を目にすることとなったが、その間にもフォシャは治療を進めていた。フォシャはどちらかと言えば魔法使い寄りの治癒師らしく、そのフォシャ劇場自体が治療の一環でもあるらしい。時に口腔内に刃物を向け、歯を削ったり、詰めたりしているようだが、おそらく魔力によって菌を抹殺し、歯を再生させていた。
 奇抜なメイクのフォシャの顔がごくわずかな距離まで近付いて来る度、肝が冷え、トラウマになりそうだった。しかし、彼の腕は一流だった。アルフェン糖によってボロボロになってしまった2人の歯は見事に彼の治療により完治し、元通りとなった。
「僕の手にかかれば、アルフェン糖ごときの齲蝕なんて余裕だよ。あぁ、かの時代に僕が誕生していればエリザベートもルートヴィヒも苦しまないで済んだだろうに。」
 再びフォシャの芝居が始まったが、ニタもハクアも右から左に聞き流していた。
「フォシャ、助かったわ。ありがとう。」
「どうってことない。私の手にかかればどんな齲蝕もあっという間さ。本来ならば、お代は弾むところだけど、何せ白魔女とペポが相手ならば、『白』に免除して、お代はなしで良い。なにせ白魔女を蔑むことが出来るなんて、治癒師にとっては最高の快感だ。どんな宝石にも変えられない。あとは希少なペポのフカフカも最高だ。ペポの方は齲蝕に困らずともまた来ると良い。なんならこのまま住んで行っても構わないが。」
「あ、遠慮しておきます…。ニタはアルトフールに住んでるので。」
「ほう、ペポはニタというのだな。よく覚えておこう。」
 ニタは再び背筋に寒気を感じたが、フォシャに愛想笑いを浮かべてフォシャの家を後にした。

 外に出ると、既に明るくなっていた。
 一晩中フォシャの口上を聴いていたのかと思うと、どっと疲れが湧いて来た。
 悪い人ではなかったのだが、新種の変態ということには間違いはなかった。
「虫歯になるたびここに来るのは疲れるから、ニタはきちんと歯磨きをすることを心がけるよ。」
「そうね。私もそうするわ。」
 そうして二人はアルトフールに帰って行った。
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 2015_06_07

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